俺の平穏は何処へ! ←彼は旅に出てしまったよ......

 ......まぁ結局、入学式に遅れたのは、言うまでもないだろう。

 親父が先輩なんて一回も呼んで貰えないみたいなことを言ってたから、実際呼んで貰えて舞い上がってしまっていたようだ。


 クラスメイトには白い目で見られ、井蝶いちょうに苦笑され、(しかも肩を叩いて『落ち込まないで』とか言いながら!)先生に呼び出しをくらい......もう散々だった。


 しかも入学式の途中、ブリットの野郎は俺を見つけると手を振って来やがったんだ!

 周りの視線が怖くてヒヤヒヤしたね。

 胆が冷えるとはよく言ったものだよ。まぁ、どうしてヒヤヒヤすると肝臓が冷たくなるのか、不思議ではあるけれども。

 そんなこといい始めたら、『目に入れても痛くない』とか、『耳にたこができる』とかわけ分からんことわざあるけどな。

 ってか、諺のほとんどがわけ分からん。日本語ってのは日本人でも意味不明なんだよね。難しい言語なわけだぜ。


 閑話休題。


 でもまぁ、ほとんどの人にはバレなかったけどね。ブリットが手を振ったのが俺だってことに。

 大抵の奴等は、二年生に兄弟かなんかが居るとでも勘違いしてくれたようだ。あんな外人の兄弟、いるはず無いのに。

 それでも、井蝶にはバレたけど。そもそも、天才であるあいつに隠し事っていうのがまず間違っていたんだ。

 そりゃあコ○ンや金○一には敵わんだろうけど、普通の人間には無い推理力や、洞察力があると思うよ、井蝶には。


 ......そーいえばブリットの奴、自分の名前以外、何も話していかなかったな。日本語は流暢だから、多分日本育ちなんだろうけど。

 もしかすると、ハーフかもしれない。けどハーフって、あんな綺麗な青い瞳になるもんなのかなぁ? 少し茶が混じった金髪はまだ分かるにしても。


 考えていても仕方ない。それはまた、今度会ったときにでも聞くとしよう。

 あくまで、後輩と先輩として......だが。


 そう、あいつは友達じゃない。可愛い後輩だ。それ以上じゃない。


 トゲが抜け落ちたからといって、根本の部分が変わるわけではないのだ。

 正直、やっぱり友達は怖い。中学二年にもなって友達が怖いだなんて、思いたくはなかったけれど......だけど、怖い。どうしても怖い。

 小学生の頃、仲がいいと思っていた友達に裏切られた。相手にとってはほんの些細なからかいだったとしても......俺の心はまるで、冷たい刃で抉られたみたいに傷付いたんだ。


 それでもまだ、それだけなら俺の心は回復できただろう。

 でも、そのからかいに乗せられ、クラスの皆は俺を笑った。


 嗤った。


 俺だけ、俺だけがクラスからいなくなったようだった。クラスという歯車から外れた、一本のネジのようだった。

 その時、俺の心は......粉々に破壊されてしまった。


 あのバカ親父のバカに付き合うために強化された、鋭い感受性のせいもあったのだろう。

 しばらく塞ぎこんで俺が得た結論、それが『友達なんて必要ない』だ。


 もう二度と、あんな思いをするのはごめんだった。


 井蝶だって、友達じゃない。

 隣の席の、ただのクラスメイト。

 まだ友達と言えるほど、俺は彼女のことを何も知らないし、それは向こうだって同じだろう。


 俺はこんな風な、冷めた道を選んだのだ。


 それが最も平穏な人生だと、信じていたから......否。信じているから。


 まぁ部活には入るさ、その内。約束しちまったしな。

 だけど友達なんて、必要ない。


 ◇ ◇ ◇


 ......とまぁ、少しばかり重たい話をしたが、ここからも重たい話が続く。


 といっても、重たいのは俺の足だ。だから、足が重たい話が続く......と表記するのが最も正しい。


 で、何故そんなに足が重いかというと、話は簡単。ほら、さっき言ったろう? 先生に呼び出しくらったって。


 つまり俺は現在、入学式が終わった後に、相談室へと向かっているのだ。

 担任の田沼たぬま木奈子きなこ先生......通称タヌキ先生の下へ。


「し、失礼しまーす......」


 小声で言いながらゆっくりと扉を開け、体を滑り込ませるように中へ入る。


「お、来ましたね~? そんなガチガチじゃなくていいから、そこに座りなさい」


「は、はい......」


 思ったよりも、先生の目が優しい。

 少し安心しつつ、俺は先生と対面する形となるパイプ椅子に座った。


 先生は一つ、「ふぅ......」とため息をついてから話始める。


「遅れた原因は、なんとなくですが聞いていますよ。だからいいと言うわけでは無いですが~......まぁ今回については許しましょう。ただし、今後は遅れないように~」


「分かりました......」


 聞いたって誰に......と思ったが、どうせ井蝶辺りが俺の罪を軽くするためにコッソリ言っておいてくれたのだろう。性格のいいことだ。


 ......あれ、じゃあなんで俺呼ばれたの? まさかこれ言うためだけにここに呼ばれたわけじゃないよね?


「虎の威を狩る狐ではないのですから、その事実を盾に、自分の罪を軽くしようとはしないで下さいね~?」


「狩っちゃ駄目でしょう狩っちゃあ! 虎の威厳が狐に狩られるとか悲しすぎますよ!」


 しかも地味にその諺、使い方間違ってるし! 何故一文の間に二つもツッコむポイントがあるんだよ! 捌き切れねぇよ!


