曲げない男

 峰康の兄貴が言った北嶋心霊探偵事務所の電話番号は直ぐに解った。

 しかし、北嶋って男は全く話にならなかった。

『はい北嶋心霊探偵事務所ぉ~』

「あの、ちょっと呪いとか祟りとかの事で相談したい事がございまして」

 俺は丁寧に話をしようとした。下手にへそ曲げられて、依頼は請けないと言われたら洒落になんねぇから。

『む?相談?すまんが俺はそっちの話は全くの素人でな』

 電話をかけ間違えたかと思った。しかし、相手は北嶋心霊探偵事務所と名乗った筈。

「え?北嶋心霊探偵事務所の電話番号ですよね?」

 一応聞き返す。もしかしたら、焦りのあまりに聞き間違えかもしれなかったからだ。

『いかにも!!ってか、さっき北嶋心霊探偵事務所って言っただろう?ちゃんと聞いてんのかよ?』

 やっぱり間違いはなかった。だが、素人とはどういう意味だ?

「あの、恥ずかしい話ですが、ウチはヤクザでして、組全体が祟られているようでして、それで相談をしたいのですが……」

『だから!!俺はそっちの方は解らないってんだろうが!!日本語も解んねぇのかよ!!』

 俺は頭がおかしくなっているんじゃないかって思った。言っている意味がさっぱり理解できなかったから。

「解らないって……アンタ心霊探偵なんだろ!?」

 少し声を荒げてしまった。

『あん?何度も言わせんな!!俺は北嶋!!心霊探偵だ!!嫌がらせか?それとも喧嘩売ってんのか!?』

 向こうも苛々し出したらしく、段々と声が荒くなってきていた。

「だから!!心霊探偵がなんで呪いとか祟りが専門外なんだよ!!詐欺かテメー!!あ!?」

 俺も最早丁寧な言葉使いなんてしなくなった。

 こいつが言っている事は全く意味が解らねぇ。

『馬鹿野郎!!人間にはなぁ、得手不得手があるんだよ!!』

「だから心霊探偵のテメーがなんで心霊現象が不得手なんだよ!!」

『この馬鹿野郎が!!何度も何度も同じ事を言わせるな!!俺は知らんと言っているだろうが!!大体テメー……ぐあっ!!』

 何か悲鳴が聞こえたと思ったら、ガシャンと電話が床に落ちたような音が聞こえた。

 北嶋さん!!何やってんのよっ!!北嶋さんの事情が相手様に解る訳ないでしょっ!!

 女があの男を叱っているような声を上げていた。

『大変失礼しました!!私、北嶋心霊探偵事務所の所員の神崎と申します!!』

 叱っていた女が電話に出た。

「おう!そちら本当に心霊探偵事務所!?」

 女相手とは言え、あの男と言い合った後だ。やはり少し高圧的な態度になってしまった。

『大変申し訳ありません!!確かにウチは心霊探偵事務所です!!何かお困り事………!!』

 女が言葉を詰まらせる。当然俺は不安になる。

「な、何だよ………」

『……死臭が電話口からも臭って来ています…死霊に憑かれましたね』

 驚いた!!電話口だけで、話もしないのに解ったなんて!!

 あの男はともかく、この女は本物だ!!

「ど、どうしたら……」

 俺は泣きそうな声で訊ねた。

『……今から此方に来られますか?詳しい話を聞きたいですね。それで所長の北嶋が判断すると思います。いずれにしても、そのままならば、死にます』

 あの男が判断するのに不安があるが、俺は今から向かうと言って電話を切った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「どうした神崎?顔色が悪いぞ?」

