第6話 夏の終わりに

夏が終わろうとしております。


時が経つのは本当に早いものでございます。最愛だった智蔵さんが亡くなって、もう何年になるのでしょう。数えるのも億劫になってしまうくらい、歳月が経ってしまったてことでしょうか。あれほど悲しんだのに、薄情なものでございます。


 今日、智蔵さんが好物だった肉じゃがを拵えておりましたら、急に昔のあれこれを思い出して、涙がほろりと零れ落ちてしまいましたの。

 それを見た愛梨が慌てて、わたくしの顔を覗き込んでまいります。

 「どうしたの? 大丈夫?」

 「大丈夫大丈夫。何でもないの」

 涙を拭ってそう言うわたくしに、ティッシュを寄越しながら、背中を摩ってくれるような、本当に優しい子でございます。

 この優しさは、お嫁さんの和華子さん譲りなのでしょうね。間違っても、息子である智久のではないのは、確かでございます。

 智蔵さんの血を引いているはずなのに、いつでも難しい顔をして、話しかけてもろくに返事も寄こしませんのよ。小憎らしいったらありゃしない。


 そんなことを考えておりましたら、また涙が出てきてしまいました。


 思い出しついでに、二人の馴れ初めなど聞いてくださいな。

 智蔵さんと出会ったのは、叔母夫婦が経営する自動車教習所でございました。

 あの頃は、日本は高度成長期に入り、わんさか若者が東京に集められましてね、智蔵さんも、その一人でございました。

 宿舎を設け、事業を始めた叔母夫婦に頼まれ、微力ながら、わたくしは食堂のお手伝いをしておりました。

 それはそれは大忙しでございます。

 教習生を始め、職員方たちも召し上がる食事のお世話でございます。

 女学校を卒業して以来、家事の手伝いをしていたわたくしにとって、その仕事はやりがいのあるものでございまいした。

 ここだけの話、戦争で、大事な父と兄を失くし、湿っぽくなっていた我が家で、母と二人きりでいるのは大変辛く、何を見ても思い出されてしまうのでございます。

 どのご家庭にも、そんな思いはございました。そんな時代でございます。我が家だけが特別じゃない。そう思ってもやはり、込み上げて来てしまうのでございます。

 叔母夫婦も、大事な一人息子を失くされておりましたし、いつまでも沈んでばかりはいられません。

 それがせめてもの亡くなった人へのお弔いなのだと、わたくしたちは歯を食いしばり、生きることを頑張ることにしたのでございます。

 きっとこの出会いは、そんなわたくしへの、兄たちからのプレゼントだったのでございましょう。


 秋田訛りの品のあるお方。

 これが、智蔵さんに対する、わたくしの第一印象でございます。

 とにかく優しい人で、わたくしが重たいものを持っておりますと、いの一番に駆け寄って助けて下さる。そんな人でございました。

 「そっちゃある荷物、どご持ちっべか」

 この頃、本当にいろんな方がいらっしゃって、お国の言葉で話されるものですから、わたくし少し引いておりましたの。

 何度も聞き返すのも悪い気がして、ぎこちなく微笑んで誤魔化そうとするわたくしの様子を見て、智蔵さん、豪快に笑い、頭を掻いて、標準語を話されるんですが、そのアクセントがおかしくて、二人してよく笑ったものでございます。

 それは自然な流れでございました。

 愛想がないわたくしに智蔵さんは、いつもにこにこと、お国の言葉で話し掛けて来るようになったのでございます。

 もうこちらの言葉にもなれているはずなのに、でございます。

 「俺の言葉、分からねか」

 そう言ってゲラゲラと笑っては、ええから、良く聞いてみてけれとあくまでもお国ことばを止めようとはしませんの。

 そのうちわたくしも、ここではそう言いませんって正したりして、何となく二人でいる時間が増え出したのでございます。

 今思えば、不器用な智蔵さんなりの愛情表現だったのでしょう。

 ほっそりした顔立ちで、他にも、心、寄せている人がいらっしゃったと、後に聞かされのでございますが、二人きりの世界。何も見えませんし、聞こえやしません。 

 

 運命ともいうのでしょうか。

 一目見た瞬間から、わたくしたちは魅かれあっておりました。


 いけません。いけません。また涙が出て来てしまいました。





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