怖い男


「ここが北嶋心霊探偵事務所か!」

 空港から電車とタクシーで乗り継ぎ、除霊を断った北嶋の家に到着した。

 タクシーの運転手はこの家に来たがらなかったが、倍の値を払う条件でここに連れて来て貰った。

 理由を訊ねると、怖い、と。

「この家は、北嶋って霊能者が越して来る前には、人喰い屋敷とか呼ばれていたんですよ…家政婦の霊が越してくる人間を全部殺していたらしいんです。それを北嶋って霊能者が倒したらしいのです」

 いわく付きの家に住んでいる霊能者ってのも何だか納得できないが、そんな事はどうでもいい。

 俺達を舐めやがった北嶋に落とし前はつけなければならない。

 俺はドアを思い切り蹴る。

「おらぁ!!北嶋ぁ!!出て来いよ!!」

 何度も何度も蹴る。ビビって出てこないなら、無理やり蹴破って家の中に入ればいいだけだ。

 しかし、ドアは普通に開いた。

 出て来たのは、二十代後半くらいの若い奴だ。

「テメェが北…ふごっ!!」

 俺が怒鳴る前に北嶋が俺の口にパンチをくれた。

「何だテメェは!?人ん家の玄関ボコボコにしやがって!!」

 口を押さえて蹲る俺の脳天に踵まで落とした。

「ぐああああ!?テメェ!ヤクザモンにそんな真似してただで済むへぷしっ!!」

 言い終える前に北嶋が俺に思いっ切りビンタをくれた。

 ツラがふっ飛ぶかと思うくらいの、物凄ぇビンタ。

「お前がチンピラの言っていた若頭のオッサンか!!チンピラが願ったから半殺しは勘弁してやろうかと思ったが、半殺しの一歩前までぶん殴ってやるぜ!!」

 北嶋が更に俺の胸座を掴み、地面に叩き付ける。

「ぎゃあああああああああああ!!!」

 受け身なんて全く取れない投げを喰らい、激痛のあまり転げ回った。

「コロコロ転がるなオッサン!!止まれ!!」

 腹に足で踏みつけられ、俺の動きが止まった。

「ぐええええ!!き、北嶋…テメェ…ただで済むと……」

「うるせーオッサン!!玄関弁償しろ!!じゃねーと半殺し以上まで追い込むぞ!!」

 踏みつけている北嶋を見上げる。


 怖ぇ………


 俺も大概の奴と喧嘩してきた。

 獣のような奴や、プロの格闘家など。

 勿論、喧嘩は全部勝った訳じゃないが、後々仲間を引き連れて仕返ししたもんだ。

 最悪ぶち殺したりもした。ドスで刺したり、銃で撃ったり。

 だから相手に怖いなんて感情はあんまり思わなかった。

 だが…この北嶋って奴…

 なんだこの迫力……?

 未だかつて、こんな迫力は知らねえ。

 目を合わせただけでチビりそうな殺気を放つなんて……

 俺は懐から拳銃を出した。

 殺さなければ、殺される。

 俺は完全にビビってしまった。拳銃を出したのは完璧に呑まれた証拠だった。

「う、動くなぁ!!動いたら撃つぞ!!」

 銃口を向けられた北嶋が感心したように頷く。

「殺すってのか?つまり殺されても文句は言わないって事だな」

「は?な、何を言ってやがる……!?」

 北嶋がいつの間にか刀を持ち、それを抜刀していた。

「そ、その刀ぁどこから出した!?」

「うるせーオッサン!!お前の知った事か!!」

 北嶋が刀を振るう。

「うわあああああぁああああ!!」

 俺は反射的にトリガーを弾いた。

 しかし、銃声が全くしない。助かったっちゃ助かった。周りに民家が無い北嶋の家とは言え銃声は響く。警察に通報される事確実だ。それを逃れたんだ。安堵もした。

 だが俺の右腕に痛みが走り、安堵感が吹っ飛んだ。

「ぎゃあああああ!!マジかあああああああ!?」

 俺は叫んだ。痛みと驚きで。

 銃が縦に真っ二つに斬られ、更に俺の親指の付け根から肘あたりまで、真っ直ぐに切り傷が走っていたのだ。

 ただ無造作に振ったように見えたのに!?

