北嶋、動く

 肌寒くなり、目が覚める。

 暗闇に目が慣れ、辺りを見る。

「布団がはだけているぞ幸雄」

 痛みで身体が思うように動かないが、看護士に運ばせたベッドに寝ている幸雄に毛布を掛けようと手を伸ばす。

「妙子に全部取られたか」

 クックッと笑う。

 幸雄の隣には妙子が軽い寝息を立てて眠っているが、毛布を全身にクルクルと巻き付けていた。

 妙子を起こさないよう、慎重に毛布を剥ぎ取る。

「…ん」

 起こしちまったか。

 もう遠慮しないで強引に毛布を奪った。

「あ、幸雄にね…」

 身体を起こし、毛布を取りやすいようにした妙子がそのままの姿勢で固まった。

「どうした?少し避けてくれよ?」

 妙子がカタカタと震えだした。

 目を見開き、幸雄を強引に自分に引き寄せ、力いっぱい抱き締めた。

「何をやっているんだ?起こしちゃっただろうが」

 俺の言葉を聞きもしないで幸雄を抱き締めて震える妙子。当然、幸雄が目覚める。

「ん~…」

 目を擦って不機嫌な感じの幸雄に声をかけた。

「起きちゃったか。ついでにオシッコしに行くか?」

 幸雄はボーっと俺を見ている。

 突然、目を見開いて妙子に力いっぱいしがみついた。

「どうした?」

 妙子も幸雄も何かに怯えているように、寄り添い、震えている。

 何か背中が嫌な感じになる……

 あの…肉の腐った臭いが強く感じる……

 俺は思い切って振り向いた。

「ぐうぅ!!」

 出そうになった悲鳴を無理やり飲み込んだ。

 俺の後ろには首を吊って長らく放置されたのか、やたらと首が伸びていて、ツラ中ウジ虫が這っている死体が…

 内臓を摘出されたのか、身体中継ぎ接ぎの手術痕のある、真っ青になっている死体が…

 ガソリンでもかけられたのか、真っ赤に焼けただれ、皮膚がベロベロと捲れ、水疱すらも潰れて汁を撒き散らしている死体が…

 いずれ、まともに死んでいない、殺された、もしくは自殺した死体の群れが、個室中にひしめき合っていた。

「テメェ等が死霊か!!」

 俺は妙子と幸雄の前に壁となり、立ち塞がった。

 同時に幸雄が泣き、妙子が叫ぶ。

「うわあああああん!!」

「ぎゃああああああ!!」

 死体達は嫌らしく笑みを浮かべながら、ジリジリと俺に近付いてくる……!!

──ヒャハハハハ……さすが安川組の若頭…悲鳴を挙げないのはアンタが初めてだぜぇ~…

──それでもくたばるのは変わらないけどなぁ~…ゲハゲハゲハゲハゲハゲハ!!

 俺は松葉杖を取り、構えた。

「女房、子供には近付くんじゃねぇ!!」

──安心しろよ若頭さぁん…ちゃあんと奥さんと子供も殺してやるよぉ~…

──お前等が俺達にやってきたみたいになぁ…ギャハハハハハハハハハ!!

 死体達が一斉に俺に手を伸ばしてきた。

 殺させる!!絶望しながらも家族の為にと松葉杖を振り翳す。

 その時!深夜なのにも関わらず、バン!!と個室のドアを遠慮しないで力いっぱい開いて侵入してきた奴がいた!!

──なんだ?

──誰だあいつ?

 死体達はそいつ等を見て、首を傾げた。

 俺もドアを見る。

「て、テメェはっ!?」

 俺は驚きながらも動揺し、恐怖を覚えた。

 深夜、普通に個室に入ってきたのは、昼に俺をこの病院に送った心霊探偵…北嶋だった!!

「よお、ヤクザモン。玄関の金、受け取りに来たぞ」

 ズカズカと個室に普通に入ってくる北嶋!!死体達を普通にすり抜け、全く感じていないように!!

──な、なんだこいつ!?

──こ、こいつは昼間、仲間をぶん殴った奴だぜ!!

