運命! ←ベートーベン? 扉を叩く音で、本文が......あぁ、そういうこと......
ま、俺がブリットをマーウのところに連れて行っても、そんな両手を叩いて喜ぶような真似なんかしなかったけどな。
そりゃそうだ。あいつは自分で頑張って部員を集めようとしていたのに、関係ない俺が一人集めてしまったのだから、マーウとしては面白くないだろう。
無論、俺だって面白くない。せっかく俺が部員集めを協力してやったのに、なんだよその態度はって思ったさ。
だけど、だからといってあいつから目を離して、勝手にしろと言うわけにはいかない。
俺の目の届かないところで、何を仕出かすか......分からないんだからな。
......ん......? 結局あいつから目を離せないなら、マーウが部活を作ったって、俺があいつと離れられる時間なんてできないんじゃないか......?
いや、そこら辺は芽戸に任せれば大丈夫か。
大丈夫、だよな......?
◇ ◇ ◇
「......なぁ
「いや、芽戸でいい。私の名前を学校で明かすわけにはいかないのだから、そちらの名前で慣れておいた方がいいだろう、勇」
勇はやめて欲しい......なんて言っても、もう手遅れか。
どうせ今は下校中で、全然人はいないのだし、どっちの名前でも大丈夫か。
「じゃあ芽戸......マーウが部活作ろうとしてんの、知ってるだろ?」
「もちろんだ。私は既に加入することになっているが......それがどうした」
この場に、マーウはいない。
先にダッシュで家へ帰って行ってしまったのだ。よほど俺がブリットを連れてきたのが面白くなかったと見える。
まぁだからこそ、俺はこの話をしようと思ったのだが。
「部活の内容......『快適な学校生活を苦労して支援する部活動』、略してかがく部だけどさ。マーウの奴、なんでこんな部活をやりたいとか言い出したんだと思う?」
部活をやるにしても作るにしても、もっとできることがあったろうに。
本当に、不思議でならなかったのだ。
本人に聞いてもそっぽ向くだけだろうから、こうして芽戸に聞いてみているのだが......
「――必死なんだと思う。あの人は」
「必死?」
「あぁ......ほら、他の人は部活とか勉強とか色々頑張ってるけど、魔王様って勉強は駄目だろう?」
駄目だろう? って、諦めんなよ。まぁゼロから今のレベルまで勉強を仕込むのは難しいとは思うけどな。
でも何故だかお前は勉強できるんだもんなぁ......どんだけ勉強したんだよ芽戸。
つかお前が勉強教えてあげればよくね?
「だから、せめて部活で......ってことか?」
「そうだろう。多分」
「じゃあ部活の内容は?」
「変わった部活がやりたかったか、もしくは......」
「もしくは?」
ふっと笑みを漏らし、芽戸は言った。
「――頑張ってる奴らを、応援してあげたかったか」
それはないんじゃないか?
なんて、言えるはずもない。
まぁ、マーウのことを一番よく分かってるのは芽戸だし、マーウがそんな大層なことを考えてる可能性も、あるっちゃあるのか。
しかし......マーウって、あっちじゃどんな奴だったんだろうな。
「なぁ芽戸。マーウってあっちじゃどんな奴だったんだ? 俺、今のあのバカのままずっと生きてたなら、絶対魔王として相応しくないと思うんだけど。どういう経緯で魔王になったんだよ」
「家系だ。魔王様は、魔王様となるべくこの世に生を受け、魔王様となっただけのこと。というかお前。今相応しくないとか言ったろう。ここでドンパチかましても構わんのだぞ?」
「いや遠慮しとく」
ドンパチとか、本当に一体どこでそんな言葉を覚えたんだよ。
すっかり日本の文化に染まりやがって、こいつ。マーウといい、適応力高過ぎんだろ。
「でもそれじゃあ、部下の信頼とかあったのか? あんな少女に命令されるなんて、色々不満が大きかったんじゃないのか?」
「まぁ無かったとは言えないが、そんなのは極少数だ。魔王様は誰より、部下のために必死になって魔王様をやっていたからな......」
まぁ、バカはバカなりに真っ直ぐ突っ走れるってこと......なのか?
でもそれじゃあ、なんで......
