2033年8月20日午後2時46分
ニュース番組「ご当地にならないで」のプロデューサー二人は悩んでいた。本当に、社長に言われたとおりに、平野裕也の思いを捻じ曲げて良いのだろうか。福島県浪江町の避難指示解除のニュースは、やはり取り上げたい。そう考えた二人は、社長のデスクに向かった。だが、社長は不在だった。だとしたら、報道センターで他局の空気を探っているのだろう。報道センターのある階にエレベーターで向かいながら、エレベーターが使えるありがたみと、防災意識の異様なまでの高さを感じる2人だった。
報道センターに森島麻衣と平野裕也が入り、すぐに、平野は森島を止めた。
「待って」
秋元ひかりは、そこに立ち上がり、手を合わせている。なんだか土下座しているときのような顔だと、平野裕也は思った。彼はふと、時計を見てみた。午後2時46分を指していた。当事者である彼は、思わず目を伏せて静止した。森島麻衣も静止した。社長からも平野からも、厳かな雰囲気が漂っていた。秋元ひかりと平野裕也は顔をあげる。
「えっ・・・えっと・・・」
森島麻衣はしばらく戸惑って、キョロキョロしたが、すぐに
「社長!」
と声を掛ける。
「う、うえ?」
秋元ひかりは、平野裕也の顔を見ると二人の横をこじ開けるようにして、走って逃げた。
「あ!ちょっと待て!こら!」
秋元ひかりはエレベーターに逃げ込んで、ドアを閉まるボタンを連打し、1階のボタンを押した。
「あ~行っちゃった」
森島は悔しそうな口調でそう言ったが、平野は先程から一歩も動いていなかった。
「どうしたの」
平野は答える。
「社長・・・東日本大震災のことを覚えてるから、あんなことを言ってるんだ・・・きっと」
森島は首を傾げる。平野くんは当事者じゃないかと、心のなかでつぶやきながら。平野は続ける。
「社長はさっき、黙祷していたんだよ・・・時計を見たら、午後2時46分だった。社長は、東日本大震災のことを、覚えてくれているんだ。・・・その上で、あのマニュアルを作ったんだとしたら、僕は」
しかし、その後の言葉を続けることは、彼にはできなかった。森島は
「でも、社長は被災していないわ。あなたが伝えたいことのほうが、大事じゃない?」
と言った。平野裕也は泣き出しそうになっていた。社長が何を思って、あのマニュアルを決めたのか。その答えを当時の記憶に求める。苦行であった。
「はあ、そうだ・・・。震災のことをやらずに、通常放送してるテレビ局があったんだ。地上波じゃなかったけど・・・それを見ていると、あの避難所でも・・・日常がちょっとだけ感じられた。あの時の落ち着いた気持ちは、忘れられねえ・・・そういうこと・・・なんだろう」
だとすると、社長の思いを無下にはできない。しかし・・・自分の思いも、捨てることができない平野だった。
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