味わう地獄と見る死体

──おお、若頭はぶっ殺したか?

 先に安川の屋敷に群がっていた死霊達が、若頭を襲撃した死霊達を出迎えた。

──俺達の方も、組事務所の連中皆殺しにしてきたぜぇ~…ヒャハハハハハハハハハ!!

 組事務所で美木多達を皆殺しにした死霊達が得意気に話し出す。

 しかし、若頭に祟った死霊達は浮かない顔をしていた。

──どうした?失敗する訳でもないだろ?

 死霊達はこれまで安川組組員の殺害は全て成功していた。

 事故死に見せかけたり、自殺に見せかけたり、身内に殺させたり。

 弱かった生前の自分達が、死んで死霊となり力をつけた今、安川組の組員など敵ではない筈。

 ましてや自分達は霊能者も匙を投げる程の悪霊となっているのだ。

──殺し損ねた……

 若頭を襲撃した死霊の一人が俯きながらも言った言葉に死霊達は驚愕する。

──若頭如きに俺達が祓える訳がないだろう!?

──ぼ、僕達が…死霊が負ける訳が……

 騒然とする死霊達だが、若頭を襲撃した死霊達の傷が幾分治っているのに気が付く。

──お、お前等なんで傷が塞がっているんだ!?

 霊と化した自分達の傷が治るとは信じられなかった。

 一人の死霊が身体を震わせた。

──もしかして……北嶋って奴の仕業か?

 その死霊は北嶋の事務所で鉄を殺そうとして、北嶋に攻撃を喰らい、悶絶した死霊だった。

 あの時、霊の自分は確かに痛みを感じた。

──そいつが俺達に消毒薬をぶっ掛けて…

 北嶋がやった事を説明する死霊。流石にどよめく。

──お、俺達に打撃でダメージを与えたばかりか、傷の痛みまで軽くしただと…

──霊能者にすら恐れられた私達に、全く臆する事も無く…命令までするとは…

 そして最も驚いたのは…

──安川組組長の屋敷で待っていろだと!!?

 恐らくは北嶋と言う霊能者は、若頭に与えたダメージと同じ事を、生き残りに対して行うのだろう。

 死んだ…殺された自分達の無念も酌み、尚且つ死人をこれ以上出す事もなく。

 暫く迷った死霊達だったが、北嶋到着までは安川組の生き残りを殺すつもりで祟る事にした。

 そして死霊達は安川組組長の屋敷へと入って行った……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「………来たかぁ…」

 原因不明の病気で床に伏せている親父がいきなり起き上がり、玄関の方をジーッと見た。

「ど、どうしたんすか親父?」

 釣られて俺も玄関の方を見る。

 何も見えない…が、いつも漂っている腐った肉の臭いが濃くなって来ている……?

「峰康も…神山も…もう戻って来ない…猪狩、お前も逃げた方がいいぞ…」

 神山は事故死したが、峰康は入院中。

 若頭とその右腕が不在な今、それに次ぐ俺が引っ張らないといけない。

 その俺に逃げた方がいいとは、親父は安川組を潰すつもりなのだろうか?

 怪訝に思い、親父を見つめながら、懐に忍ばせておいた拳銃を取り出す。

「どんな敵が来るのか解らないが、これに敵う奴なんか居ないぜ親父」

 俺は拳銃を親父に見せつけた。絶対の自信がある、人を殺す為の武器を。

 しかし親父はゆっくり首を横に振る。

「あれはチャカやドスなんか通用する連中じゃない」

「拳銃や刀が通用しない?まさか幽霊って訳でもないだろ親父」

 高笑いする俺を余所に、親父は真剣な顔つきで俺を見ていた。

 笑うのをやめ、親父を見る。

「…冗談だろ?」

 親父は再び首を横に振った。

「じゃあ神山達が死んだのも、幽霊が祟っているって言うのかよ?」

 今後は首を縦に振った。

 俺は幽霊なんて信じるタチじゃない。祟られて死んだなど、絶対に信じられない。

「幽霊か。そりゃいいや。見えてくれたら有り難いってモンだぜ!」

 再び高笑いした。その時、深夜にも関わらず、座敷で待機していた連中が悲鳴を挙げた。

「出入りか?どこのモンだ?」

 俺は拳銃を構えながら座敷に向かった。

「コラァ!!誰…うぐっ!?」

 一瞬で身体中の熱が引き、カタカタと震え出す。

 座敷に待機している連中も、震えたり、小便を漏らしたり、吐いたりしている。

 座敷の中は、満員電車に押し込められたように、多種多様の死体が蠢き、俺達を見てニヤニヤと笑っていたからだ。

「なぁ!?何だテメェ等は!?」

震える腕で銃口を向けると死体の一人が俺に笑いながら口を開く。

──俺達か?俺達は死霊さ。安川組を呪い殺す為だけの存在だよ!!ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!