 北嶋の周りにいた死体達が一斉に北嶋から離れた。

 後ろから結構な美人の女が険しい顔をしながらついて来る。

 パイプ椅子を2つ広げ、どっかと座る北嶋と女。この死霊達を前に全く動じる事も無く。恐怖も見せず。ただ堂々と座っている!!

「て、テメェ……玄関の弁償金を取りに、わざわざ深夜に……!!」

 身体が震える。

 今さっき、俺を殺そうとした死体達よりも、北嶋に恐怖を感じている。

 女が黙って北嶋に書類を渡した。北嶋はそれを俺に放り投げた。

「その契約を全て飲むなら命だけは助けてやるぞヤクザモン。無論、お前の家族も、安川組の生き残りもな」

 俺は北嶋に放り投げられた契約書を月明かりを頼りに読んだ。

 この状況にも関わらず。咄嗟の事だったから…いや、野郎がおっかねえから言われる通りにしたんだろう…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋さんに言われて作った契約書の内容だが…

【以前お申し込み頂いた除霊の件ですが、以下の条件にて請け承ります。

 ・玄関破損の弁償金は必ず支払う事

 ・請求金額は必ず支払う事

 ・こちらのやり方には絶対に従う事

 ・除霊金は変動する事に不平不満は言わずに素直に支払う事


 北嶋心霊探偵事務所所長  北嶋 勇】

 

 特に問題はないように感じるだろうが、これは私が内容を突っ込んで作成しなかったからだ。

 実はハッキリ明記していたが、それでは依頼は断られ、もしかしたら安川組に力付くで除霊依頼される事になる。

 北嶋さんがやられるとは思わないが、力付くで向かって来られた場合、若頭の子供も北嶋さんは見殺しにしてしまうだろう。

 北嶋さんはブーブー文句を言っていたが、私が宥めて宥めて、おだてておだてて、この内容にしたのだ。

 実際、金額が変動するって所に気がいくかとは思うけど、死霊の数と北嶋さんの力を見れば、『その場かぎりでは』サインをするだろう。

 後は若頭が、そして安川組の生き残りが、どんな酷い目に遭うかだ。勿論、北嶋さんに。

 そして、それを見た死霊がどんな反応をするかだ。

 若頭がその契約書を読んで苦笑いをする。

「テメェは金、金、金……そんなに俺達が信用できないか!?金は払う!!テメェの欲しいだけな!!こんなモンなくっても!!」

 若頭が契約書を北嶋さんに投げ返す。

 パイプ椅子に座っている北嶋さんは微動だにせず。

「信用されると思ってんのお前?随分目出度いな?お前みたいな奴なんか信用できる筈も無いだろ。それとも自分は信用に値する人間だと思ってんのか?だとしたら自意識過剰だぞ。誰もお前なんか信用しねーよ。信用している振りをしている奴は大勢いるんだろうけどな。それにさ、お前等自業自得の馬鹿を助けるのにモチベーション上がらなくてさぁ。玄関だけ弁償してくれりゃ、俺は手を退けるんだよなぁ」