「どうしてあいつ、こっちの世界に逃げて来たんだよ......生き残ってる部下はあっちに取り残されて、お前みたいに、もう戻れないっていうのを覚悟してこっちに来れた奴にしか、会えなくなっちまっただろうが」
俺のその言葉を聞いて、芽戸は心底不思議そうな顔をする。
「む? 何を言ってるんだ、勇。会えるじゃないか」
勘違いしていた。
てっきり、俺は一方通行だと思っていたのだ。
こっちの世界からあっちへ行けたのはただの偶然、何かの事故で、基本的にはゲートを通じ、あっちからこっちへ来るだけの、一方通行。
いや、マーウがこっちの世界にいなければ、その認識は正しいのだろう。
マーウがいなければ。
「――魔王様は、ゲートを自由に操ることができるのだぞ?」
「っ!」
俺は走り出す。さっきマーウが走り去っていった道を、同じように......そして。
「――マーウ!」
「な、なんだ!?」
急に俺が後ろから話しかけたから、驚いたのだろう。
自分の家の前で突っ立っていたマーウは、肩をピクンと跳ねさせ、少し上擦った声で返事を返した。
「お前......こっちからでもゲート、開けるのか!?」
「う、うん......開ける、けど」
「そうか、本当にそうなのか......!」
なら、俺はもう一度あっちの世界に行けるのか......!
まだまだ、会いたい人がいる。沢山、お世話になった人がいる。
もう一度会って、無事帰ることができたと、ありがとうございましたと......礼を言いたい!
「よしマーウ、俺を......」
そこまで言い、気付く。
『連れていってくれ』
そう言おうとしたのか、俺は?
魔王であるマーウにゲートを開いてもらって、あっちの世界に行こうとしたのか、俺は。
駄目だろう、それは。俺は......勇者は、魔王を倒してこっちの世界に帰って来たと、そういうことになってるはずではないか。
諸悪の根源......マーウのことをそんな風に考えていた時期もあったけれど、今ではそうは思えない。
気に入らないし、嫌な奴だけど......殺したいなんて、まったく思わない。芽戸だってそうだ。
だけど、あっちじゃ魔王は未だに、諸悪の根源なのだ。
そんな魔王の助けを借りて戻って来ましたなんて......言えるはずない。
俺は、戻れない。
「くそ......」
それらの事実に気付き、ガクンと項垂れる。
「喜んだり落ち込んだり、たいへんな奴だな勇者」
「うるせぇ」
「けど、今はそんなことにあんまり構ってるひまはないぞ」
珍しく、マーウが真剣な声を出す。
キレるわけでもふてくされるわけでもなく、平静な声で、真剣に。
もしかすると、こんなマーウの姿を見るのは初めてかもしれない。
ブリットの件で怒ってしまって、それが原因で早く帰って行ってしまったのだと思ったが......この様子から察するに、どうやらそういうわけでもないらしい。
「すぅ......」
両手を肩の前まで持ち上げ、マーウはゆっくり瞼を閉じた。
そのポーズはまるで......扉を押し開くような。
「......」
息を呑んで、その光景を見守る。
何故だろう。神々しい何かを、感じたからかもしれない。
息を呑むというより......喉を潰されて、息もできないかのようだった。
そのまま、何秒経っただろうか。
数秒が数分数時間に感じるとはよく言うが......俺はむしろ、あっという間に感じた。
楽しいことは早く過ぎるのと同じように。
畏怖の念すら思わせる事象は......いつの間にか終わっていた。
「......」
互いに一言も喋らないまま、喋れないまま、音もなくマーウは両手を下げる。
特に、何か変わった様子があったわけではない。
マーウ自身も、周囲の物体にも、何も異変はなかった。
ただ、空気だけが。俺の知らない空気だけが、先程の空間を作っていたのだと思う。
「――やっぱり、誰か通ったあとがあるぞ」
瞼を開けて、唐突にマーウは言った。
いつも通り。
普段通りの口調で。
「と、通ったってゲートをか? じゃあやっぱり、今のはゲートの操作を?」
情けないことに、俺はかなりキョドっていた。
ワタワタしている。アセアセ。
「そうだぞ。それがどうかしたのか?」
「いや、何も......で、通ったあとっていうのは? まかさ、こっちに誰か来たのか?」
「まかさ?」
「噛んだ」
ショボいツッコミとボケだ。
俺がキョドっている証拠である。
「うーん、そうだな。来てるぞ」
「誰が?」
また面倒なのが来たのか......とか、キョドっている俺はあんまり考えるわけでもなく、ただの純粋な興味本位の質問。
しかし、やっぱり後で俺は思う。
また面倒なのが来やがった......と。
「――多分......ケルベロス」
マーウが口にしたその男の名は。
魔王軍最強の幹部三人衆の一人にして。
最も......バカな男の名前だった。
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