 死霊と名乗る死体達は一斉に笑い声を上げた。

「し、死霊?殺す為だけの存在?」

 舎弟の上田が腰を引き摺りながら、俺の足にしがみ付いた。

「あ、兄貴!!や、あれは俺達が追い込んだ奴等だ!!」

 俺達が追い込んだ?

 金払えなくなり自殺した奴等か?それとも、臓器を抜いた奴等か?

「何にせよ死んだ奴等なんか、いちいち覚えちゃいねぇよ!!消えな!!」

 震える銃口を向け威嚇する。

──そんな鉄砲で俺達が死ぬかよ?フヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ………

──とは言え、お前等に殺されて、もう死んでいるんだけどなぁ~……ギャハハハハハハハハハハ!!

 徐々に俺達に詰め寄る死霊!!

「く、来るんじゃねぇよ!!」

 乾いた音と共に銃口から煙が出る。ビビってつい引き金を弾いちまった!!

──死んだ俺達に鉄砲は効かないって言っただろう?

 しかしダメージは無く、相変わらずニヤニヤしながら詰め寄って来る死体!!

 俺は舎弟達と一緒になって、壁の隅っこまで追い込まれた。

「俺の命で終いにしてくんねぇかい!? 」

 威勢の良い言葉に反応し、俺達はそっちを見た。

 そこには床に伏せて動けない筈の親父が凛として立っていた。

「お、親父……!!」

 俺達を追い詰めて隅っこに固まっていた死霊達が、一斉に親父を見る。

──組長さぁん…心配しなくても殺してあげるよぉぉぉ…

──そうそう…一番最後になぁ…カカカカカカカカカカカカカカカ!!

――それまでのんびり見ているといいさ。アンタの可愛い子分どもが脅え、くたばる様をなあ…ヒャハハハハハハハハハハハハハ!!

 死霊達は嫌らしい笑みを浮かべて親父を眺めている。

「充分殺しただろう?俺は仕方ねぇ。だが、こいつ等は頼む!!」

 親父は死霊達に向かって土下座をした。

 痩せ細った身体をギシギシと軋ませながら。

──面倒くせぇなあ…一緒に殺すか?

――そうだな。どうせ全員殺すしな…

 死霊達の殺意が親父に向けられる…

 どうすりゃいいんだ!?あんな化物相手に、どう立ち回ればいいんだ!?

 考えるが何をどう考えていいのかすら解らねえ!!

 その時!深夜にも関わらず!思い切り玄関を開ける音と共に、ズカズカと土足で屋敷に入ってくる男と女!!

「安川組の組長さん。集金に来たぜ」

 呆気に取られる親父と俺達。何が起きたんだと状況を整理しようと試みる。

──き、北嶋!?

 死霊達が一斉に退いた。

 こいつ等が踏み込んできたらビビって退いた?

「あ、アンタは?集金とは…?」

 親父の質問に、男は紙キレを親父に突き出し、見せた。

 アレは何かの契約書か?そうなら…もしかしたらひょっとして…組の誰かがこいつ等を何とかしようと雇った奴等か?

 さっきまで絶望しかけていた心に光明が差した。だが、それは直ぐに『別の恐怖』に変わる事になる……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 突然現れた男が、俺に契約書を突き出した。

 玄関破損の弁償金は必ず支払う事…なんだこりゃ?解らない…請求金額は必ず支払う事?当然のような気もするが、俺達の成りで支払いを渋るかもしれないと思ったのか?こちらのやり方には絶対に従う事…俺達はそう言う事は素人だから、これも当然だが…除霊金は変動する事に不平不満は言わずに素直に支払う事…これが曲者っぽいな…そしてサインは峰康…筆跡も同じ…

「峰康がアンタに除霊を?」

 男は欠伸をしながら頷いた。

「取り敢えず1000万。くれよ」

 男は俺に手を伸ばす。

「ほ、本当に祓ってくれるなら…1000万くらい…」

 若いモンに命じ、金庫から金を出させた。

 その間、死霊達は男に怯えているような感じで、ただ一カ所に固まっていた。

「…アンタ本物のようだな…」

 男に金を渡す。これでこいつ等の命は守られた。安堵し、胸を撫で下ろす。

「確かに」

 男は金を受け取ると、全く何もせずに屋敷から出ようと踵を返した。

 ………え?

