農協おくりびと (96)門前町のカフェレストラン

初瀬(はせ)は、奈良県奈良盆地の南東部、桜井市東部にある集落。

初瀬川に沿ってひらけた、谷口の門前町。

伊勢街道の宿場町として、ふるくから栄えてきた歴史も持っている。


 「隠国(こもりく)の里」とも呼ばれている。

豊かな水と、人を包み込むような地形から、心のふるさとと称されてきた。

初瀬のまちの中に、豊かな歴史と文化が眠っている。

紫式部、紀貫之、松尾芭蕉など、多くの文人がこの地を訪れている。

おおくの人から信仰をあつめる長谷寺も、此処に有る。

「わらしべ長者」の物語も、のどかな山里の景色の中から生まれたものだ

 

 「そのままではまずいですね、目立ちすぎて」

ミニリュックをひろげたちひろが、旅行用の折り畳み帽子を取り出す。

「そいつをかぶれと言うのか、このままじゃどうにも、目立ち過ぎるから」

光悦がツルリと自分の頭をなでる。


 「はい。そのままでは一目瞭然です。

 誰がどう見ても、長谷寺の現役の行者さまです。

 得体のしれないどこかの女と歩いていたなどと、のちほど噂されても可哀想です。

 休みを1日もらってきたということは、それだけ複雑な話になるわけでしょ。

 どこか人目につかない静かなところで、お茶でもしましょうか」


 橋を渡り始めたところで、ちひろが、門前町を振り返る。

ほどよく手入れされた町並みが、ちひろの目に飛び込んでくる。

古い建物と、改装されて新しくなった建物が混とんと混在している。

よく見ると、閉まったままの空き家も見える。


 中世以降。伊勢詣の多くの信者たちが、初瀬の宿場を通過した。

同時に長谷寺の門前町として、発展してきた。

だが平成の時代に入った頃から、かつての栄華に陰りがさしてきた。

近年の高齢化の波と、観光客の減少が、初瀬の家並みの中に空き家を生みだした。

すこしずつだが、かつての美しい町並みが失われてきたような感も有る。


 (それでもこの街並みは、一度、見にくる価値が有ります。

 心に沁みてくるような、日本の古い集落ならではの優しさが漂っていますから)


 古そうな米屋さんがある。

のれんに、三輪そうめんと書いてある。

三輪そうめんって、ここのことだったのかと、ちひろが初めて知る。

名前だけは知っていたけど、どこのものか考えたことがなかった。

(ここが発祥の地と知ってたら、三輪そうめんをおみやげに買っていたのに・・・)


 「ここで、いいか?」

 

 折り畳み帽子をかぶった光悦が、茶房「長谷路」(さぼう・はせじ)を指さす。

近代的な雰囲気の中。同時に古さも感じさせる、和風建築のカフェレストランの前だ。

座敷から中庭の日本庭園が、鑑賞できると書いてある。

「大丈夫ですか?」入っていくと、「は~い」と奥から店員が顔を出した。

開店したばかりで、店内に客の姿は見当たらない。


 「大広間もありますが、3室ある個室もおすすめです。

 改装したばかりの洋風のお部屋と、たたみにお座布団の、日本間があります」


 「日本間が良いな。せっかくだから。

 あ、部屋は分かっている、何度か来ているから勝手にあがらせてもらうよ」


 はい、どうぞと若い店員がクスリと笑う。

「でも似合いませんねぇ光悦さん。そのお帽子、あまりにも可愛すぎて・・・」

クククと笑った店員が、お尻を振りながら厨房へ消えていく。


 奥行きのある庭に、やや大きめの池が見える。

昔ながらの日本庭園のおもむきが、なんとも見た目に心地よい。

飛び石を渡り、200年前に建てられた母屋へ行ける構造になっている。

しかし掴まる場所が見当たらないため、ヒールの高い人や、千鳥足の人は要注意だ。


 屋根から出た広い庇が、秋の日差しをさえぎっている。

ひろい縁側が目の前にひろがる。

素足で歩きたいほど、程よく磨かれた床の木目が、見る人のこころをくすぐる。


 「ここは、250年ちかく続いている酒蔵だ。

 ここにある6棟のぜんぶが、「山田酒店(茶房長谷路)」の名称で、

 国の登録有形文化財に登録されている。

 食事のメニューは3種類。

 「にゅうめん」、「ざる蕎麦」、「そうめん」の3種類で、

 これに、名物の柿の葉ずし2個がついてくる。

 長旅でお腹が空いただろう、さきに食事をすませよう。

 話はそのあと。君の疑問に答えるよ」



(97)へつづく

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