第12話 親の愛
二人が仲良くクッキーを食べ出すのを見届けた保奈美さんが、向き直ってにっこり微笑んで見せます。
「なんか暗い話になっちゃったね。ごめんなさい」
「大丈夫。私たちで良かったら、何でも聞きますよ。心にしまっておくのはしんどいでしょ」
和華子さんがすっと立ち上がり、子供たちに何か話しております。
「良いわよ。心置きなく話してみて」
和華子さんが戻って来るなりそう言うと、バタバタと子供たちの足音が階段を上げって行きます。
「大変よ。これで一時間は、真琴君は愛梨の部屋に監禁されちゃうわよ」
何のことと、目をきょろきょろさせる保奈美さんに、和華子さんが説明します。
「ファッションショーしても良いよって言ったの。普段はね、興味がある子もない子もいるから、ダメって言ってあるんだけどね。アメリカ帰りの真琴君ならいいアドバイスしてくれるかもしれなからって」
「癖にならなきゃいいけど」
愛梨の性格を考えると少し不安が残るけど、今はそんなことを言っている場合じゃありません。
「そこは、真琴君に巧く言ってもらうわ」
苦笑する保奈美さんに、和華子さん、さりげなく話しを繋げます。
「で、どうして暴力なんか」
「うん。最初は上手く行っていたのよ。私もファーストフードの店員とかして、お金を稼いでいたし、彼は彼で小さいけど証券会社に勤めて、真琴が出来たのが分かった時も大喜びして、どうせなら日本の名前を付けようと言ってくれたのも彼だったの」
「そうだったの」
わたくしの相槌に、保奈美さんが小さく笑って見せます。
「私ね、きっと彼も同じ考えだと思っていたの。いつか父に分かってもらえる日が来るって。その時には、きちんと日本語で挨拶をさせたかったから、家の中ではなるべく日本語を使っていたの」
「それでか、真琴君、日本語が上手なのは」
和華子さんが感心しながらお茶を一口飲んで、わたくしも、平吉さん、さぞかし喜んだでしょうと訊きましたの。
ええと言って、保奈美さん寂しそうな笑みで応え、わたくしと和華子さんは、顔を見合わせたのでございます。
「だけどそれは違っていたみたいだったんです。何故そんな真似をするんだって言いだして、キミはアメリカが嫌なのかって。急に怒るようになったんです。仕事が上手くいってないのは、何とく分かっていました。ここはおとなしく、彼の気が静まることを待つことにしたのです。真琴にも、こっそりい聞かせて、日本語を使わせなくしたのですが、それでも彼の着は収まらなかったのです。何かにつけて、日本の悪口が始まったの。あまりの言いように、我慢が出来なくなり何度も口論になって、彼は私に手を上げるようになったの。怖かった。殺されるんじゃないかって、何度も思ったわ。それでも翌日には、ケロッとして悪かったって謝ってくれて、優しくしてくれるの。ああ、私がちょっと配慮が足りなかったのかなって反省をしたりして、ま、彼も仕事で追い詰められていたしね。そんな繰り返しが続いて、一年も過ぎた頃、彼は真琴にも手を上げるようになったの。死んじゃうんじゃないかと思うくらい叩くのよ。やめてって言う私に彼は言うの。この子から日本人を追い払ってやるって。何が何だか分からなくなって、彼から強引に真琴を奪って、裸足で逃げ出したの。頼るところもなくって、もうどうしていいのか分からなくなって川をね、ずっと見つめていたの」
ハッとなり、わたくしと和華子さん手で、口を押さえます。
保奈美さんも力なく微笑んで、鼻を一回啜り上げます。
「頼るところもなかったしね。死んだ方が楽じゃないかって思えて。そしたら真琴がね、真琴がぐいぐいと私の手を引っ張るの。驚いた私に、ママ、僕、いい言葉を知っているよって言うのよ。口が切れて、まともに話せないはずなのに。しっかりとした言葉で」
保奈美さん手に顔を埋めて、唸るように言います。
「ヘルプ ミー。先生が教えてくれたよ。何度も叫べば、誰かが絶対に手を貸してくれるって」
それからどこをどうやって歩いたのか保奈美さん、日本大使館に駆け込んで事情を話し、匿ってもらったそうです。
日本に戻るまでの間、生きた心地はしなかったと言う保奈美さんを、私は強く抱きしめました。
「それにしても、もっと怒られるのかと思ったのに」
少し落ち着いた保奈美さんが言います。
もらい泣きをしながら、娘が可愛くない親なんかいませんよとわたくしが言うと、あなたが思っている以上に、平吉さん、心配していたのよと和華子さんです。
平吉さん、本当に心配してわたくしにも相談に訪れていました。
息子の伝手で弁護士を紹介し、今後一切関わりを持たないと約束させ、離婚に踏み切れたのでございます。
「これからどうするの」
「ここは、彼が知っているから、万が一を考えて、姉がいる和歌山に行くことにしました」
「いつ?」
身を乗り出して、和華子さんが尋ねました。
「来月には」
いやいや、一難去ってまた一難でございます。
しばらく落ち着いていた愛梨の拒食症のことを思い、二人してため息でございます。
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