変態の相手は大変! ←確かに変態と大変の響きは似ているがな......

 さて、これから魔王は部活のメンバー集めのために奔走しなければならないわけだが......実際のところ、四人必要なメンバーの内、一人は確実に埋まっている。


 芽戸めいど宇佐うさ......メドゥーサ。

 学校に転校したてなのだから当たり前なのだが、彼女は部活にも所属していないし、何より魔王であるマーウに忠実だ。


 今は他の生徒に捕まってしまっているから難しいが、帰り道にでも部活に入ってくれと頼めば、十中八九と言わず十中十九の確率で入るといっても過言ではない。


 となると、残るは三人。


 今は五月中旬だから......大抵の一年生は他の部活に所属してしまっているだろうか。

 しかし、二年や三年よりはマシなはずだ。まだどの部活に入ろうか悩んでいる人は、結構いるかもしれない。


 って、どうして俺がここまで考えてやらなければならんのだ......これはマーウの問題だろうに......でもなぁ。


「おい、マーウ」


 昼休みとなった。

 一年生を狙うなら、今が狙い目。

 だというのに、こいつは......


「――お願いします! かがく支援部に入って下さい!」


 他の二年生の教室まで出向き、自ら頭を下げ、必死に勧誘を行っていた。


 バカかよ。皆が嫌そうな顔をしてるのが見えねぇのか。

 入ってくれるわけ無いだろうが......井蝶だって、流石に無理だって断ったんだぜ?

 俺を含め、井蝶の数百分の一程度しかない心の広さの一般人が許諾するはずがない。


 それぞれ、自分の部活がある。今の部活を辞めて、他の部活などできるはずがない。

 井蝶にだってできないのに、他の誰にできるのか。

 いくら見てくれが良いからって、いざというときには何の役にも立たないのだ。


「お願いします! お願いします!」


 くそ、なんだか無性に腹が立つ。

 いつものふざけた感じじゃなくて、ドロドロした、嫌な感じの。


「おい、マーウ!」


「なんだ、邪魔をするな! ぶっ殺すぞ!」


 こっちはこれからアドバイスをしてやろうってのに、邪魔とはまた言ってくれるな。

 あぁもう、すっげぇイライラする。


 かといって、ここで喧嘩をしていては何にもならない。

 グッと喉まで出かかった暴言の数々を飲み込み、代わりに先ほどから考えていたアドバイスを送る。


「......一年生なら、まだ部活に入ってない奴だって多いだろ」


「おぉ、そうか!」


 パッと顔を明るくした頃には、マーウは既に階段へと駆け出していた。


 ――なんで頑張ってるあいつを見てると、こんなに嫌な気持ちになるんだろうなぁ......


 ◇ ◇ ◇


「ん、あれは......」


 マーウが一年生の教室で必死に勧誘を行っている最中、俺は数少ない一年生の知り合いを見つけることに成功していた。

 というか、唯一の知り合いだが。


「ぽけー」


 廊下で窓の外を見ながら、自らそんな台詞を吐いたその一年生の名は、ブリット・ポーケ。

 茶色が濁ったようなブロンドの髪を両肩の前におさげで垂らした、背の低い碧眼の少女。


 そして、俺が今まで出会った人物の中でも恐らくトップの変態である。

 変人の方が正しいかもしれない。いや、変態で変人なのか。


 今の『ぽけー』っとしてる状態だって、言わばラスボスの第一形態、ポケ○ンの進化前みたいなもんだ。

 彼女の変人かつ変態のレベルは、こんなものじゃない。


 何か刺激を加えてしまっていいものなのか......話しかけると暴走してしまうのではないか......

 そんな不安を抱きながらも、結局は好奇心を抑えきれずに、声を掛けることにした。

 人間とは甚だ感情の抑制ができん生き物なのである。


「おーい、大丈夫か、ブリット」


 おぉ、言えた。更に台詞の合間に地の文を入れるだけの余裕があった。

 前のあれは何だったのか。あの台詞キャンセル技みたいな奴。


「ぽけー」


 あれ?

 これってもしかして、もしかすると?


「おーいブリット! しっかりしろ! 起きろ!」


「ぽけー」


 あぁ、やっぱり。こいつ、俺の声聞こえてねぇぞ......

 流石、魂抜けてるような目をしているだけのことはあるぜ。多分魂抜けてるんだろうな。


 はぁ......仕方ない。この手はあまり使いたくなかったのだが......こうなってしまっては、致し方ないだろう。

 仕方なく、致し方ない。


 ここが他の一年生の大衆の目前であることは分かっているが、もはや他に手はない。

 グッバイ、俺のモラル。


「――あー! 窓の外に縞パンがまるでUFOみたいに飛んでるぞ! 見てみろブリット!」


「白パン縞パン紐パンは三種の神器パンツ! どこですかマイパンティー!?」


 あ、ごめん。

 俺だけじゃなくて、お前のモラルも終わらせちゃった。


 ていうか、三種の神器パンツってなんだよ。その構成に紐パンが入る理由がまったく分からないんだけど。普通黒パンとかじゃねぇ?