 鼻血をボタボタと流しながら、私の顔色の心配をしてきた。

「安川組の鉄って人が今から来るわ…凄い数の死霊よ…」

 震える身体を擦る。あの夥しい数の死霊だ。その障りは電話越しでも解る…

「安川組?ああ、さっきの無礼極まりない奴か。何しに来るんだ?」

 此方は相変わらず呑気だ。無礼極まりないって自分の言葉のせいでしょうに。

「ウチに来るのは心霊現象で困っているからでしょ」

 北嶋さんに電話の対応をさせると大抵は切られる。

 北嶋さんは見えない、聞こえない、感じないのだから、相談されても解らないと言っているのだが、仮にも心霊探偵事務所の所長が霊感が無いなんて、誰も信用しないだろう。

 断られたか、頭がおかしいのか、はたまた騙しかと思われるのだ。

「事実を言ったまでだろ。それで信用されないなら仕方ない」

 そう言いながら、ティッシュで鼻をかんで鼻血を流す。

「それに説明端折り過ぎ!あれじゃ、馬鹿にされていると思うわよ」

「んなもん、事前にリサーチしとけよ面倒臭ぇな」

 不満気な北嶋さんだが、ウチに来る依頼は大抵は紹介なので、北嶋さんの事情は確かにある程度は知っているクライアントが多い。

 だが、自力で北嶋さんに辿り着いた人は、北嶋さんの事を全く知らない、もしくは、かなり高位な霊能者と思っているから、また説明が大変なのだ。

「北嶋さん、私がお話するから、黙って隣で聞いていてよ?」

 いつだったか、北嶋さんと私が女性の依頼者とお話している時に…

「胸本当に大きいな」

 とか

「ミニから覗くスラリとした脚が綺麗だな」

 とかセクハラ発言をし、私に鼻っ柱を殴られて依頼者に鼻血をぶち撒けた事がある。

「んな事言ったって、いつもちゃんと聞きなさい!!とかキレるじゃないか」

「寝ちゃうからでしょ!寝ないで話はちゃんと聞くの!」

 依頼者と話をしている時に北嶋さんが大人しい事がある。その時北嶋さんは大半は寝ているのだ。

 自分の仕事だというのに。

「解った解った。ちゃんと寝ないで聞くよ。それでいいんだろ?」

 ブツブツ何か文句を言っている北嶋さんだが、面倒でスルーする。

「俺の話は聞かないのかよ?」

「文句は聞き飽きました!それで!何か文句ある!?」

 グーを握り締め、北嶋さんをギロッと睨む。

「文句なんて全く無い無い!!解っているってば!!」

 後退りする北嶋さんを追う事もなく、私は依頼者を招き入れる為にお掃除を開始した。


 依頼者の鉄って人が言うには、車で二時間半くらいで到着するらしい。

 もうそろそろ着く頃だ。

 いや、直ぐ近くまで来ている。

 圧倒的な負のオーラが…

 腐敗臭と混合している死臭が…

 玄関先まで来ているのだ。

「北嶋さん、来たわよ」

「はいよ~」

 北嶋さんは客室のソファーにどっかと座り、腕を頭の後ろに組んで仰け反る。


 ピンポ~ン


 呼び鈴が鳴る。


 ガチャッ


 ドアが開く。


「あの…電話した安川組の鉄ってモンですが…」


 私は思わず一歩退いた。

 目の前の金髪に金のネックレスを付けているチンピラみたいな風貌の男の後ろに、無数の死体がニタニタとイヤらしく笑いながら付いて来ている。

 ある死体は首がこれでもかと言わんばかりに伸びて、ある死体はブヨブヨとふやけ、腐汁を垂れ流し、ある死体は身体中が無数に切り刻まれて血を噴き流し、ある死体は干からびたミイラのように……

 共通しているのは全ての死体が鉄と言う男を殺そうとしている事だ。

「ど、どうぞお入り下さい」

 私は北嶋さんの待つ客室へと案内をする。その間、死体との対話も怠らなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「お前が電話口でこの北嶋に無礼な態度を取っていたチンピラか」

 北嶋って男が俺を睨み付けて、顎で座るように促した。

 ムカッとしたが、素直に座った。

 女も北嶋の隣に座り、何故かウンウン頷いている。

「じゃあ言え」

「あ?言えってなんだコラ?」

 俺は身を乗り出し、北嶋にメンチをくれる。

 北嶋も立ち上がり、俺の頭をガシッと押さえると…


 ガン!!


