両親の存在って大事! ←珍しくお前まともなこと言ったな......

 始業式が始まり、俺は退屈ながらに右から左へ受け流す感じで話を聞き続けて、十数分。

 あっちの世界はどうなったのだろうかとか、魔王とメドゥーサは大人しくしてくれているだろうかetc......などの考え事を止めて、なんとなく、今聞こえる声に耳を傾けた。


 俺が見上げる先で、凛々しく全校生徒の前の壇上に立つ、一人の女子生徒。

 気付けば、先ほどまで生徒代表挨拶を演説していたその女子生徒はもう、演台に置かれたマイクに顔を近付け、澄んだ声で締めの言葉を述べ始めていた。


「――それでは皆さん、それぞれ勉学、部活動に励み、素晴らしい学生生活を送れるよう、努力を怠らないようにしましょう。生徒代表、久条くじょう


 最後に微笑み、そのまま壇上から降りようと踵を返す。


 三年生の生徒会長......久条くじょう、か。

 学生にしては長身で、黒い髪をポニーテールに結んだ、モデル顔負けの凄まじいスタイルと美顔を持つ一見運動系の女子だ。

 しかし噂によると、様々な発明を自分で行っている天才であるらしく、学生でありながら充分豪邸を持つに足る収入を得ているのだとか。

 それに加え、見た目通り運動もできるらしい。井蝶いちょうとはまた違う面で化け物みたいなスペックを持つ奴である。

 もちろん勉強もできるようだが......唯一、国語が少し苦手だ、と聞いたこともある。苦手といっても、他の教科がほぼ百点らしいので、どうせ九十点とか八十点とかぐらいなのだろうけど。

 先輩という壁があるにも関わらず、下級生にここまで噂を轟かせているのだ。もしかすると、井蝶すら超える化け物なのかもしれない。

 なんだかんだ言ってこの月ノ目中学、スペックが高い。


 そういえば何故だか下の名前は名乗らなかったが......何故だろう?


「はーい、分かったよ猿飛さるとびぃー!」


 俺が疑問に思っていると、まるでどこかのバカのように威勢のいい返事の声が聞こえた。

 体育館の後ろの方、三年生が並んでいる場所から、恐らく会長に向けてだろうが......一人の男子生徒が野次を飛ばしたようだ。


 しかし、猿飛? どういうあだ名を付ければそんな忍者みたいな名前になるのだろう。


「き、貴様ぁ~!! あ、後でどうなるか......覚悟しておきなさい!!」


 野次を聞いた生徒会長は、返していた踵を再び返し......つまり踵を戻して、顔を真っ赤にしながら卓上に身を乗り出すと、もう涙目みたいになりながら、野次を飛ばした男子生徒を指差しながら言った。

 どんだけ猿飛ってあだ名が嫌いなんだよ。カッコいいじゃん。何が悪いんだ?


