救われる事は無い
美木多の兄貴が御札を持っていき、残った御守りを殺し合いの末に勝ち取った俺は、鉄兄ぃと久保をドラム缶に押し込め、コンクリを流し込む作業をしていた。
死体ってのは結構重い。
それを二人、いや、死体だから二つか。
それをドラム缶に詰めてコンクリを流し込む作業はなかなか重労働だ。
「バラバラの方が楽じゃねぇか…」
文句を言いながらも、作業の手を止めはしない。
ドラム缶の中で、鉄兄ぃと久保が俺を睨んでいるように目を見開いているからだ。
早くコンクリを流し込んで、あの目から逃れたい。
幸い死霊すらも寄せ付けない御守りを持っている俺だ。鉄兄ぃと久保が迷っても、俺には近付けない。
二つのドラム缶にコンクリを流し込む作業が終わり、汗を拭きながら腰を伸ばす。
「もうこんな時間かよ」
辺りはすっかり暗くなり、不気味な静寂が支配している空間となっていた。
「後はドラム缶を車に運ばなきゃなぁ」
ドラム缶はかなりの重量となっていた。
台車は事務所の外の車庫にある。
ドラム缶を運ぶ台車を取りに事務所のドアを開けた俺は、心臓が止まる程驚いた。
──ヒャハハハハハハ!!身内まで殺しやがったぜ!なんてゲスだ!ヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!
──安川組などこんなモンでしょうねぇ………ブフフフフフフフフフフフ……
──安心するなよ?オメーもくたばるんだからよぉ!!ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
事務所のドアの向こうには、沢山の死体の群れ!!
焼け死んだり、首を吊ったり、中毒死したりした死体の群れが、俺を指差しながら笑っていた!!
「ひぃーっ!ひっひっひっ!」
慌ててドアを閉める。
閉まる寸前、指がドアを押さえた。
「ゆゆゆゆゆゆゆゆゆ指いぃ!!」
腰を抜かし、へたり込んだ。
その隙にドアの隙間から、沢山の指が現れる。
「な、ななななな!!なんで!?」
俺は鉄兄ぃが持っていた御守りを持っている。それがあれは、こいつ等は通って来ない筈!!
慌てて御守りをポケットから出して見る。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
俺は御守りをぶん投げた。
御守りには無数の蛆が集っていて、ウニョウニョと蠢いていたからだ!!
──お前は御守りにも見捨てられたんだよおおおおお!!
バン!!と勢いよくドアが開き、死体の群れが俺に押し寄せてきた!!
「ぎぃやあああああああ!!!」
咄嗟に土下座をした。
「許して!!許して!!許して!!許して!!許して!!許して!!許して!!」
必死に頭を床に付けて謝った。
しかし髪が引っ張られ、俺の顔が上がる。
「ぎゃあああああああ!!ひぃぃぃい!!」
顔が上がると、そこには顔の穴という穴から体液を垂れ流し、目ん玉が飛び出して、そこに蛆が這って回っている死体の顔が怒りながら俺を見ていた。
──お前等は俺達を許さなかったよな?だから俺達は死んだ。だからお前も死ね!!
背中の方から音がしたと思ったら、冷たい風が俺に吹き掛かった。
髪を引っ張っていた死体は、俺をそのまま引っ張り上げ、立たせる。
「やめて!!俺が悪かった!!まだ死にたくねぇよ!!頼んますからあああああああああ!!!」
泣き叫び、許しを乞う俺の背中を押し、腕を引っ張る死体達。
俺は引き摺られるように事務所の窓際まで連れてこられた。
「やめて!!死ぬ!!マジで死ぬから!!」
硬直して動かない身体を、死体達が担いだ。
そして俺の顔を覗き込み、一言……
──いやだね
ニッと笑い、俺を窓から放り投げた。
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」
事務所はビルの五階。頭から落とされた俺の耳に入ってくる言葉…
──助かる奴なんざ、誰も居ねぇんだよ…ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
言葉が終わると同時に、俺の目の前に地面が見えた。
「うわあああああああああああああ!!!」
何かが破裂した音と共に、俺は俺が地面で頭を割り、血と脳漿を撒き散らして、這いつくばっている姿を見た…
──ヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!死んだか!?ザマァ見ろってんだ!!ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
振り返ると、俺達が殺した死体達が俺が死んだのを愉快そうに見て笑っていた。
死体達は俺をこの場に置いて高笑いしながら、どこかに去って行った……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
しまったな。鉄だけじゃなく、吉田もドラム缶に詰めろと言うのを忘れていたぜ。
鉄は久保に腹を刺されて死んだ。だが吉田は普通の事故死だ。
だが、後々面倒になるので、ついでに吉田の死体も処理しといた方がいいだろう。
実際鉄は殺したから、吉田の事故死を現場検証でもされたら色々ヤバいモンが見つかるに違いない。
携帯を取り出し、久保に電話をかける。
「おう久保。ついでに吉田の死体もドラム缶に詰めろ」
『それは無理です…』
俺の指示の逆らっただと?