 テーブルに俺のツラを叩きつけやがった!!

「ぐあっ!?」

 唐突過ぎてただ蹲った俺に、上等な口を叩く北嶋。

「チンピラ、粋がるのは相手見てからにしろよ?」

 ツラを上げて北嶋を睨み付ける。直ぐに報復に出ようともした。

 だが、俺は文句も言えなかった。

 なんだこいつ!?もの凄ぇ威圧感!!

 俺も結構この世界は長いとは思う。色んな兄貴分や、他の組の親分も見てきた。

 だが、目の前にいるこいつの威圧感は誰にも出せない。

「ほら、お前の周りに起こっている現象を言え。それとも冷やかしか?おい?」

「あ、ああ………」

 俺は北嶋に飲まれ、今、組で起こっている出来事を解る範囲で細かに話した。

 組のモンが自殺や事故死している事、その家族も死んでいる事を。

 話している最中、薄ら寒くなり、身体がガタガタと震え、妙に心臓がドクドクと高鳴っていた。

 北嶋は興味もなさそうに女に話しかける。

「神崎、そいつ等は何て言っている?」

 女は時折涙を浮かべ、だが、毅然とした態度で話した。

「……あなたに憑いているのは、かつてあなた達が殺した人達…この人達の家族も巻き添えにしたようね……死霊になったのは、無念から…つまり、あなたに憑いているこの死霊達はほんの一握りって事になる」

 心臓が尋常じゃ無い程高鳴る。

 殺しまで話すつもりは無かったが、女は見事言い当てやがったのだ。

 しかし、ほんの一握りとはどういう意味だ?

 俺が眉根を寄せて考えていたその時、女が続けた。

「死霊達は組の人達に纏わり付いている。だからあなたに憑いているのは、ほんの一部。更に言えば、組に祟っている死霊達全て合わせても、まだあなた達に殺された人達の数には追い付いていない。中には諦めて死んだ人達もいるでしょうからね」

 女は俺を睨んだまま言う。その目は人間を見る目じゃない、獣を見るような目だった。

「なんだ、自業自得か。じゃ、諦めて死ね」

 北嶋は本当に興味もなさそうに俺に手で追っ払うような仕草を向けた。

「ち、ちょっと……か、金はいくらでも払う!!そ、それに家族までくたばってんだぞ!?何とかしようと思わないのかよ!?お前霊能者なんだろ!!」

 こう言うトラブルを解決するのが生業の筈だろ!?

 簡単に見捨てるような事許されんのか!?

「あのよ、お前等も相手の家族殺したんだろ?じゃあ自分の家族殺されても仕方ないだろ?」

 腰が抜けるかと思った!!!

 女はこのままじゃ死ぬと、取り憑かれて死ぬと言っていた。当然北嶋もそれは解る筈。

 俺も兄貴達が死んでいるのを知っているから、女の言ったのはハッタリじゃないと思っている。

 それを、こいつは平然と死ねと言いやがっているのだ!!

 助ける気は全く無いように!!見捨てるような事じゃない、見捨てたのだ!!それも簡単に!!

「何してんだ?もう帰れよ」

 北嶋のその目は、慈悲の欠片も見えない。

「た、助けてくれ!!アンタなら祓えるんだろ!?」

 俺はテーブルに乗っかりながら、北嶋に掴みかかって懇願した。まさに縋りついた。

「ウゼェなぁ……お前等が殺した連中もそうやって頼んだんだろうが。だがお前等は助けてやらなかった。そんなお前等を俺が助ける理由はない。あ・き・ら・め・て・死ね!!」

