絶対絶命絶好調! ←最後の奴のせいでピンチ感が全然ないぞ......
「ちっ......」
面倒なことになった。
今日だけで三度目にもなる舌打ちをしながら、そんなことを考える。
今度は呑気に......ではない。
用心して、注意深く周囲を観察しつつ、だ。
戦いにおいて重要なのは、相手を知ること、己を知ること、そして、周囲を知ることである。
地形というのはそのまま戦略に影響するし、風向きなどで使える技も限られてくる。
例えば風が強いときに、炎を出す技、兵器などを使おうとすると、火が風に煽られて味方や関係のない人までをも巻き込みかねないし、狭い室内などでは、長い得物......槍などは振り回しにくく、こちらが不利となる。
逆に広々とした地形では、弓などの遠距離から狙える兵器のある方が圧倒的に有利となる......という風に、周囲の情報というのは、戦闘において最も重要視される情報の一つなのだ。
戦いは始まる前から、既に始まっているのである。
いやもう、俺が周囲の観察を始めた時には、既に戦闘の方が始まってしまっていたのだけれど。
幸い、周囲に人影はない......が、民家はある。大きな音を出せば気付かれるかもしれないな。
さっきの衝突の音もかなり危険だったけど、多分まだ大丈夫......のはずだ。
俺の力が露見するのはもちろん、こいつの力が露見するのもマズイ......近所でややこしいいざこざはおこしたくないのだ。
......となるとやはり、なるべく音を出さないように、肉弾戦での短期決戦が最も有効か。
「......ふっ」
いつの間にか、異世界にいた頃の戦いばかりの日々を送っていた頃の俺の思考に戻っていたことに苦笑しつつ、汚れた制服を払って立ち上がる。
吹き飛ばされてからここまでの時間、僅か三秒。
しかし、俺は見落としていた。
瞬時に行動しなければならないが故、必要に思える情報のみを収集し、真に必要な情報をすっかりと。
先に、俺も言ったではないか。戦いにおいて重要なのは、相手を知ること、己を知ること、周囲を知ることだと。
何故、一度戦い、勝ったことのある相手だからといって、相手を知るという行為をしなかった?
相手が以前と同じ状態であるとは、限らないだろうに。
「勝手に動かない方がいいッスよ......この女、どうなってもいいんスか」
片腕で、抱き締めるように......
首を締められていた、その少女は。
俺のよく知る人物で。
「――ごめ、ん......
「
前に見た、エロい部活用の格好だとか、そういう情報は全然どうでもいい。
井蝶が、
人質、だと?
そんな。
そんな、だって......井蝶だぜ?
何の関係もないじゃないか。なんで、井蝶が......
「前に、確か学校っつーんスか、あの施設。あれの前で、随分仲良く話してたッスよね、この女と」
言い、ケルベロスはさも井蝶が人質であると示すかのように、更にキツく井蝶を締め上げた。
井蝶の踵が、地面から浮く。
「きっ......ぅ......!」
「お前......!」
俺はこの時初めて、憤怒という感情を知ったのかもしれない。
怒りなどという小さな感情の渦ではない。大きな感情の噴火である、憤怒を。
「そう怖い顔をしないで下さいッスよ。俺だって、こんな下劣な行為をしたくてやってるわけじゃないんスよ?」
少し力を緩めて、井蝶の踵を地面に付けさせながら言うケルベロス。
「何が目的だ」
震える拳握り締めて、俺は絞り出すように言った。
下手なことをして、井蝶に怪我は負わせられない。
本当なら、今すぐこいつを殴って地面に伏させ、謝罪の言葉を吐かせながら頭を蹴り飛ばしてやりたいくらいだった。
実際、俺の力ならばそれも可能だろう。
俺とこいつには、それほどに力の差、力量の違いという奴がある。
しかし、空っぽで、何も自分で決めてこなかった俺には、こういう時の決断力が足りない。
もしも、もしもと思ってしまえば......動けないのだ。
芽戸ならば、かっこよく井蝶を救い出すことも可能なのだろう。
決断力という話をするに置いては、もしかすると、マーウですら、井蝶を救い出せるかもしれない。
だけど俺には、どうしようもなく......無理な話だった。
やっぱり、自己嫌悪で死にそうだ。
いや、自己嫌悪で死にたくなる。
俺の憤怒は、ケルベロスに、そして俺自身にも向けられているのだった。
「なに、簡単な話ッスよ......魔王様とメドゥーサを解放しろ、これだけが俺がお前に求めることッス」
「解放?」
「とぼけても無駄ッス。お前が何かを使って二人を従わせているのは......分かってるんスからッ!」
言いながら、ケルベロスは井蝶を片腕に抱いたまま、俺に急接近し、右足で今度は俺の胴体を薙ごうとした。
「っ!」
咄嗟に頭を屈め、それを回避した後、浮いたままの足を掴んで地面に叩き付けようとして......思いとどまる。
そんなことをして、井蝶は無事でいられるのか?
