止まらない死霊
神山が岩の下敷きになって死んだ。
高橋は崖から転落、小松は焼死。
昨日シノギに出掛けたまま、帰って来ないと思っていたら死んでいた。
高橋と小松は独り身だが、神山は女房、子供がいる。
嫁は自宅リビングで首吊り、娘は薬物の過剰摂取で死亡。
女房子供も同じ日に死んじまったとは…
それに、神山の娘がヤク中だった事から、当然ウチにガサ入れが入った。
ヤバい物は別に隠しているからバレる事はないが、ウチの連中が立て続けに死んじまっている事から、ウチはポリに目を付けられた。言っても以前から目は付けられれはいたが。
当面ヤバいシノギはできないが、実はホッとしていた。
若いモンがやけに怯えちまって、普通のシノギも儘ならない状態だったからだ。
暫くは事務所や親父の屋敷で待機を命令し、俺はこの死の連鎖を調べる事にした。
このままじゃ、安川組は全員訳の解らない死に方をしてしまう。そんな気がしてだ。
「お前等、俺は暫くの間留守にするから、何かあったら携帯に連絡しろ」
俺は若いモン一人一人に小遣いをやって、組を後にした。
手掛かりはある。いや、あると言う程じゃない。
誰か死んだ時に親父に報告するのだが、親父は既に知っていた。
「聞いたから知っている…俺は一番最後だってよ…」
誰から聞いた?
親父は訳の解らない病気に罹り、小便の為便所に行くにも儘ならない程弱っている。
そんな親父が来客に対応できる訳がない。
屋敷にいる電話番の鉄も、親父に電話は取り継いだ事は無いと言う。
つまり教えに来たのは人間じゃないって訳だ。
俺達は恨みを買うのが仕事みたいなもんだ。
誰かくたばった人間が幽霊になって呪っている事は容易に想像できる。
問題は誰かって事だが、生憎心当たりが多すぎて見当もつかない。
じゃあ、別の人間にそいつが誰かを教えて貰えばいい訳だ。
本州の外れの方に、そういった物を見て、代弁してくれるイタコって連中がいる。
俺は飛行機に乗り、イタコの元へ向かったのだ。
ヤクザの俺が幽霊と話がしたいってのも滑稽だが、全滅するよりはマシだ。
話を聞いて、叶えられるモンはみんな叶える。
それしか安川組を救う手立てが思い付かなかった。
本州の外れ。温泉街のような街。ここにイタコって連中がいる。
想像では、もっとおどろおどろしいかと思っていたが、意外にも普通の観光地のようだ。
イタコは大半がインチキらしい。
俺はアポイントを取っていた山根と言うイタコを訪ねた。
山根ってイタコは、数少ない本物の一人で、お祓いやら御札やらもできるらしい。何でも視力を代償に霊力を得たとか何とか。
「ここか。意外と普通の家だな」
神社とか寺とか、そういった建物を想像していたが、山根の家は普通の二階建ての建て売り住宅だった。
「もっと稼いでいるようなもんだが」
俺は玄関を開け、山根呼んだ。
「山根さん。電話で話をした峰康ですが」
暫く待つ。
出て来ねぇな……
俺の風貌がこんなだから警戒してんのか?
もう一度呼んでみる。
「山根さーん!!峰康ですがぁ!!」
カラカラカラカラと車輪を引き摺る音がし、山根が現れた。
「待たせたの。すまんな、こんな様じゃてな」
殆ど開いていない目を緩ませ、笑った老婆。
山根は車椅子に乗っている、今にもくたばりそうなババァだった。
「山根さんですね?俺は
深々と頭を下げた。相手が盲目だろうと、それは礼儀だ。
「……すまんな。ワシじゃ力不足じゃ」
まだ全然説明もしていないのに、山根は車椅子で後ろに下がる。
「力不足?やっぱり俺に何か憑いているのか……」
解っていたが、いい気分は勿論しない。
だが、力不足と言われても困る。
「せめてどんな奴か、何を望んでいるか、それだけでも教えてくれませんかね?」
霊能者は他にもいるだろう。別に山根に固執する理由はない。
他にどうにかできる奴を紹介してくれればいいし、できないなら、できる奴の情報をくれればいい。
「聞いてどうする?無駄じゃ。」
「無駄とは?」
山根は暫く黙り、重い口を開ける。
「……沢山の死霊達、安川組組員及び家族の死…お前さんの質問に答えるなら、これじゃ」
どんな奴とは、沢山の死霊達?望みは俺達と家族の死?