 北嶋は俺を力任せに引き離す。俺は床に倒れた。

 その時見下ろした形になった北嶋を見たが…

 酷く冷たく、興味も見せず…を俺に向けていた。

「てめぇ!!血も涙も無ぇのかこの冷血漢が!!」

 俺は隠し持っていたドスを抜き、北嶋に向ける。

「馬鹿な事はやめなさい」

 女は止めに入っているのかいないのか、全くビビっていない様子で俺を真っ直ぐに見る。

「うるせぇ!!力づくでも祓って貰うぜ!!」

 腹を刺すよう、腰を落とし、両手でドスをしっかり握った。

「後ろの死霊達が騒ぎ出したわ。今ならまだ……」

「そいつ等をやっつけろと言ってんだよ!!此処で死にたくなきゃへぶしっ!?」

 叫んだ俺の顔面にいきなり激痛が走った。

 何があったと一瞬呆ける。その時北嶋と目が合った。

 物すげえおっかない目で俺を睨んでいる…

「チンピラが!!俺に刃物を向けるとは、俺ん家に死にに来たって事かああああ!!!」

 北嶋が俺を凄いスピードのパンチで顔面をぶん殴ったのだ。

 俺の鼻がもの凄ぇ鼻血が出ている。まさか一発で鼻が折れてしまったのか?

 マジかよこいつ!?興奮していたとは言え、パンチを出したのを気付かなかった!!鼻を折る程の破壊力のパンチを繰り出したってのに!?

 北嶋はそのまま俺の両手を払うように蹴る。

「ぐあっっ!!」

 ドスが手から離れて壁に刺さった。

「ここに来た事を後悔させてやらあぁぁぁぁあああああああ!!!」

 北嶋は俺に容赦なく蹴りを浴びせた。

「ちょっ!!ちょっとま…ぐへっ!!」

 北嶋の蹴りが俺の顔面に当たり顔を押さえる。

 しかし北嶋は構わずに押さえている手ごと顔を踏みつけた。

「うぎゃあああああ!!!」

 手の甲も折れてしまったような、もの凄ぇ痛みが走る。

「俺ん家でデカい声出すな!!」

 腹に蹴りを入れられる。

「げっええぇぇぇ!!」

 屈んで吐いた。

「ああああ!?誰が掃除すると思ってんだチンピラ!!床汚しやがって!!」

 髪をむんずと引っ張られ、いや、思いっ切り引っ張られて、髪の毛がごっそりと抜ける。頭から血がドワッと湧いてきた。

「ぎゃあああああ!!ま、待って!!解った!!帰る!帰るから!!」

 俺は両腕を突っ張って、それ以上北嶋を近寄らせないようにした。

 その時、女がスケッチブックに描いた気持ち悪い絵を北嶋に見せる。

「北嶋さん!こいつがその人の首を絞めようとしているわ!!」

「チンピラの首に?構わないだろ?」

 女の言った事は本当のようで、俺は呼吸が出来ないくらい苦しくなってきた。

「か………かは!!」

 手を首に持って探るも、何も感触はないが、確かに誰かが俺の首を絞めていた。

「た、たすけ………」

 間違いなく誰かが俺の首を絞めている!!

「本当に死んでしまうわよ!!」

 女が北嶋に詰め寄る。

「知らん。勝手に死ね」

 北嶋は興味も示さず、ソファーに座り直す。

「や、やばい………かは!?」

 ギュウギュウに喉が首の奥に押し込まれるような感触…死ぬ!!本当に死ぬ!!

「き…北嶋……!!た、たすけ……」

 手を伸ばし、助けを求めた。

「だから知らんと言ったろうが。勝手に殺されろチンピラ」

 北嶋がお茶を啜った。本当に助けるつもりがないように。

「北嶋さん!!ここで死なれたら、北嶋さんが殺したと思われて警察が介入してくるわよ!!」

 女が焦っているように声を上げた。

「何?俺に容疑が掛かるとな?そりゃ勘弁だ」

 北嶋はスッと立ち上がり、俺の前に来たと思ったら、俺の背中の何も無い空間に手を伸ばした。

「ここで殺すな馬鹿野郎!!」

 空間をグッと掴んで上に思いっ切り掲げると、俺の首の締め付けが一気に解けた。

「がはっ!!はっ!!はっ!!はっ!!」

 崩れて膝を突く俺。同時に空気が肺に行き渡る…

 こいつ…一体何をした?

