餓死パンの恐怖! ←もはやパンとしての存在価値がねぇ......
「――と言うわけで、今日からよろしく頼む」
「断る!!」
あの日から一週間後。
俺の学校にメドゥーサが転校してきた。
......なんでやねん......なんでやねん!
おかしいだろ! なんでお前が来んの!?
魔王を転校させてくれるんじゃなかったのかよ!?
お前まで来ちまってどうすんだよ!
校内で口が割けても言ってやろうかとすら思った言葉を、俺は帰り道にメドゥーサにぶつけてみたが......
「私は一言も魔王様を転校させる、などとは言わなかったはずだが?」
赤い髪をふっと払い、わざとらしくメドゥー......いや、せっかくだからあっちの名前でいじるか。
腹いせに。
「にしたってお前まで転校することはなかっただろうがよ......なぁ、メイドウサギさんよぉ?」
「お前......殺すぞ」
こ、こえぇ――!?
魔王様の前ではあんなにデッレデレなのに、どうして実力で勝ってる俺にそんな台詞が吐けるんだよ!?
......信じられないかもしれないけど、俺、こいつに勝ってるんだぜ?
「しかしまぁ、あの名前は流石にまずかったと反省している。元の名、メドゥーサをなるべく変えずに日本名にして、
「まぁ、うさぎとメイドだからな。しかも強気でドSな性格っていうギャップ。付け加えれば、魔王の前でのみデレるっていう......ツンデレ? もあるし。ほら、ギャップ萌えっていうやつだろ。オタクどもがテンション上がっちまうのも仕方ねぇさ」
「あぁ。気持ち悪かった。排除してもいいか?」
「俺に許可を求めないでくれ」
なぜ俺は敵対している相手と仲良く談笑しているんだ? 話の中身はかなり物騒だけれど。
忘れないようにもう一度言っとくけど、こいつと俺は殺しあってた仲なんだぜ?
おかしい。明らかに異常な事態だ。
俺は前までこいつと殺しあっていて、ほんの数日前に話し合いを行い、そして今日転校してきて、その帰り道には既に談笑だって?
笑えねぇぞこれ......俺の平穏、もうマイナス突破してんじゃねぇかな......?
正の数じゃねぇぞ、絶対。もう負の数はいってる自信がある。
というか、平穏がマイナス値行ったら、それはもう波乱だろ。
波乱万丈だろ。
いや、波乱万丈は普通の人の人生でもあるから、奇天烈不可解摩訶不思議天変地異波乱万丈くらいのものである。
超読みにくい......きてれつふかかいまかふしぎてんぺんちいはらんばんじょうっていうのが読み方だけど、ひらがなにしてもやっぱ読みにくい......
英語にしてみるか。
つまり、ウルトラスーパーエクストラハイパーミラクルレジェンド波乱万丈なのである。
おお、若干だけど読みやすいぞ。
......おい、翻訳しようとした奴、出てこい。いいから出てこい。
あぁ? なに、気になっただぁ? 当たり前だろ、俺だって気になるよ! だけどなぁ、酷い結果になるのは分かってんだろうが!
うん? 怖じ気付いたのか、だとぉ? んなわけねぇだろうがゴルァ! やってやんよクソッタレ!
――脳内翻訳中――
極度の超特別なとてつもない奇跡的な伝説の波乱万丈。
......ちっくしょう......思ったより意味が普通だ......
しかも、俺が漢字だけで言ったやつよりずっと意味が分かりやすくて、凄まじい波乱万丈だったということが分かる......
英語、恐るべし。
「――いつまで自分だけのターンを続けておるのだ! 私も会話に混ざりたいぞ!」
俺の隣から近所迷惑になりそうな大きな声でそう言ったのは、言わずもがな魔王である。
マーウ・クロノオ、ともいう。
俺の平穏を奪った元凶だ。
「あぁ、罰は終わったんだな。良かったじゃないか」
「ん? ばつってなんのことだ?」
お前に放ったキャラ殺しの必殺技だよ。
「それより、菓子パン!」
......そうだ、まだこれじゃあ足りない気がするから、今度は違う罰を与えよう。
んー......何にしようかな......語尾になんか付けさせるか。
「お前、これから俺がいいって言うまで語尾に『なんてね!』って付けろ」
「はぁ? そんなの嫌に決まってる......なんてね!」
本人の意思なんぞ関係なしに、強制的に語尾に付けられるのだよ。
嫌だのなんの言おうと、絶対服従だ。
「な、なんだこれ! 言いたくないのに『なんてね!』って言っちゃう......何をしたんだ勇者! やめろ! なんてね!」
「本気でやめろって言うならやめてあげようかと思ったけど、『なんてね!』なんていう冗談なんだったらやめる必要はないな」
「冗談じゃない! なんてね!」
「ほら」
「うがぁぁ――!! どうにかしてくれメドゥ――!! なんてね!」
「楽しそうですね、魔王様」
「そんなわけあるか――!! なんてね!」
なんてね......恐ろしい言葉である。
語尾に付けるだけで、どんな台詞でもまるで冗談だったかのように聞こえてしまう。
日本語、恐るべし。
「本当はやめてほしくないんだけど......なんてね!」
ひっかけようとしても無駄だ。そもそも、俺はこの罰を解除する方法は知らない。
神のみぞ知る......だ。
「もういい! それより菓子パンの約束はどうなったんだ! なんてね!」
結局、無視する方向に決めたらしいが......それは逆効果だったな。
