決着

 ……さん……北嶋さん………

 んー?何だようるせーなぁ…ついさっき帰って来たばっかじゃんよー…

  俺は布団を頭までスッポリと被り、徹底交戦の構えを見せる。

 …北嶋さんってば…

 激しく身体を揺すられる俺だが、必殺技の布団の中で丸まり作戦に出る。

 身体を硬直させ、安眠確保を譲らない構えを見せ、断固起きない意思を表示すると言う、まさに究極奥義だ。

 フハハハハ!!この奥義を破れるなら破ってみろ!!

 俺の鋼の構えにビビったのか、神崎が…仕方ない…とボソッと言って部屋を離れた。

 フハハハハハハ!!勝った!勝ったぜ!!これで快眠を………カー…

 俺が意識を夢の中へと移動させようとしたその時、ドガンと鈍い音と共に、俺の背中に激しく痛みが走った!!

「いぃぎゃあああああああああああああ!!!」

 俺は飛び起きるしか方法が無かった。他のリアクションなんか取れる筈も無い。

「おはよう北嶋さん」

 俺が起きたのを確認した神崎がヨイショとテーブルを床に置いた。あれで俺の腰をぶっ叩いたのか…

「おま…!!本気でイテェよっ!!男の命、腰を破壊してどうすんだっっ!!」

 俺は神崎に詰め寄るも、ヒョイと身体を躱される。

「菊地原さんが来ているわよ。お話したいって」

 菊地原のオッサンが?電話では何度か話した事はあるが、直接会うのは初めてだな。

 いやいや、そうじゃ無くてだな。

「何で警視総監が俺ん家に?」

 わざわざ来るってのだから、とんでもない事を仕出かしたのかもしれない。

 もしかして、ヤクザモンやチンピラを蹴り殺しちまったのか?偉そうだった割には貧弱だったからな、あいつ等…

「なんか感謝状がどうのと言っていたわよ」

 感謝状?

 感謝状とは、ポリが俺に感謝状態な訳なのか?

 まぁ、感謝はして貰った方が気分的にヨロシイ。

 俺は着替えて居間に向かった。

 居間には銀髪よろしくオールバックで、少しファンキーなオッサンが玉露を飲んでいた。

「菊地原のオッサンか?」

 オッサンは振り返り、俺を見る。

「君が北嶋君か」

 菊地原のオッサンは俺に右手を差し出した。

 俺は差し出された手を凝視した。

「ど、どうしたんだい?」

「インフルエンザが怖いから、手はちゃんと洗ったのかなあ?とか思って」

 握手を躊躇している俺の後頭部をピシッと叩く神崎。

「くわ!!」

 びりびりする俺の後頭部。

「何をもの凄く失礼な事を言っているのっ!!申し訳ございません菊地原さん!!今躾けますから…あ、あれ?」

 謝罪途中の神崎をスルーし、台所へ歩く菊地原のオッサン。

「あ、あの?」

 不安気な神崎に菊地原のオッサンは苦笑いをして答えた。

「いや…確かにさっきトイレを借りた時に手を洗ってなかったからね…」

「おいおい!頼むよオッサン!ごっ!?」

 苦情を言う俺の鼻っ柱に火が点いたように痛み、鼻血がドボドボと流れ出る。

「ちょっと!何を失礼な事を!!」

「客の前で所長ぶん殴るのは失礼じゃないのか!?」

 俺はティッシュを丸めて鼻に突っ込む。応急処置完了だ。

「はははははは。水谷先生から聞いた通りだな」

 手を洗って戻って来た菊地原のオッサンは、改めて俺に手を差し出した。

 俺は鼻にティッシュを突っ込んだ状態でその握手に応じた。

 手を洗ったから握手を拒む理由が何もなくなったからだ。

 できれば綺麗なねーちゃんの手を握りたかったが、警視総監は綺麗なねーちゃんじゃないので、仕方なく応じたようなもんだが。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 この男が北嶋 勇か。