 そんなことを考えていると、俺の前列にいる男子......一組の連中が口と耳を寄せ合い、近くの先生に聞こえないような小さな声で会話を始めた。


「可哀想だよな、会長も」


「まったくだよ。何も、トラウマになってる下の名前で呼ばなくてもなぁ」


「でもさ、流石に猿飛ってありえなくね?」


「まぁな。何でも忍者の家系なんだとさ」


 ......成る程。大体状況は分かった。

 こんなところで共感を得られても......といった感じではあるだろうが、どうやら、会長も俺と同じく、名前に対してトラウマがあるようだ。

 確かに、あだ名ならともかく、実名は少し恥ずかしいかもしれない。しかも、女子だ。猿飛などという名前、不本意も甚だしいだろう。

 俺は英語の時間を除けば、まだ普通と言っていい名前だが、流石に猿飛はな......まぁ、隠したくもなると思う。


「と、とにかく! 皆それぞれ頑張るように! 以上!!」


 マイクがキーンと鳴りそうな怒鳴り声で最後を締めくくった会長は、そのままズカズカと歩いていって、壇上から降りていった。


 俺と同じ悩みを持つ会長か......ちょっと面白そうだ。

 何かいいお言葉を頂けるかもしれない。一度、ぜひ直で会ってお話してみたいな。


 ......友達を作りたくないなどとのたまっていた俺にしては随分積極的なことを、この時は考えていたものだと......後になって俺は気付いた。


 ◇ ◇ ◇


 その日は結局、くだんの会長殿と相見あいまみえること叶わず、マイホームへと帰宅した。

 自室のベッドに鞄を放り捨て、覆い被さるようにベッドへ仰向けにダイブする俺。

 結局財布はバレなかったので良かったぜ。


「あー、やべぇ。なんかすげぇ疲れたー。このまま寝ようかな......」


 今日は始業式しか無かったから、まだ午前中だってのに......恐らく、というか絶対、あいつのせいだ。


 魔王だよ魔王。多分大丈夫だろうとは思うけど、色々心配過ぎる。メドゥーサの事とかメドゥーサの事とかメドゥーサの事とか。

 だって、あんなバカな性格なんだぜ? 電柱に大嫌いだって叫んじゃうレベルのバカなんだぜ?

 最早、違う生き物だ。バカ類バカ科のバカだ。

 スリーバカだ。バンカ三兄弟だ。バカの三兵器だ。


 クソ、二つ目はともかく、三つ目のネタはツッコミ無しでは分かりづら過ぎる......自分で言っといて、って感じだけどな!


 仕方ねぇ。俺が二役こなすか。ハイブリットにいくぜ。


 ボケモード!


「まるでバカの三兵器だ!」


 ツッコミモード!


「ガン○ムSEEDのミュージック、『悪の三○器』が元ネタだなんて誰が気付くんだよ!?」


 そーいえばあいつらの通称三バカだったな! だけども古いよ! 2002年のアニメなんて今の世代分からない人がほとんどだよ!


 冷静モード......


「――なんか悲しくなって来た......」


 つくづく俺は、ツッコまないと生きていけない人間らしい。芸人でも目指してみるか?


 ――そんなバナナ! ←それは死語だぁ――!!


 ......やめとこ。爆死の未来が見えた。


「もうあの魔王には会いたくねーな......」


 疲れるし。魔王が勇者と友達になるとか、バカじゃねぇの? バカだけど。


「もう昼は抜きにして、晩飯だけ作るかぁ......」


 今はとにかく、寝ておきたい。明日は入学式もあるしな。疲れは取っておきたいのだ。


「ふぅ......」


 目をつむり、微睡む思考に意識投げようとしたその時......


 ――リリリリリリリ!


「な、なんだ?」


 この音、一階の固定電話か? しかし一体どうして、誰がこんな昼から俺の家なんかに?


 まったく、面倒だ......とは思うけど、無視するわけにもいかないだろう。


 少し早歩きで階段を下り、廊下にある普通の電話を取る。


「はいもしもし。詩矢成しやなるですけど」


 少し眠たそうな声だが、まぁいいだろう。相手に分かりなどしない。


『随分眠たそうな声をしているな』


 分かっちゃったよ。


『だがまぁいい。それよりもだ。いいか、両方の耳の穴かっぽじってよく聞けよ。だけど間違って鼓膜まで破るんじゃねぇぞ。小指の第一関節の半分くらいが耳の穴に入ればベストだ。あ、小指ってのはもちろん手のほうだぞ。足じゃない』


 マフィアみたいなかなりドスの利いた低い声で、かなり細かいとこまで注意するな、こいつ。

 しかも受話器は片耳にか付けねぇから、両方かっぽじる必要がまったく無いんだが。


『いいか......俺はあい......お前の母親を拉致した。ほうら、声を聞かせてやるぞ』


『キャータスケテー』


 愛って名前言っちゃってんじゃん......

 何なの? 俺、今まで何とかツッコまず堪えてるけど、これはそういう試練なの? ツッコんじゃ負けなの?