戦闘時の研ぎ澄まされた速すぎる思考が、常に俺にその可能性を呈示し続けた。
その度に、逆転の策を練っていた頭が停止する。
何度考えても、同じ場所で止まってしまう。
まるで、最初から答えのない謎解きのようだった。
堂々巡りが続く。
「――まだまだッス!」
左、右、左、右と、交互に繰り出される烈脚を、受けては避け、避けては受けと流し......時たま反撃をしようとしては。
「ぅ......」
苦しそうな井蝶の顔を見て、やめる。
「さぁさぁ、さっさと解放するッスよ!」
「だから、知らねぇって......!」
「そんなわけはないッス! あの二人が、勇者ごときに従っているのはおかしいんスから! お前が何かをしたに違いないッス!」
そうだ。そうだった。
こいつはバカなのだった。
バカで......忠誠なのだった。
実際に二人に聞いてみれば全然そうでもないというのに、勝手に俺が何かしたと勘違いし、人質まで取って俺を襲っている。
完全に、忠誠心とバカが悪い方向へと合わさってしまっている。
どちらにとっても、何の益もない無駄な戦いだ。
だけど、勘違いしているケルベロスは、それにも気付かない。
バカだから。
「お前、それ勘違い......!」
「ごちゃごちゃ言うなッス! 早くしないと、この女死ぬッスよ!」
だけど......そんなこいつのバカから始まった、バカらしい戦いでも。
死人が出ようとしている。
俺のクラスメイトが死のうとしている。
井蝶蓮が死のうとしている。
「ぐあっ!?」
遂に、避けきれなかった左足の一撃が脇腹に直撃する。
骨で守られていない内臓たちが、内側から弾け飛んだかのように、腹の中で踊り狂った。
言ったろうが。脇腹は人類の弱点だって......!
「が......!」
地面に膝を付き、口から出ようとした今日の給食か、はたまた内臓かを必死に手で抑え込む。
いくら異世界に行ったときのスキルで肉体が強化されているからといって、骨のない部位への直接攻撃は、痛い。
痛いのだ。どうしようもなく、痛い。
普段の日常では経験し得ない痛みが、俺の全身を走り抜けていく。
もしかしたら、このまま反撃できないでいると、俺の方が死ぬかもしれない。
そんな恐怖が、突然沸き起こる。
「――いいんスよ、別に。お前が死んだら死んだで、二人は解放されるッスから。むしろそっちの方が望ましいッス」
そして今、ケルベロスは俺を殺すつもりなのだと知った。
震える。
体が震えて、動かない。
頭が同じ言葉の復唱を始める。
死にたくない。でも、井蝶に死んでほしくない。
だから、動けない。でも動かないと、死ぬ。
死にたくない。でも、井蝶に死んでほしくない。
だから、動けない。でも動かないと、死ぬ。
死にたくない。でも、井蝶に死んでほしくない。
だから、動けない。でも動かないと、死ぬ。
それは大合唱のように、頭の中で響き続けた。
「早く、早くするッス!」
激しい動きの中で、井蝶も徐々に力を失っていくのが目に見えて分かる。
駄目だ。
このまま、どっちかが死ななければならないのかもしれない。
こんな、下らない戦いで死ぬなんて嫌だ。
そんな感情すらも沸かない。
死ぬなら......俺の方がいい。
遂に俺は、そんなことまで考え始めていた。
友達はいないから、悲しむ人も少ないし。
井蝶は人気者だから、死んではいけないだろうし。
井蝶が死ぬのを見るのは......言葉通り、死んでもごめんだし。
もし俺が死んだら、井蝶は泣いてくれるだろうか。
そうなら......少し、嬉しいかな。
「......死ぬなら死ぬでいいッスけど、簡単には殺さないッスよ。今までの恨みがあるッスからね!」
気付けば、俺は地面に転がったまま、何度も何度も蹴られ続けていた。
もう感覚が麻痺したのか、痛みもあまり感じない。
虚ろな視界の中で、段々眠気にも似た感覚が迫ってくる。
きっとこれに呑まれれば、そのまま俺は死ぬのだろう。
「このまま......」
ならば、そんなのでもいいか。
どうせ自己嫌悪で、死にたかったのだし。
マーウは部活、作れるだろうか......そんなことを最後に考えて、意識を微睡み投げようとした......その時である。
「――このまま死のうだなんて、言わないでよ! 君はそうやって逃げてばかりで! 私の好きな人なんだったら、もっとカッコつけなさいよこの馬鹿ぁ――!!」
今のは、井蝶か?