「お前には気を遣わんから傷くらいは付くぞ!!腕を真っ二つにしないだけでも感謝しやがれ!!」

 鞘に刀を収め、俺の顎を蹴り上げる。

「ぶへべっっっ!!」

 舌を噛んで、口に血の味が充満した。

「半殺しまで追い込まない約束だったが、向かって来るもんは仕方ねーな!!」

 北嶋は俺の右腕を持つと、関節を逆に捻った。

「いぎゃああああああ!!待て待て待て待当て待て!!ちょっとま」


 ボキッ


 鈍い音と共に俺の右腕は有り得ない方向に曲がっていた。

「うぎゃあああ!!イテェ!イテへぶしっ!!」

 右腕を押さえて蹲る俺の頬に容赦なくビンタをくれる北嶋。

「近所迷惑だから騒ぐな馬鹿野郎!!」

「き、近所っつったって…この家の周りには他に家なんか無いおごぷ!!」

 腹に蹴りを入れられた。

「いちいち突っ込むなオッサン!!玄関弁償しろ馬鹿野郎!!」

「こんな怪我を負わせて、尚且つ金払えって言うのか!?」

 驚いた。ヤクザモンに此処までしてその台詞が出るのか!?

 何つうか、軽いと言うか…いや、最初からそう言う要求だったな。初志貫徹と言えば聞こえはいいが…

 ある意味呆けた俺に顔を近付けて凄む北嶋。

「お前等と同じような真似してんだろうが?自分は良くて他の人は駄目っつー理屈が通ると思うなよ?」

 俺を見据える目は、全く慈悲も見せずに、冷たく、そして本当におっかない目付き…

「わ、解った!!弁償はする!!」

 思わず頷く。

 それを聞いた北嶋は俺のスーツをパンパン叩き、携帯を探して取り上げる。

「俺からの電話は絶対無視すんなよオッサン?オッサンの取り立てより厳しいぜ俺はよ?」

 北嶋は自分の携帯に俺の電話番号を入力して俺に向かって放った。

「もう帰れオッサン。ツラ見てるとぶん殴りたくなるからな!!」

「帰れっつったってタクシーくらい呼ばせへぷし!!」

 要望を述べようとした俺にビンタをくれた。こいつのビンタはマジいてえ。ツラが無くなるんじゃないかと思うくらいいてえ。

「帰れっつたろうが!!それとももっといたぶられたいのか!?」

「解った!!帰る!!帰るから!!」

 俺はヨロヨロと立ち上がり、逃げるように北嶋の視界から消えた。

 痛む身体を引き摺って、なるべく迅速に。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 玄関をぶっ壊されて憤慨しながら家の中に戻る。

「おかえり。随分暴れたようだけど?」

 そう言って茶を出す神崎。俺はソファーにどっかと座って仏頂面を拵えて茶を啜る。

「あの野郎!!玄関ぶっ壊しやがった!!」

「あの音からするとそうかもね」

 そう言って手をヌーンと伸ばしてくる。俺は?な表情で迎え撃つ。

「玄関直さなきゃならないでしょ?弁償金貰ったでしょ?」

 その手は金を寄越せっつー手かよ。

「奴の個人情報を控えたから後で取り立てに…」

「え?さっき貰わなかったの?なんで?」

 なんでって言われても…なんでだろ?ムカつきすぎてツラ見た瞬間ぶん殴っちゃうから?

