部活動なんざやりたくねぇ!

お世話係なんてやりたくない! ←なんの世話をさせられるんだ......

 あのタヌキめ......俺を嵌めたな......!


 俺の人生史上最大の恨みを込めた目で先生を睨み付け......先生がビビったのでちょっとスッキリ。


「......っておかしいだろぉ――!? なんでお前がここにいんだよ! あぁ!?」


 先生なんかこの際どうでもいいわ! それよりマジなんなんだあいつは!?

 この前のヤンキーモードみたいな口調で、未だ皆の前で立ったままの魔王に、怒鳴り付けるように俺は問う。


「うるさい! もうお前なんか嫌いだ! 大っ嫌いだ! 嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ!!」


 まるで駄々を捏ねる幼児のような態度だな......! くそ、こいつぶっ飛ばしてやろうか......!?


 魔法を使うかどうか少し悩み始めたその時、隣から声が掛かった。


「ねぇねぇ詩矢成しやなる君......君はあの、角を付けたすっごく可愛い外国人と知り合いなんだ、へーそうなんだ」


「ねぇねぇと聞いてきた以上、『知り合いなの?』という疑問形で終わるものだとてっきり思ってしまっていたが、お前がそう言うなら、どうやら俺はその考えを訂正しなければならないようだな」


 井蝶いちょうが何かを間違えるなんて、あり得ない。それは明日には太陽系が全て衝突し合って新しい星が生まれるのと同じくらいにあり得ないことなのだ。

 猿も木から落ちる? いやいや、井蝶は木を切り倒すね。失敗する原因を作らない女なのだ。

 もうここ数日で井蝶のイレギュラーっぷりは散々見せられてきたので、俺がそう思うのにはもはやなんの疑問も抱かない。


 だが、助かった。いいタイミングで井蝶が話しかけてくれたおかげで、何とか俺の破壊衝動は収まったようだ。危うくこの教室ごと消し飛ばすところだったぜ......


「なぁ、あいつ誰だっけ?」


「詩矢成だよ、詩矢成......何だっけ」


「分からん。あいつ井蝶様以外とは話さねぇからな」


「ちっ。井蝶様とイチャついてるくせに、こんなめっさ可愛い女の子と知り合いだったのか」


「コロス」


「落ち着けジェイソン。機会はいつか来るさ」


「あの二股野郎......」


「いつ処刑する?」


「今からで良くね?」


「まぁ落ち着けみんな。あの女の子の言葉聞いてなかったのか?」


「あぁ、あの子詩矢成が嫌いなのか」


「じゃあ俺たちにもチャンスあるくね?」


「ktkrwktk」


「くぁwせdrftgyふじこlp!!」


「......けどまぁやっぱ井蝶様の件もあるし、殺っとくか」


「「イエス、サー!」」


 ......どちらにしろ、男子どもは一旦どうにかしないといけないようだな......

 でも魔法は使いたくないし......説得、してみるか?


「いいか皆よく聞け! こいつは言っとくがバカだ! 絶世のバカだ! こいつと付き合おうというのなら、お前らには難易度が高すぎるツッコミスキルが必要になるぞ!」


 絶世の使い方が間違っていることにも気付かず、俺は必死にクラスの男子の殺気を止めようと......したけどなんか膨れ上がってきた!


「なにその、詩矢成にはあるみたいな言い方」


「あーうわ......うっわ......うっぜー」


 あぁ......久しぶりの、この感覚。


 今回は男子だけだけど......だけど、よく知っている感じ。

 そうだ、これは俺が小学生の頃に経験した、トラウマ......


 その再現。


「はぁ......」


 自覚した途端、何故だか足がプルプルと痙攣を始めた。そのままストンと、崩れ落ちるように椅子に座る。


「どうしたの? もしかして、私が......」


「違う。俺が勝手に思い出して、勝手に傷付いただけだ。お前は......井蝶は、悪くない」


 なんでだ......

 どうしてここに来た、魔王......


 お前が来ると、俺の平穏は永遠に来ないんだよ。何事もない、平和な俺の日々。返せよ......!


