先輩なんて呼ばれたって全然嬉しくなんてないんだからね! ←はいはいツンデレ乙......

 次の日。二年二組の教室、二列目二番目の席にて。


「あー、今俺、『あ』って字に濁点つけんのってどうやんだろうなぁって悩んで『あ 濁点 方法』って調べようとしたら『濁点』って変換で『゛』が出るから普通に『あ』につけて『あ゛』にすればいいんじゃんって気付いたときの喜びとやるせなさが混ぜ合わさったみたいな感じだよ......」


 自分の机の上にダラーっと上半身を伸ばして置き、顔だけを右に向けただらしない状態でよく分からんことを言う俺。


「それは、喉ががらがら声なのも関係あるのかな?」


 井蝶は不思議そうな顔をしつつも、真面目に俺の話に答え......てないな。話題逸らそうとしてるな。さりげなくこの話題避けてるな。

 成る程、俺が教室に入って来て鞄をバナナの皮を捨てるが如くポンと机上に放り投げてから死ぬようにぐたーっとこの体制になった後に突然話始めたこの話題がそんなに気に入らないか。そうかそうか。


 だが残念だったな! 自ら墓穴を掘るとは!


「つまりだな、俺が今話しているのは、『あ』に濁点を付けたような声を出せるまでに喉を酷使してしまったという話題だったのだよ」


 机の上でだらけた状態のまま、キランとキメ顔。

 しかし顔以外がまったく、というかマイナスの方面にいっちゃうほどにキマっていないので、俺のキメ顔はただただ気持ちが悪いだけの代物だった......と自分でも知覚できるのだから、実際そのキマらなさといったら、他人からすれば目を背けたくなるレベルのものなのだろう。


 井蝶が俺から目を背けた理由も、恐らくその辺りなのだろうと自覚している。


「前後の話で、詩矢成しやなる君の言葉は明らかに繋がらないと思うんだけどな.....」


 そう遠い目をしないでくれ。まるで俺が手の付けようがないバカのようではないか。そうでは無いのだぞ? 本当は世界も認める天才なんだZO? 嘘じゃないYO?


 それに、どんなに遠い目をしたって、その体制だと黒板がお前の視界を邪魔すんだよな。つまり、遠い目はしてるけど実は近いところを見てるってこと。

 あれ、それじゃあ遠い目ってどうやってるんだ?


 ......まぁいっか。というか、どうでもいい。


「だってさ、最初の話は喜びとやるせなさが混ぜ合わさったみたいな感じ......っていう感情の話をしていたのに、次の話では喉ががらがら声っていう物理的な話になってるんだよ?」


「あぁ、うん。俺、どっちかっていうと後半の方を話したかったんだけど、前半は俺も言ってるうちにわけ分からんくなってな」


 嘘じゃないYO?


「ふぅん......そっか」


 井蝶は再び少し不思議そうな顔をしたが、無理やり納得したようだ......それよりどうしてこちらをチラ見しかせんのだ。心にひびが入るとまでは言わないが、心にひっかき傷が付くくらいには傷付くぞ。


「それで......どうして詩矢成君はそんなに喉を痛めたのかな? 風邪?」


「酷使したって言っただろ......」


 話聞いてたのか?


「だって、詩矢成君がそんなに喉を酷使するなんてありえないんじゃないかなーって」


「なんで?」


 井蝶は少し気まずそうな顔をすると、言うべきか言うまいか......数秒迷うようにして、意を決したように口を開いた。


「あんまり言いたくないんだけど......その、詩矢成君って友達いないから......」


「あんだとゴル......ゴホッゴホッ! あ゛ー」


 さっそく俺に喉を使わせようとしてくれやがって。上手く『ゴルァ!』って言えなかったじゃないか......


「ご、ごめんなさい!」


「別に本当のことだし、俺が作らないようにしてるだけだから、いいんだけどさ......」


 本当に誠意のこもった謝罪をされると、こっちだって怒鳴れないよな。


「――でも、詩矢成君は変わったと思うよ」


「変わったって?」


 突然再びこちらを見て、微笑みながら言った井蝶の言葉に、俺は首を傾げる。


「一年生の頃の詩矢成君はこう、もっと......なんていうのかな、ヤマアラシみたいに、来るものを全て拒んでいた......みたいな感じだったもん。でも今では、カピバラみたい」


「ヤマアラシはともかくカピバラの比喩がまったく分からんのだが」


「うーん......私って口下手だから、うまく伝えられるか分からないけど......一人で自分だけの世界を作っちゃうけど、その世界に入ろうとする者は拒まない......みたいな?」


 カピバラが自分だけの世界を作っていたという新事実には驚きだが......ふむ、まぁその比喩表現、案外間違っていないのかもしれない。

 カピバラはずっと、ボーってしてるしな。


「本当、変わったと思うよ、詩矢成君。春休みの間に何があったの?」


「世界を一つ救って来たよ」


 さりげなく本当のことを言う。嘘は嫌いなのだよ。USOJANAIYO?


