大阪

「ほんまにびっくりしたわぁ、Blogの『葵』が『泉』やったとは。」

「いや、違うの、『葵』は私じゃない・・・。」

複雑な表情で泉が答える。そこに笑顔はなかった。

「えっ?どういうこと?」

「・・・ここでは何だから場所をかえましょ。」

びっくりして聞く俺にそう言って泉は歩き始めた。

高層ビルの間にのびる遊歩道を歩きながら俺は問いかける。

「葵が泉じゃないってどういうことなん?だって現にここに泉がいて、電話も・・・。」

「だから、違うの・・・。ちょっとわけがあって・・・。」

それっきり泉は無言で歩き続ける。そして一軒の喫茶店の中に入っていく。

追いかけるように入る俺。そして席につくやいなや再び問いかける。

「ちゃんと説明してくれよ。意味がわからへん・・・。」

泉は観念したかのように口を開いた。

「あのね・・・えっと、あの時一緒にいたメンバーで知子を覚えてる?」

「ああ、もちろん。俺と守、洋介、健一、泉、知子の6人で大体遊んでいたからなぁ。」

「実は・・・知子が葵なのよ。」

「・・・??」

いきなりの事に次の言葉が浮かばない俺。泉は続けて言った。

「卒業してみんなバラバラになったけど知子とだけはずっと連絡取り合っていたの。」

「うん。それで?」

まだ動揺しながら聞き返す俺。少し間をおいて泉が話す。

「知子ね、ずっとヒロシ君のこと好きだったの。」

「えっ?俺のことを?・・・そ、そうなん・・・?。」

「でね、私に協力してほしいと言ってきたの。」

「・・・うん。」

「それで一計を案じて、知子には『葵』としてヒロシ君にアプローチしてもらったの。」

「えっ、ちょっと待って・・・なんでそんなまわりくどいことする必要があるねん!

二人で俺を騙してたんか?・・・。真剣に対応してた俺がアホみたいやん!」

泉は涙を浮かべてうつむいてる。

「ふざけるなよ!人の気持ちをもてあそぶような真似をしやがって。」

俺はテーブルを叩いて席を立とうとした。

その時、不意に誰かに両肩をつかまれた。

「待て、落ち着け、ヒロシ」

「え・・・あ、洋介、なんでお前までここに?」

「この件、実は俺も関わってる。」

「はぁ、なんでお前が?みんなで俺を笑いものにしてたのか!」

(浮かれてほいほい東京に出てきた俺をみんなで笑おうって魂胆か)

「だから、落ち着けって。これにはいろいろ訳があって・・・。」

「訳も何もない!俺の気持ちはどうなんだよ!あまりにも悪質やないか。」

泉が割ってはいる。

「待って、洋介君は悪くないの。私が相談して協力してくれただけなの。」

「あ~訳がわからない。何がどうなってるねん。」

「だから今ひとつずつ説明するから。」

「てか、これって知子自身の問題やろ?なんでお前らがでしゃばる必要があるねん。

もうええわ、帰る!」

そう言ってさえぎる彼らを振り払って俺は店を出た。

そのまま全力で走って駅まできた。電車を乗り継いで、そのまま東京駅へ向かう。

西行きの最終列車。俺は急いで飛び乗った。


俺は混乱していた、希望が一気に不信感に打ち消されて、虚しさだけがこみ上げてくる。

真剣だっただけに余計怒りが抑えられなかった。とても彼らの話を冷静に聞く気にはなれ

なかった。帰りの列車の中で静かに泣いた。窓から見える夜の街がゆがんで見えたのは、降り出した雨のせいいだけではないだろう。

でも、知子が俺のこと好きだったなんて知らなかった。メンバーの中ではどちらかというと地味な存在で、花の写真を撮ったり、密かに小説を書いていたりするような女の子だった。

でも根はしっかりしていて、几帳面な性格だったからみんなで旅行に行ったりする時には、いつもお金の管理は知子が引き受けてくれていた。控えめな性格なので決して前にはでてこないけどみんなのことを冷静に見ているタイプだった。顔だってきれいな方の部類にはいる。普段はダサい黒縁眼鏡をかけているため気づかないけど、コンタクトにしたらいい線いくのにと思っていたほどだ。なんでまた知子は洋介たちの話にのっかってあんなことしたんだろう・・・。考えているうちに列車は新大阪駅のホームに入った。