「え、えーと、それじゃあマーウちゃん......で、いいのかな?」


 先生が教室で起きている修羅場的な状況にどぎまぎしつつ、魔王に問いかける。


「そうだぞ」


「じゃあマーウちゃん、空いている席......六列目の五つ目の席に座って下さい」


「ん」


 せめて席が離れてくれているのが救いか......などと思いつつ、指定された席へ向かう魔王を横目で見ていると、魔王もまた、俺を冷ややかな目で見ていることに気付いた。


 なんなんだ、あいつは......


 勇者と魔王、詩矢成しやなるゆうと、マーウ・クロノオの関係はご覧の通り、最悪な形で始まったのだった。


 ◇ ◇ ◇


 五月に入り、一日目の授業が全て終わった後。つまり放課後。


 やはりと言うか、なんというか......魔王は勉学の面ではまったくダメダメだった。

 バカどころではない。なにせ、元々知識がないのだ。分かるはずもない。理解しようとしている様子もない。


 言うなら、赤子に中学の勉強を教えているようなものだ。解けたら天才だと言うべきだろう。


 だからこそ、分からない。恐らく学校に行くように仕向けたのはメドゥーサの奴だ。それだけはハッキリしている。

 が、それならどうして、魔王を学校に? 角は嫌でも好奇の目を浴びるし、それがなくても、赤い目に金髪だ。これで注目されないわけがない。加え、凄まじい大バカ。

 ここら一帯で一種の名物化してもおかしくないというのに......メドゥーサは、魔王を有名にしたいのか?


 いやいや、それはない。魔王を守るのが奴の使命なのだから、有名にする方が危険なのは分かっているはずなのだ。


 だからやはり、魔王がこの学校に来た意味が分からない。しかもよりによって、この月ノ目中学に。勇者たる俺がいる場所に。


 これは一度、メドゥーサに会ってみる必要があるな......


「――ねぇ君、最近マーウちゃんのことばっかり見てるよね」


 不意に井蝶から掛けられた声に驚き、咄嗟に魔王を見ていた目を正面へ戻す。


「そ、そんなことないぞ、うん」


「そんなことあるよ。二人ってどういう関係なのか、聞かせて欲しいな」


 ちょっと目がギラついてる気がするんだけど......怖いなぁ......


「べ、別に。因縁の敵って感じ?」


「うっそだー。だって君、マーウちゃんのこと愛おしそうな目で見てたよ?」


「んなわけあるか!」


 危うく手が出るところだっただろうが! しばくぞ!?


「......でも、心配そうな目はしてた。クラスの皆に囲まれてるのとか見てさ、『大丈夫か、あいつ......』みたいなこと、考えてたでしょ」


「考えてねぇよ」


 めんどいっていうか、迷惑な奴が来たな......って思ってただけだ。あいつは今、常に注目の的だから、俺が視線を向けた時にはいつも誰かがいるんだよ。今回も、放課後だって言うのに人に捕まってるし。


「ふーん......それならそれでいいんだけど......ところで詩矢成君」


「うん?」


「ずっと気になってたけど、マーウちゃんの角ってなんなのかな」


 あぁ、多分それ皆思ってる。俺もだし。


「さぁな。多分、覚醒とかするとあそこがスパークするんだろ」


 武器になるのかもな。


「ふふっ、笑えないね」


「笑っただろ」


「ところで詩矢成君」


「二連続か......まぁいい。聞くよ」


「マーウちゃんって、何人なのかな?」


 あぁ、多分それ皆思ってる。俺は知ってるけど。


「さぁな。多分、異世界人とかじゃね?」


「ところで詩」


「いい加減飽きたぞ!? お前、何か隠そうとしてるだろ!」


 怪しい! 凄い怪しい! 『ところで~』なんて言葉を三度続けて使うのは絶対に何かある!


「あ、あれ? 分かっちゃった?」


「分かるよ! 誰でも分かるよ! 隠してたのはなんだ! 早く言え!」


「でも、聞いたら聞かなかった方が良かったって思うよ?」


「ぐ......」


 こ、こえぇ......この台詞って真実を知ろうとする人にとっては凄い怖いんだよな......でも、大抵の人はそう言われてもこう答えるだろう!