 腕を組み、ふんぞり返っている北嶋さん。つか言い方が的確過ぎる。若頭のこめかみが脈を打っている。

「げ、玄関?ウチの人が壊したのですか!!わ、解りました!!」

 震える手で、抱き締めた子供を決して離さず、財布をバックから取り出し、北嶋さんに渡す。

「なんだよ?いっぱい入っているな。悪い事すれば金持ちになれるんだな?」

 嫌味満載な北嶋さんは財布から10万程取り出し、領収書を書いて返した。

 安堵した顔の奥さんだが、続く言葉に真っ青になる。

「さて、玄関も弁償して貰った事だし、帰るぞ神崎」

 立ち上がり、病室から出て行こうとする北嶋さん。当然私もそれに倣う。

「て、テメェ!!助けるって言ったじゃねぇか!?」

 慌てて引き止めようとする若頭。

 北嶋さんが助ける気が無いと思ったのか、死霊達はにやけながら若頭に群がって行く。

「だから、俺は玄関だけ弁償して貰えばいいんだよ。お前契約書にサインしてねーだろ?」

 冷たく、簡単に突っぱねる北嶋さん。死霊達は若頭の身体にビタビタと触り、頭を押さえ込んだりしていた。

「だからサインなんかしなくても…ぎゃあ!!やめろ!!あ、アンタも目を瞑っていないで何とか言ってくれ!!」

 若頭が私に助けを求めてきた。だけど、私は今、集中力を切らす訳にはいかない。

 私は新術発動の為に集中している最中なのだ。

 見えない北嶋さんに絵を描いて、標的を教えるのにも、霊の数が多すぎる場合はかなりキツい。

 しかし、私は念写ができない。いや、多少は覚えがあるけど、使えない念写だ。

 数多い霊の相手をする為には、北嶋さんにも『視える』状態にした方がベストだ。

 そこで新術『代替の目』だ。

 これは私の見た物を、北嶋さんに見せる…と言うか、脳内に描かせる。

 言うなればテレパシーだが、私の意識は全て北嶋さんに向けられる為に、術発動中は私は完全に無防備となる。

 つまり、敵が向かって来た場合、私は全く対応できない、かなりリスクのある術だ。

 それ故に、視せる相手に完全なる信頼が無い場合、術は無効になってしまうのだ。

 言うまでもないが、私は北嶋さんを完全に信頼している。

 術発動中に死霊が私に向かって来ても、北嶋さんが全部葬る。

 北嶋さん…後は頼んだわよ!

「代替の目……」

 新術が発動したと同時に感激する北嶋さん。

「おおー視える視える!やっぱりすげー数の死霊だなぁ。お前、本当に恨みを買い捲ってるんだなぁ!!」

 北嶋さんは愉快そうに若頭を見た。

「た、たすけ…ぎゃあ!!」

 死霊に頭に手を突っ込まれ、脳みそを掻き回されながら懇願している。

「じゃ、サインくれよ」

 床に落ちている契約書を拾い、若頭にボールペンと一緒に渡した。

「書く書く書く書く書く書く!!痛ええええええええええええええええええ!!!」

 脳みそを掻き回されながらも、サインを書いて北嶋さんに渡した。

「依頼承った。命だけは助けよう」

 北嶋さんは、再びパイプ椅子にどっかりと座った。

「てぇ!テメェ!!助けるとぎゃああああああああああああ!!!」

 頭を押さえながら転げ回る若頭を、北嶋さんは涼しい顔をしながら見て言った。

「命『だけ』は助けてやる、と言っただろう?」

「きたきたきたきたきたきたきた北嶋ぁぁぁあ!!やくやくやくやくやく約束を破りやがって!!」

 若頭の目玉が激しく上下し、口から涎を流し始めた。

「あ~ん?約束を破った?まだ破ってないだろヤクザモン。お前はまだ生きているだろう?」

 北嶋さんは全く動く素振りも見せず、ただパイプ椅子に深く腰をかけて傍観していた。

──なんだこの霊能者?本当に助ける気がないのか?

──もしかして、実は弱いんじゃねぇか?

──ついでに殺しちまおうか?

 北嶋さんを侮った死霊達が、2、3人私達に襲い掛かってきた。

 北嶋さんは立ち上がって向かってきた死霊達にパンチを入れた。


 ブシャッ


 私に一番近い死霊の身体半分が吹っ飛び、腐肉と腐汁が飛び散った。

「俺の女を襲おうなんてこの馬鹿野郎が!!もう一度ぶっ殺してやるぁぁぁぁああ!!!」

 北嶋さんは倒れた死霊を何度も何度も踏みつけた。


 グチャッ!!グチャッ!!グチャッ!!


 肉がグチャグチャになり、嗚咽する死霊。

──ウェェッ!!ぎゃあああ!!やめ…ぐはあ!!

 向かってきた残りの死霊達が、私達から一歩、二歩と後退る。

──な、なんで俺達死霊に痛みを感じさせられるんだ?

──わ、解らないが、アイツヤベェぞ!!

