魔法なんて人生に必要無いよね! ←あったら絶対使うだろ......

 チク、チク、チク、チク――


 目は最初から開いていた。


 最初から開いていたのだから、最初に見るのはもちろん、正面にあったもの。

 それは俺の場合、画面付いていないデスクトップのパソコンだった。

 真っ黒な画面の奥に、見れば例え俺を好きになってくれた人がいたとしても一発で気持ちが冷めるような、そんな情けないツラをした俺の顔と、まったく代わり映えのしない、至って普通な(といってもこんな部屋を普通というのかよくわからないが)俺の部屋が映る。


 どうやら座った状態で目覚めたらしい俺は、座っている回転椅子を足だけでギギィと回して、今度は俺の目自体に焼き付けるように、部屋を見回した。


 先からこの部屋で唯一音を鳴らしている、壁に掛けられた至って普通な時計。針は短い方が五を、長い方が十二を指している。


 窓側の壁の端には、温かくなってきたので、そろそろ布団を掛けて寝るのではなく、毛布を掛けるのに変えようかという......そんなことを考えていた、至って普通のベッドがあった。


 パソコンの机と連結するように繋がれた勉勉強用の机の上には、明日から始まる学校に向けて、済ませた宿題やその他諸々の準備物が入った通学用の鞄が無造作に置かれている。


 今は、つまり転移する前は確か――春休み。


 なら、今はいつだ? 俺が転移したのと同じ年なのか、その一年後なのか。

 不安に駆られ、カレンダーを見ると......


「......変わってないな、良かった......」


 というか......これは後で気付いたのだが、よくよく考えれば一年の間転移していて、両親もいない兄弟もいない実質一人暮らしのこの一軒家では、カレンダーをめくる人間なんていないのだから、変わってなくて当然なのだ。

 後って言っても、明日くらいに気付いたんだけどな。まぁそれでも、結局時間はほとんど変わっていなかったので、本当にどうでもいい余計な説明だったのだけれど。


 あぁ、ついでに捕捉しておくが、両親がいないとは言ったけど、別に死んだってわけじゃない。

 ただ、この家にいないってだけ。あのバカ両親......父の詩矢成しやなる自努じどと、母の詩矢成しやなるあいは、結婚からもう十六年経つ三十路半ばのジジババなのに、未だに新婚みたいにラブラブなんだよな。

 それで、一人で家事が色々できる俺を置いて二人旅行の日々。この日のために、金を今まで貯めてきたんだと。

 二人で世界一週とか本気で言ってるから怖い。そして実際に行ってる。怖い。


 まぁそれはともかくとして......


「帰って来たんだよな、俺......やっと......やっと......!」


 まるで、全身の肌がヒリヒリと震えるようだ。

 普通、こういう表現って緊張した時とか、恐怖に怯える時とかに使うんだろうけど、今の、俺のこの高揚感を表すには、この言葉しかないと思ったのだ。


 あぁもう駄目だ。抑えられねぇ。


 ガタッと椅子から立ち上がり、俺は窓を開けて叫ぶ。


「帰って来たぞォォ――――!!」


 ◇ ◇ ◇


 お腹が空いてる。


 ようやく胸のドキドキが(こんな言い方するとなんか初々しいだろ?)収まった俺は、突然お腹がキューっと締め付けられるような痛みに襲われた。


 嘘です。少しお腹が鳴ったりしただけでした。

 だけどまぁ、丸っきり嘘ってわけじゃないんだぜ? 誇張表現っていうか。少しだけお腹が締め付けられたような感じはしたし。そりゃ痛くは無かったけどさ。


 そういう事で俺は今、一階のキッチンにて料理中なのである。正しくは料理に使う食材選びなのだが。

 ちなみに、さっきの俺の部屋は二階にあって、父と母の部屋が一階に二つずつ、トイレも一階に一つある。

 二階は......まぁ小さなベランダと、俺の部屋があるだけ階だな。他に部屋が一つあるが、空き部屋だし。

 我ながら、一人暮らしさせるには立派過ぎる住宅だと思う。リビングは少し狭いような気もするけど......一人なら気にならないし。基本自室にいるし。


「......んー、何作ろうかなぁ......せっかくだし、何か美味しいモン食べたいんだけど」


 自慢では無いが、実質一人暮らしなので、当然俺は料理ができる。まぁそこまで上手ってわけじゃ無いが、そこらの男子中学生と比べりゃ一目瞭然だろう。


 さっき時計を見たときは五時......もちろん五後の、おっと、誤字してしまった......午後の、五時だったので、あれであそこまでお腹が減っていたということは、転移前、俺は昼を抜きにでもしていたのだろう。


 となるとやはり、ちゃんとした料理を食べたい。久し振りに作るから、腕が鈍ってないか心配だし......