 神崎は呆れながら溜息を付いた。目を瞑って大袈裟に首を振る事も忘れずに。

「それじゃ二度手間でしょ…持っていないのなら兎も角、財布の中身を確認するとかしなかったの?」

 ……ああ、うん。そ、それには深い事情があってだな…

「ひ、人様の財布の中を見るなと躾けられたもんで…」

「そりゃそうでしょ?私が言いたいのは持っていないとか言ったら確認させろくらいは言うでしょ、って事。頭に血が昇ってそれどころじゃ無かったようね」

 まあ…うん。その通りだ。何故なら俺は被害者だからだ。純粋な被害者故に細かい事に気が回らなくなるのは至極当然だろう。

 だが、あの手の連中を信用するとか一番犯してはいかん愚行だ。そこは深く反省しよう。

 ならば早急に玄関弁償金を貰わなければならない。

「じゃあ今から追いかけて…あ、ケー番押さえたんだ!!戻って来いとか言っちゃおうか?」

「因みに若頭は今どんな状態?」

「え?鼻折って腕折って…」

「じゃあ今は病院じゃない?最悪入院したかも。で、病院に押し掛けるの?」

 いや、別に押し掛けてもいいだろ?あのオッサンの自業自得でそうなったんだし。玄関も弁償すると誓わせたし。

「因みに病院に行ったとして、北嶋さんはどうなっちゃう?」

「そんなもん、半殺し以上にするに決まってんだろ」

 深い溜息を付いて首を振る。何か不味い事でも言ったっけ?至極当然の事しか言っていないと思うのだが。

「病院でそれ以上の怪我を負わせるのか…絶対に通報されちゃうなぁ…」

 通報は駄目だ。ポリに捕まってしまう。被害者が冤罪で逮捕とか冗談じゃねーぞ。

 つか被害者の俺が身内に何で追い込まれるのだ?俺は全く悪くないのに?

 それもみんなあのオヤジが悪い!!

 俺の正義の血が熱く滾る!!悪を倒せと俺を呼ぶ!!

「やっぱ今から行ってぶっ殺そう」

 立ち上がる俺。その手を取る神崎。

「今はいいわ。北嶋さんが少し落ち着くまでほっときましょう」

「今は駄目なら明日ならいいのか?」

「明日の事は…ちょっとわかんないなぁ…」

 なんだっつうんだ?俺を非難したのに止めるとか。ならば俺のこの憤りはどこに行くのだ?

「だけどこのままって訳にはイカンだろ?泥棒の心配はないにしても、玄関がぶっ壊れたままってのは流石に気分が良くない」

 俺ん家は以前色情霊が悪さして、沢山人をぶっ殺してマジビビられているから、ご近所さんも近寄って来ない。

 加えて俺ん家は行き止まり。要するにここから先は道がない。庭の裏手に裏山に入山できる林道が一か所ある程度。泥棒が入っても直ぐに捕まえる自信があるし、逃げ道が乏しいリスクを冒してまで這入って来る事は無いだろう。

「今日はもう遅いから、明日工務店さんに連絡するわ。弁償のお金は…迷惑料も含みで請求しましょうか」

 それは当然だな。同感だ。激しく同意。

「海神様の池で結構なお金使っちゃったしね…少しは足しになるでしょう……」

 神崎の邪悪な笑み…俺は背筋が凍りながらもハードに何度も頷いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あの時、海神様の池を広げると決めて重機を搬入したあの時の話。

 早速重機で池の周りを掘った北嶋さんだが、途中で切り上げて家に戻ってきた。

「どうしたのよ?池を広げている最中じゃなかったの?」

「うん。ああ。うん。神崎、レンタル屋の伝票はどこだ?」

 私が持っているけど。運んできてくれた人からサイン貰えと言ったのはあなたでしょ?中型キャリアだっけ?それを借りろと言ったのはあなたでしょ?

 その旨を伝えて伝票を渡す。受け取った北嶋さんはその会社に電話を入れた。

「おう。俺俺。北嶋だよ。バックホウ運んでもらっただろ?」

 俺俺って、オレオレ詐欺か。

「所員からキャリア貸してくれっつう電話が入っただろ?その時打ち込み矢板も持ってきてくれ。長さ10メートルのやつ」

 打ち込み矢板って何?10メートル?長すぎじゃない?

「取り敢えず50枚でいいや」

 50枚も!?何に使うんだろう?疑問に思っている時、電話を終えた。

「矢板ってなに?」

「土留めに使うんだよ。打ち込んで土砂が崩れるのを防止するんだよ」

 ああ、なんか工事現場で見た事があるな。鉄の板みたいなやつだよね?

