部活動設立なんて嫌だ! 部ー部ー! ←ブーイングのつもりか......

 ......なんだ、冗談か。


 焦ったぜ。それもかなり。

 入るならまだしも......ってそれも駄目だけど、まさか部活作ろうなんて、いくら魔王でも、言うわけないよな......あはは......


「なぁ、まさかとは思うけど、もしかして罰ってまだ続いてるのか?」


「勇者がいつまで経っても『もういい』って言ってくれないからな! なんてね!」


 冗談じゃなかった。


 まぁ知ってたさ......俺、今日に至るまでずっと『もういい』って言わなかったもんな......

 だって描写されてないんだからさ。

 前振りでちょびっと描写されたけど、そこにこの罰の話が入り込む余地なんか無かったし。

 というか、それを必要ないとして、前振りをなるべく短くしたわけだし。


 だけど、罰を解除されず、日常生活で語尾に『なんてね』って付ける魔王を見るのは、流石の俺でも心が傷んだ。

 皆に白い目を向けられて、最初転校してきた時の人気は全てメドゥーサに移行し、それでも頑なに『なんてね』を付け続けて一人ぼっちで生活する魔王......

 お世話係だからという理由だけでなく、人間として大事な心の部分が締め付けられるようだった。

 元々俺の思い付きのせいでそうなったわけだし。

 きっかけは俺で、突き詰めてもやっぱり俺が悪いのだし。


 ......だけどまぁ、やっぱり面白かっけどな。


 でもそろそろ飽きてきたところだ。やめさせるか。


「もういい、もういいんだ魔王......お前はよくやった......だから......」


「勇者......はっ、私、最後に『なんてね』って付けてないぞ! うぅ......勇者ぁ~!」


 涙目で俺に飛び付こうとする魔王を、俺は......


「――だから......取り敢えずそこに正座しろぉ――!!」


「うぎゃぁ――!?」


 しばき倒した。

 こう、頭を上から、ガキンとな。


 ガキンっておかしいだろって言うなよ。角とかに当たったらこんな音したんだよ。俺も痛かったんだぜ? つーか俺の方が痛かったんだぜ?


 もう少しずれてたら刺さってたかもしれない。

 痛そー。


「てめぇ、部活作るってどういうことだゴルァ! 入るのが駄目なら作ればいいとか考えてんのかガルァ! んなのもっと駄目に決まってんだろうがギルァ!」


 いや。

 ゴルァとガルァはまだしも、ギルァってなんだよ。印象に残る漫画の悪役みたいな語尾かよ。

 勢いで言っちゃったけれど。痛かったし。


「だ、だってぇ......作るのなら誰にも迷惑かかんないし......」


「かかりまくりなんだよ! 例えば俺にな!」


 まったく、まだ朝なんだぜ? 登校してきた朝の学校の教室でこの話題が繰り広げられてんだぜ?

 しかも、今日は割と早く家を出たから眠いし。

 頭痛い。手も頭も痛い。


 本当、今はメドゥーサが他の生徒に捕まえられているから助かったよなぁ。俺が魔王しばき倒してんの見られたら即処刑もんだぜ。


 ......だけどまぁ、魔王は魔王なりに、色々考えてはいたんだな。

 誰にも迷惑がかからない、か。そんなことないんだけど。


 呑気にそんなことを考えていた時である。

 ガラガラガラ。


「おはようございまーす......あ、詩矢成しやなる君! 女の子をしばき倒して地面に土下座させてる鬼畜な外道さんは、もしや詩矢成しやなるゆう君じゃないですか!?」


「違うんだ、訳を聞いてくれ! 俺は意味もなくこいつをしばき倒して正座させたわけじゃないんだ! 俺は鬼畜じゃないだ井蝶いちょう!」


 というか。

 しばき倒したのを知ってる時点で、お前が扉の前で教室に入るタイミングうかがってたって事実が明らかになってるからな。


 ......ってそれより、早く弁明しないと。


 校内トップの成績と、素晴らしい性格、そして豊満な胸げふんげふんを併せ持つ、楕円の眼鏡をかけた短いダークブラウンの髪の美少女な委員長、井蝶いちょうれん様に俺の変な噂を流されようものなら、俺の人生はジエンドだと言っていい。

 それほど彼女には人望があるのだ。ちょっとした冗談のような噂でも、それはみるみるスケールの大きい噂となり、俺の身を焼き滅ぼすだろう。

 例え彼女にそのつもりがなくともだ。


「いやな、この野郎がぶか」


「蓮ちゃ~ん!」


「よしよし、大丈夫? マーウちゃん、どこか痛いところない?」


 無視するなよ......