「あぁ、菓子パンの約束は冗談だったのか。俺は本気だったんだけど、お前がそう言うならやめておくよ」
「そんな! 私の目を見ても冗談だと思うのか......なんてね!」
冗談にしか見えない。つーか、自分の言うことでお前も笑っちゃってるじゃん。
目も笑ってるぞ。ちょっと涙まで浮かべて、大爆笑じゃん。
「あっははは! これ面白いぞ! なんてね! あははは――!!」
笑い転げ始めた。
文字通り......路上で、笑いながら、転がっているのである。
汚ぇなオイ。
「近所迷惑ですよ、魔王様。自分の言うことで笑い転げる金髪の変態少女が近くに住んでいると、近所で話題になったらどうするんですか」
「あはは! それは確かにマズイな! なんてね! あははは!!」
「今地味に魔王のことを変態少女って言わなかったか?」
「気のせいだ」
忠誠心が高いというより、過剰に仲がいいだけなのかもしれない。
思ったより、魔王に対しても毒舌な女だった。
「ていうかさ、俺の話まだ終わってねぇぞ。つーか始まってすらねぇぞ」
本題までが長すぎるぞ。
ギャグパートで無駄に時間を取りすぎだ。
「あぁ、そうなのか」
白々しい。
「そうなのか、じゃねぇ。俺がまだまだ聞きたいことあるって分かってただろ」
「正直な話だが......分からない方がおかしい」
うん。
そうだろうな。
「本当ならお前が聞きたいことなど教えてやるつもりはないが......今回は一度きりの特別サービスだ。聞かれたことには答えてやる」
「じゃあ遠慮なく。なんでお前は転校してきた? 魔王を転校させるだけで良かっただろうが」
「私が魔王様が嫌がることをするはずがない。お前が学校にいると分かった以上、私も魔王様と共に学校へ赴き、お前の魔の手から魔王様を守るだけだ」
どちらかというと魔の手を伸ばすのはお前らの方だろ。
もう伸びてるがな。ガッチリ片腕掴まれちゃってるぜ。
「そもそもなんで魔王が嫌がるんだよ。別に学校ならどこでもいいんじゃないのか?」
「魔王様はお前がお気に入りらしいからな......大嫌いなのは本当なのだろうけど、大嫌いだということは、お前を意識しているということだ。つまり気になるんだよ、魔王様はお前がな」
「俺だって毎日気になってるよ、あいつのこと」
意識しまくりだ。何やらかすか分かったもんじゃねぇ。
ちゃんと気を付けないと、痛い目を見るのは俺だからな。
「だから、私は今まで何度もお前を殺すチャンスを見逃してきたんだ」
「へいへいそーかい」
だから俺の方が強いんだっての。そんな隙なんか出さなかったさ。
......出さなかったよな?
「――だからといって、お前が殺した同胞のことを忘れたわけではないということを、覚えておけ」
「......責任だもんな。背負うさ」
俺だって同じだ。
責任は背負わなければならない。桃太郎ではないのだから。
「......っと。コンビニ、見えてきたな」
となると、家はもう直ぐだけど......俺、たまたま財布持ってんだよなぁ......
「――菓子パン、買うか」
「本当か! なんてね!」
「お前、これで調子に乗ったりすんなよ」
「分かった! なんてね!」
「ちょっと心配になってきたけど、まぁ約束を破るつもりはないからな。外で待ってろ」
制服でコンビニの中に入ることに抵抗がないでもないが、どうせ俺の顔なんて近所の間で有名なもんでもないんだし、別にいいだろう。
「そうだな......うん、これにするか」
ついでに、メドゥーサの分も買っていくか。これくらいの出資なら大丈夫だろ。
二つの袋を持ってレジへ歩き、五百円玉を置いて、レシートとお釣りを受け取る。
「ほら、買ってきたぞ。こっちがエクレアで、こっちがロールケーキ」
俺の中ではあんパンとメロンパンが一番二番を争うトップツーの菓子パンなんだが、女の子ってこういう甘い奴の方が好きそうだしな。
「やった! 私はロールケーキ~なんてね!」
俺の手からロールケーキを奪い取り、わいわいと喜ぶ魔王。
礼くらい言えや。
......いや、今だと『ありがとう......なんてね!』みたいなすげぇうざいことになりそうだから、やっぱいい。
にしても。
「どうした? 早く取れよ」
「え? これ、私のなのか?」
意表を突かれたようなきょとんとした顔をして、メドゥーサが言う。
こんなに油断した顔を見るのは初めてだな。それほど深い関わりではないけれど。
まぁ、深い関係ではあるけどな。
「そりゃそうだろ」
ぐい、と手を突き出し、俺はメドゥーサに無理やりエクレアを持たせた。
「お前......私が言ったことの意味、分かってるのか? 私はお前を許さないと言ったんだぞ?」
「俺だってお前を許すつもりなんかさらさらねぇよ。だけどな、それとこれとはまた別だ」
ふん、と鼻で笑い、付け足す。
「――俺たちは同じクラスで、お隣さんになっちまったんだ。仲良くやってくのが一番だろうが」
もうこんな事態に陥ってしまった以上、これだけが波風立てずになるべく平穏な生活を送る唯一の手段だからな。
「あ、ありがとう......」
若干顔を赤くして、呟くようにメドゥーサは言い......俺と同じように、ふん、と鼻で笑い、付け足した。
「――なんてな!」
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