2033年8月20日午後5時56分
坂巻龍之介も愛川由美も、勝手な行動をしたことは変わらない。今回は「私一人ぐらいなら」と考える人がこの二人だけだったから、惨劇にならなかったというだけである。しかし、相次ぐ余震により、この時間帯から潮目が変わってきた。例えば、坂巻龍之介と進藤弥太郎がミーティングをしている、アララギ社の社屋。
坂巻と進藤の、CMワンダーランドにおける企業への配慮についての会議は長引いていた。二人の思いがぶつかりあったのもあるが、余震のたびに議論が巻き戻ったせいでもある。二人の会議が、ようやく終わりかけたその時だった。
ピロリンピロリンピロリン、ピロリンピロリンピロリン、緊急地震速報、緊急地震速報、強い揺れに、警戒して下さい
またしても鳴り響く警告音に、二人は再び机の下に潜ろうとする。ソファーとソファーの間の低いテーブルの下には二人が潜り込めるスペースはないのだが、それでも、恐怖心からその行動を取ってしまう。それが功を奏した。
バリバリバリバリ!メキメキ、ベシッ!
天井が剥がれ落ちてくる。それを受け止めたのが、低いソファーとテーブルだった。衝撃的な恐怖から開放された二人はため息をつく。しかし、閉じ込められてしまった。地道な恐怖が二人を襲う。泣き出しそうになりながら、進藤弥太郎は
「どうしよう」
とつぶやく。そして
「助けてくれ!」
と叫び出す。一方、こういったときに意外と冷静なのは、坂巻龍之介である。普段はテンパっていることが多いのだが、彼はなぜか落ち着いていた。坂巻はなぜこんな気持なのか自己分析しようとしていた。死を覚悟しているのかもしれない。あるいは、東日本大震災のときに、長い長い断水を耐え抜いた経験があるからかもしれない。そんなことを考えながら坂巻は使えそうなものを探していたが、進藤が叫びだした。坂巻は
「進藤さん、静かに」
と、進藤弥太郎を黙らせる。
「でも、助け呼ばなきゃ・・・」
「でも、叫んでたら疲れますからね。テレビでもたまにやってるでしょう。叫ぶよりも、物を使って音を立てろって。」
「・・・そうでしたね」
進藤弥太郎は未だにそわそわした雰囲気を醸し出していたが、先程よりはましになった。坂巻は
「なんか音を立てるのに使えそうなものを、探してください」
進藤はあっという間に答えを出した。腕時計型端末に
「なんか曲かけて、大音量で」
と話しかけると、美しいピアノと歌声のコンビネーションが聞こえてきた。坂巻は思わず
「わあ、おしゃれ」
と言ってしまう。坂巻も思わず
「君はよく落ち着いていられるね」
と言った。先程の自己分析に戻る。
「なんででしょうかね。東日本大震災のときに、一ヶ月くらい断水してたのをサバイバルしたからかなあ。あのときほどテンパったことはないね」
「・・・こっちのほうが危機的だと思うけど」
坂巻龍之介はふと、あることを思い出す。社員教育で散々、災害時の対処を教え込まされてきたことに。
「まったく、あの社長は・・・」
ようやく出来上がった仮説を、坂巻が口に出そうとした時、天使が現れた。
「誰かいる!」
人々を集めようとする高い声が聞こえる。その声も冷静だった。あっという間に坂巻たちの視界が開け、二人は救出された。その様子を後ろで見守り、指示を出し続けていた高い声の主が、二人の元にやってくる。
「無事でよかったです」
「ありがとうございます」
坂巻と進藤は口を揃えて言った。見回すと、天井が落ちてきていない部分には、人がたくさん集まっている。
「こんなにたくさん集めたんですか」
何か様子がおかしいと、二人は思う。
「それが、どうもこのビルのヒビが増えてきてて、避難しようと言うことになりました」
社内放送は、アララギ社のある階にしか流れない。その為、こういったことになっていることを二人は知る由もなかった。進藤弥太郎がようやく反応すると、高い声の主、伊藤希は、進藤弥太郎を社員の列に案内する。その後、伊藤希は坂巻龍之介が社員なのか聞いてきた。坂巻が、ここの社員ではなく、道路の反対側のテレビブレイク社の社員だと言うと、伊藤は会社に戻るように言った。
坂巻は、アララギ社社員が避難場所の公園に向かう列の後ろに回り込み、道路を横断する。その道路は混雑していた。
「俺に釣られた・・・わけじゃないよな」
坂巻は、やはり外に出るべきではなかったんじゃなかろうか、と思いながら、テレビブレイク社に戻った。
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