「ここは一つ、カレーでも作るかな」


 説明しよう! ......とヤッター○ンのノリで何故カレーを選んだのかを解説しようと思ったが、テンションが続きそうにないので普通に説明するぞ。


 カレーとは、俺の所有する最強の切り札であり、今まで最も頼ってきた相棒でもある食品の名だ。

 まだ俺が料理初心者の頃に母に教えられたこの料理は、作り方が簡単で、アレンジをしやすく、そして何よりうまい! 

 食べる、という面以外の、作る側としての目線からも含めて、俺の大好物なのだ。


 以上。


「えーと、材料は......こんなもんか」


 キッチンの上に並べられたカレーに使う食材の数々を眺め、そう独り言ちる。


 あっちでは食材も全て違っていたおかげで、料理ができなかったから......こういう普通の品々を見ると、何故だか安心するな。

 俺は食材を一つ一つ手にとって、腐ったりしていないかを確認していきながら、「ふぅ」と、安堵の息を漏らした。


「そういえば、あっちじゃ魔法の名前が何故だかこっちの世界の食材の名前と似てたんだよなー......」


 まぁ、こっちの世界に戻って来た以上、もう使えないのだろうけど。

 でもあの万能の技が使えたら便利だよなーって思ったりもする。


 淡い期待を抱いて適当に手に取った食材の一つ、にんじん。確か、これに似た魔法の詠唱は......


「――刃を纏い、目標を裂け! 《ニジーン》! ......なんてな」


 まぁそりゃ、何も起きんわな。知ってたさ。むしろ、それで良かったよ。うんうん、これで......


 ポトン。


 あれ?


「なんでこのにんじん、真っ二つになってんだ......?」


 切れた後が綺麗過ぎて、全然気付かなかった。半ばから切れて台所の地面に落ちたにんじんは、「ねぇ、俺の事、食わねぇの? 捨てるの?」みたいな、自虐的な感じすらした。

 いやにんじん相手に何を想像してんだっつー話だけど。ていうか、勿体ないからちゃんと洗って食べるし。安心しろ、にんじんの切れた方。


 そんなことよりも......


「なんで切れた......? 最初から切れてたはずは無い......よな。だったらやっぱり、これは魔法......?」


 半信半疑でにんじんの切れ後をじっくりと観察し......観察して特に何かが分かったわけでも無いが、「はぁ」とため息を吐く。


「魔法だよな。うん、魔法だ。間違いない」


 何を納得しようとしているんだ。


「魔法かぁ......ふーん、魔法、魔法ねぇ......」


 何を疑ってるんだ。


「えっ、魔法!? 本当に魔法なのか!?」


 何を驚いてるんだ。さっき納得しただろ。


「やったぜ魔法だ! 魔法が使えるぜ! ヒャッホー!」


 何を今さら喜んでるんだ。


「いやぁでも、魔法か......うーん、魔法かぁ......」


 何を勿体ぶっているんだ。


「うぇぇ......マジで魔法とか......」


 最終的に嫌なのかよ!?


 見てくれ。これが詩矢成しやなる流、七変化の術だ。ちなみに、一つ目の変化は「なんで~~」の台詞の部分だから、注意してくれよな。


 まぁそれはともかくとして、俺に二重人格の疑いがあるのもひとまず置いておくとして、だ。


「マジか......こんなのバレたら俺の人生終わりじゃん......」


 そりゃあ便利だけどさ。バレたらもう、国を挙げてフルボッコにされて連れていかれそうだよね。

 俺ってばあっちの世界では鬼強かったから、そうそう簡単にやられてやるつもりは無いけど......やっぱ普通の暮らしがしたいし。


 だってさ、俺、元々は結構目立たない男の子だったんだぜ? なのに何故だか異世界に転移しちゃってハチャメチャな目に遭って......もう疲れたっての。


 俺は普通に生きて、平穏なライフを送りたいのさ。異世界帰還者な俺は平穏を求めます!


 と、いうわけで。


「この力はなるべく使わないようにしよう。家の中でも、どんな目があるか分からないしな。バレたら俺の人生、即バッドエンドルートだから」


 そう、使わなきゃいいだけ。そんなのよゆーよゆー。楽勝だぜ。


「――まぁいいや。カレー作ろっと」

 

 いやよくないけど。でも深く考えていても仕方ないしな。


 包丁を手にとって......数秒思案する。


 よし。


「自在に動け、《タウマ・ネイギ》」


 まぁいいじゃないか。料理くらい。一回だけだからさ。許してちょ。ほら、食材達は健気にも自分から料理されてんだぜ? 凄くね?


 ――結果、ほとんど俺は動かずにカレーを作り上げたのだが......


「マズっ......」


 もう料理に魔法は使わないと、心から誓った瞬間だった。

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