第13話 たくましく綺麗で
涙、涙のお別れをして一か月。
愛梨はきちんと食事をしております。
どうやら真琴君が何かを言ってくれたようで、お替りまでするようになり、やれやれでございます。
先日、愛梨に強請られて、洋服を買ってあげましたの。
その交換条件で、真琴君が掛けた魔法の秘密を、愛梨から聞きだしましたのよ。
真琴君、わたくしたち大人が話し込んでいる時、愛梨にファッションショーを見ながら言ったそうです。
「女性は細くてか弱い。だから暴力に負けちゃうんだよ。愛梨ちゃんは充分綺麗だから、後は自分を守る方法を知っておいた方が良いよ」
驚いた愛梨は、聞き返したそうです。
「ママは弱すぎて、僕は子供だからパパの暴力から守れなかった。だから僕は、もっともっとたくさん食べて、強くなるんだ。もうママを泣かせないように」
「じゃあ、私のことも守ってよ」
愛梨がそう言うと真琴君、小さく笑ってから、そうしてあげたいけど、僕たちはもっと遠くに逃げる必要があるんだと、呟いたそうです。
「嫌よ。折角友達になれたのに」
「僕も嫌だけど、仕方がないんだ」
大泣きする愛梨を抱きしめた真琴君は、絶対に戻って来るからそれまで悪い奴にやられないように、愛梨ちゃんもご飯をたくさん食べて、体を鍛えていて欲しいと、頼んだのでございます。
「おばあちゃん私ね、色々なものを食べて、料理を覚えるの。真琴君にいつか食べさせてあげるって、約束したんだ」
「そうなの。じゃあ頑張らなくちゃね」
涙ぐみながら、うんと答えた愛梨はもう大丈夫。一安心でございます。
いつの時代も、女性を逞しくも美しくしてくれるのは、恋のようでございます。
モデルになる夢は、一先ずお休みさせた愛梨は、料理の先生になると言い始まっております。
真琴君に美味しい料理を作ってあげるというのとは別に、大好きな雪乃さんに元気になって欲しいという一心もあてのこと。
恋の悩みについては、雪乃さんのアドバイスは、的確なものなのでしょう。
それに、あの美しさは、愛梨の憧れでもあります。
しかし雪乃さん、あの頑として食事をしようとしなかった愛梨に何を話してくれてのでしょう。
もしあの時、雪乃さんが愛梨に会って話してくれなかったら、おそらく真琴君との出会いもなかったはず。それどころか、生きていられたのかも怪しい所でございます。
ひと段落した頃合いみて、わたくし、雪乃さんに聞いてみたのでございます。
雪乃さん、小さく笑ってから、窓の方に目をやりました。
「人の人生なんて知れたもの。どんなに痩せていて、きれいな服を着ていても、心が醜ければ、幸せとは言えないって話したの」
そんな話で、あんなにも頑なに心を閉ざしていた愛梨に、効き目があったのでしょうか。そんなわたくしの不安を読み取ったかのように、雪乃さん、大事にしまってあったものを私に渡したのでございます。
それは、戦後間もないころに撮った雪乃さんの写真でございました。
妖艶で美しい笑みで写る雪乃さんでございます。
「これを見て、愛梨ちゃん、綺麗って褒めてくれたのよ」
確かに、女優さんと言っても過言ではない美しさでございます。
「こんなの嘘っぱち。この笑顔の下で、人の物でも何でも欲しくて欲しくてたまらない、化け物が住んでいるって、分からないでしょって、教えてあげたの。その頃の私は、本当にどうしようもなかった。そして、もう壱枚の写真を見せてあげたの」
目を丸くするわたくしに、雪乃さんは大事そうにその壱枚を寄こしました。
それはわたくしの写真でございました。
智蔵さんと結婚したばかりのわたくしでございます。
どこにでもいる普通のわたくしでございます。雪乃さんの美しさには、足元にさえ及びません。すっきりしたスタイルをしている雪乃さんに比べ、背も低く、職業にかまけてふっくらしてしまっているわたくしの姿なのでございます。
「おかしい。愛梨と同じ顔をしているわ」
そう言って、雪乃さん、本当におかしいそうに笑って、噎せだしてしまいました。
背中を摩るわたくしに、何度も大丈夫。ありがとうを繰り返します。
もうこれ以上話すのは、無理でしょう。
そっとベットに横たわらせながら、休むように勧めるわたくしの手を掴み、雪乃さん、苦しそうに、話をつづけたのでございます。
「本当に美しいというのは、こういうことでしょ。好きな人と一緒に居られる喜びが内面から、吹き出してくる。こんな優しい顔、そう言う人じゃなけりゃ、出来やしない。そりゃね、きれいな服着て、周囲の人にちやほやされて、その時は気分が良いものよ。でもね、人はいつまでも若いままではいられない。いつか必ず老いる。私のように、病気にだってなってしまう。無理して作った美なんて、何の得にも、役になりやしない。今の私と、蓮歌さん、どっちが綺麗かって、聞いてやったの。返答に相当困っていたわ。愛梨は、賢い子。流石にあなたのお孫さんよ。しばらく考えていたようだけど、分ってくれたみたいだった」
愛梨は、愛梨なりに考えたのでしょう。
比べようのないものでございます。
なんだかんだ言っても、やはり雪乃さんの美しさは確かなもの。それでも一つ言えるのは、その美しの中で、笑っていられたのかと問えば、口を噤むしかありません。
決して、わたくしとて、順風満帆だったわけではありません。
しかし、智蔵さんの存在は、大きなもの。雪乃さんが言うとおり、その頃のわたくしは、心の奥底から、幸せを感じておりました。
やっと謎が解けました。
突然の訪問者に、すぐに打ち解けたのも、無理して、真琴君に合わせて、食事をしたのも、その言葉が手伝ってのことだったのでしょう。
流石、恋多き女の説得は違います。
そう言うわたくしに、雪乃さん、そっと微笑んで、目を瞑ったのでございます。
今日は、もう限界のようでございます。
部屋を出て行くわたくしを、雪乃さん、そっと目を開けて見つめています。
その目には、大粒の涙を、流したのも知らず、わたくしは家路に就いたのでございました。
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