 そんで、お前らは一体どうしてそんなに仲が良くなってるんだ......

 よしよしとか頭撫でちゃってるし......


「心が痛い」


「頭痛くなるまでしばいてやろうか、アァ!?」


「痛いの痛いの飛んでけー」


「俺に飛ばすなぁ――!」


「治ったかな?」


「うん、治ったぞ!」


 痛い......心が痛い......俺のツッコミにまったく無反応なのに、極普通にボケを入れてくるこいつらマジ怖くて心が痛い......


「それで、何をされていたの、マーウちゃん?」


「おい、それは俺が」


「うるさい! 私は蓮ちゃんに説明するのだ! ぶっ殺すぞ!」


 久しぶりに聞いたな、その台詞......そっくりそのまま返してやろうか......!?


 しかし、魔王......マーウは言ってから気付いたかのように、ハッとしてから両手で口を塞ぐと、申し訳なさそうな顔でゆっくりと井蝶を見上げた。


「――マーウちゃん、そんな言葉は使っちゃいけないって言ったでしょ?」


「うぅ......ごめんなさい......」


 なん、だと。

 まさか井蝶は......マーウを手なずけているのか?


 魔王だぞ? あの魔王を、お世話係であり勇者である俺の知らない場所で、一人で勝手に飼い慣らしたと?


 すげぇ! 井蝶様すげぇよ!

 俺、こいつが謝ってるのとか初めて見たぜ。


「お前ら、なんでそんなに仲良くなってるんだ?」


 多分、目を丸くして......とかいう表現がピッタリ当てはまるのだろうと自覚した顔で、俺は井蝶に尋ねる。

 マーウに聞いても教えてくれなさそうだしな。


「君はマーウちゃんに対してちょっと意地悪だからね。私が委員長として、マーウちゃんの面倒をしっかりと見ていたのです!」


 エヘン、と胸を張る井蝶。ボインボイン。

 最高だぜ。


「って、それじゃお前がお世話係やった方が良かったんじゃないか?」


「もうあんまりしてないよ。あくまで、マーウちゃんがこの学校に適応できるまで、ちょっとだけ見ていただけだから」


「そういう問題じゃなくてさ」


 だって、短期間でこれだけ仲良く......というか、マーウの手綱を握れるなら、絶対お前がそのままマーウの世話見てやった方が良かったじゃん......そう言おうとした時。


「――駄目だ!」


 と。まるで俺と井蝶を怒鳴り付けるような声が、教室に響いた。

 まだクラスメイトがあまり来ていなくて助かったぜ。

 多分、気まずい雰囲気になっていただろうし。


 まぁメドゥーサ......芽戸めいどには聞こえていただろうけどな......


 しかし。

 どうしてそこまでマーウは怒ってるんだ?


 こっちで友達ができたんなら、大嫌いな俺にわざわざお世話係をやってもらう必要なんかないじゃないか。


 まぁそもそも、芽戸がやれば一番良かったんだけどな。


「――どうしたんですか、マーウちゃん」


「厄介事ですか~?」


 突然のことに驚き、硬直してしまっている俺の代わりに、少し遠い場所から近付きながらマーウにそう問う者の姿があった。


 もちろん、メドゥーサである。一応教室内なので、芽戸と呼ばせてもらうが。

 加えて、田沼たぬま木奈子きなこ先生......つまりタヌキ先生。


 芽戸は教室の奥から、タヌキ先生は教室の外から、ほぼ同時に声を出しながら近寄って来た。


「勇、お前何かやらかしたのか」


「勇はやめろって......」


 言い忘れていたが、芽戸は皆の前では魔王のことをマーウちゃんと呼び、俺のことは勇と呼ぶ。

 マーウちゃんは......様付けからかなり関係が進歩したような呼び方だと思えるが、勇はマズイだろう。


 友達のいない俺を、下の名前で呼ぶ転校生だぞ?