大阪に着いた頃には少し冷静になっていた。彼らの困惑した顔が今も脳裏に焼きついてる。携帯を見ると着信がたくさん残ってる。洋介と泉からだろう。

話を最後まで聞かずに飛び出したことは悪いと思ったが、裏切られたような気持ちがいっぱいで二度と連絡する気にはなれなかった。


それから数日間、何度も着信があったが俺が電話に出ることはなかった。

そのうちまた仕事が忙しくなり、目まぐるしい日々の中で少しずつ、あの腹立たしい出来事も過去のものになってきた。

ある日、会社に昔、仲の良かったメンバーのうちのひとり、守から電話がかかってきた。

「おう、守。久しぶりやなぁ・・・元気してるか?でもこの番号、ようわかったなぁ。」

「ああ、ヒロシの実家の方で教えてもらってん。積もる話もあるし、一度会って話さへんか?」

俺は守と会う約束をして電話を切った。5人の中では守が一番、気が合ったので、趣味の話から恋愛の話までよくいろんな話をしたもんだ。

翌日、俺は会社の帰りに天王寺駅に降り立った。守が知り合いのおいしい串カツの店があると言うのでここで会うことにしたわけだ。

建物の間からライトアップされた通天閣が見えている。

(なんかこの街にはこの通天閣が似合うなぁ、スカイツリーのようにお洒落ではないけどなんかパワーをもらえるわ)