「へぇ、スゴいね」


「だろ?」


 わざとらしく驚いて見せた井蝶に、俺もまた、わざとらしく笑った。


「でもさ、友達いないからといって俺が喉を酷使しない理由にはならんだろ」


 話題を戻す。なんだかんだ言って、まだ俺は井蝶を納得させていないことに気付いたのだ。

 危うく話題を完璧に逸らされかけてた。考えてやったのだとすれば......この者、中々の策士だ。


「まぁそうだけど、それじゃあ一体誰と話していたの? あ、二次元の嫁とか、そういうのはちょっと範囲外だから......」


「そんなんじゃねぇよ......まぁ、バカな親父と......そうだな、バカな知り合いにツッコミ入れまくって喉を痛めたってだけだ」


「ふふ、だけって......ツッコミを入れまくって喉を痛めるのは、だけって言うほど普通じゃないんだよ」


 まぁ、確かにそうだけど。


「俺の家じゃあ昔から日常茶飯事だったよ」


「変な家だね」


「そうだな」


 ......今さらだけど、ずっとこの体制なのは疲れるし、何より恥ずかしいな。なんでずっと意地を張ったみたいにこんな体制で会話してたんだろう、俺。


「......ん、そういば入学式まであと何分だ?」


 体制を戻した後、ふと思い出し、井蝶に問う。


「あと十五分くらいかな」


 かな、と言いつつ迷う素振りも無かったな。だから? って話だけど。

 まぁあの天才、井蝶いちょうれんである彼女が言うのだ。

 例え学校がテロリストに襲撃されようと、世界が破滅を迎えようと、ましてやこの宇宙が消し飛ばされようと......一分一秒違わず、十五分後ピッタシにこの月ノ目中学の入学式は行われるのだろう......こうしている間にも、時間は過ぎているのだが。


「なんか緊張してきて、な......ちょっとトイレに行ってくる」


「もう、そういう下品なことはレディの前で言っちゃ駄目でしょ?」


「そうだな」


 まったくその通りだ。言い返す余地がない。というか、今後一生この天才に言い返せる出来事があるとは思えない。なんか、いつまでも『そうだな』って頷いてそうだ。あと『そうなのか?』とか。


「じゃあ早く行ってきなさい」


 まるで母親みたいな言い方だな......ここは一つ、乗ってやるか。


「じゃ、行ってくる」


「早く帰って来てね」


「ん、あ、あぁ」


 そりゃあ早く帰ってくるけど......これではまるで、夫婦の会話みたいじゃないか......?


 そんなことを考えつつ、俺は紅潮した顔を見られないために、早足で逃げるように教室を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 前の方の用を済まし終えた俺は、トイレから出ようとして......窓の外の校庭に、車が沢山止まっていることに気付いた。


 ちなみに、この階は三階である。一階は様々な用途の教室(理解室や技術室なんかだ)、二階は一年、三階は二年、四階は三年といった風に、教室は分けられているのだ。

 俺はその、三階のトイレで用を足していた。他には誰もいないので、大抵の奴が先に済ませてしまっていたのだろう。俺は結構入学式ギリギリでトイレに来たし。


 しかし、三階ともなると、中々見晴らしがいい。校庭が全部見えるぜ。これは一年の頃には分からなかったことだな。


「もう新入生が来てるのか......」


 そりゃそうなのだけれど。


 少しドキドキしつつ、窓から校庭を眺める。豆粒は豆粒でも、枝豆くらいの大きさの人々が集まりあって、様々な談笑を交わしているように見えた。ここまで送ってきた保護者もまた、その内に入る。


 中学校は小学校とはまた、別の世界だ。まるっきり自身を取り巻く周りの環境が変わってしまう。

 それに不安を覚える者や、逆に期待を覚える者もいるだろう......なにしろ、俺だってそうだったのだし。九割不安だったけど。

 ビックビクしてた記憶。獲れたての新鮮な魚みたいに震えまくってた気がする。親父はそんな俺の背中をバシンと叩いたっけ。痛かった......