「あ、アンタ!!祓ってくれるんじゃ…?」

 男は再び契約書を前に突き出す。

「請求金額は必ず支払う事と書いてあんじゃん。『とりあえず』1000万は貰ったが、また取りに来るから金用意して待ってな」

 そう言うと、男は来た道を普通に戻って行く……!!

「ふ、ふざけんなよてめぇ!!」

 猪狩がチャカを男に向ける。

「猪狩!!やめ…!」

 俺が止める前に、男は猪狩にもの凄いスピードで接近していた。

「んなモンで、この北嶋 勇を脅しているつもりかヤクザモンが!!」

 男は猪狩の顎を思い切り蹴り上げた。

「ごはぁ!?」

 天井を向きながら、身体を浮かす猪狩!!大の大人の身体を浮かす!?

「ふざけてんのは俺かお前か?どっちだヤクザモンがあ!!」

 猪狩の足が床に付くと同時くらいに踵が顔面に落とされた!!

「ぎゃあああああああああああ!!」

 猪狩は鼻が折れたのか、もの凄い量の鼻血を撒き散らし、蹲った。

「あ、兄貴っっ!?」

 ぶっ倒れた猪狩を見た若いモン6人が、チャカを出したりドスを抜いたりし、男を取り囲む。

「死人にビビってやがる雑魚共に、この北嶋勇を殺れると思ってやがるのか!!」

 男は全く無駄の無い動きで、次々と若いモンをぶっ倒していった。

「な、なんて男だ……!!」

 俺が驚きながら組のモンがぶっ倒れていく様を見ている傍で、死霊達も怯え、震えながら男を見ていた。

 と言うか、組員を数分で全員のしてしまいやがった!!

 なんだこいつ!?その強さもさることながら、あの殺気!!

 怖え…この世界で武闘派として知られ、他の組にも一目置かれている俺が…

 たった一人の霊能者に恐れて身体が全く動かなくなっちまうとは…!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 組員をボコボコにし、一箇所に放り投げて見下ろす北嶋さん。更に組長に再びお金を請求した。

「組長さん、これじゃ1000万じゃ足りないな。もう1000万。今すぐ出せ」

「い、今すぐ?い、猪狩、金庫に残り幾らあった?」

 たった今ボッコボッコにした組員に命じる。

「流石極悪非道な安川組。結構な怪我を負った組員に命令して、金を確認させるとは」

 げらげらと小馬鹿にしたように笑う。

「……アンタにやられた中じゃ一番動けそうなのがこいつなんで…別に他意は無い…」

 俯き加減での反論。だが北嶋さんは鼻でふんと笑う。

「そいつが一番重傷な筈だがな?他の連中は黙ってパシらせているのを見ているだけか?随分偉いんだな?こいつの方が偉そうなのに」

 他の組員は北嶋さんの言葉に硬直するが、ただ震えて黙るだけ。

 そんな様子を死霊達はじっと見ている…

「……俺が一番動けるのは間違いねえ…ちょっと待ってろ。金を持って来るからよ…」

 一応組長と他組員を庇う姿勢を見せた。その姿はちょっとマズイな…

 少しして、さっきの組員がお金を持って現れた。

「……親父、500しか…事務所に行けばもうちょっとあると思うが…」

「そうは言っても残り500はねえだろ。アンタ、申し訳ないが今は500しか…明日来てくれれば、残り五百500払える。だから…」

 そのお金を北嶋さんに頭を下げながら渡す。北嶋さんはお金を受け取り言い放つ。

「待ってもいいが利子ってのが加算されるぜ?そうだな、大サービスだ。500パーセントで手を打ってやる」

 これはまた、随分と吹っかけたもんだ。案の定組長が青い顔を拵えながらも拒否する。

「流石に2500万は無い!そうじゃなくともウチはこの所、満足に動いてねえんだ!!」

「何言ってんだ?元金を忘れんなよ?500万の元金と利子500パーセントで3000万だろ。算数も出来ないのかよ?祟られてボケも始まったか?ザマぁねえな。はははははははは!!!」

 この挑発行為に組員が身を乗り出す。

「テメェ!!さっきから随分と…ぎゃあああああああ!!?」

 胸座を掴もうとした腕を取り、逆に捻った。だけどあの絶叫…

「猪狩!!腕…逆に向いているぞ!!」

 組長さんが真っ青になって叫ぶ。腕を折った。それもいとも簡単に。全く躊躇せず、冷酷に!!