 周囲からどんな目で見られるか、簡単に想像できるだろう。


 まぁ確かに、勇者......と普段呼んでいたのだから、勇というのが一番呼びやすいのだろうけど。

 それでもやっぱり、場を弁えて欲しいというか。

 彼女なりに場を弁えた結果の呼び方なのは分かっているが。


 あと、これは結構どうでもいいこと......というか、今更な話なのだが......芽戸の奴、結構制服が似合う。

 燃えるような長い赤髪を持ち、あまり見ない黄色い瞳というだけで、あまり制服は似合いそうにないと俺は思っていたのだが、これがとんだ見込み違い。


 バリバリ似合う。

 黒を基調とした月ノ目中学の制服は、なんというか、明るい髪とか瞳とかと上手く組み合わさって、引き立てられているというか......美術的センスの乏しい俺にはよく分からんが、とにかくよく似合っている。


 多分、マーウより似合ってるだろう。あっちは金髪が豪華だけど、制服とミスマッチしてるし。

 同じ金髪なら、ブリットの方が大人しめの色をしていて良い。

 ノーマルが井蝶。まぁ胸がことさら強調されているけど。


 となると、最もノーマルで標準的なのは、生徒会長......九条くじょう猿飛さるとび会長なのかもしれない。

 あれは着こなしてるって感じ。あんま覚えてないけど。


 結局、ブリットにはあれから会えてないし、会長となんて話をしたことすらない。

 階が違うとはいえ、自主的に行けば普通に会えるんだろうけど、なんていうかなぁ......

 今はこっちが大変過ぎるっていうかなぁ。


 ......そういえば、その今が結構大変なのだった。俺だけ色々と回想してどうする。


 皆に不思議に思われない程度に頭を振り、俺は再び芽戸に向き直った。


「――いや、特に何も」


「それじゃあ一体、どうしたんですか?」


 話を聞いていたタヌキ(もう先生って要らないよね?)が、魔王に聞く。


「お世話係、蓮ちゃんが変わった方がいいって......こいつ......」


 芽戸みたいに下の名前で呼ばれるのは嫌だけど、でもこいつはないだろう、こいつは。

 なんで井蝶みたく詩矢成と呼べんのかね。


「む......」


「どうした、芽戸。なんでそんな複雑そうな顔をしてるんだ?」


「いや......蓮ちゃんとは、お前だろう?」


「え、あ......そう、ですけど」


 井蝶、何故に敬語?

 うーん......あぁ、芽戸の放つ空気が、若干ピリピリしてるからか。

 まぁ魔王以外の奴相手だと、大抵こんな感じだからな、こいつ。少し態度が硬くなるのも仕方ない。


「おい、勇」


「なんだよ」


「お前はこいつを、信頼しているのか?」


 言って、井蝶を指差す芽戸。しかも無表情で。

 お前、井蝶とほぼ初対面みたいなもんだろうに、なんでそう無遠慮なんだよ......


 井蝶をチラッと見ると、気にしないでと言うかのように、少しはにかんで笑っていた。

 いい奴過ぎる。


「ま、そりゃ他の奴よりは。井蝶はなんといっても、この学校一の秀才だからな。つーか、世界でも数人しかいない天才だと思うぜ。そういう面では信頼してるけど、逆になんか、恐れ多いところもあるっちゃある」


 ......というのが、俺の嘘偽りない本音だった。

 きっと、俺がもっと勉強出来て、友達を作るのも普通にできた人間なら......後半のような感情はなかったのだろう。

 無い物ねだりだけど。


「......そうか。勇、ならお前はお世話係を続けろ」


「どうしてそうなった!?」


「マーウちゃんの前で言うのもあれだが、私はそこの女が好きではない」


「すげぇ本音言っちゃった!」


「私のマーウちゃんと勝手に仲良くなるな」


「自分勝手過ぎる理由だ!」


 いつから百合系三角関係のお話になったんだ!?

