テストだよ。対策しよう、勉強会! ←川柳にしたいならエクスクラメーションマーク外せよ......

『とってもお上手ですよ、お父さん』


『はっはっは! 二人して、そんなに誉めたって何も出ないぞ! 笑い声は出るけどな!』


「......ひでぇ」


『そんなお父さんも素敵です』


「はっはっは! はっはっはー!」


 ......なんて感じの、一ヶ月ぶりくらいになる両親との電話。


 人間普通に生きていると、一ヶ月あれば話題の種なんてそれはもう湧き出るほどにあるわけで。

 芽が生えて茎が伸びて、それはもう話に花を咲かせまくって、長々とした......具体的には一時間あろうかという会話を続けていた。


 しかしまぁ、湧き出るほどにあるとはいっても、やはり暗い色の花なんかもあるものだ。

 そして、湧き出る泉はいつしか枯れる。


 ......分かりやすく言うと、まだまだ色々と話したいこともあるけど、そろそろやめよっか? みたいなムードになってきたよってこと。


 んで、そんなムードに差し掛かり、どちらかがまた今度と言ってしまえばそれで互いの受話器は置かれるような、そんな状況の時。


『あぁ、そういえば』


 本当になんでもないように、なんでもなさげに、俺の父、詩矢成しやなる自努じどは言った。


 実際、なんでもないようなことだ。

 一般的にはなんでもないというイメージが定着しているような、別れ際に取り敢えず聞いとくか、みたいなノリで言われても全然不思議じゃないような話。


 しかし、今の俺には......ヘッドショット。

 一撃死するくらい、大ダメージだ。


『――お前......中間テスト、どうなの』


「うん! 大丈夫だよ! バイバイ!」


『あ、おい――』


 ガチャ! ツーツーツー。


「ふぅ......焦ったぁ......」


 別に冷や汗なんぞかいてはいないが、俺の緊張の収まりを示すかのように、額を服の袖で拭くような真似をする。


 もちろん、ただ今回のテストに自信がないってだけじゃあこんな焦って電話を切ったりはしない。

 これでも、礼儀やルール、マナーなんかはしっかりしてるという自負はあるつもりなのだ。


 いただきますからご馳走さままで言える、ちゃんとした子だ。

 ちゃんとした子だ(強調)。


 しかしなぁ、流石に、緊急事態ともなると、礼儀やルール、マナーなんぞは無視するより他にないというものだろう。


 だって、今この家で起きてる、天災級の超ビッグサイズの面倒事と、中間テストの話っていうのは、すさまじく密接に関係してる話なんだからさ。


 もしもバレてしまうようなことでもあれば、俺は一生あのバカ親父の人を嗤うような声を聞き続けるハメになる。

 地獄だ。

 ヘルだ。


 ヘルッドショットだ。

 これ、実際は存在しないヘルの過去形とかけてんだぜ。分かりにくいけどな。


 まぁ、まさか更にお金を掛けてまで国際電話で掛けてくることもないだろう。

 前々から、電話は月一だったし。


 うん、よし。それじゃあ......そろそろ現実逃避はやめて、現実を見るか。


「――なんの電話だったのだ、勇?」


 リビングのドアが開き、一人の少女が顔を覗かせて言う。


 魔王。マーウ・クロノオ。

 少女という言葉には明らかに不似合いな称号であるが、実際ここにいる少女は、かつて違う世界で魔王と君臨していた、正真正銘魔族の王である。


 強い意思を宿す赤い瞳に、輝かしいほどの金髪。容姿端麗で、ありがちな表現ではあるが、その顔は正に人形のよう。

 ......リカちゃん人形とはまた違うけどな。かといって、西洋の人形って感じでもないし......あれ、こんな人形なんてなくね?