「絶対思わない! だから聞かせてくれ! いや、聞かせろ!」


 とな。


「じゃ、じゃあ言うよ?」


「おうよ」


 緊張したかのように、すーっと酸素を吸い、ゆっくりと二酸化炭素を吐き出してから、言う。


「――君は先生から、マーウちゃんのお世話係に任命されました」


「聞かなかった方が良かったぁ――!!!!」


 心からそう思ったぁ――!!!!


「でしょ?」


「でしょ? じゃねぇよ! どうして俺が! 犬猿の仲っていうか、もう鬼と桃太郎みたいなレベルで仲悪いんだぞ、俺たち! 分かるだろ!?」


「そうかなぁ? でも桃太郎って結局最後は鬼を許してるから、そんなに仲悪くないんじゃない?」


「俺は許さないね」


 例え自ら手を下していなかったとしても、魔王は間接的に沢山の人を殺したのだ。

 誰かの上の立場につくということは、そういうことだ。責任を背負うということなのだ。

 あんな少女に......と思わないわけじゃないが、しかし、だからといって罪を許せるわけじゃない。


 俺は桃太郎ほど、無責任じゃないし、バカじゃない。

 魔王だって、責任は背負わなければならないのだ。


「厳しいね」


「当たり前だ......で、どうして俺が?」


「だって、君ってこの学校で唯一マーウちゃんのことを前から知ってるでしょ?」


「知ってるっつっても、ほんとつい最近知ったばかりだけどな」


 噂なら沢山聞いてはいたけれども。

 しかし、初めて実物を見て、言葉を交わしたのはほんの数日前だ。


「でも、皆よりは知ってるからね。私たち、あの子のことなんにも知らないもん」


『もん』って......今時、『もん』とか言うの?

 まぁ井蝶が言うのだから、今時でも言うのだろう。もしくはブーム的な感じなのかもしれない。流行?

 井蝶以外の奴が使ってるの見たことないけど。


「君は違うでしょ?」


「うーん......まぁ浅からぬ因縁はあるけどな。だけど、そんなので俺がお世話係に選ばれるか? 先生が俺と魔王の関係を知ってるわけでも無かろうに。言っとくけど、俺だってあいつのことなんも知らないもん」


「『もん』って......今時、『もん』とか言わないでしょ」


「先にお前が言ったんだけど......?」


「女子はいいんだもん。だって可愛いんだもん」


 か、可愛い......

 自分で可愛いとか言っちゃう? とか思うけど、それも気にならないくらい可愛いぜ......


 あーその、プンプンって感じ最高。ちょっと意地張ってるみたいな感じがめっちゃいい。


 それはともかく。


「コホン。だけどさ、やっぱそういうのはお前が適任だとは思うんだけどな。ほら、お前って頭いいし。俺なんかより性格もちゃんとしてるし。知り合いっていう俺のアドバンテージを入れても、お前の方が適任だろ」


「そんなことないよ~?」


 だから、そういう謙遜の姿勢とかが適任だと思う理由の一つなんだよな。もちろん勉学の面も凄いし。

 もうここまで来ると、超人って域。スーパーマンならぬスーパーウーマン。或いはスーパーヒューマン。


「あと、私のことお前お前って呼ばないの。蓮ちゃんって呼んでって言ってるでしょ?」


 そんなこと言われたことねぇだろって多分皆思うんだろうけど、こいつ本当に言ってるからな。この数日で、五回くらい。

 どんだけだよ。どんだけ下の名前好きなんだよ。


「はいはい蓮ちゃん」


「ひゅぅ!?」


 何故そこまで驚く? どうして自分で呼んでって言ったのに、いざ呼んでみたら、そんなに身を縮こまらせて、茹でたタコみたいに顔を真っ赤にまでするんだ? 流石に喜びの表現過剰過ぎねぇ?