 唯一の男性である俺には付いて行けねぇよ......


「まぁまぁ、私のためにそんなに怒らないで、詩矢成君。悪いのが誰かは、分かっているつもりだから」


「お前って奴は本当に出来た人間だよ......」


 誰が悪いか......などは聞くまい。彼女のことだから、自分が悪いと言い出すに決まっている。


「......そういう所が、気に入らないんだ」


「メドゥ......何も、そこまで言わなくても......」


 魔王が戸惑いながら言った。

 タヌキはというと、先ほどからどうすればいいのか分からないようで、ひたすらあたふたしている。

 お前一応先生なんだったらこの状況どうにかしろよ。


「あぁ、すみません、マーウちゃん。では、私はこれで」


 他の生徒の気まずい雰囲気に気付いたのか、芽戸はマーウに謝罪をしてから、再び教室の奥......すなわち、他のクラスメイトの待つ方へと帰って行った。


 誰にでもあんなキツイ言い方をしているなら、どうしてあそこまで人気があるのだろう......と、少し不思議に思ったりもしたが、まぁそこら辺もあれだ。ギャップ萌えという奴なのではないだろうか。


 そしてマーウを見ると......なんか、今にも泣きそうだった。そりゃ、自分の信頼している人同士のいざこざだったからな。色々思うところもあるのだろう。


 そもそも、俺たちって部活入るのがどうだとかいう話してたんだよな。どうしてそっちが解決しないままずるずると会話が続いてるんだよ。そろそろきっちりと決めていこう。


「......先生は、詩矢成君がそのまました方がいいと思うな~」


「先生はそう言うと思いましたよ」


 なにせ、元々俺をお世話係にしようって言ったのはタヌキだし。

 俺に味方はいないのだ。


 まぁそもそも、俺がやるってことで一度は片付いた話だったわけだし。

 はぁ......覚悟を決めるか。


「――分かった、分かりましたよ......俺がやりますよ、お世話係」


「うん......」


「本当ですか!」


「よし!」


 反応はそれぞれ。

 井蝶は困ったような笑顔で頷き、先生は顔をパァっと明るくして手を叩き、マーウはガッツポーズで喜んでいた。


 よく分からん反応の分かれ方だな。


「つーかさ、随分話題が逸れてこっちが本題みたいになってたけど、これは既に解決してる話だったんだぜ? なんか色々ややこしくなっちまったけどさ。それより、今回の話題......部活の件について話そうぜ」


「半袖?」


「話そうぜ......」


 聞こえなくはないけど! ここでボケを入れるかマーウ!


 せっかく良い感じに俺が主導権握ってたのによ!


「そもそもな、こいつが部活を作ろうって言い出したのが事の始まりなんだよ」


「ふん」


 俺が嫌そうな目を向けると、頭をしばかれたのを思い出したのか、不機嫌な表情になってマーウは顔を背けた。


「部活かぁ......マーウちゃんはどんな部活を作ろうとしてるの?」


 井蝶が聞く。特に重い空気でもなく、自然に。

 なんでお前芽戸にあれだけボコボコに言われといて、そんなに普通なんだよ。

 再生能力持ちか。

 ピッ○ロか。


「――私は......かがく支援部が作りたい」


「科学? お前そんなの興味あったのか」


「それがそうではないのだ」


 言い、まるで最初から準備していたかのように、マーウは胸ポケットから一枚の紙を取りだし、それを広げた。


 書かれていたのは......


 か......快適な


 が......学校生活を


 く......苦労して


 支援......支援する


 部......部活動


 ......俺は流れるような動きで魔王から紙を奪い取り、それを地面に叩き付けた。


「――こんな部活作れるわきゃねーだろドアホがぁ!!」


「せかっく五時間も頭を悩ませて考えた部活の名前がぁ!!」


「せかっくってなんだよ! せっかくだろうが! 漢字で折角! つーか五時間もこんな下らないことを考えるのに使ってたのか! 馬鹿か!」


「お、落ち着いて詩矢成君!」


「うるせぇ井蝶! 例えお前だろうと、今の俺を止めることは出来んぞ! ノンステップだぞ!」


「待って詩矢成君! それだと出入口の段差を低くして乗りやすくしたバスの名称になっちゃうよ! 今ここで言うならノンストップだよ! ちなみにノンストップは直行って意味だよ!」


 なんでそんなにツッコミが説明的なんだ!?


