クラス替えの結果なんて別にどうでもいいよね! ←多分そう思うのはお前だけだぞ......

「はぁ、はぁ......学校、着いた......」


 学校の校門近くに植えられた桜の木から、花びらがひらひら舞い、地に落ちる。

 地に落ちた花びらは誰に踏まれたのか、地面に張り付くようにちぎれていた。


 ......そんなものだ。世の中綺麗な面だけじゃない。俺は常々そう思う。

 何か優れている点があるなら、同じ分、どこかが劣っている。

 普通であるというのは、二つのバランスがかなり小さい割合で釣り合っていることなのかもしれない。


 ......とまぁ、シリアスなまったく関係のない話はもういいだろう。


 猛ダッシュをすることで、どうにか遅刻せずに学校までたどり着いた俺は、廊下に張られたクラス分けの結果の紙を見つめる。

 クラスは六組まであって、俺のクラスは......


「二組、か......」


 別に、友達がいないからどんなクラスでもいいんだけどね。


 周りを見ても人はあまりいないので、大抵の奴らは既に新しい教室の中なのだろう。俺も早く行かなければ。


「おはようございまーす......」


 ガララ、と扉を開け、教室に入る。

 誰と同じクラスになれたとかなんとかで騒ぎまくってる人達には、俺の小さな挨拶はまったく聞こえず......というか、俺の存在にすら気付いていないようだ。


 ま、俺も誰が誰とか全然覚えてないんだけど。流石に一年分も記憶がないと、さっぱりだ。


 なんだか、違う世界に一人でやって来た感じだな。最初に異世界へ転移した時も、こんな感じだったっけ。

 だけど、これは誰だって同じだろう。クラス替えが行われたら、少なくとも皆今までとは違う空間に置かれることになるのだから。

 それが、皆の場合は複数人なのに対して、俺はたった一人っていうだけ。


 それが嫌だ、なんてまったく思ってない。俺は一人が本気で気楽だと思っているから、友達を作らないのだ。

 別にいじめられているわけじゃないし、誰かに迷惑をかけているわけでもない。

 過去形でちょっといざこざがあったのが原因なのは認めるけどな。


「ふぅ......」


 自分の席、二列目の二つ目の席に座って、通学用鞄を机の上に置く。


 ......俺、つくづく二って数に好かれてるな。ここまで来るともう憑かれてるってレベルだけど。


 二年二組の二列目二つ目の席に座る、俺。

 でもまぁ、必ずクラスに一人はいるゾロ目の存在と考えれば、そう珍しいことでもないのかもしれない。


「..................」


 何をするでもなく、ただ暇そうに時間をもて余す。本でも読もうかと思ったが、このうるさい中では大して集中できないだろうし、どうせ俺が一番最後にこの教室に来たのだ。近い内にここの担任の教師もやって来るだろう。


「――ふぅ......」


 再び息を吐き、目をつむる。

 そう、この何をするでもなく、ただ時間をもて余す感じ。すごく平和を感じる......平穏だ......


 これだよ、これ! このゆったりとした時間の流れ! これだから平穏ってのはいいんだ!


「――あれ、詩矢成しやなる君?」


「誰だ俺のトラウマな名前を呼ぶ奴は!?」


 英語の時間で自己紹介の時に『まいねーむいず、ゆうしやなる』って言って大恥かいたんだぞ! それのせいで俺はもう友達は作らねーって決めたんだぞ! 詩矢成って呼ばれたくないからな!

 だけど後で、最近は名前の順番を変える必要は無いって知ってなんとも言えない気持ちになったり色々いざこざあった、詩矢成という名前を呼ぶ輩は、誰だ!!


「ご、ごめんなさい......! 私、トラウマだなんて、知らなくて......それで......」


「お前は、確か――」


 えーと、結構有名な奴だったから朧気に覚えてるぞ......確か、前のクラスで委員長をやっていた......


井蝶いちょうれんだよ。もう、酷いなぁ......私のこと、忘れちゃうなんて」


 楕円の眼鏡を片手でくいっと持ち上げ、井蝶は微笑む。


 あー、そうそう。井蝶だ。井蝶。成績優秀、性格も完璧で、同じ学生だというのにファンも多く、正に神に選ばれた優等生みたいな奴。

 もちろん委員長にも選ばれるはずで、次の生徒会長は彼女で決まりだろうという声は高い。


 しかも、かなりの美少女と来ていて、眼鏡越しでも分かる美形の顔に、短めのダークブラウンの髪がその美しさを際立たせている。

 更に言えば、地味に巨乳。そりゃあアニメとかみたいな化け物レベルのサイズではないが、現実世界であれば、それも中学生の身分であることも踏まえて考えれば、かなりの巨乳だと言って間違いないレベルだ。


 これで成績優秀、温厚篤実な性格なのだから、ファンが居てもまったくおかしくないのかもしれない。

 そもそも、それほどのスペックを持った彼女自体がおかしいのかもしれないが。

 そう、彼女だけは、先ほど俺がした桜の話に当てはまらないのだ。彼女に、何かが劣っている点など......一つも無い。


 これで眼鏡を外してしまえば......あぁ、どうなってしまうことやら。もしかすると、彼女の眼鏡は真面目な性格を表すと同時に、自分の美貌を隠すためのストッパーとなっているのかもしれない。


 隠しきれてないけど。


「また同じクラスだね。それで、君のことはこれからなんて呼べばいいのかな......?」


 さっき俺のトラウマに触れてしまったことを申し訳なく思っているのだろう。井蝶は、少し気まずそうな顔をしつつ尋ねる。


「......まぁ、詩矢成でいいよ。それ以外、呼ぶ名前なんか無いし」


 あだ名? それ本気で言ってんのかああん? 俺があだ名に対してどんな感情を抱いてるかぐらい分かるだろ?

