Summer Invitation2~黄昏超特急

@tabizo

東京

「うん、大丈夫やって、泉ならできるって!昔から泉のこと知ってる

 俺が言うんやから間違いないって!うん、うん・・そうやって!」

「わかった、やってみる!有難うね・・」

「泉、それからさ・・あの・・」

「あ、彼氏からメールだ、ごめんね!またね」

「え、あ・・またね・・」

俺は切れた携帯電話をベッドに放り投げると、机のすみに置いてある

古い写真立てを眺めた。何人かの男女が写っていて、学生の頃の泉の

姿もそこにあった。仲が良かったグループで旅行に行った時の写真だ。

高校を卒業してみんなバラバラになった。俺は幼なじみの泉のことが

好きだった。成績優秀で容姿端麗なのでみんなに人気があった。少し

わがままなところもあったが、泉の明るく愛嬌のある笑顔が好きだった。


卒業してからどうしても会って想いを伝えたかった俺は、手紙を書いた。

今さらラブレターなんて恥ずかしくて書けなかった俺は詩のような内容で

待ち合わせの文章を書いた。夏ももう終わろうとしていた頃だった。

結局、その手紙は出す勇気がなくて今もここにある。

俺は時間とともに色の変わってしまったその手紙を手にとってみた。

俺はビールを片手に読み始めた―


“お元気ですか?

僕のすっかり色あせてしまった思い出の中で、

あの時の君の笑顔だけが今もまぶしく輝いています。

君に会いたい。

よかったら明日の午後3時、いつもみんなで行ってたあの喫茶店に来て下さい。

できればあの時の君のままで来て下さい。”


読み終わった俺は、しばらく天井を見上げて考えた後、手紙をゴミ箱

に捨てた。そしてベッドの上の携帯をちらっと見た。

1年前、出張で行った東京で、上京して勤めはじめた彼女に偶然再会した。

それから彼女は何か困ったことや悩み事があると俺に電話してくるようになった。

でも俺は想いを伝えることができずにいた。

その一言でこの楽しい時間が終わりになってしまうかもしれない。そう思うとなかなか切り出す勇気が持てなかったのだ。歯痒いくらいにあとちょっとの距離が詰められなかった。それは永遠に詰めきれない距離のように思えた・・


俺はビールの残りをグッと飲み干し、パソコンの電源をいれた。

そして・・いつも更新しているBlogの日記を書き始めた―。

なんかココでなら踏み出せなかった一歩が踏み出せるような気がしてはじめて約1年になる。Blogの交流でみんないろいろと悩みを抱えながらも頑張っているのを知って、自分も勇気を出して、泉に想いを伝えようと決心した。

(やはりこういうことは電話でなく、直接会って言いたい。ダメでもそれでいい、俺の止まったまま時間はそれで動きはじめるのだから。)

朝のまぶしい光の中、あたかも昔のあの頃、あの時代に時間をさかのぼっていくかのように特急列車は東へひた走る。彼女の元へ。10年前、思い出の中に忘れてきた忘れ物をとり戻すために。止まったままの時計の針を再び動かすために。

俺は彼女に出張で行くので会えないかと嘘をつき、会う約束を取り付けた。

緊張しながら約束の場所に着いた。

ところがそこには彼女の姿はなかった。

しばらくして彼女からの電話。急な仕事が入っていけなくなったらしい。

「本当にごめん、せっかく誘ってくれたのに。で、何か用件があるって言ってなかった?」

俺はとりあえず急ぎの用でもないからとごまかしたが、彼女はしつこく聞いてきた。

「ねぇ、もったいぶらずに話してよ。誰かが結婚するって話とか?すぐに仕事に戻らないとダメだからとりあえず用件聞かせて。ねぇ、早く!」

急かされて、ごまかしきれなくなった俺はしぶしぶ想いを伝えることにした。

「あのさ、俺・・・」

今まで溜め込んでいた思いが一気にあふれ出る。最後の方は何を話したか覚えていないほど夢中でしゃべった。彼女は黙って聞いていた。とにかく俺は今までの気持ちを全て伝えた。俺が話し終わるとしばしの沈黙のあと彼女が言った。

彼氏がいるとわかった上で、幼なじみだった俺からの突然の告白に動揺する彼女。

「ごめんね・・・私にとって彼が全てなの・・・」 という言葉のあと沈黙。

結局・・きまずい雰囲気のまま、電話を切る。虚しさが、悲しさが、大きな波のように押し寄せる。呆然とする思いを振り払うように俺は<これでよかったんだ>と自分自身に言い聞かせながら重い足取りで駅に向かう。

失意の俺を乗せて再び西に向かう特急列車。夕暮れの景色が涙でにじんでいた。

その後、彼女からの電話がぱったりと来なくなった。

耐え切れず電話をするが、すでに番号は変えられていた・・・。


幸か不幸か、仕事がピークをむかえ、日々の忙しさの中で少しづつこの悲しい現実を忘れられたらと思い仕事に没頭した。

そんなある日、俺はBlogの中で葵という女性に出会う。

話してるうちに意気投合した俺たちは何でも語り合うようになった。

ある日、葵はBlogの中で今の彼氏に振られたことを告げた。必死に励ます俺。

文面から察するに、かなり落ち込んでいる様子だった。たぶん、パソコンの向こうでは号泣しているのだろう、文章も途切れ途切れで誤字も多かった。

このままでは自殺しかねないように思った俺は、来る日も来る日も俺はくだらない話ばかりだったけど彼女に話しかけ続けた。

1ヶ月以上もそういうやり取りが続いた頃、次第に葵も元気を取り戻してきたようにみえた。

昔だったらメールのアドレス聞いて直接メールしたり、電話したりしていたのだろうけど、

そうしなかった。そうしなかった訳はある。俺は電話で泉に振られた一件以降、あの時の泉の声が耳に残っていて、トラウマになっていた。女性と電話で話すことにどこか恐怖を感じていたのだ。

ただBlogの中での文字だけの会話。俺も葵も、電話での会話をしようと切り出すことはなかった。そんなやりとりが続いてついに俺たちは会う約束をした。

葵は東京に住んでいた。俺の方から葵に会いに行くことになった。


約束の日になり、新幹線で東京に向かう俺。待ち合わせは葵の都合もあり、夜。

会ってどういう展開になるかわからない。俺の姿を見てまた付き合う前から振られるかも知れない。でも新しい幸せが訪れるかもしれない。俺は年甲斐もなくそわそわしていた。

時刻は黄昏時。俺のドキドキを乗せた列車は夕暮れ色に染まる街の景色の中を高速で走り抜けていく。東京駅に着いた。はやる気持ちをおさえながら電車を乗り継いで待ち合わせ場所へ急いだ。

待ち合わせ場所の東京スカイツリーの下にはたくさんの女性がいた。

その中になんと泉の姿が・・気まずい。よりによってこんな時に会うなんて。

泉はまだ俺に気づいていない。

急な変更があったらいけないからと葵は携帯の番号を知らせてくれていた。

俺は、場所を変えようと葵の携帯に電話をした。

「もしもし・・」

目の前の泉の携帯が鳴り、懐かしい声が電話の向こうから聞こえてきた―。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る