「って、先生! こんな部活は認められませんよね!?」


 今更ながら思ったのだが、ここで口論を繰り広げるより、先生に直接聞いた方が早いではないか。

 それで駄目と言われれば、それまでなのだし。

 まず駄目と言いそうな内容の部活だったし。


「いいんじゃないですか~?」


「フラグだったぁ!」


 まず駄目と言いそうとかなんで思った!


「幸いこの学校は生徒による部活動の設立を認めていますし、顧問の先生なら私が余ってますし、教室も確かあったと思います」


「そういう問題じゃありませんよ! いや、それも問題でしたけど、それよりも!」


 俺は地面に叩き付けた紙を拾い、広げ、見せつける。


「――この部活の内容! これじゃまるで何でも屋だろう!?」


 何をする部活なのか、明確ではない。

 いや、何をする部活なのかは明確であるが、実際には何をするのかが明確ではない。


 支援するといったって、何をするというのだ。

 掃除か? 掃除部か?


 さっきの台詞は、何も見せつけているタヌキのみに言ったわけではない。マーウにも聞こえるように言ったつもりなのだ。


「――まぁ確かに、前代未聞な部活動の内容ですけど......別に反社会的行動というわけでもありませんし、むしろ社会福祉的行動でしょう。私が他の先生を言いくるめれば、作れると思いますよ~」


 少し驚いた表情をしながらも、直ぐ様いつもの、にっこりとした優しそうな表情で言うタヌキ。

 信用できん笑みだとは常々思っていたが、今日はまた、一段とその感想が増した。


「どうしてそう皆は、マーウを全肯定するんだ......理不尽過ぎるだろ......」


 実際そうだろう。普通、学校で一人だけ落ちこぼれているからといって、お世話係なんて出来る方がおかしいし、部活だって、そんな生徒が作ろうと言って作れるものでもないはずだ。

 思えば、そのどちらの件でも、手筈を整えたのは、もしくは整えようとしているのはこのタヌキだった。

 そして、皆はそれに疑問を呈すこともなく、賛同している。


 結局は、全てがマーウを助ける流れに動いている。


 なんなんだ、これは。まだ入って一ヶ月も経たない生徒が、どうしてこれほど優遇されている?

 妬ましいわけじゃないが、おかしい。絶対に何かおかしい。


 特に、このタヌキ。こいつは、笑顔の裏に何かを隠している......!


「――でも、この部活動設立にはあなたにもメリットがあるはずですよ?」


「俺に?」


 意表を突かれた、というか。

 まさかこの件で俺が得をすることなど、あるとは思えなかった。

 故に、怪しいと思っていた俺も、つい反射的に聞き返してしまった。


 思えば、ここで先生の話に耳を貸してしまった時点で、口車に乗せられてしまった......罠にハメられてしまっていたのだろうとは思うが、しかしこの時の俺では、それはどうしようもなく回避のできないことだったのだと思う。


 だって、気になるじゃん。


「マーウちゃんが部活を作れば、必然、マーウちゃんは部活動に参加しなくてはなりません。となると放課後、部活動に所属していないあなたは時間ができるじゃないですか」


「それは......確かにそうだ」


 マーウと離れられる時間ができるということか。

 しかし。


「でも、俺だって部活に入らなきゃならないんだぜ......ですよ?」


「それなら、他の部活に入ればいいじゃないですか? そうすればますます、あなたとマーウちゃんとは距離が空きますよ?」


「む......うん、そりゃあ確かにそうですけど......」


 なんだかなぁ。

 何かが納得できないんだよなぁ。


「それに、これは必然的にマーウちゃんが部長になるわけですから、何かミスをすればマーウちゃんに責任が返ってくるので、誰にも迷惑がかかりませんよ」


 もちろん、あなたにも......と、クスリと笑って付け足す。


 なにか言い返してやりたいのだが......

