2033年8月20日午後5時30分

 愛川由美と渕川まみは、今日の生放送の出演者を待っていた。彼女たちの担当番組は「むちゃブリバトラーズ」。その名の通り、高難易度の条件下でプロフェッショナル同士を対決させる番組である。渕川まみが発案した時、社長から、技術や体育の方面ではそういう番組はたくさんあるから、という理由で、芸術面での対決に限定されてしまった。そして、いま、深刻なネタ不足に陥っている。これも、同じ対決を繰り返したら、この番組としてはつまらないから、という理由による社長命令による。そのため、毎回別々の対決を考えないといけない。同じ対決を繰り返すなら、それ専門の番組を作る、とは、社長の言である。

 そして、ついに渕川まみの心は折れた。震災前の午前10時、ついに番組を打ち切ってほしいと社長に伝えたのである。そして、新番組ができるまでは持ちこたえてほしいという返事が来た。社員や視聴者から、ネタを募集してもいいとのことだった。しかし、愛川由美には、渕川まみがそれを許すとは思えなかった。企画力には自信がある、と、豪語していたくせに、と思っていた。それどころか、今日の対決内容は愛川由美が考えたものであるにも関わらず、

「今日の対決内容。面白そうね。後継番組にしちゃいたいかも」

 などと社長は言ったのである。愛川はとても嬉しかった一方で、渕川まみの機嫌が怖かった。

 そんな、今回の対決内容は、音楽グループ「バンドマン」のリーダー、秋中レイさんと、ジャズピアニストのmaicoさんの、一時間作曲バトルである。番組放送時間内に、与えられたテーマに沿って、曲の1番を作るのである。ちなみに、愛川はこの二人じゃないと、この条件での対決は不可能だと社長に言ったが、後継番組なら生放送で無くても良いと言われてしまった。ここからも、今回の対決に対する社長の期待が感じられたものだ。

 しかし、愛川由美はそれどころではなかった。愛川はバンドマンを溺愛していた。そのリーダーの秋中レイが来ないのである。彼女の心のなかには、そのことに対する不安しか無いのだった。愛川はつぶやく

「出演者、遅いですね」

 渕川まみは返す

「・・・やっぱり、地震のせいかねえ」

 心配しているという声だった。

「まあ、maicoさんは、近くのテレビ局に居るから良いけど・・・」

 秋中レイは、地震発生時に名古屋にいたはずだ。愛川は渕川に聞こうとする

「秋中レイ様は・・・」

「どんだけ好きやねん」

 呼称に引っかかりを感じた勢いで、渕川まみはツッコミを入れてしまった。しかし、愛川が本気でバンドマンを心配しているのはわかっていたので、すぐに謝った。そして励ます。

「名古屋って言っても、テレビ局でしょ。なら死んじゃあいないさ。うちほどじゃないにしても、災害対策には各局とも力入れてるじゃない」

「まあ・・・」

 愛川がうつむくと、渕川まみは唐突に言った。

「あんたがmaicoさんを迎えにいけ!」

「え!確かに歩いていける距離ですけど・・・レイ様は?」

 秋中レイの呼称に引っかかりを感じた渕川は思わず吹き出してしまった。受付前の立って使うテーブルに、今日も色紙とサインペンが置かれているのに気づき、更に笑い声は強化される。

「ちょっと!笑わないでよ!こんな時に!」

 結局、ふたりとも、テレビ局の防災意識を信じていた。秋中レイが来るとは、あまり思えなかったけれども。

「とにかく、レイ様が来なくちゃ意味ないです!」

 しかし、奇跡は起こった、いや、起こされた。受付に電話がかかってきた。受付嬢は二人に告げる。

「屋上に、秋中さんが来ましたよ!」

「うおおおおおお!」

 ダッシュでエレベーターに向かう愛川だった。必死についていく渕川まみである。最も、エレベーター内でずっとゼエゼエ言っていたのは愛川だったが。

 屋上に着くと、秋中レイがヘリコプターから降りるところだった。そのヘリには、秋中が地震発生当時にいたはずのテレビ局の名前が書いてある。渕川まみは、そんな他局の姿勢に感動していたが、愛川由美は、

「秋中レイさーん!」

 と、黄色くてけたたましい声で叫びながら、さっきの息切れなど無いかのように、秋中の方に走っていった。そのまま秋中と握手し更に抱きついた。こんなサゲマンに抱きつくんじゃないよと思いながら、渕川も秋中の方に向う。渕川は他局からわざわざヘリコプターを飛ばしてくれた運転手に感謝の気持ちを伝えた後、秋中レイに

「こんな状況の中、わざわざこんなことまでして来てくださって、ありがとうございます」

 と例をした。下げた頭でちらりと、ヘリコプターの運転手の方をみる。秋中レイは言った。

「君たちには・・・空気に負けないでいてほしいからね。ところで、もうひとりは」

 渕川は感動に浸りたかったが、その前に回答しないといけない。

「まだです。いま、近くのテレビ局に居るはずです」

 秋中レイは告げる

「歩いていける距離なんだな。よーし、それなら、迎えにいけ」

「はーい」

 フリスビーを投げられた犬のように、エレベーターへと走っていく愛川由美である。

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