 水谷先生がこれからは北嶋を頼れと言った男だ。

 水谷先生には、迷宮入りの難事件でよく助けて貰った。

 遡れば、私が警視総監になれたのも水谷先生のおかげだ。

 水谷先生の助言で、数々の難事件を解決してきた私は、警視総監まで登りつめたのだ。

「ワシに恩義を少しでも感じておるならば、小僧の支援を頼む。霊的事件は小僧に頼るがよい」

 この話を持ち出された時、私は暗に水谷先生が引退を決意したと感じた。

 自分を超える存在を発見して。

「座って話さないか?」

 未だに握手で握られている手に若干痛みを感じながら言った。

「ああ。立ちっぱなしだと貧血で倒れんのか」

 鼻にティッシュで栓をしながら、北嶋君が座る。私もそれに習い、座った。

「神崎、お茶だ」

「偉そうに…!!」

 横に座っている神崎さんが立ち上がり、お茶を煎れる為に台所に向かう。

「いつもこんな感じかい?」

「いつもだ。ってか、ウチに来た客は、みんなそう言うな」

 北嶋君は私に全く遠慮せずに、煙草に火を点けた。

「粗茶ですが」

 神崎さんが戻ってきた。手には湯呑二つを乗せたお盆。そして私の前に玉露が置かれる。

「ああ、どうも」

 口に運ぶ刹那、北嶋君が口を開いた。

「おいっ!!何で俺のお茶はティーパックなんだよっ!?」

 驚いた。彼は玉露とティーパックのお茶の区別が付くのかと。まだ飲んでいないのにも関わらず。

「パックじゃないわよ。出枯らしよ」

 此方はしれっと返す。全く悪びれることも無く。

「余計悪いだろ!俺は所長だぞ!!」

「経費削減よ。所長自ら普段から節約する姿を見せなきゃダメでしょう?」

 私を置いて喧嘩し始める。喧嘩と言うか、北嶋君が騒いで神崎さんが終始あしらっているだけだが。

「まぁまぁ、そのくらいにして…」

 私はお土産に購入したカステラを北嶋君に渡した。

「ああ、すまないな。見ろ神崎!!ちゃんとお土産を渡すこの礼儀正しさ!!所長に出枯らし飲ませる所員とは大違いだ!!」

「煩いわね!!文句あるなら自分で煎れなさいよ!!」

 またやいのやいのとやり出す。

 このやり取りは暫く続き、私はただ呆然と見ていた。

 遂には、神崎さんのパンチが北嶋君の鼻を捉え、鼻血を流した所で終焉を迎えた。

「…もう話をしても大丈夫かい?」

「失礼しました菊地原さん!!どうぞお話をなさって下さい!!」

 神崎さんが慌ててお辞儀をし、漸く私は話をする事が出来た。

「先ずは安川組だが、組長宅に居た組長と組員は全員逮捕したが、病院へ搬送された」

「あー…やっぱやり過ぎたかなぁ…」

 北嶋君はバツが悪そうに頭を掻く。

「いや、まぁ確かに全身に打撲をおって、骨折した者もいるが。やり過ぎには変わらないが、精神に異常を来たして、が主な理由だよ」

 あの時、北嶋君にかなり追い込まれた安川組組員達は、暴力団とは思えない程憔悴しきっていた。

 かなりのトラウマを植え付けられたのだろう。

 すっかり対人恐怖症になって、まともに話すらできない状態になっていた。

 警察病院で治療した後、再逮捕となるだろう。

 地方の病院に入院していた若頭も同じだ。

 捜査の結果は、予想通り叩けば埃なんてもんじゃない、今までの悪事の証拠がわんさかと出てきた。

「安川組と繋がっていた臓器を摘出していた病院も検挙される。安川組と関わっていた連中を一網打尽と出来る程の証拠が揃う事になる」

 私は改めて北嶋君に頭を下げた。

「ありがとう北嶋君。君のおかげだ」

「まぁ、それは俺の知った事じゃないから気にするな」

 北嶋君は大して興味も示さず、鼻に丸めて突っ込んでいたティッシュを取り替えていた。

「そ、そうか…そ、それでだね、水谷先生から今後の君のバックアップをお願いされたんだが…」

「ああ、婆さんにも直接連絡取れと言われたからな。まぁ、持ちつ凭れずで宜しくしたい」

 洞鳴村や、今回の安川組の件同様に、今後も付き合いたい。私もそれに同感だ。

「しかし、やり過ぎは困るぞ。最悪殺人などはね」

「ああ…つまり釘を刺しに来た訳かぁ…」

 北嶋君は腕を頭の後ろに組み、ソファーに身体を沈めた。

「まぁそんな所だ。今後ともよろしく頼むよ北嶋君」

 笑いながら、再び右手を差し出す。北嶋君は力無くそれに応じて握り返した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 菊地原さんがお帰りになった後、お土産のカステラを美味しそうにパクつく北嶋さん。