あまりの衝撃的な言葉に、脳を直接殴られたかのように、思考が停止する。
微睡みは消え、それに呑まれようとした意識も、消える。
「この女!?」
ケルベロスの腕には、大きな噛み跡があった。
どうやら、俺をいたぶるのに必死で少し緩んでいた腕に噛み付いて脱出したようだ。
ケルベロスの束縛から逃れた井蝶は、溜め込んできた言葉を一気に吐き出す。
「マーウちゃんだって、ずっと君を待ってたんだよ! 最後の一人は君だった! 芽戸ちゃんだって、一年生のブリットちゃんだって、生徒会長だって、田沼先生だって、ずっと君を待ってる! 君は最低だよ! たくさんの女の子をたぶらかして! 私は去年からずっと君のことが好きだったのに! 君はどんどん女の子を増やして! 最低だよ! 本当に最低だよ! だけど、私はそんな君のことを好きになっちゃったんだもん! だから......」
それは、一年間も溜め込んできた思い。
膨れ上がって、爆発しそうだったのを、ずっとずっと我慢してきた思いだった。
それが今、爆発する。
「――そろそろ自分で決めて、自分で動けぇ――――!!」
はは。
俺はアニメやマンガの主人公なんかじゃないから、正直、このタイミングでの告白を綺麗に受け止めて、行動することはできない。
もう、嬉しくって飛び上がりそうだ。
嬉しい。
友達なんていらないとは言ったけど、まさか告白がこんなに嬉しいものだとは、これっぽっちも思っていなかった。
プラス、恥ずかしすぎて死にそう。
もう死んでもいいやって思えるくらいに嬉しくて、死にたいほどに恥ずかしいけど。
死んじゃだめだよな。
こんな戦闘中なんかじゃなくて、もっとちゃんと、井蝶の気持ちに答えないといけないんだから。
生きなきゃ。
そうだ。俺はアニメやマンガの主人公みたいに、カッコよく行動することはできない。
けれど。
カッコ悪くても、惨めったらしくても、行動することなら、できるはずだ。
俺は今こそ、自分で決めるのだ。
決めて、行動するのだ。
そうだ、俺は。あいつみたいに。
「《テゥ・マァ・ト》」
最上位の回復魔法。
飛び散った俺の血液がみるみる内に、俺の肉体へと集約される。
傷は癒え、視界は澄む。
普段よりも、感覚が研ぎ澄まされているような気すらする。
ひょいっと立ち上がり、俺はケルベロスの前に立った。
「お、おい勇者! この女がどうなっても......」
「《キベッツ》」
突然の俺の復活に焦って、井蝶に伸ばそうとした手を、中位の風魔法の突風で弾き飛ばし、
「《ダァイ・コゥン》」
一時的な肉体強化魔法により、通常の数倍のスピードで動く体で瞬時に加速し、井蝶をさらう。
お姫様抱っこで......ある。
ご要望通り、少しばかりカッコつけてみた。
まぁ、さっきまで地面に倒れたまま何度も蹴りつけられていた男が、急にこんなことをし始めてもただただ滑稽なだけだろうので、本当にカッコつけてるだけなのだが。
「ごめん井蝶。後でまた、ちゃんと話す」
そのまま何十メートルか進み、井蝶を下ろして俺は言った。
「うん。頑張ってね、詩矢成君」
井蝶は顔を真っ赤に染めて、ただそれだけを。
さっき言ったことが今になって恥ずかしいのか。
可愛い奴。
「――さて、ケルベロス」
「あぁやられた、やられたッス。この世界の人間は弱いからって、油断したッスよ」
俺の言葉を遮って、ケルベロスはそんなことをわざとらしく言った。
「――でも、俺もだいぶ強くなったんスよ、勇者。この前までの俺と、一緒にしないでもらいたいッスね!」
どうやら、さっきの井蝶の告白など耳に入っていないらしい。
まったく気にした素振りを見せずに、ケルベロスは俺に向けて一直線に急加速して近付く。
しかし......速い。
もしかすると、肉体強化魔法を使用している俺よりも速いかもしれない。
奴はスピードファイター......蝶のように舞い、蜂のように刺す男。
ひょろっとした肉体のわりには肉弾戦を得意としている。
以前も既に凄まじいスピードだったのだが......しばらく見ないうちに、また一段と速くなったようだ。
だが残念ながら。
「《ミリン》」
たった一つの複製魔法。
俺は自分自身を複製して、二体目の俺を作り出す。