 そんな懐かしい思い出に耽りながら窓の外を見ていると......これは灯台下暗しというか、窓の下も下、真々下とでも言うべきところに、一つの人影があるのに気がついた。


 驚いたことに、その髪色はブロンドである。魔王のような輝かしい感じではなく、言い方は悪くなるが、くすんだというか......そう、茶色が濁ったような感じのブロンド。

 それを左右肩の前におさげで垂らして、窓の真下にその少女は立っていた。制服は着ているから、新入生なのだろう。


 何故少女って分かったかって? じゃあ逆に聞くけど、おさげの髪を見て君は男性だと思うのかい?

 ほら、何も言い返せないだろう。


 それよりも。


「あの子、こんなとこで何やってんだろうな......あ、もしかすると外人さんだから、どこに行けばいいのか分からねぇのかもしれないな......よし」


 考えるより早く、体が動く。

 結構日常茶飯事であることだと思うけど、一年前まで(精神年齢的な一年前)、人間不信といっても過言ではなかった俺が......随分とまぁ、成長したことだ。

 異世界での出来事は、かなりの影響を俺に与えたらしい。自覚はあまり無かったのだが。

 井蝶が言った、俺が変わったという言葉も、あながち適当な言葉じゃなかったのかもな......いや、井蝶が何かを間違える方がおかしいか。


 そんなことを考えつつ、俺は駆け足で例の少女の下へと急いだ。


 ◇ ◇ ◇


 ――うーんと、これは一体、どうすればいいのだろう......


 いざ少女の下へ馳せ参じたはいいものの、当の少女はと言えば......


「ぽけー」


 いやぁうん。君がすっごい『ぽけー』っとした感じで突っ立ってるから困ってるんだけど、まさか自分で『ぽけー』って言うとは思わなかったよ。俺。


 まるで、死んだ魚の目のよう......というよりは、瞳が消失したかのような目だった。絵で表すならば、回りのふちだけしか描かれないまんまるな目みたい。魂抜けてそう。


 もう生きてるのかさえ心配になったが、喋ったということは、少なからず生きているのだろう......反射神経とかで死後に喋ったとかだったら怖い。


 しかし本当に一体、どうしたものか。話しかけてもいいものなのか、それすら判断できない。


「いっそ、井蝶あたりに任せた方が良かったかな......」


 俺、英語そんなできねーし。井蝶なら簡単だろう。まぁ『ぽけー』って言っちゃってる時点で、日本語はできる可能性が高いのだけれど。


 しかし、いつまでもくよくよ迷ってはいられない。入学式まであと六分しかないのだ。新入生は途中から入場するからまだ若干時間があるかもしれないが、俺には全然ない。皆無といっていい。


「なぁ、君はど」


「はっ! 思い付いたのです!」


 流暢な日本語を喋りつつ、その瞳に青い光を宿して復活した少女。


 俺が腹を括って話しかけようとしたのに、完全に無駄である。

 無駄話......ではない。もはや話ではなく、短すぎる言葉だったな。

 じゃあ無駄短言葉はどうだろう......うん、むだたんって呼び方がどこかのマスコットキャラクターかはたまたアニメキャラの愛称っぽいな。

 もうどうしようもなくどうでもいい話だったけど。これこそ正に無駄話である。蛇足とも言う。


 まぁ、へこんでいたって仕方ない。急に復活した、ブロンドヘアーにブルーアイの......短く表すと、金髪碧眼の少女は、一体何を思い付いたというのだろう。

 先程の『ぽけー』も、ただの考え事の結果だったのかもしれない。

 よし、ここは先輩として、何を思い付いたのかを聞いてあげるとしよう。


「なぁ、き」


「ここを通りたくば、私を倒して行くがいい! (HP1)」


 おいおいおいおい。今度は『なぁ、君は何を思い付いたんだ?』の『き』までしか言えなかったじゃないか。

 それに、なんで俺の前で両手を広げてそんな台詞を吐く? なんだ、ツッコんで欲しいのか、そうなのか?

 だがあいにく、俺は今喉を痛めているんだな。お前のボケに、俺がツッコむなど......


