番犬、襲来! ←それもう番犬じゃないから......
時間はドンドン進んで一週間後。
「お願いします! あと一人でいいんです!」
部活動設立まであと一人。
今までがあまりにトントン拍子に進んだものだから、最後の一人くらいサクッと集まるものだと思っていたのだが、これがもう全然見当違いで、結果から言うと駄目駄目だった。
多分、マーウは一年三年含め、全ての教室を回っていると思う......が、どうしても最後の一人が集まらない。
貼り紙を作ったり、もう一度教室を回り直したりもしているのだが......正直、俺はもう諦めムードである。
「もうさ、諦めねぇか?」
昼休み、勧誘を行っていてまたもや肩を落として教室から出てきたマーウに、俺はそう言う。
「嫌だ!」
だろうな。お前がそう簡単に諦めるはずないもんなぁ。
ほんと、なんでそんなに必死なんだよ。
芽戸が言ってた通り、周りの人のために部活を作ろうとしてるなら、どうしてそこまで必死になれるんだ。
俺にはまったく分からねぇ。
すごく、嫌な気持ちになる。
なんなんだろう、この気持ちは。
必死になってるマーウを見て、嫌な気持ちを出す俺が嫌になる。
自己嫌悪で死にそうだ。
だから、諦めさせる。
「もう無理なんだよ。ブリットや会長なんてレアケースだったんだ。今の時期で部活に入っていなくて、それに加えてお前の部活に入りたいなんていう奇人はそうそういないんだ」
「分かってる......けど......!」
あと一人なんだから、諦めたくない。
そう言いたいかのように、マーウは顔を歪ませた。
でも言えない。
これ以上は無理だと、マーウの中でもどうしようもなく、分かってしまっているから。
「もう無理だろ。お前や芽戸みたいな転校生でも現れない限り、無理だって」
そして、その転校生とやらが現れる可能性はまずない。
つまり、不可能。
「う、うぅ......」
今にも泣きそうな顔で、マーウは俯く。
こらえているのか。
泣いてしまえば、諦めてしまったことになるとでも、思っているのだろうか。
「嫌だ......私は、作る......部活を......」
途切れ途切れの言葉には、頑固な意思があった。
諦めさせるのは、無理か。
部活を作るのが無理なように、諦めさせるのもまた、無理。
「――もういい。勝手にやれ」
これ以上、頑張ってるマーウを見るのはごめんだった。
俺の心も傷付くから。
「お、お前なんかがいなくても、作ってやるからな!」
そう叫ぶマーウを置いて、俺は一人、教室へと戻った。
思えば、俺がお世話係を始めてから、学校で自主的にマーウと離れたのは、これが初めてだったかもしれない。
◇ ◇ ◇
教室に戻ってからは何となくマーウと顔を会わせづらくなり、従って芽戸との口数も減り、自然と俺の口は井蝶との会話のために開いていた。
「――ふーん、それで、詩矢成君は諦めちゃったんだ」
今日あった出来事を粗方説明した俺は、そんな肩を竦める井蝶を見る羽目になった。
なんだか少し、罪悪感が残る。
「まぁな......あいつはそんなこと、しないんだろうけど」
時々マーウに目を向けると、一人しょんぼりしていたり、芽戸が慰めていたり、目が合うと、べーっと舌を出して顔を背けられたりである。
まったく諦めるつもりはないらしい。
「でもまだ一人、勧誘してない人がいるよね」
井蝶は少し笑いながら言った。
「いや、多分全員勧誘したと思うぞ。この学校内の生徒だったら」
「そうじゃなくて......いや、気付かない方が私にとってはいいんだろうけど」
よく分からんことを言う。
「ふぅん。まぁお前が言うんだから、まだ一人、見逃がしてる奴がいるのかもな。ま、気付かない方がお前にとっていいってんなら、マーウには伝えないでおくよ」
「そっか......素なんだね、それが」
「素?」
「なんでもない」
普段からよく俺の理解を超越した奴ではあったが、今日は一段とまた、意味不明な奴だ。
脈絡がないと言うより、わざと隠してる感じがある。
まぁ、詮索をするつもりはないが。
「それじゃあ、私部活だから......バイバイ、詩矢成君」
「おう」
「部活入るなら、早くした方がいいよ」
最後にそう微笑んで、井蝶は教室から消えた。
さて、俺も帰るか。
どうせマーウは芽戸と一緒に勧誘でも行っているのだろうし......