「ヒロシ、お待たせ。ほな、いこか。」

走って現れた守はそのまま繁華街の方へ歩き出す。

「守、お前少し老けたんちゃうか?」

「それは、ソックリそのまま返したるわ。お前こそ白髪増えたんちゃうか?」

「うるさい、ほっとけ!いろいろ気苦労もあるわい。でも元気そうでなによりや。」

そんな会話をしながらも守は土地勘があるのか人通りの多い路地をスイスイ歩いていく。

そして一軒の雑居ビルを指さし、中に入っていく。古いエレベーターがゆっくり上がっていく。

「ここやねん。さ、はいろ。」

店は金曜の夜ということもあってかなり込み合っていた。カウンターの向こうの店の人と守が話をしている。たぶん、あの人が知り合いなのだろう、守は戻ってきて言った。

「奥の個室を空けてくれてるみたいやから、いこ。」

俺たちは店の奥に歩いて行った。途中さっきの店の人が声をかけてきた。

「ごゆっくり。」

俺は軽く会釈して個室の中に入った。思い出話に酒と食事が進んだ。

ふいに守がきりだした。

「洋介から聞いたぞ。なんか大変やったみたいやな・・・。」

俺はそうか、これは洋介の差し金かと思いながらも何でもないふうに答える。

「そうやねん、あれはひどい話や。」

「お前の気持ちはようわかるわ、洋介も泉もめっちゃ後悔しとったわ。」

「そやろ?誰が聞いてもおかしい話やって。あんな奴らとは思わんかったわ。」

俺の態度に理解を示してくれた守に少し安心しながら話を続けた。

「で?お前に仲介してくれと?そういう話なんか?」

すると守が真剣な顔になって言った。

「ヒロシ、肝心な話を聞いてへんやろ?俺も詳しい話を聞いたらあいつらの気持ちもわかるような気がしてん。」

「肝心な話?」

「そや、知子のことや・・・。」

「知子が俺のこと好きやったなんて知らんかったけどな・・・。」

「ヒロシはそういうとこ、めっちゃ鈍いからなぁ・・・。」

「そんなことないわい。」

俺がムキになって否定すると、守は溜息をつきながら言った。

「お前、泉のことが好きやったやろ?」

「な、何でわかるねん?」

「何でってお前ほどわかりやすい人間はおらんて。知子以外のメンバー全員気づいてたで。」

「そ、そうなんか?」

守は何で今更というような顔をしてる。

「でも泉は洋介のことが好きやったみたいやな、あの頃から何でも洋介に相談してたし。」

俺がそういうとあきれた顔の守が言った。

「だからお前はあかんねん。泉はお前のことが好きやってん。でも恥ずかしくてよう言わんかったから洋介に相談しとったんや。人の気持ちに気づかん鈍さは世界一やな。」

「えっ、まじか?!でもなんでゆうてくれへんかってんやろ・・・。」

「アホか、親友の知子がお前のこと好きやったからやんけ。だから泉も悩んでたんや。」

「そんなこと・・・。そうなんか。でもお前、あの地味な知子の思いに気づいたなぁ・・。」

「それは、俺が知子が好きでずっと見てたからや・・・。」

「そうやったんか!・・・そうなんかぁ。」

「でも結局誰も告白できんうちに、みんなバラバラになってもうたけどな。」

いつの間にか守の目には涙が浮かんでる。

「知子は泉がお前のことが好きだって知らんかったから、相談したんや・・・。」

守の頬を涙が伝う。

「ずっと思い続けていた知子のために泉は自分の気持ちを抑えて協力したんや。」

「でも、そんなこと・・・。」

「・・・知子が10万人に一人といわれる難病で、余命が少ないと知ってたからや。」

「!!・・・。」

あまりのことに声にならない俺。

「だから・・・洋介も協力したんや。せめて残りの人生幸せに生きて欲しいってなぁ。」

「そんなことって・・・。」

「でもそれも叶わへんかったけどな・・・。」

「・・・。」

「あの日、お前が東京に行ったあの日な、知子は急に容体が悪くなって入院してん。

だからあの場所に知子がおらんで、泉たちがおったちゅうわけや。」

「・・・そうやったんか。」

「先日や・・・知子の葬儀やってん。お前に連絡取れんかったから知らされへんかった。」

「そんな!・・・何でや、何でやねん!・・・俺は、俺は・・・・・・。」

二人で泣いた。

「なぁ、ヒロシ・・・泉の気持ちも察してやれよ、せめて彼女だけでも幸せにしてやれよ・・。」

(みんなの気持ちも知らず、一人怒って、拗ねて・・・なんてカッコ悪いんや俺)

俺は声にならない声で泣いた。

「ヒロシ・・・お前さ、昔願いが一つ叶うなら何を願うって聞いたら、”モテたい!”って言ってたやん。二人の女性から想われるなんて、願いが叶ったやん。うらやましいヤツやわ。」

帰りがけに、守は俺に一枚のメモを俺に渡して帰っていった。


メモには泉の携帯電話の番号が書いてあった。

俺は迷わず電話していた。

「もしもし・・・」

電話の向こうに泉の声。俺は必死に謝った。

「俺、知らなくて・・・その・・・知子のことも泉のことも…、ごめん、本当にごめ・・・ん・・・ごめ」

もう涙でもう声にならなかった。泣きながらも必死にしゃべろうとする俺。

「今度ちゃんと会って話したい・・・今更やけど、ちゃんと・・・。」

電話の向こうの泉も泣きじゃくっている。

「うん。私もちゃんと会って・・・謝りたい・・・。」

「いや、謝る必要なんてない、悪いのは俺やから・・・。謝るんじゃなくてこれからの話をしたい。昔みたいに笑いあえる話を。」

「うん。ありがとう・・・本当に。会うのすごく楽しみにしてる♪」

電話を切ったあと晴れやかな気持ちになった。

家に帰り、シャワーを軽く浴びて、ベッドに倒れこむ。

(今まで人生ってろくなもんじゃないと思っていたけど、初めて幸せだなぁと思う。なんか体が重いなぁ・・・いろいろ一気にあったので疲れたのかな。今日はいい夢が見られそうだ・・・。)


どれくらい眠っていただろう。やけに体が軽い気がする。

(ん?あれはうちの両親。話してるのは守、洋介、健一、泉、それからあれ知子もいる?!)

両親は5人の手をとり頭を何度も下げている。

「無茶なお願いにも関わらず、うちの息子のために、ここまでやって下さるなんて・・・。」

5人は首を振ってる。

「おかげでうちの息子は幸せな思いを抱えたまま、旅立つことができました。本当にありがとうございました。」

涙を浮かべながら洋介が答える。

「ぼくらも最初ヒロシがそんな重い病気で余命が1年と聞かされた時は驚きました。お役に立てたかどうかわかりませんが、彼が最後に喜んでくれていたなら本望です・・・。」

両親の手には俺の幸せそうな遺影が抱えられていた―。








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