 ちなみに俺は水玉が......って、一体俺は何を言ってるんだ。

 これじゃあまるで、女性のパンティーに詳しい変態みたいではないか。

 違う、違うぞ。断じて違う。俺は結して女性のパンティーに興味など抱かんし、ましてや好みがあるなど......

 あるはずがないだろう。あるはずがないだろう!


「マーイパーンティ――!!」


「やめろ! まさかお前がここまでパンツに多大な興味を示しているとは思わなかった! このままではお前、社会的に死ぬぞ! 抹殺されるぞ! この話題を出した俺が悪かった! 頼むから窓の外に向かって叫ぶのはやめてくれぇ!!」


 そしてなんでマイパンティーなんだよ。

 お前のパンツなのか? 今空を飛んでる架空のパンツはお前のなのか?

 ということは、お前はノーなのか? まさかノーなのか!?


「――あれぇ? あなたはせっぱいではありませんかぁ。お久しぶりですぅ~」


「ぱいが付くからってなんでも『っ』を入れたらおっぱいっぽくなるわけじゃないんだぞ。お前下ネタ容赦なく入れてきていいとは言ったけど、限度があるだろ、限度が。俺はお前の先輩の詩矢成勇だ。久し振りだな、ブリット」


「は~い、ブリットですぅ~」


 ハイブリットですに聞こえる自己紹介だな。その一文だけでお前の特徴を粗方伝えられるってすげぇ。


「ちなみに今日のパンツは紐パンでぇ~す」


 嘘だろ。


「確認しますかぁ~?」


「待て! 文面上はまるでお前と俺の二人による対話に聞こえるが、本当は周囲に沢山の人間がいることを忘れるな!」


 スカートをたくし上げようとするんじゃねぇ! 待て待て! 見える! 見えちゃうから!


「――なんて、冗談ですよぉ~」


 ギッリギリ、俺から見て超ギッリギリのラインで手を止めてにへら~っと笑い、ブリットは言う。

 ......これ、俺以外の奴には見えてるんじゃねぇのか......?


「今日のパンツは水玉ですぅ」


「マジか」


 ヤベ。ツッコむの忘れた。


「――って、こんな場所でなにやってるんですかぁ――!?」


「それにもっと早く気付いて欲しかった......」


 もう手遅れだぞ......


 今回ボケモードが長すぎたんだよ。もっと早くツッコミモードで自分を制して欲しかった。


 俺とお前のモラル、消失したからな。

 なんであんな話題で話しかけちまったんだろう、俺。

 予想通り暴走しちゃったじゃないか......激しく後悔してる。


「自分のパンツを先輩に見せつけるなんて、どんな淫乱娘なんですか!?」


「強烈な淫乱娘だったぞ」


 まぁほんっとうにギリギリ見えなかったけどな。太股とかはメッチャ見えたけど。パンツは見えなかった。ちっ......

 

 今の舌打ちは忘れてくれ。


「......ところで聖杯」


「俺はキリストの血を受けた聖なる器じゃねぇぞ。先輩だって」


「いえ、あなたは聖杯ですよぉ~」


 断言された!? ツッコミに対して断言されたぞ俺!?

 こんなボケがあるのか!?


「私のボケとツッコミを受け止める、聖杯です」


「上手いこと言ってんじゃねぇ!」


「聖杯のお褒めにあずかり、光栄の限りでございますぅ~」


「もう聖杯のままの方向でいくんだな......」


 別に良いけどさ。


「それで真面目な話、聖杯はここに何をしにきたんですかぁ? 私とキャラが被ってる人が一緒に居たような気がしたんですけどぉ......」


 気付いてたのかよ。お前『ぽけー』っとしてただろうによ。

 つーかキャラ被ってるとか言うなよ。確かに金髪とかは被ってるけど、色合いは全然違うし、あっちには角があるし、こっちにはハイブリットという特徴があるじゃねぇか。

 まぁ背丈は被ってるけど......そもそも年齢が違うからなぁ。


 でもまぁ、ちゃんと見てたなら話が早くて助かる。


「うーんとな、まぁ簡単に説明するとだな、今部員探しをしてんだよ、あいつ......マーウ・クロノオっつー奴がな」


「マーウ・クロノオ? 外人さんですか? にしては随分日本っぽい響きがしますけどぉ。魔王・黒の王みたいな」


 一瞬でマーウの正体見破りやがった。


「んー、日本育ちの外国人って感じなんじゃねぇ?」


 内心結構焦りつつ、適当に誤魔化す。


「――そういえばお前も、日本語流暢なのに見た目外人だよな。もしかしてハーフだったりするのか?」


「いえ全然。私は純粋なロシア系人種ですよぉ~。育ちは日本なので、私としては日本人のつもりですがぁ......魔王さんと同じですねぇ~」


「ま、マーウな」


 下手に勘づくと芽戸の奴に消されるぞ!