 いや、そんな事はどうでもいい…

 北嶋…いや、北嶋先生が…北嶋先生だけが俺達を助ける事が出来ると確信した!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋さんが首を絞めている死霊を引き剥がすと、死霊達が一斉にざわめいた。

──な、なんだって!?俺達を無理やり引き剥がすだって!?

──お、俺、頭掴まれたぞ……?

──こいつ……何者だ?

 今度は別の死霊が北嶋さんに襲い掛かった。

──どうでもいいや。こいつからやっちまおうぜ!!

 死霊は自分の胸に刺さっている植木鋏を抜き、北嶋さんに突き刺す。

 しかし、それは北嶋さんをすり抜けた。

 私は北嶋さんを襲った死霊の絵を急いで描く。

──なんで!?なんでこいつは刺さらない!?

 驚いている死霊。北嶋さんから一歩下がった。

「北嶋さん!こいつが北嶋さんの胸にハサミを刺したわ!!」

 北嶋さんがどれどれと絵を覗く。

「デッカイハサミを持ってんな…こいつが俺を殺そうとしたのか。んで、こいつは今どこに?」

 キョロキョロした北嶋さんに真正面と指示をする。

「お前、関係無い俺を刺しやがったのか馬鹿野郎がぁ!!」

 一歩踏み込み、死霊の顔面にパンチを当てた。

 パァン

 気持ちいい音と共に、北嶋さんを襲った死霊の顔が破裂した。

「腐っているなら直ぐにグチャグチャにしてやるぜ!!」

 北嶋さんの本気の殺気に脅え、退く死霊達。

──こいつ!!俺達に、死霊にダメージを与えやがった!!

──おおお…俺の顔が吹き飛んじまったぁ!!イテェ!イテェよぉ!!!

──ま、マジか?痛みもあるのかよ!?

 どよめく死霊達。軽いパニックになっていたと言っていい。

「もう一度殺されたくなかったら俺ん家で悪さすんな!!」

 殺気全開で大声で怒鳴る。

 死霊達は何も言わずに後ろに下がった。

「下がったわ北嶋さん」

 一応状況を説明すると、微かに頷き、鉄さんに視線を戻す。

「おいチンピラ。お前早く帰れ。非常に迷惑だ」

 北嶋さんは鉄さんの襟首を掴み、そのまま引き摺って玄関から外に放り出した。

「き、北嶋の先生……やっぱアンタしか頼る人が……」

 鉄さんが再びお願いしている最中、北嶋さんは無情にも玄関を閉めた。

「……北嶋さんの言う通り…助けるに値しないとは思うけど…」

「解っているのなら話は早い。祟られてくたばろうが自業自得過ぎる。家族云々の話をするのなら奴等も同じような事をした訳だしな。因果応報だろ」

 その通りだが、私達の生業は霊能者。その性が放置を良しとしない。

「……せめて他の霊能者を紹介してもいい?」

 もうそのくらいしか出来ない。

「構わんが、婆さんには話を通すなよ?迷惑は掛けられんからな」

 自分達が見捨てた案件を師匠に紹介できる筈が無いでしょ。迷惑以前に非常識過ぎる。

 頷いてそっと外に出て、鉄さんを捜した。

 幸いにも鉄さんは玄関先で手をついて項垂れていた。良かった帰っていなくて。

「鉄さん」

 私の呼びかけに顔を上げる。死霊に憑かれたのを差し引いても真っ青な顔色。北嶋さんに見捨てられたのが堪えたのか?北嶋さんなら確実に死霊をやっつけられると思っただろうし。