 えーと、だから、つまり......そう、現実ではありえないほど可愛いってことの表現だ。うん。

 ま、可愛いのは顔と身長とおっぱ(自主規制)くらいのもので、内面は可愛いどころかドブスなんだけどな。

 ド・ブスだから。マジ。この性格を顔にしろって言われたら、絶対妖怪が描けてしまうぞ。

 あれみたいな。もの○け姫の祟り神みたいなのが描ける。多分。

 あのドス黒いクモみたいな奴な。


 マーウの場合、ブス黒いゲスみたいな奴が描ける。


「俺の両親からだ。ごめんな」


「ん? 何の話で謝られてるのか全然分からないぞ?」


 反省してんだよ。


 流石にもののけ姫の祟り神は言い過ぎだった。うん。

 そうだな、精々クトゥルフの化け物くらいかな。邪神とか。


「魔王様~、はやく勉強に戻られて下さ~い。勇と雑談する暇なんてないはずですよ~」


「うぅ、メドゥ~......」


 リビングの奥から、そんな芽戸めいどの声が聞こえ、マーウは嫌そうな顔をしてリビングへ顔を向けた。


 芽戸めいど宇佐うさ。実の名をメドゥーサ。

 魔王軍最強の幹部三人衆の一人にして、もっとも魔王と近い者。


 燃えるような赤い髪と、ギラギラ輝く黄色い瞳。

 こうして言ってみると、マーウとはまた全く逆方向の外見だな。


 マーウは瞳が赤く、芽戸は髪が赤い。

 芽戸は瞳が黄色く、マーウは髪が金色。


 性格だって、バカと頭脳明晰で全然ちがうし。

 だって、芽戸ってこの世界に来てからほんの僅かな時間で、この世界に適応しちまってるもんな。

 勉強面でも、生活面でも。


 ハプニングに強いのかもな。


 だからといって、適応し過ぎな感はあるけど。


 最初の残忍に人を殺せるキャラはどこえやら、だ。

 キャラ変しちまってんじゃねぇか。

 ツンデレキャラで定着しちゃってんじゃねぇか。


 とはいっても、デレるのはマーウに対してのみであり、俺にはツンしかないんだけど。

 局地的で限定的なツンデレだ。


 ......それで、えーと、俺は何の話をしてたんだっけか......あぁ、そうだ。

 ここまで違う二人が、なんであんなに仲がいいんだろうって話だった。


 いや、だからこそ、なのかもしれない。

 磁石のSとNはくっつくように、凸凹は互いにはまるように。


 違うからこそ、相性がいいのかもな。


 マーウと芽戸......か。


 思えば、すっかりこの名前で呼ぶのが定着してる。

 マーウも、部活の件が終わってからは俺のことを勇と呼んでくれるし。


 魔王と勇者の距離が縮むとか、いい変化じゃないんだろうけど、素直に嬉しい。

 今までの『お前』とか『こいつ』とかは、実は結構心にきてたんだよな。


「はぁ......俺も勉強しないとな......マーウ、行くぞ」


「でも、勉強は嫌いなのだ......」


「うっせぇ。俺だって嫌いだがな、だからってやらないわけにはいかないんだよ。お前にもやらなきゃなんねぇ理由があんだろうが」


「うぅ......」


 そんなに唇を尖らせたってなぁ。分かってんならだぁだぁ言わないでやりゃあいいのに。


 いつまで経っても動きそうにないマーウの腕を掴み、無理矢理リビングへと進......んだはいいが。


「......!」


 部屋に入った後のすぐ隣にいた、土下座をしてるこの男、すげぇ気になる。


 顔真っ赤で俺をジッと睨んでる。なんなんだお前。


「くっ......魔王様、大丈夫ッスか......!?」


「だいじょーぶじゃなーい! 勇をやっつけろー」


「承知したッス! 勇者、かく」


「ケルベロス、お前はもっと静かにしろ! 魔王様の勉強にならないではないか! 土下座プラス二時間だ!」


「しょ、承知したッス......」


 芽戸に土下座を強要されているこの男は、言わずもがなケルベロスである。

 名前(この世界の)はまだない。

 どうして来たのかとんと見当がつかぬ。

 何でも雲ひとつない快晴の日にニャーニャー泣かせたことだけは記憶している。

 吾輩はそこで初めて真のバカというものを見た。しかもあとで聞くとそれはケルベロスという真のバカ中で一番忠実な種族であったそうだ。


 ......というわがねこ(絶対流行らない略し方だ)ネタはともかくとして、このケルベロス。

 いや、ケルベロスだけじゃない。平然とした顔で、リビングの机の上にプリントやらファイルやらノートやらを広げている芽戸や、勉強したくないと喚くマーウだってそうだ。


 まず先に言っておくが、この家は俺の家である。

 別に俺が購入した家ってわけじゃなくて、正確には両腕が購入した一軒家なのだけど、でも、その二人はここにはいないわけだから、実質この家は俺のもんだろっていう、そういう意味合いな。