「うるせえな?夜中に騒ぐんじゃねえよ」

 お腹を蹴って黙らせる。いや、黙る訳がない。もっと叫んだ。痛みと苦痛で。

「がああああああああああああ!!」

 北嶋さんはつまらなそうに舌打ちをして小声で呟くように言った。

「喉を潰せば少しは大人しくなるか?」

 それを聞いて黙った。歯を食いしばり、脂汗を掻きながらも黙った。

「あ、アンタそれは…」

「組長さんよりマシだろ?組長さんは騒いだ連中ぶっ殺してきたんだからな。まだこいつは生きているんだ。それでも俺を外道と言うか?」

 酷く冷たい視線を組長にぶつける。流石に黙ってしまった。その通りだから。その結果がこれだから。

「……兎に角…そんな金は無い…残り500ならなんとかだが…」

「払えないって事か?」

 かなり躊躇してから頷いた。

 同時に固まっていた他の組員に向き、爪先で蹴る。

「ぐはっ!!?」

 目を丸くし、その光景に見入る死霊達。

「別に金じゃなくてもいいんだ組長さん。こいつ等の内臓でも売って金にすれば済む話だし。契約通りにしてくれりゃ俺は何だっていいんだから」

──俺が安川組にやられた手口だ……

 遂に口を開いた!

 安堵した私の雰囲気を察知してか、北嶋さんが視線で制する。

 そうだ。まだまだ。ここからだ。油断は駄目。絶対に。

──そうだ…俺も家族をそうやって死なせてしまった…

 思った通り、他の死霊も喋り出す。生前自分がやられた非道な仕打ち、それが今、やった側が同じようにやられている。その姿にかつての自分を重ねて。

「て…テメェは鬼か!?そんな紙キレ一枚でごふっ!!」

 組員が言い終わる前に胸を踏み付けだ。

「お前等も同じ事やって祟られてんだろ?まさか自分達はやられないとか思っているのかよ?常にやる側だといつ錯覚した?お前等より強くて怖い奴はごまんといるんだよ。つうかお前等も覚えがあるだろ。言う通りにしなけりゃ言う通りにするまでぶん殴る。蹴っ飛ばす。結果くたばってもくたばった方が悪い。違うか?」

 組員を見る北嶋さんの目は、凍り付くように慈悲も見えない。

 全く譲歩を許さない目をしている。

 その光景をある種の後悔の念で見ていた死霊達。

 ここだとばかりに懐に忍ばせていた札を取り出し、近くの壁に貼った。

 私は心で死霊達に向かって語り掛ける。

(その御札に描かれている梵字…北嶋さんを見て、祟るのをやめる決意をしたら、そこへ入りなさい。地獄行きは免れないけど、罪は軽減できるよう、取り計らっているから)