自分という存在が二人いるという感覚は非常に気持ち悪いので、普段これはあまり使わない技なのだが......まぁ今回は久し振りなので試しに使ってみようと思ったのだ。
「ふ、二人!?」
そして、速すぎるというのには、ある欠点がある。
車は急に止まれないように。
「捕まえた」
ガッチリと、一人目の俺のところに突っ込んで来てくれたケルベロスの腕を掴み、
「借りは返させてもらうぜ」
二人目の俺が、無防備かつ動けないケルベロスを、無慈悲に蹴り飛ばす。
的確に、脇腹をである。
痛そう。ざまぁないぜ。人類の弱点の痛みを思い知れ。
「さぁてどうやっていたぶってやろうかなぁ......アァ!?」
長時間やるとどっちが本体か分からなくなって危険なので、直ぐに二体目を戻し、地面に伏したケルベロスをポキポキ指を鳴らして見下ろす。
罰の時間だ。
たっぷり悲鳴を聞かせておくれ。
「させないッス......!」
「うおっ」
なんと。
驚いたことに、ケルベロスは地面に伏した状態から、蹴り飛ばそうとした俺の足をガッチリと掴んだのだ。
ちょっとマズイか。
「お前から魔王様とメドゥーサを解放するまでは、絶対に負けられないんス――!!」
そのまま立ち上がり、自分の体を軸に俺の体を振り回す。
その様はまるで、人間砲丸投げであった。
足が千切れそう。
凄まじい執念だ。
「だからそれはお前の誤解なんだって......!!」
「この期に及んでまだ嘘を吐くんスか! そんな奴はこうッス!」
完全に浮き上がり、一秒で三回転くらいしてるんじゃないかと思えるようなスピードで回り続ける俺の体を、ケルベロスは突然手離した。
当然、そんな凄まじいスピードで回転していた俺の体は、ほとんど減速をかけられずに、頭から近くの民家に衝突することになる......はずだったが。
「《ナゥ・スビ》!」
負担の大きい重力制御魔法を使い、無理矢理俺の体を百八十度回転させる。
そのまま、民家に衝突するのとほぼ同時に膝を曲げ、力を分散。
俺はまるで忍者のように、壁に真横に張り付いた。
「このわからず屋が!!」
そして、肉体強化魔法によって強化された異常な足の筋肉を使い、真横に......跳ぶ!
「ま、待て勇者! ちょ......」
人間離れした動きで急接近する俺に対して慌てふためき、ケルベロスは咄嗟にその場を離れようとするが、遅い。
遅すぎる。
俺は確かに、純粋な体の動きではお前に劣るが。
判断のスピードという面では、バカなお前よりは確実に勝っている自信があった。
実際、勝っていた。
まぁ、俺に決断力はなかったのだけれど。
「ちょっと眠ってろ」
「......ぐぉ......!?」
そして、渾身の腹パンである。
宙を真横に移動できるほどのスピードの全てを拳に乗せた、一撃。
ケルベロスの腹がボコッとへこみ、反対側が一瞬膨れ上がったような気がした。
「......まお......さま......」
「な......まだお前気ぃ失わないのかよ。すんげぇ忠誠心だな」
もはや白目を剥いているような状態で尚、魔王様と呼び続ける。
これが番犬の忠誠心か。
いや......これはもはや、忠犬だ。
ハチ公にも負けず劣らずの......忠誠心だ。
「いいから、眠ってた方が楽だぜ」
次は確実に無理矢理眠らせるために、首筋へとチョップを打ち込む。
「ぁ......」
そのまま俺に倒れかかるようにして、今度こそ気を失ったケルベロス。
本当に、お前はすげぇ奴だ。
こんな部下を持つ、マーウの奴も。
ケルベロスを俺は肩に担ぎ、そのまま井蝶のところまで歩いて行って......言う。
「――ありがとう、井蝶。勝てたぜ」
「うん。勝ったね」
色々聞きたいことがあるのだろう。井蝶は凄まじく複雑な表情をしている。
そんな中、俺は先に口を開いた。
「俺さ、部活を作ろうとしてるマーウを見てると、いっつもなんだかイライラしてたんだ」
「うん」
「理由が分かった。それは、俺が空っぽだからだ。空っぽな俺は、中身が詰まったあいつが羨ましくてたまらなかったんだ」
沢山の人に尊敬され、愛されるあいつが。
羨ましかった。
「俺、やっぱ陸上部には入れないよ。あいつの......かがく部に入ってやらなきゃ」
それが、空っぽな俺の答え。