久し振りに、一人気ままな帰り道と洒落込もう。
校門から出て、まだ明るい空の下を、一人コツコツと歩いていく。
「......」
マーウは、例の最後の一人とやらを見つけられているだろうか。
「......」
マーウは、そろそろ諦めただろうか。
「......」
マーウは、俺がいないところではどんな感じなのだろう。
「......」
マーウは、ブリットや会長になんと説明するのだろうか。
「......」
マーウは......
......どうしてこんなに、マーウのことばっか考えてんだ、俺は。
せっかく一人になれたのに、こんなんじゃ一緒にいるのと同じじゃないか。
「あぁ、畜生。誰かいねぇのかよ、マーウの部活に入ってやろうっていう心意気のある奴はよ......」
そんなカッケェ奴がいたら、万事解決なのに。
雲ひとつない空が憎らしい。
俺の心を洗いざらいさらけ出されて、覗かれてるような気がする。
「ちっ」
舌を打ち、そこら辺に転がっていた空き缶を蹴飛ばしながら歩く。
からんからん。
空っぽだ。
何もない。中身なんて、何も。
「ちっ」
再び舌を打つ。
俺みたいだ。
自分では何もせず、ただ蹴飛ばされて進むだけの人生。
異世界に行ったのだって、偶然。
そこで勇者になったのも、偶然。
マーウがやって来たのも、偶然。
部活を作ろうとしたのも、偶然。
全部偶然だ。
俺が自分で決めたことなんて、ほとんどないだろう。
そりゃ部活のメンバー集めは手伝ったけど、それだって、あのタヌキに説得されちまったからだから、自分の意思で決めたわけじゃない。
本当に空っぽなのだ。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
陸上部に入ろうとしてるのも、井蝶が誘ってくれたからだ。
そもそも部活に入ろうとしてるのも、両親に言われたから。
そうしろと言われたから。
偶然だったから。
そうしなければならなかったから。
俺の取ってきた行動なんて、その三択のいずれかだろう。
「あぁ、くそっ!!」
思いっきり、空き缶を蹴飛ばす。
くしゃっと中程から潰れ、何メートルも空を舞う空き缶。
......コツン、と。
その空き缶が、背の高いとある人物に当たる。
「あ、すいません......」
やっちまった。
結構怒るだろうな......
呑気にもそんなことを考えつつ、反射的に頭を下げて、言葉だけの謝罪を送る。
「――ったく、痛いッスよ」
どこかで聞いたことのある声だ。
頭を下げたまま、そんなことを考えていると......
「――かっ......ぁ......!?」
気付いたら、吹き飛ばされていた。
迂闊だった。相手が極悪非道の通り魔か何かだという可能性を、考慮していなかった。
頭が側面からガンガンする。血がツーっと耳の後ろを流れていっているのが分かる。どうやら下げていた頭に、回し蹴りを決められたようだ。完全に不意打ちだったから、クリーンヒットしている。
首の骨がもげるのではないかと思った。
そしてそのまま......吹き飛ばされた?
おい、ちょっと待て。回し蹴りを決められたからといって、吹き飛ぶことはないだろう、普通。
恐る恐る、背後のコンクリ壁を見る。
へこんでいる。
嘘だろ。
「お、お前......」
「よーやく魔王様と離れてくれたッスね、勇者」
そこに立っていたのは、極悪非道の通り魔などではない。
といっても、もちろんそれよりも優しい代物などでは断じてない。
長めの黒髪に、黒いコート。
ゴボウのように細く長く伸びた体。
たらんと垂れたダルそうな黒目と、不良っぽい口調が特徴の、その男は。
「――魔王軍最強の幹部三人衆が一人、ケルベロス、見参ッス」
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