 で、だ。随分とこの現実についてお話するのが遅れてしまったが、どうしてこいつらがここにいるのか。


 とてもとても簡単な話、勉強会である。

 理由は......まぁ実際に見てもらった方が早いか。


 ちょっとタイムワープして、こんな状況に陥った原因を見てもらうぜ。


 さーん、にーい、いー。


 ◇ ◇ ◇


「マーウさん」


「なんですか、タヌ......ま先生!」


「まずは、部活設立おめでとうございます」


「ありがとうございます!」


「では、あなたが部長になるんですよね~?」


「そのつもりです!」


「じゃあ、今度のテストはどうするつもりなんですか~?」


「テス......な、なんとかします!」


「でも、普段のあなたの授業態度を見ると......とても何とかなるようには見えないというか......」


「ギクッ」


「部長たる者、それなりの成績は取らないとマズイですよ」


「ギクギクッ」


「そうですね......全教科、四十点以上は最低でも必要なのではないでしょうか~」


「ギックリ腰!」


「ボケが斬新ですね~」


「そ、それより先生! 全教科四十点以上なんて、私には無理ですよ! 不可能です! 不可侵領域です!」


「他の人にとっては可侵領域です......そんなに自分に自信がないなら、教えてもらったらいいじゃないですか。幸い、仲がいい芽戸さんは成績もいい感じですし、お世話係の詩矢成君だって勉強ができないわけじゃないですし、いざとなれば井蝶いちょうさんだっているんですし」


「う......やらなきゃ、駄目?」


「駄目です」


「うぅ......分かった! やる! やってやるぅ――!!」


 ◇ ◇ ◇


 という具合である。


 まぁ、これは俺が実際に見た場面ってわけじゃなくて、ただマーウから伝え聞いただけなんだけど、それなりに再現度は高かったと思うぜ。


 それで......じゃあなんでマーウは井蝶じゃなくて俺や芽戸と勉強をすることを選んだのかっつーと、それがまた色々あったんだよな。


 というかだな、元々マーウは、最初は井蝶を頼ったんだよ。

 それを見て芽戸は随分しょんぼりしてたけど。しぼんだ風船みたいになってた。


 だけど、昼休み中井蝶と一緒に図書室に行ってから帰って来たときのマーウは、まるで死にかけの老人のような青ざめた顔してたんだよ。


 なんでも、


「あ、あれは人間にできることじゃない......」


 だ、そうだ。


 そもそもお前人間じゃないだろ、っていうツッコミはともかくとして、どうやら井蝶の勉強方法は合わなかったらしい。

 人間離れしてたらしい。


 まぁ、俗に言う天才ってやつは、天才なりのやり方っていうもんを持ってるからなぁ。井蝶もきっと、その筋なんだろう。


 まったく、どうして俺があんな天上の人みたいな奴に好かれたのか、皆目見当がつかねぇな。


 考えても仕方ないし、ひとまずそのことは置いておくけど。

 棚に上げとこう。


 で、そんな経緯もあって、マーウは結局俺と芽戸を頼ったってわけだ。

 勉強会ってことで、俺の家のリビングが占領されちまってたりもするわけだ。


 本当、こんなのがあの親父に知れたら、なんて言われるか分からねぇ。

 いや、なんて言うかは分かるな。確信する域で。


『お前が家に女の子を二人も連れ込むって、はははは!! やるようになったな、勇!』


 こんなところだろう。


 ケルベロスもいるんだけどな。

 オマケ的な奴だけど。


 お菓子コーナーに売られてるちっさいフィギュアの箱の中に入ってるガムみたいな奴だけど。


「勇! ここ教えてくれ!」


「はいはい......」


 ......まぁ、正直な俺の気持ち的には、嫌じゃあないけどな。

 こんな風に、皆と一緒に勉強するのって、今までしたことなかったし。


 ――なーんて思うも束の間のこと。

 マーウと一緒にいると、災いが俺に降りかかるのは必然なのだった。

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