 ......と、言うわけにもいかねぇからなぁ......


「そうそう、マーウさん......でも、頭の角とか見るとぉ、まるで本当に魔王みたいですよねぇ~」


「コスプレとかじゃね? 多分......」


 流石にコスプレはキツいか? 学校でコスプレとかあり得ないし。

 いやでも、これ以外誤魔化す方法が......病気とか?

 いやないないない。頭から角が生える病気ってなんだよ。


「――それでぇ、そのマーウさんが、なんで部員集めなんかしてるんですかぁ~?」


 おぉ、乗りきれたっぽいな。

 学校でコスプレという事実に違和感を感じないとか相当頭おかしいと思うけど、今回はその頭のおかしさに感謝するとしよう。


「なんか、新しい部活作るんだってよ」


「新しい部活? 二年生じゃないんですかぁ、あの人ぉ」


「二年生だけど、転校生なんだよ。一年生が入ってきた数日後に来たから......マーウがお前らの後輩ってことになるのか、一応」


「たった一週間程度なら、そんなに変わりませんよぉ。それに、学面では差があるんですから、あの人はやっぱり私の先輩になるのではないでしょうかぁ」


「確かに差はあるな」


 月とすっぽんくらい。

 お前が月な。


「それじゃあ、詩矢成聖杯はどうしてマーウ先輩の部活作りを手伝ってるんですかぁ? もしかして、かの......ズッコンバッコンの仲だったりするんですかぁ?」


「そこ」


「――そこは普通に『彼女』で良かったのに、どうしてズッコンバッコンの関係なんていう卑猥な言葉に変えたんですか!?」


 あ、出た。

 自らのボケに自らツッコミにいくスタイル。


 そのせいで俺のツッコミがキャンセルされる奴。もう俺の天敵といっていいかもしれない。


「俺はそこじゃなくて、つーかそこもツッコむポイントだけど、それよりも俺は、マーウは先輩と付けたのに俺は聖杯だったことに対してツッコミたかった」


 苦し紛れの言葉である。


「......コホン、まぁ手伝ってるわけじゃないぜ。見守ってるだけだ。俺はあいつのお世話係に任命されちまったからな......」


しもの?」


「生活の」


 ボケがもはやおっさんなんだけど。しものお世話とかどこのエロ本だ。


「ふ~ん、そうなんですかぁ~。それって普通ありえない状況だと思うんですけどぉ、まぁそういうこともあるんですかねぇ......」


「いや無いから。今回のは異常事態」


 月ノ目中学校の歴史中最大級の異常事態。


 多分世界史に残るレベルの異常事態。


「ま、色々あんだよ。あんま詮索しない方がいいぜ」


 マジ下手すれば殺されるからな。


「凄く気になりますけどぉ......詩矢成聖杯がそう言うなら、お二人の関係はあまり伺わないとしますぅ。それより、私は部活の内容が気になりますよぉ。私、部活入ってませんしぃ......」


「お前、部活入ってなかったのか?」


「いい部活ないんですよぉ。漫才部とかあったらいいんですけどぉ......」


 あー、確かにお似合いだ。

 実は演劇部とかの方がいい気もするけどな。


「残念ながら、ご期待に添えそうにはないぜ。あいつが作ろうとしてるのは、かがく支援部だからな」


「あー、科学ですかぁ......全然興味ありませんねぇ」


「いや、科学じゃなくってな......なんか、『快適な学校生活を苦労して支援する部活動』の略なんだと」


 ほんとふざけた名前だと思う。


「快適な......学校生活? ボランティア部みたいなものでしょうかぁ?」


「多分な」


 そういや、なんであいつがこんな部活を作ろうとしたのか、全然知らねぇな、俺。

 妙に必死だけど。

 何するつもりなんだろうか。


「それはまた、面白い部活ですねぇ」


「なんもしない部活かもしれねぇけどな」


「でも、何でもいいから部活には入っていた方がいいって言われましたし......」


 え?

 その言葉、まさか......


「お前......入る気なのか?」


 マジか。こんな怪しすぎる部活に入ろうとする奴とか居たのか。

 それを言えば、ブリット自身だって凄まじく怪しいが。窓から『マイパンティー』って叫んじゃうくらいだし。


「そのつもりですけどぉ......何か問題でもあるんですかぁ?」


「いや、お前に問題はねぇのかと思ってるんだが」


 両親とか、怒らねぇの? こんな部活で。

 それでなくとも、全然漫才とかとは関係ないんだしさ......


「何もないですよぉ。友達はいませんし、両親もおおらかな性格なので、多分許してくれますしぃ」


「でもさ、お前、漫才とかが好きなんだろ? だったらもっと......」


「違いますよ」


 優しく微笑み、ブリットは言った。


「――私は......人を笑顔にするのが、好きなんです」


「......へっ」


 ならまずは、その激しい下ネタを自粛することと......


 友達を作ることだな。


 俺はそう言って、笑った。


 部活動設立まで、あと二人。

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