第9話 サプリメント

 あらあら、キッチンから大きな声が聞こえてきています。

 どうやら和華子さんの声のようですが。

 「どうかしたの?」 

 キッチンに出向いたわたくしを見て、ちょっと気まずそうな顔をした和華子さんが、愛梨を見ます。

 最近、愛梨は食事をあまりとりません。何でもモデルになりたいと言うことらしいのですが、それにしても痩せすぎでございます。和華子さんじゃなくても、心配になります。ましてや、叔母だった洋子を目の当たりにした後でございます。神経質になって当たり前。

 「愛ちゃん、もっとお食べなさい。何なら、おばあちゃんが美味しい物、作ってあげようか?」

 「いらない。これ以上食べたら太っちゃう」

 「でも、運動すればいいんじゃない?」

 「だめだめ。変な筋肉が付いたら困るでしょ」

 これは重症でございます。

 「あなたねー」

 和華子さんの目が、吊り上っております。

 「だいじょうぶよ。サプリメントも飲んでいるし」

 この間、思い余って、わたくしが買ってあげたものでございます。それには条件があったはずでございます。

 「きちんと食事をとって、足りない分の栄養補給じゃなかったの?」

 「だから、ちゃんとそうしているでしょ。みんなで私の夢を壊さないで」

 泣きじゃくる愛梨に、和華子さんも、わたくしもため息が出るばかりでございます。

 何かいい手はないものでしょうか?

 この頑固さは筋金入りでございます。

 女二人がやきもきするのを、父親である智久は、まるでわれ関せずでございます。

 渋面をするばかりで、食卓の席は、ちょっとした修羅場でございます。

 一時は、自分の部屋から出てこようとしなくなってしまった愛梨を、少し甘いかとも思いましたが、服を買ってあげる約束で取り敢えず、同じテーブルに座らせたのでございます。

 年寄りのわたくしでさえ、愛梨の食べる量では物足りないというのに、腕など、血管が浮き出てしまっているではありませんか。

 食べる、食べない口論から、いつの間にか夫婦げんかに発展してしまった食卓。こんな食事では、誰にも、きちんとした栄養になんてなりやしません。

 これ以上、この症状が進むようでしたら、生活に支障が出るはずでございます。

 わたくしの古くからの知り合いの先生に、思い切って診てもらってはどうかと、いきり立っている二人に提案したのでございます。

 眠る愛梨を、少々手荒ではございましたが、途中気が付かれ抵抗されましたが、こちらとしても命が掛かって要ること。早々負けてばかりはおられません。強引に車へ乗せ、連れて行ったのでございます。

 これで何とかなると思ったのもつかの間。

 さすがと言うのでしょうか。

 ゆくゆくは女優にでもなるつもりなのかしらと思わせるくらい、愛梨はその場しのぎをうまくやってのけるのでございます。

 人前では、本当に素直に応じるふりをするのでございます。

 夜中にこっそり起き出しては、食べたもの全部吐き出してしまう有様で、手の打ちようがありません。

 当然、体力は奪われて、ついに入院を強いられても、点滴を外してしまう始末で、これはもはや、手に負えません。

 胸が痛むばかりで、何もしてやれないのが、つろうございます。

 そのことを、つい雪乃さんに甘えて話してしまったのでございます。

 管に繋がれた雪乃さん、わたくしの話をじっと聞いてくれた後、一度、愛梨をここに寄こせと言うのでございます。

 雪乃さん、愛梨を実の孫のように、本当よくかわいがってくれていました。その雪乃さんのことを、愛梨だって大好きでございます。

 会いたがっていると話すと、私も会いたいとフラフラの躰をわたくしに預けながら、二人で見舞わったのでございました。

 二人っきりで話したというものですから、席を外したわたくしには、どんな会話をされたのか、到底分るはずがございません。

 シュンとした愛梨が病室から出て来て、わたくしに言うのでございます。

 「少しだけ、食べる練習をしてみる」と。

 本当に少しだけでございましたが、口にするようになったのでございます。

 夜中に、一人でこっそり吐いてしまうという行為もなくなったようで、一安心というところでございましょうか。まだまだ、愛梨が取らなければならない食事の量には、ほど遠いのでございますが、お医者様と相談しながら、ゆっくりゆっくり治して行くしかありません。

 焦りは禁物でございます。

 かつてわたくしがそうして貰ったように、辛抱強く待ってあげることにしましょう。愛梨は、わたくしと智蔵さんの孫でございます。そんな弱いはずがございません。それに、雪乃さんもおります。

 あとは、本人の生きる力に掛けるしかないのでございます。

 智蔵さ、どうか愛梨を守ってくださいませ。

 

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