 死霊達はお互いに顔を見せ合い、躊躇し合う。

──しかし俺達は安川組を全滅させるまでは……

 死霊が言い終える前に、ドカッと鈍い音がした。

 再び北嶋さんの方を向く死霊達。成り行きを見守るように、じっと見る。

「埒が明かないな?じゃあこうしよう。お前等生命保険入っているか?それを全部寄越せ。勿論家族の分もだ」

 組員を蹴りながら、物凄い利子を計上した北嶋さん。死ねと、自分達だけじゃなく家族も死ねと言っている。

「それはあまりにも酷過ぎやしませんかい!?」

 声を荒げる組長を無視し、再び近くの組員を蹴る。

「ぎゃあっ!!」

「除霊金は変動する事に不平不満は言わずに素直に支払う事と明記してあるだろう?利子が払えないって言うのなら、金がないって言うのなら作ればいいだけだろう?」

 やはり冷たい目をしながら組員をゴミのように蹴りながら言い放った。

──ああやって俺は殺された…死体は山に埋められたんだ…

 死霊の一人が御札に入って行く。

 見えない北嶋さんは、死霊を無視して蹴り捲る。

「も、もう勘弁してくれぇぇえ!!」

 組員が北嶋さんから逃れようと、玄関に向かって走り出す。

 それを見逃さず、組員の髪を引っ張り、そのまま床に叩き付けた。

「ぎゃあああ!!こ、腰がぁぁあああ!!!」

 可哀想に満足に受け身も取れずに転げ回っている。

「逃げるなチンピラ…逃げたらこの場でぶち殺す!!生命保険も諦めて、ただの肉片にしてやらぁ!!」

 そう言いながら脚を踏み抜く。

「ぎゃああああああああ!!!」

 組員の脚はおかしな方向を向いてしまった。とんだ残酷物語だが…

──そうだ…逃げたら殺された…俺一人に寄って集って暴行を加えたんだ…俺は海に沈められたんだよ…

 また一人、御札に入って行く。

「ま、待て!!か、金は今は無い!!この屋敷の権利書だ、持って行け!!」

 組長は北嶋さんに家の権利書を投げ渡した。

──俺の家も、ああやって取られたなぁ……

 死霊がまた一人、御札に入って行く。

 堰を切ったように御札に流れ込んで行く死霊達。

 無念は消えないだろうけど、少しは救われたと思う。

 自分達を苦しめ、殺してきた安川組が、たった一人の男に、自分達がされた事と同じ苦しみを味わされているのだから。

 権利書を無造作に畳み、私に目配せをする。私は北嶋さんの後に続いた。

「また来るぜ組長さん。この屋敷を金に代えた後にな」

 そう言って、屋敷から出て行く。

 ボロボロになった組員に全く目を向ける事無く。ただ普通に歩いて出て行った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「な、なんて野郎だ…!!親父、正気か!?あんな男に権利書を渡すなんて!!」

 ボロボロになりながらも、俺に詰め寄ってくる猪狩。

 精一杯の作り笑いを拵えて言う。

「俺達はもっと酷い事をしてきたんだ。だからいいのさ」

 こんな様になって漸く気付いたが、もう遅い。俺は兎も角、こいつ等は何とかしないと…

 部屋の隅に目を向けると、死霊達が半数程消えていた。

 こちらのやり方には絶対に従う事…契約書には、確かにそう明記していた。

 あれがやり方なのかは解らないが、確かに死霊は消えていった。

「命があるだけでも良しとしようや」

 動ける組員を促し、荒れてしまった部屋を片付ける。

 その間も死霊が俺達を見ている。

 襲って来る訳でもなく、からかって来る訳でもなくただ見ている。

 あらかた片付けが終わった時にはもう3時を越えていた。

「もう3時過ぎか。少し休めお前等」

 死霊に怯えている組員は首を横に振る。

「奴等まだ居ますぜ!!殺されちまう!!」

「そ、それにおっかないわ、痛ぇわでとても眠れやしませんぜ!!」

 半分に減ったとは言え、襲って来る素振りを見せないとは言え、死霊は俺達から目を離そうとせずに、ジッと見ている。

 そして腕を折られた猪狩、脚を折られた上田の事がある。

「寝ないと保たねぇぞ。猪狩、上田、病院行って来い」

 猪狩は首を横に振る。

「こんな状況じゃ病院に行けねえ。上田、お前は行って来い。俺はこいつ等を見張っているから」

「お、俺だけっすか…」

 戸惑う上田。本当は猪狩にも行って欲しいが、此処で問答する時間も惜しい。

「そうか。じゃあ上田、裏口から出て行け。もしもあの男に見つかったら面倒な事になるかもしれねえからな」

 やはり躊躇した上田だが、折れた脚の痛みには逆らえずに、最終的には言う事を聞いた。

「後はお前等、少し休め。仮眠くらい取らねえとな」

 組員に寝るように促す。

 その時!再び玄関を遠慮無しに力いっぱい開け、やはり土足でズカズカと入って来る男と女!!

 流石に驚き、口を閉じるのを忘れてしまった!!

「組長さん。金出来たかい?」

「ななななな!!何を言っている!?屋敷の権利書をやっただろう!?」

 金に代えてから来ると言った筈じゃ!?

「て、テメェ…ま、また来やがったのか…」

「ひぃぃぃぃぃい!!も、もう勘弁して下さいいいい!!」

 男から素早く引き下がり、身構えたり土下座したりと、完全にビビっているウチの組員。

 そして先程まで静かだった死霊達が、急にざわめき出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺はいきなり現れた霊能者を名乗る男に脚を折られて、安川組行きつけの病院に行った。

 本当は鼻を折られて、腕も折らた猪狩の兄貴も来なきゃいけなかったんだが、病院を拒否した。

 猪狩の兄貴は本当に格好いい。

 みんなビビっていた幽霊に発砲したのも兄貴だし、霊能者にチャカを向けたのも兄貴だ。勝てる相手じゃないのは解っていた筈なのに。

 ベッドの上で自分の力の無さを歯痒く思い、痛む脚と重なり、涙を流した。

 その時、腐った肉の臭いが、俺の病室にプンと漂った。

 ビビって飛び起きた。この臭いは、さっき組長の屋敷で嫌って程嗅いだ臭い…

 暗闇を凝視し、一点を見つめると…奴等は居た。居たが…屋敷にいた時より怖くない…

 なんでだ?と疑問に思ったが、それはそいつ等のツラを見て解った。

 なんつうか、屋敷の時よりも晴れたツラを拵えていたから。

──お前等命拾いしたなぁ…

 ドキッとし、身体が震えた。話掛けられたからじゃない、そいつらの姿が霞がかったように消えて行くからだ。

 さっきまで、あんなに見えていたのに……?