「ああ?ふざけんなよガキ!言う通りにしねぇと、テメェも山に埋めるぞコラ」
昨日、今日入ったばかりのガキに拒否されて、穏便に済ます程甘い世界じゃない。ケジメはキチンと付けなきゃならん。
『無理です…だって…』
久保が脅しに反応して言葉を続けた。
『お前の所の若いモンは、同じ組員に殺られてドラム缶の中にいるからだよ!!ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
「うわ!?」
驚いて、電話を落としてしまった。
『聞こえたか?身内に殺されたんだよ若いモンは。やっぱり安川組は腐っているなぁ?ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
地面に落とした携帯から、久保じゃない誰かが、久保が殺されたと抜かしやがった。
御札をぶん取った俺が事務所から出た後に、残った御守りを鮎川と久保で取り合ったのは容易に想像できるが…
「鮎川が久保をぶっ殺したのか!!じゃあ鮎川は…?」
『そのガキは俺達が殺したよぉ…泣き叫んで土下座して許しを乞うてきたよ…ありゃあ面白い見世物だったなあ…ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!』
幽霊が見える鮎川は、鉄が御守りや御札を持っているから死霊が近寄ってこないと言っていた。
だから鉄をぶっ殺してまで、御札を奪ったのに?
慌てて俺は、内ポケットに入っている御札を取り出した。
「な、なんだこりゃあ……?」
御札は確かに落書きでも書いているような字で侵入禁止と、御札では見ない、別に有り難みもない字だったが、所々切れてボロボロになっていた。まるで数年経ったように。
「さ、さっきまでは普通だったのに…?」
『そりゃあ、札の作り主がお前にくれてやった訳じゃねぇからさ。人の物を無理矢理奪っても効果は無ぇんだとよ!!ザマァねぇなぁ?ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
地面に落とした電話からの返事は、まるで俺の状況が見えているようだった。
「ちくしょう…!!とんだ役立たずだぜ!!」
怒りに任せてボロボロになっていた御札を踏みつけた。
『ギャハハハハハハハハハ!!全く救いようが無い連中だぜ!お前も死ねよ!!』
電話向こうの奴が、言いたいだけ言って電話を切った。
「ざけんなよ…!!テメェ等に殺されてたまるかよ!!」
俺は事務所から飛び出す。寺か神社に逃げ込めば、あるいは助かるかもしれない。
神山や吉田みたいに死んでたまるか!!
走って走って…妙な事に気が付く。
いつもは車の往来が激しい国道に車が走っていない。
それに…
「な、なんだよ…この暗さは…」
どこの家にも明かりが点いていない。街灯も点いていない。月明かりも星明かりもない…凄い暗闇だった。
「ちくしょう…ちくしょう…」
必死に走る俺は、遂に明かりが点いているビルを発見したが、ガックリと膝を落とす事になった。
「そ、そんな…」
そこはウチの事務所が入っているビルだったのだ。
明かりは五階のみに点いていた。あそこにウチの事務所がある。
「じ、冗談じゃねえぞ…」
ずっと走っていたから足がガクガクとなっていたが、力を振り絞って立ち上がった。
「う!?」
俺は地面に視線を向けて驚く。
「鮎川!!」
頭から血を垂れ流して地べたに這いつくばって死んでいた鮎川の姿を発見したのだ。
上を見ると、事務所の窓が開いていた。
窓から落ちた?自然にそう思ったその時、耳元で囁くような奴等の声が!!