「これは他の霊能者の電話番号…北嶋さんは一度断ったら絶対に曲げない。もう北嶋さんは頼れないわ」

「こ、この人達なら祓えるんすか…?」

 一瞬明るくなったが、直ぐに俯き、そして震える手で、私から電話番号の書いたメモを受け取った。

「それと、これを……」

 御守りを渡す。

「こ、これで奴等は寄って来ないんすか!?」

 私は首を横に振った。

「いいえ、根本的な解決になっていないから、本当に単なる一時凌ぎよ。だけど、そこらにある御守りとは次元が違う。海神様にお願いして精製したお清めの塩入りだからね」

「じ、じゃあ組のモンや家族の分も…」

 やはりそう来たか。だけど、御守りはそれしか無い。

 何より新たに作る事も無理だろう。

「北嶋さんが見捨てた事になるから、海神様はそれ以上、お塩をくれないと思うから無理ね。くれたとしてもあなたの関係者には効果は齎さないと思う」

 海神様は北嶋さんの守護柱。このように清め塩をくれる時もあるが、北嶋さんが否と決めた相手には精製しない。

 鉄さんはそこでも驚いて目を見開いた。

「き、北嶋の先生は、神様にもコネがあるんすか!?」

「コネって……まぁ、そうね。海神様は全面的に北嶋さんの味方だからね。あなたは最初から間違った。素直に全部言って罪を償う意思があれば、北嶋さんも動いたと思う。過ぎた事は仕方ないから、メモの霊能者様達には粗相の無いように。北嶋さんに断られた事はきっと知っているから」

 これで私の出来る事は、もう無い。私は家に戻って行った。

 鉄さんは私が家に入る間、ずっと手を付いて礼をしていた……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋の事務所から車に乗り、組事務所に向かう。

 やはり鼻は折れた儘だが、手の甲は折れてはいなかったようで、何とか運転はできた。

 それに、女…いや、神崎さんから貰った御守りの効果と言うか。

 鼻に付いていた腐った肉の臭いを感じなくなっている。

「北嶋…いや、北嶋の先生って、実は本当に凄げぇ人だったんだな…」

 霊能力云々以前に、生身でのあの迫力、それに一発で心まで折るパンチ…

 死霊に直接打撃を与え、更に一喝しただけで退ける力…

 それだけじゃない。神様にも清めの塩を作らせると言うコネ。

「初めから間違った、か……」

 後悔した。北嶋の先生なら、あっという間に死霊を片付けるだろう。

 今回は俺のヘマだ。北嶋の先生の力量を計りそこねた結果だ。

 全て金と暴力で片付けてきたツケが、一気に襲ってきたんだ。

 かなり反省している俺の携帯に着信が入った。

 路肩に停車し、携帯を開く。

 発信者は若頭の峰康さんだった。

「お疲れさんす若頭……」

『どうした鉄?元気ねぇな。断られたとか言うんじゃねぇぞ』

 声のトーンが落ちていたのと、鼻を折られて息苦しいのと重なり、若頭に断られれたのを見透かされた。実際は自己嫌悪の方がデカいのだが。

「はい……ヘタ打ちました。北嶋の先生は俺達を見捨てました…勝手に死ね、と…」

『ああ?ふざけやがって!!…ん?何かお前声おかしくねぇか?』

 言おうか言うまいか悩んだが、組に戻れば結局は知られてしまう。

 俺は正直に話した。

「北嶋の先生に鼻折られまして…」

 電話向こうで若頭が怒鳴る。

『ヤクザモンの鼻折っただと!!どこまでふざけてんだ北嶋!!』

「そ、そんかわり別の霊能者の連絡先を教えて貰いまして……」

『ああ!?テメェの力量不足で他の霊能者を紹介したのか!?鉄!テメェはそいつに連絡しろ!!俺は北嶋にケジメを付けてくるからよ!!』

「ち、違うんす若頭!!若頭!?」

 若頭は既に電話を切っていた。

 俺はとんでもない事をしたのかも、という気持ちでいっぱいだったが、霊能者に連絡するのが先と判断し、霊能者に電話を入れた。

 俺は連絡先を教えて貰った霊能者に片っ端から電話をした。

 片っ端から……つまり、結論から言うと、全て断られたのだ。

 神崎さんの先輩にあたる人や、その同業者に。

 石橋 早雲て人は『北嶋君に断られた?それはおかしいな。彼ならどんな悪霊でも物ともしない筈だが。君達が助けるに値しないと判断されたようだね。じゃあ私が請ける訳にはいかないね。北嶋君に誠心誠意謝罪したまえ。話はそれからだ』