──北嶋がお前等をぶちのめさなかったら、今日は無事でも、いずれは死んでいたぜぇ~…

 声だけ聞こえる幽霊が、あの霊能者のおかげで命拾いしたと言った。

──俺達の無念を少しばかり晴らしてくれだんだなぁ…

──生きていた時には、お前等を怖がって何もしなかった…

──だが、あの霊能者は生身でお前等をぶち倒した。しかも楽々な

──殺したのはお前等だが、死んだのは自分の弱さのせいだった

 幽霊は安川組組員や、その家族を祟り殺す存在だった。

 だけど、生身で俺達がした事と同じ事をやった霊能者に、生前の自分達が戦わなかったか思い知ったと後悔している。

 そして、俺達も、やられる側に立つまでは、やられる『痛み』が解らなかった…

──俺達は地獄に先に行くが、お前等はまだ来られない。先に行っているぜぇ……


 腐った肉の臭いが消え、暗闇は再びただの暗闇に戻った。

 地獄に行く…か…きっと俺も、俺達も地獄に堕ちるんだろう。

 生きていて良かったと言う思いと、奴等に申し訳無いと言う思いが俺に芽生えて、今日から奴等の為にお経とか詠もうと決意した……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ふう、朝までヤクザモンをいたぶらなきゃならないってのも結構キツいなぁ。

 朝にはこいつ等しょっぴかれる事になるからなぁ…

 なんか組事務所からドラム缶に入っていた死体が見つかったそうじゃないか?

 ビルの下には飛び降り死体が2つあったと言うし。

 菊地原のオッサンに電話で朝までパクるのをやめて貰ったのは良しとして…

『もし、北嶋君が殺したりでもしたら、流石に私も庇いきれないからなっ!!』

 と、ものすげー釘を刺されちまったし…

 婆さんから直接連絡取れって言われてから、初めてポリのお偉いさんと話をしたが、こうも制約が多いとグッタリするぜ。

 せめて2、3日は欲しいんだけどなぁ…

 つか、簡単に殺しなんかするかっつーの!!俺もそのくらいは分別付いているよっ!!

 あれか?お父さんは心配症か?少女マンガかっ?

 なに?お父さんは心配症って何だってか?

 説明面倒くせーから自分で調べな。

 まあ、お父さんは心配症は置いといてだ。

「組長さん、早く追加の金くれよ」

 そう、組長に金を要求する。

「だ、だから明日まで金は無いと…」

 俺は近くにいた、さっき腕を折ったヤクザモンに蹴りを入れた。

「げえぇぇぇ~!!!」

 ヤクザモンは腹を押さえて蹲り、ゲロを吐く。

「困るんだがな組長さん。できない約束するんじゃないよ?」

 再び蹲っているヤクザモンをドカドカ踏み付ける。

「がああああああっ!!!」

 ヤクザモンは抵抗もできず、ただ丸くなっていた。

「ま、待て!!だから明日朝一番に来てくれたら……おいっ!?」

 言い訳なんか聞かずに、1ヶ所に固まっているチンピラを片っ端から踏み付けた。

 チンピラは所々から血を流し、泣いているが、正直野郎が泣いているのを見ても、まっっっっっったく心が痛まない。

 時々神崎に目を向ける。

 神崎は首を横に振る。まだ札に入っていない死霊もいるって事だ。

 結構焦った。

 朝までに死霊が全て札に入ってくれないと困る。

 北嶋勇は契約遂行率100パーセントでなければならない。

 ヤクザモンから請けた依頼を遂行し、尚且つ、死霊の無念を晴らしてやらないとならない。

 戦う意味を少しでも見出さないと、俺はやる気が全く起きないのだ。

 あーちくしょう!!早く札に入れよ面倒くせーなぁ!!

 苛立ちながら、這いつくばっているチンピラ達を踏み付けた。まあ、八つ当たりに近い。

 ゲシゲシと踏みつけている最中、組長が口を開いた。

「よし解った!!これを持って行け!!売れば200万にはなる!!」

 そう言って俺には価値がサッパリ解らない掛け軸を渡す。

「そんなモン、本物かどうか解らないだろう?」

 そう言ってつっ返す。

 いや、掛け軸が本物かどーかなんて知らねーよ!!どうでもいいよそんなモンはっ!!

