菓子パンの恐怖! ←全国の菓子パンメーカーに謝れ......
「――すぅ......はぁ......」
深呼吸深呼吸。今から俺がする話は、俺の人生がかかっているとっても大事な話なのだ。
面接しにいく人ってこんな感じなのかな。何故だかめっちゃ緊張する。
だから、深呼吸で心を落ち着かせて......
「」
「......分かってる。行こうか」
あぁ、本当に罰が下ってる。魔王の台詞が今回無いじゃん。
魔王好きな皆、ドンマイ。
そもそも、魔王とメドゥーサがここの家に住んでたのって、別に罪でもなんでもないよね。勇者である俺の動向を監視しやすいわけだし。
なんだっけ? なんとかの穴に入らずんばなんとかの子を得ず、みたいな。
うん、なんか酷い言葉に聞こえるけど、別に卑猥なことを想像して言ったわけじゃないんだ。信じてくれ!
......こほん。ともかく、今の魔王とメドゥーサってその
まぁ、今さらこのネタを打ち切られても困るので、今回の話はこのままいくけど。
「――よし」
ピンポーン......
やっべぇ。呼び鈴鳴らしてまだ十秒なのに、めっさこの空白の時間緊張する......!
逃げていい? これ逃げていい奴? ピンポンからのダッシュしちゃっていい? ピンダツしちゃっていい?
いやぁ、なんかこの前まで殺しあってた仲の人間......じゃなくて、魔物......でもなくて......あぁもう、めんどいから人間でいいや。
その人間と話し合おうだなんて、俺ってかなり無茶やってんじゃないの? って思っちゃうとさ、もう金縛りにあったのかっていうほど緊張するよね。
金縛りだったらピンポンダッシュできないけどな。
『――はい』
「は、はい!」
くっそ、声が裏返っちまった......! 唐突過ぎんだよ!
「」
笑ってんじゃねぇ! てめぇどうせ見えないんだからって勝手な真似すんじゃねぇぞこの野郎!
『あれ? まお......マーウちゃん、帰ってきてたんですか?』
一応、物語の中にいる人物には魔王の声が聞こえているという設定は例外なく、スピーカーの奥にいる人物......メドゥーサにも適応されているので、魔王の声が聞こえていたのだろう。
魔王......と言いかけながらも、こちらの世界のマーウという名前で呼び、優しく問いかける。
......メドゥーサってこんな優しい感じだったっけ。俺が戦った時は、正にバーサーカーみたいな感じだったと思うんだけど。
「」
『なるほど、そこの人を家に入れるんですね。分かりました。今玄関を開けます』
おいメドゥーサ。魔王が何て言ったのかを見ている人に分かるように言うのはやめろ。
酷いアニメの電話で、一々相手の言葉を反復するような人間になるな。せめてサスペンスドラマの『本当ですかっ!?』って言ったあと悲愴な面持ちで電話を切るような人間であってくれ。
まだマシだから。そのあとで近くにいた探偵辺りが『何の話を?』って聞いてくれるから。
ちなみにそういうキャラ、大体死ぬけど。
......でもこれを言葉にできない俺ってやっぱ、小心者だよな......
家に忍び込んだは良いものの、やっぱ勇気が足りなくって窓からそのまま逃げてしまう残念な空き巣みたいな心の小ささだぜ。
って、おい俺。それらしくなくても、一応一つの世界を救った勇者なんだろ? なんで自分を空き巣と例えた。
「はぁ......」
さっきの深呼吸ではなく、ただのため息を吐いてドアが開くのを待ち、数秒。
「――どうぞお上がり下さ......お前は!?」
「よっ、メドゥ」
赤い髪をなびかせ、驚いた姿勢のまま、俺を黄色の瞳で見つめて固まっているメドゥーサに対し俺は、あれこれ悩んだ挙げ句、結局フレンドリーな感じでいこうと魔王が普段呼ぶ愛称で呼んでみた。
「」
痛い。俺の脇腹を小突くな。脇腹は駄目だろ、脇腹は。人類の弱点なんだぜ。
まったく、そう怒んなよな......たかが自分の信頼する人間を愛称で呼んだくらいでさぁ......
とと、そうだ、早急にメドゥーサに状況を説明せねば......あれ?
「――《
「《
アカン。《
あんた魔王ごとわいをぶっ殺す気かいな。アカンでぇ。それはさせんでぇ。
......今回はカッコよくルビを振って誤魔化したけど、実際は『カオスフレイム!』って言われた後『ピーマン!』って返してるだけだからな。
アニメ化とかしたら、台詞に字幕入れてくれよ。頼むぞ。
つーかさ、そもそも、なんで俺だけ魔法名がこの世界の食材名なんだ? こいつとか普通にカッコいい魔法名なのに。
あれか。アイツか。あの胡散臭い俺の恩人か。あの野郎のせいなのか。
あの、自称神様だっけ。一応俺に力を授けるくらいだし、強いんだろうけど......あんな少年の姿したやつがなぁ......