──突き落としたのさ。俺達がなぁ…
「ひぃゃあああああああああああ!!」
せっかく立ち上がったのに、尻餅を付くようにへたり込んだ。
顔を上げた俺の目の前に沢山の死体の群れが居たからだ。
──電話でも言ったが…死ねよ?ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!
そいつは顔面がぶん殴られたように腫れ上がり、そこから膿と血を流し、腹に刺されたナイフの隙間から腑が出ていた死体だった!!
「ひぃ~っ!!ひっ!!」
パンツを濡らしながら後退りする俺に、そのボロボロのツラをにゅんと近付け、笑う死体。
──美木多ぁ~…久しぶりだなぁぁあ~…俺はテメェにぶつかったくらいで死ぬ寸前までぶん殴られ、金を脅し取られた挙げ句、刺されて死んだ男だよぉぉぉ~……
死体は腹に刺さっているナイフを自分で引っこ抜いた。
ジュブジュブと腐汁と血が腹から溢れ出す。
「お、俺も若かったから…」
この世界に入り立ての時に、そんな事をよくやっていた。目の前の死体は、その時の誰かなんだろう。
──ギャハハハハハハハハハ……若かったからか…若かったから殺すのも仕方ないかあ?
ゴッ!!
「ひぎゃっ!!」
口の中が切れて、鉄の味が充満した。俺は死体にぶん殴られたのだ。
──まぁいいや。どうせオメーは死ぬんだからよ
死体達が俺を取り囲む。
「ちょ、な、何を…ぐべっ!!」
取り囲んだ死体達は、俺を殴ったり、蹴ったり…
耐えられなくなって丸くなった俺の髪を引っ張りながら、無抵抗の俺を笑いながらいたぶった。
散々殴られ、意識が飛ぶ寸前に聞こえた声。
──まだ死ぬなよ?
そう言って、俺の太ももにナイフを刺す死体。
「ぎゃあっ!!」
凄まじい痛みで意識が覚醒する。それを確認して、再びぶん殴る。
これは…俺が若い時に、よくやった手口だ。返って来たのかと漠然に思った。
「も、もう……ゆるして……」
目が見えなくなるまで腫れ上がった瞼を向けて懇願した。
──まぁ…殴るのはもういいだろ
予期しなかった返答に俺は安堵し、笑う。
──じわじわと死んでけ!!ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
死体は持っていたナイフを振り翳して俺の腕に突き刺した。
「いっぎゃああああ!!!」
──死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!ギャハハハハハハハハハ!!ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
ザクザクと突き刺す死体。俺は何時しか自分が刺されている光景を、死体達と混ざりながらボーっと見ていた。
俺の身体は噴き出す血が既に無いらしく、穴という穴から微量の出血しかしていない。
ツラは本当に俺か?と思ってしまう程腫れ上がり、別人みたいになっている。
──どうだい?殺された気分はよ?
首がやたらと伸びている死体が笑いながら話かけてきた。
俺は返事すらせずに固まっていた。俺もこいつ等と同じように彷徨うんだと思うとやるせなくて…
──違うぜ?アンタはここに留まるんだよ
別の首吊り死体が俺の肩を叩く。
留まる?俺はお前等の仲間になったんじゃ…?
質問する前に、別の焼身死体が答えた。
──俺達はお前等安川組に祟る死霊。お前なんか仲間になれる訳ねぇだろうが?ゲヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ……
じ、じゃあ俺はどうすれば……
俺を滅多刺しにして殺した死体がにやけながら言った。
──俺達死霊と自分の都合だけで人を殺すお前等…真に恐ろしいのは、どっちだろうなぁ?ギャハハハハハハハハハ!!
死体達は俺を取り残し、嘲笑いながら闇夜に溶け込むよう、消えていった…
俺は自分の死体の傍でどこにも行けず、どこに行ったらいいか解らずに、ただ、その場に突っ立っていた……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
鮎川にぶっ殺された俺は真っ暗な場所に突っ立っていた。
ただ、ぼーっと突っ立っていた。ぶっちゃけどうすりゃいいのか解らない。
――あ?何だお前?まだ居たのか?
