2033年8月20日午後4時00分

 土曜日だが、出勤している人にとってはまだ勤務時間である。しかし、仕事をする人は少なかった。多くの人は震災の推移に気を取られていた。ある者は私物の携帯端末で、ある者はデスクのパソコンで、ある者は自分のパソコンにたくさんの文字を表示しながら、他人のパソコンを横から見て、情報を集めていた。

 青野祐一は、被害が広がっていく様子を、会社のパソコンの画面越しに眺めている。彼は妻のことも心配していたが、必死にその思いを抑えていた。いつの間にか午後4時である。彼はふと思い立って会社用のメールを確認する。メールが多数来ていた。驚くくらいに。

「坂巻さん」

 呼ばれた坂巻龍之介は、青野の方を振り返る。

「何でしょう」

 この二人は、同じ番組の担当者なので、隣同士のデスクに居る。その番組の名は「CMワンダーランド」。CMにツッコミを入れる番組である。つまり、この番組は、CMこそがメインコンテンツなのだ。

 しかし、青野祐一の元に届いたメールはどれも、その番組でCMを流すのを自粛したいというものだった。そのことを坂巻に報告し、青野はその理由を問うメールを送信した。だが、送信失敗を繰り返すだけだった。

「メールがつながりません」

「まじで。結構つながりやすいメディアのはずなんだけどなあ。と、いうか、あっちからは来たんだろ」

「そうなんですけど」

 青野祐一は坂巻龍之介に報告する。

「いつ来たんだ」

「ええと・・・午後3時くらいが多いか?」

「地震発生の一時間後か・・・」

 坂巻は考える。

「電話!・・・はだめだよな。じゃあ、ツイッターとかフェイスブックとか!」

 青野祐一は、ツイッターへのアクセスを試みる。つながらない。フェイスブックも試そうとする。繋がらない。

「ツイッターもフェイスブックも死んでます!」

 坂巻は衝撃を受けた。

「えー!SNSもだめって。どういうことだよ。」

 そんなことを言われても困る。そんなことを青野は思いながら唸った。唸っていたら思い出した。

「あ!そういやちらっと言ってたな。海底ケーブルが切断されたとかなんとか」

「なにー!そんなのもう絶望じゃないか!」

「・・・じゃあ、無視するしか無いねえ」

「えー!」

 坂巻龍之介は、もはやパニック状態だった。

「駄目ですって!なんのためのCMですか!広告ですよ!広告!」

「じゃ、君はぽぽぽぽーん祭りでも起こす気かい?」

 皮肉のこもった声色で青野祐一は言った。唐突に22年前の冷水を浴びせられた坂巻は、少しだけ冷静さを取り戻した。

「・・・それは、嫌です」

「だろ?それに、マニュアルにも反するじゃないか。それが嫌だからあのマニュアルができたのかもしれないけど。ま、とにかく、だったらもう無視するしか無いじゃん」

 しかし、心のもやもやが晴れない坂巻は、

「せめて1社だけでも、理由が聞きたいです・・・」

 とぼやく。坂巻は続けた。冷静になったおかげだろうか。

「・・・そうだ。今回の放映内容の内、一社が向かいのビルに入ってます!そこに行きましょう!」

「ちょっとまて!」

 青野祐一は止めた。

「社内待機のルールがあるだろう。それがあるから、まだ東京は落ち着いているんだ。そこであんたが出たら?あんたにつられて他の人が出てきたらどうする?」

「でも、向かいですよ。すぐ建物に入りますから、大丈夫ですって!」

「ううむ・・・」

 青野祐一は唸っていたが、坂巻龍之介の方はすでに準備を始めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る