空っぽなら、そこに何かを入れていけばいい。
それを続けていけば......いずれ、俺もマーウな、中身の詰まった人間になれるのかもしれない。
これは、その為の一歩だ。
求められていることを自分で考えて、段々中身を詰めていく。
今回は、それがかがく部に入ることだったということ。
だけどやっぱ、今まで入らないと言っていたのに、突然入るとか言うのは少し気恥ずかしいな。
「――だって俺、あいつのお世話係だからさ」
俺のとった苦し紛れの理由付け。
理由から行動するのではなく。
行動した後に、理由を付ける。
それは、俺が初めて自分で決めて、自分で行動したことだった。
「......そっか。うん、そうだよね。君は......そうなんだよね」
無理矢理笑顔を作り出して、井蝶は言う。
約束を破ってしまったのだから、そりゃあ怒るだろう。
悲しいのかもしれない。
たまらず、俺はたった三文字に込めた大きな謝罪を送る。
「ごめん」
「謝ることなんかないよ。君が自分で行動したことなんだったら、私にはなんにも言えないもん」
「でも、お前のおかげで出来たことだ」
「そうかな? ......うん、そうだったら、嬉しい」
今度こそ、ちゃんとした笑みを見せて、井蝶は言った。
......さて、つい後回しにしてしまったが......今度はこの話もしなければなるまい。
「い......」
......ちょっと待てよ。肩に男を担いだ状態で、告白の返事をするってどうなんだ?
駄目だ。
迷う必要もなく駄目だ。
これ以上ないほどに駄目だ。
それを悟り、まるでゴミをポイ捨てするかのような軽い感じで、俺はケルベロスを地面に捨てた。
アニメ化されたとき、カメラのフレームに入らないよう、足で蹴り飛ばして、である。
既に気絶しているのに、酷い扱いであった。
「井蝶」
「う、うん」
普段なら少しはリアクションを取るだろう井蝶も、今回ばかりは肩を縮こまらせて、ブンブンと首を縦に振る。
緊張してるのか。
そうだろうなぁ。
俺もすっげぇ緊張するし。
「俺、お前に好きだって言われて、凄い嬉しかった」
「そ、そうなんだぁ」
他人事みたいに言ってどうするんだ、井蝶。
「やっぱ俺、お前のこと大好きなんだなって思った」
「へー......え? うそ、ほ、ほんと?」
もう緊張し過ぎて、井蝶も自分で自分が何を言ってるのか分かんなくなってるんじゃなかろうか。
「ほんとだ。お前が死ぬよりは、俺が死ぬ方がいいって思ったんだぜ。好きじゃないわけがない」
まぁ、言ってる俺も、顔真っ赤なんだろうけど。
ゆでダコより赤いと自覚してる。
赤って色より赤いかもしれない。
「じゃ、じゃあ......」
涙を滲ませて、井蝶は俺の顔を見た。
うぅ......なんだか、次の言葉がすっげぇ言いづらくなるんだけど......
......よし、言うぞ。
「――だから......俺と、友達になって下さい」
「はい喜んで......え?」
分かってる。
分かってるさ。
こういう時、普通はお付き合いして下さいとか、そういうのを言うんだろ。
知ってるよ。
知ってるに決まってるじゃないか。
だけどな、俺、思ったんだよ。
友達をすっぽかして恋人ってのはどうなのかな、と......
俺、友達いなかったし。
今まで、井蝶の認識クラスメイトだったし。
まずは友達からということで、始められないだろうか。
「......私のこと、今まで友達だとすら思ってなかったの?」
緊張も忘れて、井蝶は少し怒り気味である。
プンプンって感じだ。
まぁ怒るよなぁ。当たり前だよなぁ。
「君......へたれだね」
「滅相も御座いません......」
痛恨の一撃。
その言葉が怖かった!
「ふぅ......でも、いいよ」
「え、いいの?」
「証言とれたからね。君はもう私のものといっても過言じゃないよ」
「俺の所有権はお前にあるのか」
衝撃の事実である。
「――よろしく、詩矢成君」
そうやって、今さらのように出された右手を。
「よろしく、井蝶」
今さらのように握り返し。
俺と井蝶は、友達になった。
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