 どんだけだよ。どんだけ呼んで欲しかったんだよ。


「で、井蝶」


「うんうん、それでいい。まだ、まだちょっと、刺激が強かったから......」


 刺激ってなんだよ。


 まぁもういい。本題に戻そう。


「だからさぁ......やっぱ俺、向いてないって」


「そ、そんなことないよ! 自信持って! ファイト!」


 俺いっつも思うんだが、英語の時間中は外国人張りっていうか外国人もビックリの発音で英語喋るくせに、こういう時には『ふぁいと』みたいなひらがな表記っぽい言い方するのってなんでなんだろうな。

 いや別に、これは井蝶に限った話ではなくて。両親も外国飛び回ってるから英語ペラペラなのに、俺と話す時そんな感じだからさ。


 可愛いもんとか言い出しそうだから、あえて疑問として口に出さないけど。


「それに、マーウちゃんのお家、詩矢成君のお家の近くって聞いたよ?」


「ま、じ、か」


 な、ん、だ、と。


 じゃあメドゥーサとか割と近くにいるのか。


 ......あ、閃いた。超いいこと考え付いた。


 まず、俺が魔王のお世話係を受ける。

 次に、その特権で一緒に帰ったりして魔王の家を調べる。

 そして、俺が家に行ってメドゥーサに魔王が学校にいる危険性を説明する。

 すると、多分あいつはバカじゃないから、魔王を何とか説得して、学校をやめさせてくれる。


 オゥ、俺ってばなんてナイスアイディアを!


 ここネイティブな発音な。


「その仕事、謹んでお受け致しましょう」


「モチベーション、だいぶ変わったね」


「まぁな!」


 だってこれ、うまくいけば再び俺の平穏が帰ってくるじゃん。

 神が俺にお与えになったチャンスなんだ......言わば蜘蛛の糸だ。掴み損ねないよう、頑張るか。


「ふーん、そんなにお家が近所だとモチベーション上がるんだぁ......ふーん」


「なんだよ」


 その何かに気付いて欲しそうな顔。そういうの気になるよな......大体の場合、絶対答えてくれないんだけど。


「別にー?」


 ほらな。


「それじゃまぁ、頑張ってねー」


「なんか井蝶、冷たくないか?」


 井蝶にしては。

 温厚篤実で通ってるんじゃなかったのか?


「ふん。もういいもん」


「あ、おい......」


 荷物をまとめ、井蝶はささっと教室から出てしまった。多分部活にでも行くんだろうけど。

 あいつ、部活なんだったっけか。


 ......まぁ、俺とあいつの関係なんて、そんなもんだよな。俺は井蝶のことを何も知らないし、井蝶だって俺のことを何も知らない。

 ただのクラスメイトだ。知り合い。


 まぁ、あいつが委員長になったとかは知ってるけど。

 ちなみに俺はなんもやってない。


「......はぁ」


 ちょっと職員室に行ってタヌキを一回シメて来るかどうか一瞬迷ったが......まぁ、今は俺の目的を優先するか。


「――おい、マーウ」


 思えば、俺は初めてこの名前でこいつの名前を呼んだ気がする。

 マーウ・クロノオ。

 魔王・黒の王。


 まるで子供のようなネーミングセンスだな。


「な、なんだ?」


 少し面食らったような顔で反応する魔王。

 周りにいたクラスメイトも同様に俺を見るが......無視無視。あいつらとかただのモブだし。

 言わば、カボチャである。ほら、舞台とかに立った時、よく言うじゃん。そんな感じのあれ。


「俺、お前の面倒見ることになったからさ......ほら、一緒に帰ろうぜ」


 うん、今さらながら、魔王とはいえ女子に対して『一緒に帰ろうぜ』は恥ずい。

 死ぬ死ぬ。恥ずかしくて死ぬ。早く立ち去りたいんだから、さっさと返答してくれ......


「めんどうって......私のか? つまりお前は、私がガッコーにいるあいだ、メドゥと同じふうにしてくれるのか?」


「うんそうそう」


 棒読みである。


「だから、一緒に帰るのか?」


「いえすいえす」


 ネイティブな発音なんか知らん。


「私はお前のことが大嫌いだぞ」


「しってるしってる」


 俺もだし。だからこの役を買って出たんじゃねぇか。さっさとお前を追い出すためにな!


「うーん、じゃあ......」


 迷うフリをしつつ、結構顔に嬉しいって感情漏れてるぞ。

 まぁ、こんな知らない世界にいきなりほっぽり出されたのだから、寂しかったのだろう。

 例え大嫌いな俺だったとしても、知り合いだというだけである程度安心できるのかもしれない。


「かえろーぜ」


 また適当に言ってみると、魔王は淡く頬を染めながら少し頷いて、


「......うん」


 と。


 俺は不覚にも、そんな魔王が少し可愛いと、そう思ってしまった。

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