 神崎に目を向ける。

 パーを作った手を俺に向ける。

 あと5人…じゃなく5死霊か…

 金出すまで蹴るのもなぁ。死んじまったらヤバいしなぁ…

「偽物だったら俺の首を取るがいい!!」

 俺が考えているその時、親分がなかなかカッケー啖呵を切ったではないか!!

 うむうむ!その心意気に免じて、受け取ってやろうか!

 って、違う!!そうじゃないって俺!!

 死霊を札に入れるのが目的だっつーのっ!!

 危うく目的を違える所だったぜ。

 流石は組の頭だけはある。この北嶋を謀るとはな…

 俺は組長にニヤリと笑い掛けて、やはり掛け軸を受け取った。

「仕方ないから貰って行くぜ。また来るぜ組長さん」

 そのまま屋敷から出る。慌てて俺の後を追う神崎。

 眠さも手伝って、苛々していた俺は、玄関の戸をバチコォン!!と思い切り閉めた。

 去り際にチラッとチンピラを見たが、あからさまにホッとしていた。

 テクテクと夜道を歩き、自販機の前に立つ。

「駄目…かなり御札に入ったけど、残り5人が頑固だわ…」

 神崎が疲れたように首を振る。

「頑固だぁ?ふざけやがって幽霊の分際で!お前等の無念変わりに晴らして、更に死んでからの所業を軽減してやろうってのにっ!!」

 あんまりムカついて、コーヒーのボタンを押し間違えてサイダーを買ってしまった。

「ゴメン、私にお茶買って貰える?」

 神崎の一言で、サイダーを神崎に押し付けて、新たにコーヒーを買うと言う俺のプランが見事に崩壊してしまった。

「か、神崎、サイダーはどうだ?」

 一応聞いてみるが、神崎は首を横に振る。

「炭酸って気分じゃないから」

 やはり俺のプランは崩壊したままだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「その掛け軸はどうするの?」

「掛け軸は…ゲプゥ…仕方ないから持って来ただけだ…ゲェェプ…別に要らないが、つか、あっても邪魔だから、これを依頼金としよ…ゲェェプゥゥ!!うか?」

 北嶋さんがゲップを凄く出しながら話をするのだが…

 ハッキリ言って汚い。凄い不快だ。

「サイダー飲んでから話してよ…」

 お茶を一口飲み、ペットボトルのキャップを閉める。

「ゲェェプ…大丈夫大丈夫…ゲプゥ…」

 ちっとも大丈夫じゃないのに、ゴクゴクとサイダーを飲む。

「そのゲップが不愉快なのよっ!おかげでお茶飲めなくなったじゃない!」

 現に私は飲む気を一気に失ってしまった。

 慌てて北嶋さんがサイダーを飲み干す。

 本当に、こんな人が、死霊達をよく納得させられるものだ。

 今回の依頼はお金の問題じゃない。

 北嶋さんはやったらやり返されると言い、最初は請けようとはしなかったが、事情が変わり請ける事にした。

 まぁ、その事情が、ちょっとオカシイけど。と言うか導いたのは私だけど。

 しかし、自分のポリシーを貫き通す北嶋さんは、ただ祓うだけはしたくなかった。

 だから死霊の受けた苦しみを少しでも安川組に味合わせ、いかに自分達が非道だったか、そして生前に戦わなかった死霊達が、いかに愚かだったかを思い知らしめてやりたかったのだ。