「ん?でも25メートルプールのような広さにするんだよね?間に合うの?」

 工事の事はよく解らないが、足りないような気がする。あれって確か30センチくらいでしょ?均等に打ち込んでも15メートルくらいにしかならないんじゃ?

「外周一気にやるんなら兎も角、作業員は俺一人だからな。ちょこちょこでかしながら進むからいいんだよ」

 まあ、最初からそう言っていたからいいけども、気になり過ぎるから聞いてみた。

「本当に一人で大丈夫?」

 事故で怪我とかしたら…と思ったが言うのをやめた。この人確か建設のバイトしていた時に重機に撥ねられた時もノーダメージだったって。

「時間はアホみたいに掛かるが仕方がないだろ。神崎に現場仕事が出来るとは思えんし」

 まあそうだ。精々清掃くらい?

「まあ、頑張って。その間依頼は私一人でこなすから」

「なに?ならば出来るまでは永遠にぐはあ!?」

 最後まで言わせずに鼻に拳を叩き込む。

「なるべく早く終わらせてね?ゆっくりやって時間が掛かったから仕事が出来ないとか言い訳は通じませんから」

 鼻を押さえつつ高速で頷く北嶋さん。それも何度も。

「ならば宜しい。池の事は北嶋さんが望んで広くしようとした事もあるけど、海神様の事も考えても発言だから文句は言わないし、寧ろ応援するけども、仕事をサボる口実には使わないでね」

「も、勿論だ!!俺は働き者の北嶋!それは神崎も知っているだろ」

 知っている。私がお尻を叩いて仕事をさせている事も知っている。他ならぬ自分が行っている事だし。

 他の同業者からすれば信じられない程の過剰過密労働らしいけど、北嶋さんはタフだから気にする事も無く働かせている。霊力切れを心配する必要も無いしね。

「あ、そうそう。師匠からだけど、材料は明日到着するそうよ」

「そうか。婆さんも仕事が早いな」

 私もそう思ったけど、確かコンクリート会社の規格外製品をくれる筈。しかも大量に。

 と言う事はその工場には製品が山になっている訳で。その製品の山が他の製品を置くスペースを取っている訳で。

 要するに向こうも渡りに船。酷い言い方をすれは押し付けたと言う事だ。

「まあ、タダならいいじゃない?」

 ぶっちゃけそれが心理。押し付けられようが何だろうが、こっちが必要な事には変わらない。なので好意と受け取りましょう。

 

 此処から私は工事の事は解らないので、北嶋さんに説明して貰った事を其の儘伝えよう。

 先ずは池の周りを計って外周を出す。この時ミラクルが起こった。

 池の外周は15メートル。つまり借りた矢板で賄えたのだ。だが、それでは掘削する外周分の矢板が無い。

 なので緩やかな勾配で掘削して土留めを必要なくしたと。

 普通はそれでも土留めはする必要はあるのだが、何でも普通に危ないかららしいが、北嶋さんは気にせず掘削したそうだ。

 そして打ち込んだ矢板の周りから当然水が零れて来る。更にこの池は湧き出たもの。この辺りには水脈がある。掘り進んでいる内に当然水が溜まって作業ができなくなる。

 北嶋さんは海神様に何とかしろと無茶振りをしたが、それは人間の仕事だと一蹴された。勿論私が間に入っての話し合い。

「お前の家の事だろうが?そのくらい協力しろ」

――貴様が我を連れて来たのだ。我の望む環境を整えるのは貴様の責無だ

「お前海神なんだろ?水の事はお茶の子さいさいだろうが?」

――海神は水神ではない。恵みを齎し、海難事故を無くするのが我の仕事。尤も他にも色々出来るが、染み出た水の処理は仕事に非ず。と言うかやりたくないわ

「お前は本当に解らず屋だな!!お前が協力すればその分早く仕事が終わるんだ!!と言う事は早く自分の家が完成するっつう事だろ!これに協力しろっつってんだ!!」

――貴様は本当に解らず屋だな!!それも全部貴様の仕事だ!!我の仕事ではない!!貴様も管轄外の仕事をさせられたら面白くないだろう!?それと同じだ!!