 幸せそうに食べているが、彼が死霊を自ら地獄へと向かわせ、安川組を壊滅させた事は間違いは無い。

 普通に祓うのが癪だから…

 恐らくそれは北嶋さんの本心なのだろう。

 安川組は祟られて当然の事をしていた。自業自得。

 死霊も生前諦めて死んでしまった者が多かった。これも自業自得だ。

 北嶋さん的には、今回の仕事は本当にしたくなかったに違いない。

 どちらも助けたくはないが、助けなければならない。

 北嶋さんは、その課題を見事にやりのけたと言える。

 そんな依頼が、この先増えるだろう。

 その都度、私は北嶋さんを上手く誘導して仕事を請けさせなければならない。

 北嶋さんの様子を探るように目を向ける。相変わらず美味しそうに食べている。

 北嶋さんの顔を見た途端、肩に入っている力が抜けた。

 この人は単純だが面倒な人。肩に力を入れても仕方ない。

「ちょっと!私の分、ちゃんと残しているでしょうね?」

 私もカステラを戴きにテーブルに戻る。

「あ、ちょうど良かった。神崎、お茶くれよ」

 カステラを食べる手を休めずに言うあたりが、もうね。

「偉そうに…」

 私はお茶を煎れに台所へ向かった。

 今後は玉露を入れてやろうかな?

 クスッと笑いながらお湯を沸かした。


 さて、お茶も用意した事だし、と切り出した。

「今回の依頼金は1500万なんだけど」

「おお!そうだな!!大儲けだな!!ボーナスくれよ神崎!!」

 北嶋さんが手を伸ばす。つか、所長のあなたが所員の私にボーナスを要求するのはおかしいとは思わないのだろうか?

 まあ兎も角、その手をぺしっと叩いた。

「さっきも言ったけど節約しなくちゃ。このお金も直ぐに消えるんだから」

 叩かれた手をフーフーしながら北嶋さんが訊ねる。

「何で消えるんだよ?借金なんかないだろウチには?」

「海神様の池の工事代金があるでしょ」

 無言になって私の方を向く。

「……工事代金が1500万だってのか?ブロックタダなのに?俺一人で施工したのに?」

 材料費と人件費が掛かっていないだろうと。一番お金を喰うこの二つがタダなんだからそれはおかしいだろうと。

「今回の件でそれは当然クリアしたわよ。工事費用よりも収支は上だけど、神を四柱揃えろと師匠から言われたでしょ?その資金に充てなきゃならないから、結局はまだまだ足りないと言うか…」

 北嶋さんは一瞬固まった後に、見るも可哀想な程項垂れた。具体的にはテーブルに額を付く程項垂れた。

「…なんで揃えなきゃならんのかも教えないと言うのに…節約はまあ、百歩譲って良しとするが…」

 文句を言いながらも指示通りにするのが北嶋さんだ。師匠を尊敬しているからこそ、信頼しているからこそなんだろうが。

 流石にちょっと可愛そうな気もするが、此処は北嶋さんの事務所。全て北嶋さんに返ってくるのだから問題無い。後にもっといい事になって返ってくる……筈だから。多分。

「まあ…今後1500万の仕事なんかそう無いだろうしな…いずれ使う金なら今から取っておいてもいいか…」

 やっぱり師匠の言う事は聞くのよね。でもご褒美は必要よね。

 ご褒美になるかどうかは解らないけど…

「北嶋さん。世間では紅葉シーズンなんだよね」

 正確には紅葉が始まったって事だが、そこはまあいいだろう。

「確かにそうだな。ちょっと早いような気もするが」

「んでね、ちょっと豪勢な老舗の温泉旅館に行こうと思うんだけど…う!?」

 北嶋さんの生気が甦った。艶が増したと言っていいか。

「……温泉旅館?混浴か!?」

「全く混浴ではないけれど、あっても入らないけど、行くよね?」

 高速で何度も頷く。頭の残像がいくつも見えるくらい速い頷きだった。

「そ、その高級老舗旅館にはいつ行くんだ?」

「う~ん…明日はどう?」

「明日?また急だな…」

 いや、本当なら今から出たいのだが、流石に今朝まで仕事をしていたからね。そこまで鬼じゃない。多分。

「まあいいや。明日だな」

「じゃあ請けるのね。解った。早速連絡しておくわ」

 言って携帯をピコピコ。北嶋さんの顔色が真っ青に変わった。

「お、おい…まさか依頼…?」

「あ、北嶋心霊探偵事務所ですが。ご依頼の件ですが、明日伺います」

「やっぱりかよ!!疲れを取る為のリフレッシュじゃねーのかよ!!」

 誰がそんな事を言ったのか?私は紅葉シーズンと老舗の温泉旅館に行こうと思うとしか言っていない。

 更に言えばご褒美になるのか解らないとは心の中で思った事だし。

 その間も騙されたとか過剰労働だと騒ぐ北嶋さんを余所に、私は旅館の女将さんと依頼の交渉を行った。

 煩い北嶋さんに右拳を掲げて黙らせながら。


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北嶋勇の心霊事件簿6~死霊の誘い~ しをおう @swoow

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