2033年8月20日午後2時00分
別の番組のプロデューサーたちも唸っていた。
生放送を翌日に控えた伊藤未知雄もそのひとりである。
彼の担当番組の名前は「ワライズ」。クイズ対決の生放送である。チーム戦で、1対1である。チームの誰かがクイズに正解するか、相手チームが間違えるとそのチームに点が入るが、特殊なシステムが有る。ダブルアップだ。答えの正誤判定とは別に、専門の審査員が5人いる。不正解が出ても、その審査員がの内3人が笑えば、それは不正解ではなくボケだと認められ、クイズのポイントが2倍になるのだ。ボケとガチの使い分けが重要な番組なのである。
さて、伊藤の番組は生放送である。出演者をその時間までに確保しなければいけない。しかし、22年前のことを思うと、出演者たちが来られるとは思えなかった。東日本大震災の時の大群衆を思い浮かべる。―第一志望の後期受験を控え、避難した後に、従業員に安全確認を済ませましたからと引き返させられたホテルで、受験はどうなってしまうのだろうと思いながら、テレビの画面からも窓からも見ていた。そんな不安を抱いてなさそうな顔で窓の下を見つめる、新入社員の細木拓人を見つめる。
「あ~、出演者来るかなあ」
伊藤はつぶやいた。
「ま、明日には電車とか復旧してるっしょ!朝市で来れますって!」
東日本大震災を知らない細木の口調が、伊藤には腹立たしかった。だから、当時の体験について話し始める。
「東日本大震災のときは、帰宅難民がすごかったな。当時は大学の後期受験を受けに東京に来てたんだけどさ。すごかったよ。窓の下にびっちりと人がいて、歩いていくんだ。しかも、父を置いてきてたんだけどね・・・連絡全然取れなかったし。もう3日くらいホテルにこもってたな。大学は落ちるし」
「大学落ちたのは実力不足でしょう」
伊藤の口調に怒りが混ざり愚痴と化したのをたしなめる新入社員だった。
「とにかく!僕が言いたいのは、交通がめちゃくちゃ混乱しそうだってことですよ」
「そうですか?今は、道は空いてますよ」
この道のガラガラ度合いも異常だった。それもそのはず。こういう災害が発生したときには、安全な建物にいる人はそこから移動してはいけないというルールが有るのだ。東日本大震災の反省からできたルールである。そのことは細木も知っていた。
「今度は大丈夫だと思いますよ。社内待機のルールができたんですから。それに、日本ですから、電車とかすぐに復旧しますよ」
しかし、それでも不安な伊藤である。
「一応、社内の人だけでどうにかできないか、考えておくよ」
伊藤は自分のデスクから受付に電話する。
「いま、社内にどんな芸能人がいるか、確認していただきますか。メールでリストを送っていただけると、助かります」
電話をかけ終えた伊藤は、細木に指示を出す。
「今のうちに、スタジオの最終確認だ」
「はーい」
「今日はなるべく早く寝て、明日の0時に起きるぞ!」
「えー!」
細木は、嫌だと露骨に顔で示す。
「念のためだ」
伊藤は強い口調で言った。それでもふてくされ顔の新入社員だった。
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