声が聞こえて振り返ると同時に俺は尻もちを付いた。
身体中ウジがびっしりと這い回っている死体だったからだ。
――あれ?お前声も出ねえのか?
言われて気が付く。確かに声が出ていない。ビビり過ぎてか?
――ああ、お前も使者が来ねえクチか?たまにいるんだよな。呼ぶ為の声も出せねえ奴がさ
死者?呼ぶ声?何の事かさっぱりだが…なんかヤベえ…鮎川にぶっ殺された時より、こいつ等に脅えていた時よりヤベえ気がする…
聞こうと思っても声が出せねえ。と言うか足も動かねえ?尻もちは付けたのに、なんで?
――ああ…留まったか?ザマぁいいなあ?ぎゃははははははははははは!!
別の死体が俺を指差して嗤う。つか、いつの間にかこいつ等の仲間に囲まれている!!
――ああ、動けない理由か?仕方ねえなぁ…お前と俺との仲だ。教えてやるよぉ……
水死体が溶けた肉を俺に密着させて来た!!こええしクセェし気持ち悪いしで吐きそうになる。
――死ねば先祖やあの世の死者が迎えに来るんだがよ…稀に居るのさ。『見捨てられた奴』がなぁ…
そ、その見捨てられた奴になったらどうなるんだ?
――見捨てられた奴は使者を呼ぶ声も出せねえし、先祖を捜す為の足も動かせない…意味合いは違うが地縛霊になっちまうのさ…お前…毎日惰性で生きていただろう?言われるがまま動いて来ただろう?
そりゃあ…俺の稼業は上には絶対服従だし…言っちまえば新米だから何も出来ねえ、させて貰えねえ…
真っ黒の死体が俺に指を差す。酷く侮蔑に満ちた目を向けて。
――そりゃあ言い訳だ。アンタは昔っから上の言う事には逆らわなかった。自分の意志がなかった。そうは言っても普通に生きている奴にもそう言う奴等は沢山いる。だが、そいつ等にはちゃんと迎えは来る
じ、じゃあ俺にはなんで………?
――それ以上にテメェは道を踏み外した。まともな連中でも忠告してくれた奴もいただろう。だがその声を無視した。安川組みたいな連中の声は聞いたのに。そんな外道を迎えに来る奴がいるのかよ?都合のいい事しか耳に入らなかった奴によ?
別の死体が愉快そうに言う。
――要するにだ、話にならねえ奴だと生前に見切りをつけられたんだよ…ははははははははははははははははは!!
つ、つまり俺は此処から動けない……?いや、待てよ…お前等はどうなんだ?俺等に抗わずにぶっ殺されただろうが?自殺しただろうが?何でお前等は動けるんだよ!?
――ギャハハハハハハハハハハハハ!!馬鹿言うなよ!!俺達とお前は違う。俺達は恨み、辛みを残して死んだ。お前等を呪い殺す力を得る為に死んだ死霊だ!!お前とは全然違うよ!!どうすりゃいいかも解らねえ、考えねえクズとはなあ!!ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!!
そ、そうかもしれねえけど…だ、だったらお前等の仲間になりゃ…俺は動けるんじゃねえのか?そういや俺も兄貴分にムカ付いていたんだよ!!俺も殺すよあいつ等をさ!!
――ホント馬鹿だなオメェ…俺達はオメェ等を殺す者達…今思い付いたばっかの浅い考えじゃあ、俺達側には絶対に来れねえよ。
――もういいや。行こうぜ。お前は此処で永遠に留まれよ~…ギャハハハハハハハハハ!!
笑い声が一段と高くなったと思ったら、奴等は消えた。
いや、ちょっと待てよ。俺はどうなるんだよ?此処に居ろっつったって…
踏み出そうにも足が出ねえ…
呼ぼうとしても声が出ねえ!!
待てよ…待てよ…どこいるんだよ…
助けろよ…助けろよ…助けろよ…たすけろ…たすけろたすけろたすけろたすけろたすけろたすけろたすけろたすけろたすけろたすけろたすけろたすけろたすけろたすけろタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロ………………………………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます