2033年8月20日午後6時00分
愛川由美は、maicoさんが居るはずのテレビ局にたどり着いた。徒歩10分の距離を、フリスビーを追いかける犬の勢いで走り続けることはできず、流石に途中からは徒歩だったが、心の勢いは収まっていなかった。人がつられて外に出る心配をして振り返ることも、全くない。
受付にmaicoの居場所を尋ね、愛川由美は中に入る。そのテレビ局の中は、愛川由美の属するテレビブレイク社と違って、バタバタしていた。このテレビ局には、震災報道の仕事があるのだ。午後4時にそれを投げ出したテレビブレイクとは違う。もっとも、震災前から投げ出す予定だったのだが。周りの人があちこちで震災の話をしている。悲しげではなく、事務的な声が社内じゅうからきこえる。ヘリコプターをどこに飛ばすか、現地入りはいつにするか、そのときに何を持っていくか。そんな言葉が愛川由美の耳に飛び込んでくる。そんな人々に話しかけづらさを感じるが、それどころではない。これから階段を8階分登らないといけない。エレベーターは使用禁止となっていた。
ピロリン、ピロリン、ピロリン、緊急地震速報、緊急地震速報、強い揺れに警戒して下さい。愛川は突然横に振られる。思わず階段の踊り場にしゃがむ。怖かった。階段の途中だったら、落ちて死んでしまいそうだった。揺れが収まる。
愛川は周囲を見回す。先程の余震の話を、階段を降りながらする人がいる。愛川には異世界のように感じられた。しかし、自社のほうが異世界なのだと思い直す。これが現実なのだ。愛川は、階段の途中で地震にあうのを恐れ、8階まで駆け上がった。
息を切らしながら、maicoさんの楽屋のドアをノックした。maicoさんが迎えてくれる。
「こんばんは。maicoさん」
息を切らした愛川をmaicoは楽屋に招き入れ、椅子に座らせた。愛川は
「あーなんで免震無いのよ」
とぼやく。maicoは
「あんたの会社ほど防災設備が整っている会社なんて、そんなに無いわよ」
という。愛川は
「でも、テレビ局なら、免震とかみんなつけてるんじゃないの」
と言った。maicoは
「そうねえ・・・まあ、経営難なんじゃないの。ところで、なんでわざわざここに来たの、むちゃブリバトラーズが無いことなら分かってるわよ。落ち着いたら、あの安全な社屋にとっとと帰りなさい」
「それが、あるんです!」
maicoは露骨に驚いた顔をする。日本人なのに、完全にアメリカ人の表情だった。人生の大半をニューオーリンズで過ごしてきたからだろう。
「今日、むちゃブリ、あります!我が社は、通常放送に戻したんです。通常放送を出来る限り行う方針なんです。来てください!」
愛川はそう言うが、maicoは固辞しようという態勢に入る。
「でも、あんたの会社に行っちゃっていいわけ?徒歩で行ける距離だけれども、社内待機というのは、みんなで決めたルールなんじゃないの」
「あ」
愛川由美はようやく、その命令のことを思い出した。しかし、何のためにここに来たか、そして、はるばる名古屋からわざわざヘリで来てくださった秋中レイ様のことや、レイ様のためにヘリコプターを提供してくれた名古屋の他局のことを思うと、引き下がる訳にはいかないのだった。愛川はおもむろに窓辺に向かい、外界を見下ろす
「今なら空いてます!今なら行けます!」
先ほどと違い何人か人がいたが、愛川は気にしない。
maicoも窓辺に近づく
「確かに空いてるわね。でも、それは、みんなが社内待機命令を守っているからでしょう。そういう意味でもあなたの会社はおかしいわ。アメリカだったら放送中止じゃないかしら。」
愛川はぐぬぬと唸る、テレビ局ではレイ様が待っている。レイ様のためならば、と愛川はmaicoの手をぐっと握りしめた。そのまま階段を降りていく。その圧迫感があまりに強かったので、maicoは無抵抗になってしまった。しかし、外には人がいた。隙間はたくさんあるけれども、混雑していると言ってもいいくらいたくさんいた。
「なんでこんなに人がいるのよ!」
「知らないわよ!あんたに釣られたんじゃないの!」
maicoは毒づく。
「まあ良いです!これでも普段と同じくらいです!」
キレ気味の愛川の脳裏には、朝のこの道路の様子が浮かんでいた。
「はあ!なんでこんな所を歩かなきゃいけないのよ!」
maicoは流石に愛川の手を振り払おうとする。しかし、離れない。
「朝はこれくらい普通です!行きますよ!」
maicoの抵抗よりも、愛川のレイ様愛のほうが強い。愛川はmaicoをテレビブレイク社に引っ張っていく。流石に抵抗する気力をなくしたmaicoは、テレビブレイクについたら手首に跡が付いているだろうな、と考えていた。それでもmaicoにやる気はない。
「なんで通常放送にそんなにこだわるの。自然になんて、勝てるわけないじゃない」
とmaicoが毒づくと、愛川は
「社長は勝ちたいんだそうですよ、空気に」
と答えた。
「空気になんて絶対勝てないと思うわ。ハリケーンなんか特に無理よ、本当に」
「そうじゃなくて、雰囲気です!」
「ああ、そういう意味もあるわね」
愛川がテレビブレイク社の玄関にmaicoを引きずり込むと、そこには秋中レイと渕川まみがいた。
「ただいま!」
「おかえり、心配してたんだよ」
そんな渕川をスルーして、愛川は秋中レイの方へと走っていく。渕川は呆れ顔をし、maicoは舌打ちをした。
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