 北嶋さん曰くどっちもどっち。なんか妙に納得してしまった。

「北嶋さんにしては、面倒な祓い方を選んだわね」

 霊の無念を代わりに晴らすのも除霊の方法の一つ。

 北嶋さんなら面倒がって、草薙でバッタバッタと斬り倒すかと思ったのだが。

「普通に祓うの癪だからな。ヤクザモンにも、それ相応の対価を貰わないと気がすまん」

 ガクッとした。

「癪って…」

 北嶋さんは真顔で続ける。

「ヤクザモンは俺に力付くで祓わせようとしたんだぞ?普通に祓ったら、俺がヤクザモンに泣かされて祓ったような気分じゃんか?」

「気分って…」

 気分で除霊方法を変える霊能者って…

「で、でも、結果死霊達も罪が軽くなるのを見越して…」

 私の中では、北嶋さんの行動に辻褄を合わせようと躍起になっていた。

「死霊も結局自業自得じゃねーか。本来なら問答無用でぶった斬る所だが、まぁ成り行きか?」

「成り行きねえ……」

 成り行きで面倒な除霊方法を選択する霊能者って…

「まぁ、死霊の奴等はヤクザモンや関係者だけしか殺してねーから、温情ってトコか」

 そう言いながら、北嶋さんが再び歩き出した。

「北嶋さん、どうしたのよ?」

 慌てて北嶋さんの後を追う。

「いや、組長の屋敷に取り立てに行かないと」

「あれから15分しか経ってないよ?」

 先程掛け軸を貰った時から僅かの時しか経っていない。

 まぁ、二度目の時もそうだけど。

「あと5人だろ?眠いからチャッチャと片付けて寝ようぜ」

 自分で面倒な除霊方法を選択しておいて、なんて自分勝手な人なんだ!!

「そんな簡単に御札に入ってくれないよ!!」

「朝になったら仕事のリミットだ。除霊失敗は非常に困る。だから朝まで何度も取り立てに行くさ」

 最早意地になってしまった北嶋さんだが、その姿勢は好感が持てる。

「仕方ない。朝までトコトンやっちゃいましょう!!」

 霊の気持ちを汲むならば、北嶋さんは間違えてはいない。

 安川組の組員達の心が完全に折れている今、残りの死霊は組員を殺すかもしれないと言う心配もある。

 依頼達成率100パーセントが北嶋心霊探偵事務所の誇りなのだから。

 そして組長屋敷。北嶋さんが遠慮無しで思いっ切り玄関を開ける。

 深夜なのにも関わらず、遠慮を全く見せない。ご近所もあるだろうに。

「組長さん。金取りに来たよ」

「ひゃあああああああああああ!!!」

 遂に毅然(?)と対応していた親分さんも悲鳴を上げて丸くなった。

「ま、また来やがったあぁぁあ!!」

「も、もう蹴らないでぇぇぇえ!!」

 組員達も北嶋さんを見るなり隅に逃げ、身体を丸める。

「金さえ出せば、もう来ないよ?」

 北嶋さんが組長達に詰め寄る。

「あ………」

 死霊達の姿が見えない?

 私は御札を視た。

「……全て行ったのね…」

 北嶋さんにその旨を伝えようとした所…

「だぁかぁらぁ!!金だよ金!!契約違反はいけませんよ!!」

 そう言いながら張り切って組員に蹴りを入れていた。アレ少し間違ったら死んじゃうんじゃ?

 まあ兎も角、やめさせようと言葉を発する。

「北嶋さん!終わったわ!!」

 ピタリと北嶋さんが止まり屋敷の権利書と掛け軸を組長に投げ渡す。

「依頼は遂行した。最初貰った1500万は依頼金として貰うが、家と掛け軸は返すよ」

 北嶋さんは大きく口を開けて欠伸をし、侮蔑に満ちた瞳を組長達に向ける。

「お前等、良かったな。命『だけ』は助かってさ」

 そう嫌味を言って屋敷から出て行く。

 後に続く私は、最後に組長等を見る。

 彼等は、金と暴力の世界に生きてきた者とは思えないほど衰弱し、ボロボロになって震えていた……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


──全部か!?

 我は札から『来た』未練有る者共を見渡す。

 未練有る者共は、我の姿を見るや否や、我を畏れ、小さく固まった。

──勇も尚美も海神の我には管轄外の事を願いおって…

 我は苦い顔で愚痴りながらも、蒼い光で道を作った。

──未練有る者共よ!!我の翳した道を歩くがよい!!さすれば罪が軽減されるよう、閻魔羅闍には話を付けておる!!

 未練有る者共は、蒼い道をゆっくり歩き、地獄へと向かった。

 閻魔羅闍はいきなり訪ねて来た我に驚きながらも、亡者の無念を代わりに晴らすとは、なんと見上げた人間だと減刑を受け入れてくれたのだが…

 実は勇が普通に斬ってあっさり片付けるのが癪だからとは言えず、我はただ、黙って頷く他無かったのだ。

 何故か勇の願いは叶えてしまう。あの工事の時も言ったが、管轄外の仕事などしたくはないのだが、やはり行ってしまう。

 尤も、奴等は霊道を造る事も、閻魔羅闍に話しを通す事も出来ぬ故、致し方なしの所もあるが…

 閻魔羅闍…閻魔大王の方が通りが良いか…あやつにも借りができてしまったし…

 だが、我は何か、胸に霞が掛かっているような気分ではあったが、何故か嫌な気分はしなかったのだ。

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