 俺のツッコミスピリットを抑える特訓なの? 

 じゃあ分かったよ! 俺はツッコむのは心の中だけにして、バカ過ぎる電話の相手には一言もツッコまねぇぞ!


『ふっふっふ......このメッチャ可愛い女を奪われたくなければ......』


『ふふふ、可愛いですって......』


 ぐっ......メッチャ可愛い女っていう発言ってどうなのって思ったけど、耐えたぞ、俺......


『――部活に入れ。そして友達を作れ』


「隠す気ねぇだろ親父ぃ!?」


 なんだったんだよさっきまでのくだり!? 誰なのか直ぐに分かったにしても、まぁ隠そうという気はあったみたいだから黙って聞いてたのによぉ!

 それ言ったら駄目だろう!? 拉致とかいう設定いる!?


『おぉ、やっと喋ったな、可愛い女の可愛い息子よ』


「まだその設定続ける気なのか!? しかも何故会ったことの無い設定のはずなのに可愛いと知っている!?」


 そもそも可愛くねぇよ! 普通の男子中学生は可愛くねぇよ!


『何を言ってるんだ。俺と愛の愛の結晶が可愛くないはずがないだろう』


「隠す気ねぇ――!? いい加減どっちかにしてくれ親父ぃ!! そしてさっきのダジャレはもうダジャレじゃないことに早く気付いてくれ!」


 ドヤァ......みたいに言わないで! 恥ずかしいから!


『こほん、それはともかく』


 恥ずかしながらそうだと認めなくてはならない、残念な俺の親父......詩矢成しやなる自努じどは、先ほどまでのドスの利いた低い声を止めて、いつものおちゃらけた中年おっさんみたいな声に戻し、話を再開する。


『実はお前の親父、自努君でした』


 こいつ、このふざけた態度で本気で俺が気付いてなかったと思っていやがるからな......もうツッコむ気力さえないよ......


 もう何かをツッコむのもめんどいので、適当に話を促す。


「はいはい。で?」


『拉致ってのも嘘でした。世界で一番可愛い俺の嫁、愛ちゃんは元気だぞー』


『はーい、勇くーん、私は元気ですよ~』


 ゆるい......どんなに海外へ旅行に出掛けても変わらないそのゆるさ......流石だぜ母さん。

 きっと、あのバカ親父とまともに接することができるのは、世界で母さんだけだよ! あなたのゆるさだけが、あのバカ親父のバカを全て温かく包み込んで何も無かった風にスルーできるんだ! マジ尊敬するよ!


「母さん......」


『あーはいはい。お前は昔っからマザコンだったな』


 俺が? マザコン? 何言ってんだこのクソバカ親父。


「もう茶番はいいからさ、さっさと用件話せよ。俺さっきまで昼寝しようと思ってたんだからよ」


 ふと思ったんだけど、俺のツッコミスキルって絶対この親父のせいで磨かれてるよな。自信あるぜ。既に俺は確信してるね。


『はいはい。まぁ用件ってのはもうさっき伝えたんだけどな』


 伝えた......? あぁ、あれか。部活入れだの友達作れだの言った奴か。


「前から嫌だって言ってるだろ。俺は友達を持ちたくないんだ。だから部活にも入らない」


『お前が小学生の頃に、『勇者なる』でからかわれたのがトラウマなのは知ってるがなぁ』


「うっせぇ黙れクソ親父」


 お前だって『自動車なる』でからかわれてたんだろうが。


『ちなみに私は、『愛車なる』でからかわれましたよ~?』


 詩矢成って者より車のほうがバリエーション多そうだよな。どうでもいいけど。

 ......ん? 母さん、結婚してから誰にからかわれたんだ? 母さんまさか、大人になってもまだいじめられているのか?

