2033年8月20日午後11時00分

 maico、そして、秋中レイが、一時間で作った電波ソングを披露する。それを聞きながら、渕川まみは頭を抱えていた。しかし、この番組のことを心配してスタジオにやってきた後、ひたすら傍観していた社長は、リズムに合わせて首を前後に振っていた。できた曲を聞きながら社長を眺める愛川由美は、二人の作曲力に感心しながら一人で悦に浸っていた。

 しかし、データ放送やインターネット投票で出た勝敗を見た時、三人が三人とも青ざめた。maicoには意味がなく中毒性のある電波ソングを作った経験がないが、秋中レイはアルバムに一曲は電波ソングを入れていたことに思い至ったのだ。そして、社長も右手で頭を抱え始めた。

「オッケーです」

 生放送が終了した。その瞬間渕川まみの体から力が抜ける。愛川もふっと息をつく。その目にはサゲマン色男野郎だと渕川が考えている秋中レイが、日本人なのに西欧的雰囲気のmaicoに近づくのが写っていた。しかし、秋中レイが恋愛どころではない精神状態なのを、渕川は知っていたし、秋中を止める気力もなかった。実際、秋中は仕事のコラボを打診しただけだったのだ。震災の曲をおのおのが作り、一緒にアルバムに入れよう。その誘いに頷くmaicoだった。

 ドシン

 唐突に、社内のありとあらゆる音をかき消すような轟音が響く。社長はキョロキョロし、一旦エレベーター側に向かった後、このスタジオの内線電話に飛んでいき、総務部に、社内に異常がないか点検するよう命令した。

 その音は、仮眠しようとしたが結局寝付けていない、細木拓人と伊藤未知雄の目を本格的に覚まさせた。寝付けなさに対する二人の態度は違ったが―伊藤未知雄は目をつぶって眠ろうとしていたが、細木拓人はさじを投げて、タイトルが31文字くらいあるライトノベルにふけっていたのだ。―それでも、ふたりとも寝袋の中にいたのだが、とにかく出た。そのあと、聞こえるのはざわざわ声だけだった。社内放送が流れる。

「先ほど、大きな音がございましたが、社内には異常は見られません。繰り返します、先ほど、大きな音がございましたが、社内には異常は見られません。」

 社内の人全員が不審に思っていただろう。しかし、新たな音もなく、放送もあった以上、逃げようという気も起きない。細木拓人は

「・・・もう、起きちゃいません?」

 と言った。もともとこの二人は、翌日朝の生放送番組「ワライズ」の出演者確保のために、深夜0時に起きようという算段をしていたのだ。一時間早くなってもいいだろう。そんな訳で、二人は寝袋を片付けた。

 社長のデスクの脇にある、番組制作室共用のホワイトボードには、伊藤未知雄の字で

「ワライズ審査員募集中!定員五名!(注)採用されない可能性もあります」

 と書いてある。クイズ番組のワライズ特有の、ボケによるポイントのダブルアップに、成功したかどうかを決める役目だ。と、いっても、普通に観て自然に笑えば良いのだが。

 それを見ながら、細木拓人は伊藤未知雄に聴く

「で、どうするんです」

「まずは交通状況の確認だな」

 伊藤未知雄のデスクのパソコンの画面を、二人で眺める。青野祐一が外出した挙句ひどい目に合って帰ってきた時以来、外の情報は入れていない。情報収集より体力の確保だという判断だ。そんな訳で、テレビ局のインターネット配信で、建物の外に人混みができているのを見て、思わず衝撃の声をあげる。さっきの音といい、不安になってきた。伊藤は

「・・・一時間早起きしてよかったかも・・・」

 とぼやく。

 そこに社長が帰ってきた。

「あれ、ふたりとも起きてる」

 そのまま、パソコンの画面を観る二人の間に割り込む、秋元ひかり社長だった。

「うわあ」

 秋元ひかりは、頭を少し掻いて、

「伊藤さん、プランB発動ですか」

 と言った。細木は

「プランB?」

 と聞いてしまう。伊藤が

「ほら、社内の人で代替する案ですよ」

「ああ、コメンテーター対芸人!」

「そう、それ」

 社長が黙っている。とつとつと

「・・・プランBならこんなに早く起きなくてもいいと思うんだけどなあ」

 しばらくウンウン唸った後、唐突に、

「ちょっと手伝ってくれない?」

 と言った。

「何でしょう」

 秋元ひかりは提案する。

「この人達を、我が社で受け入れたいの。だけど、通常放送は続けたい。だから、ちょっと申し訳ないんだけど、避難者を入れても放送に影響がなさそうなところを、探してくれないかな」

 細木拓人が元気に返事をする。一方、伊藤は社長を気遣い、

「社長は眠らなくてもよろしいんですか」

 と聞いた。

「眠れそうにないから、良いよ」

 元気さを演じているような口調で社長は言った。細木も少し心配して

「本当に、大丈夫ですか」

 と聞く。

「正直、なんか目が冴えちゃって。だから、大丈夫」

 その言葉を聞いて安心はできない伊藤と細木だったが、二人も同じような状態なので、納得した。

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