 辺りに蠢いていた死霊達が一斉に怯み、動きを止める。

 北嶋さんは死霊達を睨み付け死霊達に向かって歩き出す。

「もう一度死にたい奴は向かって来いよ」

 北嶋さんの前に道が開くように、一斉に退く死霊達。

 死霊達は完全に北嶋さんを恐れた。

 こう言っては失礼だが、彼等は生前に生きる事に疲れて自殺した人達や、殺される最中、ただ許しを乞おうとして泣いていただけの人達。生前に戦う事を拒否した人達だ。

 死霊となった今、かなりの力を付けただろうが、根本的には生前と何ら変わらない。

 そんな人達が北嶋さんを倒せる訳がない。向かって行ける訳がない。

 そうこうしている間、若頭の様子が急変した。

 執拗に脳みそを掻き回された結果、若頭の精神が壊れた。

 ヘラヘラと笑い、目は焦点が合わなくなっていた。

「お?壊れたかな?そろそろ止めるか」

 北嶋さんは若頭に纏わり付いている死霊達を、単純に力で引き剥がした。

──うわあ!?

──ひいっ!!

 引き剥がされた死霊達は、北嶋さんを震えながら見ていた。

「悪いがな、もうやめて貰うぞ。契約したからさ」

 北嶋さんは若頭に平手打ちをする。

「うぇっへっへっへ~……うへえ~…」

「気付けのビンタにも反応せずか。約束通り命は助けた。尤も精神は壊れちまったが、お前等もこれくらいで勘弁してやれ」

 北嶋さんはニカッと笑い、死霊達を見る。死霊達は何も言わず、スゴスゴと引き下がる。

「ああ、女房、子供は許してやれ。その代わりっちゃーなんだが、少しばかりお前等に礼をしてやろう」

 北嶋さんは病院からくすねた消毒液を死霊達に浴びせた。

──ぎゃああああ!!

──し、染みるっっ!!

 だが、消毒液を浴びた死霊達は、本当に多少だが傷が治ったのだ。

──え?な、何故?

──身体を持たない俺達が?

 かなり驚く死霊達。理解できない様子だ。無理も無いけど。

「だから、ささやかな礼だって。じゃあ後で安川組でな」

 死霊達はキョトンとしている。さっき起こった事も含めて理解が追い付かないのだろう。

「行くんだろ安川組に?んで、仲間に言っとけ。俺が到着するまで殺すなってさ。ちゃんと礼はするからさ」

 北嶋さんは死霊達にシッシッと手で追い払う仕草をした。

 死霊達はそれに応えて姿を消した。微妙な空気を残して。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 死霊達が去ったのを確認した俺は、神崎に術を解くよう指示をした。

「解っているわよ。視ていたからね……」

 チラッとヤクザモンに目をやる神崎。

 ヤクザモンはベッドの上で正座してヘラヘラ笑っていた。よく見たら小便も漏らしているようだ。ヤクザモンの嫁も、カタカタ震えてヤクザモンを見ている。

 嫁に抱かれている子供が俺を凄い目で睨み付けていた。

「どうした子供。そんなおっかない顔して?」

 子供が唇を噛み締めて睨み付けていたが、それでも漸く口を開いた。

「…なんでパパを見殺しにしたの?」

 ああ、そう言う事か。

 子供にはヤクザモンの素性なんか関係ない、単なるお父さんなんだよな。

 まあいいや。俺は子供とは言え真実を言う男!!遠慮なく話そうか!!

「お前の親父は奴等を殺したから祟られた。自業自得だ。殺されなかっただけでも良しとしろ」

 パイプ椅子を畳み、病室を出ようとする俺達を止めるように大声を出す子供。

「おじさん強いじゃんか!!オバケも少し助けていたのに!!」

 深夜に大声を出すとは、なんと躾がなっていないガキだ!!

 俺は子供の近くに行き、優しく注意した。

「うっせーぞガキ!!ヤクザモンは人殺しばかりか躾もちゃんと出来ねーようだな!!つか、誰がおじさんだ!!お兄さんと言え!!」

 口を閉ざすも、やはり俺を睨み付けるガキ。

 子供と呼んでやるのも礼儀だが、こんな馬鹿ガキに礼儀はいらん。今からガキと呼ぶ事にした。

「いいかガキ!!お前の親父は奴等を殺した。だから当然の報いだ。だが俺は奴等を止めた。仕事としてな。しかし、それじゃ奴等もイマイチ納得しないだろう。だから少しばかり奴等の痛み、身体の痛みを軽減してやったんだ。解ったか馬鹿ガキ!!」

 俺は立ち上がり、部屋に置いてあった消臭剤を撒いた。

「これで奴等の死臭も消えただろう。これは俺に向かって来た馬鹿ガキ、お前に対するサービスだ。本当は知らない振りをしても良かったが馬鹿ガキ、お前の気持ちも解らんでもないからな」

 力無き馬鹿ガキは憤りをこの俺にぶつけてきた。

 その勇気は買ってやろうと言う俺の優しさ…

 なんて俺は良い奴なんだ!!素晴らしい程の人格者と言えよう!!