 いや、まさかな。そもそも、母さんなら自分がいじめられているとすら思わないだろう。それに、何かあればこのバカ親父がすっとんで行くだろうし。

 まぁ、大丈夫か。


『お前今日始業式だったんだろ?』


「そうだけど」


『どうせお前、教室入っても誰も反応してくれなくて、一人寂しく席に座ってからボーっとした時間を過ごしてたんだろ』


 何故分かった......

 バカのくせに、妙なところで勘がいいんだよな......


 だけどまぁ、少しだけ違うところがあるけどな。


「話しかけてくれた奴はいたぜ」


『ほう。どんな奴だ?』


「成績学年一位。すげぇ性格がいい。めっさ美人。学校のアイドル」


 ガタッと、向こう側でずっこける音が聞こえた。


『え、何? お前女子に話しかけられたの? 何それ、彼女?』


「発展し過ぎだろ!」


 しかもツッコむところそこじゃねぇだろ! さっきずっこけたのって化け物みたいなスペックの持ち主だったからじゃなくて、女子だったからなのか!?


「知り合いだよ......席、隣になっちまったけどな」


『あぁ、その子なんて言うんだ? 今度挨拶しないとな......』


『うちの息子をよろしくお願いしますってぇね~』


「母さんも乗らないでくれ......えーとな、その子は井蝶いちょうれんって言うんだけど」


 あんま女子っぽくない名前だよな。猿飛ほどじゃないけど。


『ほうほう、井戸の井に、蝶々の蝶と、紅蓮の蓮、か......メモメモ』


「そこまでは言ってねぇよ!?」


 俺は下以外は名札見て分かったけど! なんであんたは分かるんだよ!?


『まぁまぁ。そこら辺話すとメタい話になるからさ』


 メタいってなんだぁ――!?


『――でもさ、真面目な話、学校面白くないだろ。友達いなきゃ』


「......そんなこと、ねぇけど」


 他の人よりは楽しくないのかもしれないけどな。それでも、やっぱ俺は学校が楽しいって思えてると......思う。


『明日には入学式だろ? そしたら先輩だろ? お前、部活に入らんかったら一回も先輩っ呼んでもらえねぇぞ』


「マジか」


 それは知らなかった......まぁ確かに、一年と二年で校舎の階も違うし、部活以外ではあんま関わらないのかもしれない。


『とにかく、だ。お前は部活に入れ。そしたら友達もできるだろ』


「だから友達はいらねぇって......」


『じゃあ親友だ。それか彼女。俺たちはな、お前がこっちで一人寂しく暮らしてるなんて、思いたくないんだよ』


「..................」


 心配、だろうな。分かってるんだけど......

 でも、仲間なら居たんだぜ。戦友とか。もう会えないけど。


『分かったか?』


「......はぁ。分かった、分かったよ。入りゃいいんだろ、入りゃ。部活な、はいはい」


『絶対入れよ? 入らなかったらお前、本当に井蝶さん家に『よろしく』って伝えに行くからな』


「入りますって......」


 まぁこんなバカでも......親父は親父なのだ。あまり心配をかけ過ぎるのも、良くないだろう。


『じゃあ最後に、愛ちゃんからも何か』


 ごそごそと、電話主が切り替わる音がし......


『勇くん』


「ん?」


『あんまりえっちぃことしちゃ駄目よ』


「最後に言うことがそれかぁ――!?」


『以上! イタリアから俺たちの愛する息子へ、でした!』


 ガチャ! ツーツーツー。


 あ、あいつらは......本当に......


「......っ......はぁ......」


 ――いい両親だよ......まったくな。一年ぶりの会話だったからこそ、そう素直に思えるんだろうけど。

 どんなに俺が強い力......魔法を手にしたりしても、きっと一生、あの二人には敵わないんだろうな。


「あーあ、だいぶ話し込んじまった! 眠気も飛んだぜ! 昼飯でも作るかぁ!」


 受話器を置き、俺は少しスッキリしたような、モヤモヤしたような不思議な感覚で、歩幅は広く、台所へと向かった。

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