 マジあだ名とか言った瞬間このアマ消し飛ばしてやる。


 ......ごめんなさい。今、この教室中の冷たい目線を感じた。なんか触れてはいけないところに触れた気がした。


「でも、いいの?」


「別に。そんな一々気にしてなんかいられねぇし......俺がずっと、付き合っていかなきゃならねぇ名前だからな」


 今までは嫌いだって思ってたけど......いずれ好きになっていけたら、それでいい。


「へぇ......なんか、かっこいいね......」


 何故だか井蝶は頬を赤く染めて、しばらく俺をポーっと見つめ............急にアワアワと慌て出した。


「あ、ご、ごめんなさい! 私、ジーっと見つめちゃったりして......」


「ん、あぁ、いや......お、先生が来たぞ」


 学校のスターである彼女にかっこいいと言われたのが少し小っ恥ずかしくなり、俺は咄嗟に話を逸らす......が。


「あ、本当だ......それじゃ、」


 井蝶は三歩歩いて、俺の右隣......一列目二つ目の席に座ると......


「――これからもよろしくね、詩矢成君!」


 また面倒なことになりそうだ......そう思いつつも、俺の顔は何故か微笑んでいた。


 ◇ ◇ ◇


「私が、今年度中あなた達二年二組の面倒を見ることになりました、田沼たぬま木奈子きなこです。好きな食べ物はぼた餅で、あんこが好きです。きな粉ではありません。一年間、よろしくお願いします」


 黒板にデカデカと自分の名前を書き込み、優しい笑みで自己紹介を行う先生。腰ほどまである長い茶髪が、静かに揺れた。


 ......木奈子、か......髪の色が正にきな粉みたいな明るい茶色だから、こりゃあだ名はきな粉先生で決定だな。

 発音だけ聞けば、あだ名になってないけど。じゃあきなこな先生とか? それはおかしいか。


「――じゃああだ名はタヌキ先生だ!」


「た、たぬき!?」


 た、たぬき!? 予想外のあだ名だが......ふむ、田沼の『たぬ』と、木奈子の『き』で『タヌキ』か。確かにこっちの方があだ名っぽいっちゃあだ名っぽいけど。

 これは盲点だったな。木奈子という名前が特殊過ぎて、普通はそう付けるであろう、上と下の名前の合体という方法を忘れてしまっていた。ナイス、名無しのモブよ。


 ......ってか、俺は先生のあだ名について何を長々と想像してんだ? くっそどうでもいいわ。どうせ皆、あだ名付けても『先生』としか本人の前で言わんだろうが。わざわざ長く言うのもめんどいもんな。

 言うのは先生がいなくなった時、誰先生と呼ぶときくらいだろーに......


「私はたぬきじゃありません~!」


 むーっといった感じで両手を腰に付け、頬を膨らませる田沼先生。

 典型的な『私、怒ってますよ』のポーズだ。アニメなんかでロリキャラがよくやるアレだが......大人の先生がやると、何だか残念感が凄い......しかも、田沼先生は無駄に長身だからな......


「めっ、見ちゃ駄目よ......ふふ」


「なんでー? 見せてよおかーさーん......はは」


 後ろの方でなんか言ってる奴居るんだけど......皆のあの先生の扱い酷くね? まぁ仕方ないかも知れないけどさ......

 もう早速評価がた落ちだぞ、先生。

 威厳も何もあったもんじゃない。最初からこれだけナメられていたら......まぁ、もう無理だな。

 生徒に尊敬される教師というのは、諦めるより他にない。


「もう......このクラスには生意気な子が多いようですね~。先生怒っちゃうぞ~?」


「そういう台詞は小学校低学年の子に向けて言うものだろうに......」


 思わず俺も、頭に手を当ててあからさまな行動を取ってしまった。

 本当にどうしようもねぇなこの先生。昨年度にこんな先生いたっけか?


「今年度から来たこの田沼先生、結構ユニークな人だね。面白くなりそう」


「そうかぁ?」


 こちらに顔を寄せて小さな声で言った井蝶に、俺は曖昧な返事を返さざるを得ない。

 確かにユニークっちゃあユニークだが......こんなので大丈夫なのか、非常に心配なんだよな......よっぽど先生の方が子供なんじゃないか......って。

 しかし、そうか。今年度からこの先生はやって来たのか。俺からすれば、もう一年前のことだから......すっかり忘れてしまっていた。


「はーい、それじゃあ私の自己紹介はこれくらいにして、次は生徒さんの点呼をしますよー。出席番号――」


 こうして、俺が今後校内で生活していく、俺の場所が形成されていった。

 ここはこれから、俺の生活の中の当たり前の一つとなるのだ。

 俺の平穏な人生への道は、おおよそ順調だと言っていいだろう。

 魔王やらメドゥーサやらは居るが、どうにか大人しくしてくれているそうだし。井蝶がとなりの席っていうのも、別に大した事じゃない。

 ......ただ一つ心配な点があるとすれば......


「――詩矢成君、詩矢成勇君、かぁ......」


 始業式へ向かう途中、先ほどから田沼先生がぶつぶつと俺の名前を呟いてはニヤニヤしていること......それだけだ。


 それだけって言っても、だいぶでっかい面倒事が起きそうな予感しかしねぇけどな!

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