 こんな調子でやいのやいのやり合われたんだから気疲れが凄かった。だけど海神様の仕事じゃないのは確か。人間の仕事なのには間違いない。

 なのでこのやり取りは北嶋さんの鼻を破壊した事で収めた。流石に海神様に叱られた。我の土地を鼻血で汚すな!!と。

 北嶋さんは文句たらたらなれど、仕方がないと言って水中ポンプを借りてその水を排水した。

 そして外周を掘り終えて一応私に訊ねた。

「形はこんなもんでいいか?」

 25メートルプールを想像していた私には意外だったが、それは四角じゃなくひょうたん型だった。何でも遊び心らしい。くびれ部分が中心なので海神様の御社が祭ってある土地にも近い。その部分だけ掘削をしていない。そこに橋を掛ける目的もあるらしいから、橋作りと並行して作業するんだろう。そしてそこに橋を儲けるのは短いから、労力が減るからが主な理由だそうだ。

 海神様も何も咎めなかったからそれで進める事にした。

「ところで、出た土とかはどこに置いたの?」

 これだけ広く、深く掘ったのだから土砂の量が半端じゃ無い筈。

「キャリアで東の方に運んだ。あそこも広いからな」

 確かに東の土地は広い。ただの原っぱと言ってもいい。だけど隣の北東の土地でもいいんじゃないかと思った。近いし。

 まあ、別に意味がある訳じゃないんだろう。置きやすい場所に置いただけなんだろうと深く考えずに「そう」とだけ言った。

「そういやこの水は真水なのはいいとして、何処から魚やらカニやらが来るんだ?」

――この池と海を繋いで生物だけを行き来させているのだ。だから、ひょっとしたらアザラシやラッコも来るかもしれんぞ?

 自慢げに語る海神様に対して、良かった良かったと。

「だったら沈殿槽や循環設備はいらんな」

 聞けば池を作る時には、生物の排せつ物を溜めて処理する沈殿槽と、水を綺麗にする為のろ過設備が必要だと。魚は海からやってきてこの池を通って海に帰るから、そのような設備は不要だと言う事だ。

 確かに良かった。またお金が掛かるかもと思ったら…ねえ?

 それから北嶋さんは掘削した池に降りて外周の方に砂利(砕石と言うらしい)を敷いてランマで叩いて固めてから、10+センチほどの高さの板を回す。何でも基礎コンクリート用だと。

 その板の間に生コンクリートを敷き均す。流石にミキサー車は手配したが、バックホウで生コンをあけて、それを一人で降ろして、一人で均したのだ。ミキサー車の人が酷く驚いていた。

 それ以外にも、矢板打ち込みも掘削も一人でやったんですよと言ったら、まさに驚愕していた。これは一人で作業するもんじゃないと。

 私も薄々解っていたけど、やっぱり普通は一人じゃできないんだと、ただ納得した。この人は普通じゃないから今更だろうし。

 それから師匠から貰ったブロックを全部降ろしながら安心して喜んでいた。北嶋さん曰く「生コンじゃなく砕石入れるタイプで助かった」らしい。よく解らないが、作業が楽なんだろうな、と漠然に思った。

 ブロックを一段置いて、裏にはシートを敷いて、(防水シートらしい)採石で埋めてを繰り返し、約7メートル…

「外周は何とかなったな」

 汗だくで差し入れしたジュースを一気に煽りながらそう呟いた。その弁だと外周は終わったようだ。見た感じ、積んだブロックが階段みたいになっている。

「だけどまだちょっと低いんじゃない?」

 終わったと言っても掘った高さより若干低い。もう二段くらい置けそうな感じだ。

「もうブロックが無いんだよ。もうちょっと欲しかったが、多過ぎて捨てるよりは良かったかもな」

 単純に材料が足りないだけか。そう言ってもこれ以上積まない様子だ。

「ん?ちょっと待って?まだ材料が残っているよ?」

 全部降ろしたかと思ったら、まだ上の方に少し置いてある。あれを使えばいいんじゃ?