 例えば、俺はお世話係なんですから、そう簡単には離れられないんじゃないですか......と。

 いや、これは駄目だ。なんでお世話係を嫌がって、マーウと一緒にいることを拒絶している俺が、それをまるで好いているかのように、お世話係という事実を盾にしようとしているのか。

 本末転倒ではないか。


 となるとやはり、言い返す余地がないのか?

 このまま乗せられるしかないのだろうか?


「何を悩んでいるんですか~? 良いじゃないですか。一石二島で。マーウちゃんは部活を作れて、詩矢成君はマーウちゃんと離れられる時間ができる」


「そうだぞ、私は部活を作れればそれでいいのだから、さっさと決めろ」


 かなり自然にマーウが繋げて来たから、完全にツッコむタイミングを失ってしまったが......

 一石二島ってなんだよ。一つ石を投げたら島を二つ見つけたってか?

 すげぇなオイ。そんでついでにツッコんどくと、地味にその状況って一石二鳥じゃないからな。

 互いに得をするのだから、この場合利害一致とかが正しいだろう。


 しかし、マーウは賛同している割には、表情が随分怒り心頭な気がする。

 いや、だからって気にかけたりはせんが。


「いや、でもなぁ......」


「私もいいアイデアだと思うよ、詩矢成君。私は他の部活に入ってるから、あんまり色々手伝えないかもしれないけど......出来る限りのことはするから」


「いやいや、仮に俺が部活を作るのを認めたとしても、お前の手助けはいらないぜ。今回のことはマーウにやらせなきゃならないからな」


 ましてや俺や芽戸に手伝ってもらうなど、言語道断である。


「そっか。じゃあいいんだけど」


 特にショックを受けた様子もなく、井蝶は軽くそう頷いた。


「さぁ、早く決めてください」


 もうすぐ朝の時間が終わる......それもあるのか、俺を急かすようにタヌキは言う。


「く......別に、俺が手伝う必要は、ないんだよな?」


「その必要はないぞ! 私がなるべく頑張るのだ!」


「不安しかねぇ......」


 ......怪しいだの迷惑だの言い、更に散々口車に乗せられて、それを自覚しているし、反省もしているが......


 ――だがその事実を持ってしても、案外この部活動設立の件は、悪い話ではないのかもしれない。

 見事、俺は論破されてしまったというわけだ。

 あるいは、策略に負けてしまったのか。


 どっちでもいいけど。どうせ負けてしまった負け犬なのだから。


「――あーもう、分かった。マーウ、お前が部活動......かがく支援部とやらを作るのを認める!」


「おぉ! 珍しく物分かりがいいな! ぶっ生かすぞ!」


「ぶっかすってなんだよ!」


「違うぞ、ぶっしょうかすだぞ!」


「音読みかよ! しかも響きが仏教カスって言ってるみたいでかなり危険じゃないか、それ!」


 まったく、テンションが上がるとボケることしかできんのか。

 不憫な体だなぁ。

 俺もそれにツッコむことを宿命付けられてるのだが。


 一方、俺を乗せた張本人であるタヌキはというと......


「ようやく賛成してくれましたね、詩矢成君!」


 一層顔を明るくして、俺の手を握る。

 スキンシップが激しい先生だ。結構怖いぞ、それって。


「賛成したんじゃない、納得したんだ」


 バシッとタヌキの手を振り払って、俺は言った。

 完全に皮肉だな。


 こんなだから、俺は嫌われるのだ。

 いやまぁ、友達なんかいないし、できる予定もないので、別にいいのだが。


「どちらでもいいんですよ~......では!」


 手を振り払われたことなど気にもせず、今度はマーウの方を見るタヌキ。


「――部活動の設立には、最低五人の部員が必要になります。マーウちゃんを含めれば、あと四人だから、その四人を集めて来て下さい! 三年生でも一年生でも大丈夫ですよ~!」


「はい!」


 ......と、結局俺が妥協するというか、自分のメリットに納得する形で、この部活動設立の話が始まったのだが......やはり何か嫌な予感がする。


 何故だかそんな不安が、俺の心の中でずっと燻っていた。

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