おっと、だいぶ話題が逸れてしまった。どうせあの神様には今後会うこともないのだろうし、今は目の前の出来事に集中しないと。
「――大丈夫か?」
ちょっと加減を間違えたかもしれない。《
そのせいで......うん。まぁ......ちょっとね。
「わた、わたしの......エプロンが......」
ごめんなさい。手作りだったのは知ってました。すげぇ手が込んでる感じだったのも知ってました。
きっと、魔王のためにいい料理を作ろうとか、そういう気持ちで自分で編んだのだろうってことも何となく予想が付いてました。
わなわなと肩を震わせ、真っ黒なナニカへと化した元エプロンを両手で抱き締めるメドゥーサ。
まぁ、こう言っちゃなんだけど、普通に女の子じゃん、お前。別にお姉さんキャラってわけでもないし。どっちかっていうと俺と同い年くらいに見えるし。
戦ってる時には気付かなかったけど、お前って案外乙女なんだな。
「う......う、うぅ......」
「ご、ごめん......今度さ、代わりのエプロン買ってやるからさ、泣き止んでくれよ」
情けねぇな......俺。
「」
黙れ。小学生みたいなこと言ってんじゃねぇぞ魔王。
どうせ次は『せーんせーにー言ってーやるー』とかいい始めるんだろ。この状況で茶化すとかありえねぇぞ。
「」
なんと!? 新バージョンだと!? まさかそこだけ英語にしてくるとは思わなかったぜ!
つーか、お前英語できんのかよ! 色々無駄な知識はあるし、一体どこで仕入れてるんだ!?
「......ぁ......!」
「気合いで罰を打ち破ろうとしてる――!?」
すっげぇ力振り絞ってやがる......こいつ、どんだけボケたいんだ......
お前のボケにかける情熱......熱いぜ! ブリットといい勝負なんじゃないか!?
まぁあいつの場合、ツッコミにかける情熱も半端じゃないから、実際は漫才にかける情熱が凄いのだろうけど。
凄いというか、ここまでくるともう凄まじいよな。壮絶。
「」
「諦めんなよぉ!」
もっと熱くなれよぉ!!
「」
消沈してしまわれた! さっきの言葉通り消沈してしまわれた!
なんということだ......万死に値する!
いや、流石に死ねとは言わんけど。
まぁせめて首を掻っ切って死ね。
「......お、お前......!」
......あぁ、またメドゥーサのことを忘れてしまった。
魔王のボケにはツッコまずにはいられない体質だからなぁ、俺。
まったく、不憫な体だぜ。
いっそツッコミマン......では語呂が悪いから、ツッコマンと呼んでくれてもいいね。
この呼び名はこの呼び名で意味が変わるけどな。
さて、見るだけで人を殺せそうな超鋭い目付きで俺を睨んでいるメドゥーサだが......涙が溜まっているおかげで、いつもより若干可哀想な感じがする。
まぁ、大方俺の知っているメドゥーサの顔だ。多分、あの優しい声も魔王の前でしか出さない特別なものだったのだろう。
うーん、どうしたものか......話し合いをしようと思ってたのに、警戒心MAXだな......
「魔王様から離れろ!」
おぉ。まずそこからか。流石だな。
いつまでもエプロンを失った悲しみに囚われず、一番心配しなければならないことを見失っていない。
やはり、俺がにらんだ通りだ。魔王への忠誠心はかなりのものだな。
だからこそ、疑問なのだけれど。
「まぁ落ち着いてくれ。なにも、俺は魔王を殺そうなんざ考えてるわけじゃない」
ことはなるべく穏便に。なんの争いもなく、平和的に終わらせたいところだ。
「そんな言葉、信じられるか」
ん?
「なに言ってるんだよ。お前だって、そう考えていたからこいつを俺の学校に転校させたんだろ?」
じゃないと辻褄が合わない。殺そうと思っているかもしれないという疑いがあったのなら、どうして魔王を月ノ目中学に入れたんだ? 月ノ目中学には勇者である俺がいるのに。
「なんの話をして......その制服、まさか......」
怪訝ながらも警戒心を剥き出しにしていた目で俺を睨んでいたメドゥーサは、直後、驚愕に目を見開く。
「まさか、魔王様! この勇者と同じ学校に!?」
「」
「しかも同じクラスに!? あぁ、なんということだ......」
ガクン、と肩を下ろして俯くメドゥーサ。
......どうやら、情報に錯誤があったようだ。
「じゃあ、メドゥーサは魔王が俺と同じ学校に通っていたことを知らなかったのか?」
「あぁ。知らなかった......急に学校に行きたいと言い出すものだから、ようやくこの世界で生き抜くために勉強をしようと考えたのだと思っていたが......なるほど、そういうことか」
「どういうことだよ」
俺と魔王の顔を交互に見つめ、「はぁ」とメドゥーサはため息を吐く。
勝手に納得されても困るんだが......
「――しかし、何故よりにもよって勇者がいる学校に?」
そうそう、それそれ。俺もそれが一番気になってた。
メドゥーサが魔王を学校に行かせていたのは事実だったようだが、月ノ目中学を選んだのは魔王っぽいし、そこに俺がいるとメドゥーサに伝えなかったのも不思議だ。
理由がまったく分からない。
「」
「魔王様、菓子パンをくれたからといって、簡単に勇者を信用してはいけませんよ」
マジか。そうなのか。菓子パンのせいなのか。
俺があの朝の時に菓子パンをあげたから、こんな事態に陥ったのか。
......でも、こいつ俺のこと大嫌いだって叫んでたんだけどなぁ......
「はぁ......仕方ありませんね......」
「いやなんとかしろよ」
お前、仕方ないで終わらせんなよ。俺の人生かかってんだぞ。
「というか、してください」
「黙れ勇者」
コイツ......実力では俺の方が勝っているというのに......
駄目だ、抑えろ。もうさっきみたいな緊急時以外魔法は使わないと決めたはずだ......!
「――大丈夫です、策はあります......私に任せてください」
その口調で既に、どちらを安心させるための台詞かは分かると思うが......しかしこの時の俺は、正直どうかしていた。
この言葉で、どうしてだか俺が安心してしまったのだ。
ニヤリ、と口元を歪めた、明らかに不穏な雰囲気を纏った笑みを見て。
一週間後、俺は再び絶望の味を舐めることになる。
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