「まだ掘削終わってないだろ。橋の部分を残しているだろ」

 ああ、そっか。その部分はまだ手を付けていないもんね。納得と頷く。

 丘から中心の陸地まで訳6メートル。その間2メートル毎事にベニヤ板で作った箱を置く。確か型枠とか言っていた。

 それを反対側にも設置した。そこに径30センチ程の丸太を刺す。どうやら橋脚のようだ。

 その後に型枠に生コンクリートを打設して固まるまで放置。その間に池の底に大き目の玉石を敷く。本当は生コンを打ちたかったらしい。その代わりだそうだ。

 固まったら型枠を外し、両脇に角材を通す。成程、橋に見えてきた。

 そして矢板を抜く作業。当然ながら水が池に広がる。

「このままじゃ作業できないんじゃ…」

 まだ橋部分の掘削が終わっていない。だけどこの水じゃ作業不可能なのでは?

「だから掘削部分をまた囲うんだよ」

 そう言って、抜いた矢板を今度は橋脚の外に打ち込んでいく。

 一人で黙々と。成程、これは本来チームで行う仕事だわ。

 感心していると全てが打ち終わり、掘削開始。中心から最初の橋脚をちょっと過ぎたあたりで橋脚同士を角材で繋げる。三段だった。強度的には大丈夫なんだろうか?

 繋げた後は掘削した部分の矢板抜き。そして再び打ち込んで次の橋脚へ。ホント手間だ。

 それを繰り返し、遂には外周部分に到達。ブロックを積んで完成。

 一応一区切りだったので労った。

「お疲れ様。形は見えたね」

「おー。後は橋作れば完成だ」

 と言っても歩く部分だけのような気がするけども。

 と、思ったが違った。

 北嶋さんはどこから仕度したのか、カーブが掛かった角材を四つ持ってきた。長さは約5メートル。

 まさか、と思い聞いてみる。

「アーチ形の橋にするの?」

「その方がカッコイイだろ」

 確かに見た目はそうかもだけど…

「それ何処から持ってきたのよ?」

「東の広場で作っていたヤツだ」

 愕然とした。この池の工事でそんな暇があったのか!?

――尚美は知らなかったのか?我の池を掘った土砂を捨てに行ったついでに作業していた事を?

 海神様は知っていらっしゃったんですか!?でも、木を曲げるのには結構時間が掛かる筈!!

「時間が無いから結構強引に曲げたが、亀裂も入っていないな。良かった良かった」

 ご満悦で頷いているが…

――木を曲げる為には熱と水が必要だ。奴はそれを東の土地で行っていた。あそこは更地、火を焚いたとしても火事になる心配はない

「それでも結構な設備が必要なんじゃないですか!?」

――だから、簡素な小屋を建てて簡素な竈を拵えて、木を曲げる作業環境を作ったのだ

 わざわざその為に!?ビックリし過ぎて言葉が出ない!!

――我としても見た目が美しい方が良いのでな。あの馬鹿者に多少の感謝の意は覚えておる

 そう言いながらも本当に嬉しそうだった。

「北嶋さん…あなた…なんて言うか…凄いを超えて怖いわ…」

 見た目の為にそこまでの労力。そしてそれを実行できるスキル…

 霊能者としてじゃなく、建設業でも職人でもひとかどの者になれるだろう…

 その才能が怖すぎる!!


 まあ、そんなこんなで無事工事は終わり、海神様も大変お喜びになり、魚介類には困らなくなったのは良かったとしても、あの工事の代金が恐ろしすぎた。

 材料は師匠が無料で手配してくれたとは言え、重機レンタル代、コンクリート代、部材代等々…

 あの工事が半月で終わって本当に良かった…重機屋さんやコンクリート屋さんは半月で竣工なんてあり得ないと驚愕していたけど、本当に良かった。あれ以上日数が掛かったら、懐ダメージが半端無かった。

 なので取れるところからはきっちり取らなければならない。最低池の工事代金程度は戴かなくてはならない。

 流石に玄関の修理代でそこまで請求する訳にはいかないけども。なんか予感がするのだ。

 安川組の件、少なくとも工事代金は稼げるんじゃないか、と。

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