 俺が悦に浸っている最中、神崎がボソッと俺に話し掛けた。

「北嶋さん、早く行かないと…安川組が全滅しちゃうわ」

 あ、そっか。と病室からいそいそと出る。

 一度振り向き、馬鹿ガキに言った。

「ガキ、気に入らないなら、強くなって仕返ししに来てもいいんだぞ」

 聞いているのかいないのか、馬鹿ガキは真っ直ぐに俺を睨んでいた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 アルファスパイダーに乗り、安川組組長宅に向かう私達。

 車内で先程の北嶋さんの行動について考えていた。

「命は助けた……確かに契約に違反はないけど……」

 精神を壊すまで待つ必要があったのだろうか?奥様と息子さんに恨まれる事になってまで、死霊に義理立てする必要があったのだろうか?

「あのラインがギリギリだな。リハビリすりゃ、マシにはなるだろ。死霊の無念とは天秤にかけられないが、女房子供もいるからな。ギリギリ社会復帰できるかできないかのラインにしといた」

 身体を窮屈そうに折り畳みながら北嶋さんが面白くなさそうに言った。

「ギリギリ社会復帰できる?それ本当?」

「人間の脳みそってのは侮れないもんだぜ。脳みそ半分しか無い状態でも普通に生活出来る奴もいるし。『脳の不思議』って本にも書いていたし」

 得意気に鼻を鳴らし、更に続ける。

「女房子供がリハビリに協力すりゃ、何とかなるよ。尤も協力するかしないかは俺の知った事じゃないからな」

「もし、協力しなかったら?」

「その時は家族に『見捨てられた』って事で諦めるしかないな」

 そうか、と納得した。北嶋さんは若頭を死霊と同じ目に遭わせたかったのか、と。

 死霊の中には家族も巻き添えにされて逝った者もいる。

 つまり、若頭の家族も巻き添えにしたかったのだ。若頭のこれからの人生に。

 お医者様がどのような判断を下すか解らないが、北嶋さんが言うからには間違いは無い筈。

 家族に見捨てられて朽ち果てていくか、見捨てられなくとも、家族も苦痛を伴う介護を要するか。

 死霊は死んで、若頭は生きているだけの違いだ。

「まぁ、ちゃんとチャンスはやったさ。一応、死霊の無念も多少は晴らさせたしな」

 確かに、ただ北嶋さんに倒されたら、死霊は全く浮かばれない。

「そう言えば…消毒薬だけど…」

 北嶋さんは死霊に消毒薬を撒き、死霊の痛みを軽減した。

 そして、個室に充満している死臭も消臭剤で消した。

「消毒薬は傷を消毒するもんだ。気休めだな。ついでにあの臭いも消臭剤で消してやったぜ。そっちはガキの勇気に敬意を…みたいな?」

「じゃなくて!!霊に消毒薬とか、有り得ないでしょっ!!」

 ドヤ顔でそう言われても、だ。

 そうは言っても、私は北嶋さんの起こす奇跡…いや、珍事に慣れていた。

 だから「霊にも消毒薬効くんだ~」とか「霊の臭いにも消臭剤役立つんだ~」としか思えなくなっていた。

 全く、慣れは恐ろしいものだ。

 まあそれは兎も角。

「この件は契約書どおりならタダ働きにはならないよね?」

「おう。俺が世界一嫌いな事はタダ働きだから、当然だな」

 その一言で安心した。

 先述の通り、海神様の工事の資金…少しでも回収しなくちゃだし。

 聖域工事に俗世間な事を…って?いいじゃない、人間なんだから俗世間でさ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る