「......えぇと、それでこのお話はをわりです!」


「そんなミス、小学校低学年の子でもやらねぇよ!」


 しかも終わっちゃったよ! 早っ!


「今、先生に対してタメ口を使いましたね~? ダメですよ、これでも先生なんですから!」


 エッヘンと胸を張り、先生の安い膨らみが少し大きくなる。


 まぁ中身がこんなだから、そっちも成長しないのだろう。身長はかなりあるけどな。


「はい、分かりました先生」


 不審な想像をしていたのがまったくバレない、堂々とした顔で俺は答えた。


「じゃあ本題ですが~、詩矢成君、君は学校が楽しいですか?」


「えぇ、はい」


 昨日バカ親父にも言われた質問だな。

 もちろん、皆ほどじゃないけど、学校は楽しい。


 何が楽しいかって言われたら、何となくって感じだけど。


「でも、友達いないでしょう? 井蝶さん以外に」


「井蝶は友達じゃないですよ。それに友達なんて、俺の求める平穏な人生に必要ありません」


 少し井蝶に対して辛辣な言い方かもしれないが......先生が誤解しているようなら、それは解かなければならなかった。


「平穏な人生......なるほど......」


 先生は何かを納得したのか、深く頷き......もう一度顔を上げて言う。


「――でも、友達がいた方が絶対楽しいと思いますよ~?」


「必要ないです」


「そう言うと思いましたけど......」


 あぁもう、こんな話を続けるようなら、もう出てってもいいかな? いつまで経っても決着が付きそうにない。


 と、そう俺が思っていた時だった。


 先生はふと顔を挙げると、元からニコニコとしていた顔の笑みを更に深め......そして意味深なことを口走った。


「――それじゃあ、これから楽しくなりますよ~。学校」


 ◇ ◇ ◇


 その後俺は無事相談室から解放され、先生の言った言葉の意味も分からずに数日、特に何事もない平穏な日々が過ぎるのだが......


 四月も残すは数日。五月に入ろうかという季節だった。

 ここ最近の変わったことなんて、隣の家がやたらとうるさかった事くらいの、そんな平穏な日常。


 そんな平穏は今日、壊れてしまったのだ。先生の言葉の裏に含まれた意味通りに。


「――それでは、転校生を紹介しまーす」


 この時期に転校......ねぇ。珍しいけど、まったくないってわけでもないか。この月ノ目中学って、案外人気あるみたいだし。


 ここ数日で聞き慣れた、教室に響く先生の少しおちゃらけた声を聞き、そんなことを考える。まぁ正直、転校生が来ようが友達を作る気のない俺には、あまり関係のない話なのだが。


「うおぉ――!」


「マジでマジで!?」


「可愛い女の子かな!? かなかな!? ハァハァしたいよペロペロ」


「ktkr」


「くぁwせdrftgyふじこlp」


「転校生......実は銀河美○年だったり?」


「エヴ○ンゲリオンのパイロットだったり!?」


「あぁ、かっこいい男の子だといいなぁ......」


「さっきの台詞、男子が言ったからね......でも、バラ展開は望ましいわ......!」


「きっと私の王子さまがやって来るのよ!」


「イっケっメン! イっケっメン!」


「さて、私の彼氏候補が増えるかどうか......楽しみね」


 ......まぁ俺以外の奴にとっちゃ、一大イベントなんだろうけどな。

 だって、あの井蝶ですら目を輝かせてるし。


「どんな人が来るんだろうね?」


「さーな」


 適当に返事をしてみると、井蝶はムスっとした顔をしてしまった。


 しまったな。ちょっと真面目に答えるか。


「まぁ、可愛い女の子だったらいいんじゃないかな。流石にハァハァしたいよペロペロとは思わないけど」


 ってかこれ普通逆だよな。『ペロペロしたいよハァハァ』なら分かるけど。いや分かりたくはないけど。


「......っ!」


 俺の真面目な答えを聞いた井蝶は、ムスっとしていた顔を一瞬怒ったようにして、そっぽを向いてしまった。


 俺、なんか悪いこと言ったかな?


「はーい、じゃあ入っていいですよ~」


 と、そんなことをしている内に、先生が教室の外で待っていた転校生を中に呼んで......呼んだって......え?


「えぇぇぇ――――!?!?!?」


 ガタン! と思いっきり椅子を倒し、机を両手で叩きつけながら立ち上がり、俺は人生二番目にデカイ叫びを上げた。


 ちなみに一番目は異世界に転移した時の叫び。


 って、そんなことを解説してる場合じゃない! だだだって、あああそこに居るのは......!


「――そんなデッカイ叫び声を上げて、うるさいな! ぶっ殺すぞ!」


 言い、そいつは俺を睨む。


 燃えるような赤い瞳と、輝く艷やかな金髪。頭から生える二本の捻れた黒い角と、それに釣り合わない低身長に子供っぽい声。


 何度目をこすっても、まったく同じ人物が俺の目に映った。本来そこに居るはずの無い人物。居てはならない人物。


 魔王。


「この私こそが、今日からこの学校に転校してきた、マーウ・クロノオなのだ! よろしくな!」


 俺に見せた顔とは打って変わって、気持ちがいいほどに爽快な笑みをクラスに見せる魔王。


 ......俺の求める平穏は、どうやら俺を捨てて旅に出てしまったらしい。

 残されたのは、平穏のやんちゃな兄弟、波乱。


 波乱君よ、なんとか説得して、平穏さんを呼び戻しておくれ......!


 そう念じずにはいられないぜ。


 異世界帰還者な俺は平穏を! 平穏を求めます!!


 どうか、平穏を――!!

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