 と言われ、松尾 哲治という人には『北嶋に断られた?……ふん、確かに物凄い死霊の数じゃが、北嶋はそんなモンに怯む奴じゃないわいな。お前さんに難ありって所じゃなぁ…ワシが出向いてもいいが、そちらに着くのは三日後くらいになるぞ?それより北嶋のガキにちゃんと頭を下げて許しを乞うた方が後々良いと思うぞ?』

 北嶋の先生に筋を通さないと助ける事はできないと暗に言われた。

 他も似たようなもんだった。

「……やっぱりもう一度…」

 俺は半分以上まで戻った道を、再び北嶋心霊探偵事務所に方向を変えて走る事にした。

 それに峰康の兄貴の事も気に掛かったからだ。


 北嶋の先生の家に戻った俺は、躊躇いながらも呼び鈴を押した。

「は~い…」

 ドアを開けた北嶋の先生は思いっ切りキョトンとしながら普通に辛口を言う。

「なんだ?さっきのチンピラじゃないか?リベンジにでも来たのか?」

「いや…北嶋の先生、ウチの若頭が此方に向かっているんすが、若頭をあんまりぶん殴らないようにお願いしに来たんす…」

 詫びが先かとも思ったが、若頭の事が気掛かりで自然と言葉に出た。

 北嶋の先生は目を細めて感心したように頷く。

「お前んトコの偉いさんか。向かって来るならしゃあねぇじゃんか。だが、まぁ、わざわざ願いに舞い戻って来たんだ。出来る範囲で手加減はしてやる」

「ありがとうございます!!」

 俺はその場で手を付いて礼を言う。

「……ちょっと待ってろ」

 北嶋の先生は俺を玄関に待たせ、そのまま家に入っていった。

 暫くした後、再び顔を見せた北嶋の先生は、俺に札をくれた。

「お前の組は自業自得で身内が殺されても文句は言えんが、わざわざ願いだけしに戻って来たお前にだけ、土産をやろう」

 北嶋の先生から受け取った札の表には『侵入禁止』と、でっかく筆で字が書かれていた。

「こりゃなんすか?」

 神社や寺に売ってあるような御札みたいだが、北嶋の先生が自分で書いたような字。

「そりゃ俺お手製の御札だ」

 やっぱりそうか。

 何か有り難い文字でも書いているなら理解できるが、思いっ切り普通の字だったので、確認したのだ。

「石橋ってオッサンが頼んでもいないのに毎週来やがるんだよ。そのオッサンは札作りの名人でさぁ、いらねーって言ってんのに、札作り教えてくるんだ」

 北嶋の先生はうんざりした表情で続けた。

「それは一応『入ってくんな!』と、念を込めたつもりで作った。実戦は全くしていない札だが、お前にやるよ。多分死霊とやらも、それで『お前だけ』には取り憑けない筈だが、試作品ゆえに保証はできん」

 俺は地に手を付いた。

「ありがとうございます!!俺はこれを期に、今まで殺した奴等に毎日謝罪しようかと思います!!」

 そうだ。金と暴力だけで生きてきた俺は、それ以上の力には無力と北嶋の先生に教えてもらったようなモンだ。

 祟りや呪いを受けるのは、やはり当然だ。

 許しちゃくれないだろうが、俺は毎日謝る事にしよう。

「ふーん。なかなかの心掛けだな。世界一どうでもいいけど。それでお前の気が済むのなら、取り敢えずやってみ?」

「はい!!ありがとうございました!!」

 北嶋の先生が家に入るまで、俺は手を付いて頭を下げて見送った。

 北嶋の先生には助けて貰えそうもないが、それはそれで仕方ない。

 俺達は、見捨てられて当然の事をやってきたんだから。

 俺は北嶋の先生が家に入って数分してから立ち上がり、組に戻る事にした。

 残った兄貴達や舎弟達にも、今まで殺した連中に誠心誠意、謝ろうと言うつもりだった。


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