「そんなH」


「何故そんなHPで邪魔しようと思ったんですか!?」


 じ、自分で、自分に、ツッコミやがった......俺が昨日、自分でやって、悲しくなって、止めた、あの、ボケと、ツッコミの、二刀流を......

 もう、やばい。俺の、さっきの、ツッコめなかった、ツッコミが、妙な言葉に、なったことも、めっさ、読点が、多いのも......全部、二刀流の、せいで......


「はっ、誰ですかあなたは!?」


「さっきか」


「何言ってるんですか!? さっきからずっと居たでしょう!?」


 気付いてたのかよ! さっきからずっと居たことに気付いていながら、『誰ですかあなたは!?』とか言ったのか!? それでそれに自分でツッコんだのか!? もうある意味尊敬すべき姿勢だよ! 

 お前ほどにボケとツッコミを愛する人間はいねぇよ! スーパーハイブリットヒューマンだよ!

 こんなツッコミも声に出すと潰されるんだろうな! 分かってるよ!

 今俺は喉を痛めているから、勝手にボケて勝手にツッコんでくれるんなら、願ったり叶ったりだね! 逆にありがたいと言わせてもらうよ!

 負け惜しみなんかじゃないもんね!


「ところで問題です!」


 なんだ、突然......突然過ぎじゃね? 話題が逸れるどころじゃないぞ。話題が転移したぞ。


「一足す一は?」


 しかも問題が幼稚ぃな......

 田んぼの田とかだろ、どうせ。


「田んぼの田でしょう?」


 自分で言うのな。


「ブッブー! 何を言ってるんですか? この漢字、どこをどう見たら『田』になるんです?」


 まぁ確かに、記号で表さない分には『田』にはならねぇな。『一足す一は』だもんな。

 メタい? 知らん知らん。


「じゃあ正解はなんなんですか?」


 もうただの一人劇場なんだけど......


「正解は......デデデデデー」


 効果音ですか......さっさと言えよ.....


「デデン! デデデデデー」


 デデン! で言わないのかよ! 


「デデデン! デッレデレンデデー!」


 まだ終わらないの!?


「デーン、デデン、デン、デンデン、デン、デン、デデン、デン、デン、デーン」


 ハリー○ッター!?


「デデデンデ、デデデンデ、デデデンデ、デデデン」


 パイレーツオ○カリビアン!?


「デデンデデンデンデン」


 それババンババンバンバンだから! ここはいい湯じゃねぇぞ!


「デデデデデー、ジャカジャン!」


 結局何でも鑑○団かよ......


「一、十、百、千、万」


 一足す一ってそんなに数が大きくなるっけか。


「千、百、十、一」


 戻るんかい。


「二......正解は二です!」


「結局ここまで引っ張っておいて、オチがそれって酷すぎるだろ!?」


 もう我慢ならんかった。

 今ツッコまなきゃ、駄目な気がした。逃げちゃ駄目だって思った。


 まぁある意味、俺がツッコんだおかげで、それ自体がオチになったともいえるし。

 赤子のオムツを変えるが如くの、俺の丁寧かつ迅速なフォローに感謝するがいい。


「いやぁ~、あなた、先輩ですよねぇ~? 素晴らしいツッコみスキルをお持ちのようでぇ~」


 先程までの一人劇場をやっていたとは思えないような......そう、最初の『ぽけー』とした感じを全面に出した顔で、彼女は俺を見る。


 声といい、さっきまでつり上がっていた目が垂れ目になっているのといい......まるで別人。さっきのスーパーハイブリットヒューマンはどこへやら。


「さすがは先輩ですぅ。ところで、少し質問があるのですがぁ~」


 先輩......だと?

 なんていい響きなんだ......


「......色々言いたいことはあるが、ひとまずは話を聞こう。で、質問? なんだ? 言ってみろ」


 何気に、初めて先輩と呼ばれて調子に乗っている俺である。今ならなんでも言うことを聞いてしまいそうなトランス状態。

 浮かれているとも言う。


 この後輩も背丈がだいぶ小さいので、凄い自分という存在が大きくなった感じがする。へへっ、今なら素手で巨人を倒せそうだぜ。それどころか、頭突きで五十メートルの壁を崩せる自信があるね!


「――買いたてのパンツ一丁で街を徘徊するのとぉ、穿きたてのパンツが街を徘徊するのとではぁ、どっちがキモいと思いますかぁ?」


「どっちもキモいわ!」


「私もそう思いますぅ」


「なら質問すんなよ......」


「――いやいや、普通に考えて穿きたてのパンツが街を徘徊する方がキモいでしょう!? さっきまでは穿かれていましたけど、その時には誰も穿いてないんですよ!? 無人のパンツなんですよ!?」


「無人のパンツってなんだよ!」


 というか、まさかそうツッコミに来るとは思わなかった。

 自分のボケにボケた自分を自分でツッコんでそれを俺にツッコまれるって......うん、わけ分からん。


「そんなことより、俺まだお前の名前も聞いてないんだけど。初対面の人相手にはっちゃけすぎだろ、お前。それに、先輩とはいえ男子に向かってパンツの話なんてするな。俺だったから良かったものの......」


「つまりそれはぁ、先輩が相手であればぁ、どんな下ネタを繰り出しても大丈夫だということですかぁ?」


「そういうことだ」


 キリッ。


 ......ふっ、何も言うな。俺だって男なんだよ。


 取り敢えず、そんなことより優先すべきは自己紹介。


「あぁそうだ、俺の名前、詩矢成しやなるっていうんだ。詩矢成しやなるゆう。英語の反対読みで『勇者なる』。まったく、悪意しかねぇ名前にしてくれたもんだよな」


「まぁ、上の名前は知ってましたけどぉ......」


「名札あるもんな。お前はまだ名札無いだろ? 名前、教えてくれよ」


「――ブリット・ポーケ」


 少し嫌そうな顔をして、彼女......ブリットは、自分の名前を俺に伝えた。


「ブリットって名前、よくぶりっ子って言われるから嫌いなんですよぉ。ほら私、こんなしゃべり方ですしぃ......あと、ブリっと......って言われるのも。『ピー』じゃないんですよぉ、私の名前」


「お、おま......」


 今、とてもピー音付けなきゃ皆様に公開できない事言ったよな!? もっとお上品な言い方もあったろうに、どうしてそう下品な言い方をするんだ!?


「......? どうしたんですかぁ?」


 どうしてお前のその青い瞳は、そんなに濁ってないんだ......


 やめろ! そんな純粋な目で見上げないでくれ! 小動物めいた可愛さを秘めた小さな顔で俺を見ないでくれ!


 さっきまでお前が言ってた数々の奇言を忘れそうになる! ただの可愛い少女じゃないかって思えてしまう!

 騙されるなよ、俺!


「コホン、いやしかし、ブリット・ポーケね。実にお前にピッタリな名前じゃないか」


 ハイブリットだったり、『ぽけー』っとしてたりする辺り。


「そうですかぁ? そう思いますかぁ? えへへへ......」


 そんな頬を淡く染めて頭をかかれても、俺は騙せんぞ。

 お前は間違いなく、変態かつ変人だ。


「つーかお前、友達いないの?」


「そうなんですよぉ......友達っておいしいものだと思ってましたぁ」


「うん、それはまったく同意見だ」


 すげぇとこで気が合うな。


「――ま、これから先輩後輩同士、仲良くしていこうぜ」


 こんな台詞、一年前では絶対に言えなかっただろうな......あの頃の俺は、井蝶曰く、ヤマアラシだったらしいし。

 今の俺はカピバラ、ね......


 まぁ、トゲが落ちたって感じなら、なんとなく分かるかもな。いや、ヤマアラシからトゲを引いたらカピバラって発想はおかしいけど。


「はい......」


 恥ずかしそうに頷くブリットの姿を見て、俺もなんだか少し恥ずかしくなり、彼女から目を背けた。


「ん......あ」


 目を背け......その先にあった体育館を見て、思い出す。


「――やっべぇ! 俺、入学式遅れちまう!! ってか遅れてる!!」


 無駄話が過ぎた!! マジでやべぇ! 入学式遅れるとか平穏な生活からドンドン遠ざかってる気がする!


「じゃあぁ、ここで一旦、お別れですねぇ」


 はにかんだ笑みを浮かべて、『ぽけー』っと言うブリット。

 俺の状況、分かってんのかな?


 というか、そんなの気にする余裕も無いぞ......


「なんかごめんな! それじゃ俺、急ぐから! また今度!」


「はい」


 少し特殊な性格を持っているようだが......まぁ、かなり可愛い後輩だ。


 そんなことを考える余裕も実はあまりなく、俺は全力ダッシュで体育館へと向かった。

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