俺の頭は真っ白になった。
「お前さん達はかなり殺したね。家族も巻き添えにする事も何も感じずに…さぞかし無念じゃったろう。それぞれがそれぞれ、誰もお前さんとの対話を望んでいない。『どうせくたばる奴なんだから死んでから話してやるよ!!』ああ!怖い怖い……!!」
山根はそう言うと、奥に引っ込もうとした。俺は車椅子を掴み、それを止めた。
「どうにかできないか!?」
「散々殺してきたのじゃろ?ワシ程度じゃどうにもならん……!!」
山根は俺を見えない目で凝視した。恐れを抱いているような目で。
「ど、どうした?」
「また死んだ…もう帰ってくれんか!ワシまで巻き添えを喰ってしまう!」
俺の手を払いのけ、車椅子とは思えない程のスピードで奥に引っ込んだ。
また死んだ?今度は誰だ!?
背筋が寒くなると同時にあの腐敗臭が俺の鼻に纏わり付いてきた……!!
俺は山根の家に靴も脱がずに上がり込んだ。そして車椅子を強引に引っ張り、山根をぶっ倒した。
「ひゃあああ!な、何をする…ぎゃあ!」
転がった山根の腹に蹴りを入れる。
「ババァ…お前の力量不足が原因だからって、ハイそうですか、じゃあ死にますわ。とはこっちは言えねぇんだ。何かないのか?」
こっちも必死だ。わざわざ匙投げられる為にこんな寒い土地に来た訳じゃねえ。
「こんな目の見えない老婆を蹴るとは…貴様は!ぐきゃっ!」
いちいち恨み事を聞いている暇はない。
「対話が不可能ならそいつ等をやっつける術とか…お前より強い奴とか紹介しろ」
こうしている間にも腐敗臭が段々と酷くなってきている。
組でも誰か死んだと言う。
俺は自分と家族、そして組を守る為に必死になって山根を蹴った。
「ぎゃ!やめとくれ!死霊は…ぎゃっ!」
散々蹴り上げた俺に、山根は身体を丸くして一声発した。
「一人!!一人心当たりがある!!」
俺は蹴る足を止め、山根の胸座を掴む。
「どこの誰だ?言え」
「その者は北嶋 勇……日本屈指の霊能者から御墨付きを戴いだ男…ここ一年でのし上がってきた若者じゃ…」
「そいつなら死霊共を倒せるんだな?」
山根はウンウン頷き、そして意地悪そうに笑った。
「ただ、北嶋は自分のルールで動く男。故に依頼を断られた者も大勢おる。だからお前の依頼は絶対に請けん!!行って断られて泣くがいいわ!!」
山根は北嶋の連絡先は電話帳で調べられると言った。
北嶋心霊探偵事務所…
住所は今の俺よりも組の方が近い。若いモンでも使いに出すか……
俺は山根に一万円札を数十枚ぶん投げた。
「世話かけたな。これで病院に行けよ。それとな…」
俺は直ぐに背中を向けて続けた。
「相手が誰だろうが、普通の人間なら俺達には逆らえねぇモンさ」
金で解決できなかったら力で解決する。
それが俺達のやり方だ。
相手が普通の人間である限りは、俺達は負ける事はないんだ。
俺は組に電話をした。
取ったのは電話番の鉄だ。
「俺だ。今から言う住所に……」
俺の言葉を遮り、鉄がデカい声で喚いた。
『若頭!!徳巳の兄貴が!!』
「……解っている。死んだんだろう?徳巳の女房、子供も……」
『な!何でそれを…』
鉄は驚きながらも、話を続けた。
徳巳は奥さんを包丁でめった刺しにした後、自分の息子二人の首を斬り、自分も腹を切ってくたばったらしい。
当然薬物が疑われたが、徳巳も女房からも薬物反応はなかった。
強いストレスで錯乱した結果らしい。
「徳巳を、いや、ウチのモンを殺したのは死霊って幽霊のようだ」
『死霊?幽霊って……』
俺は鉄に説明した。
死霊は今まで俺達が追い込んで殺した連中だと。
つまり半端じゃねぇ数の死霊がいる訳だ。
そしてウチを全滅させるまで死霊はその歩みを止めない。
大概の霊能者は匙を投げる程の強い霊…それが死霊だ。
鉄は時折息遣いが荒くなっていたが、それでも黙って聞いていた。
「北嶋心霊探偵事務所…そこの所長、北嶋 勇を訪ねろ。そいつなら死霊を倒せるらしい。金に糸目は付けるな!行け!鉄!!」
『わ、解りました……』
電話を終えて安堵する。
これで終わる……
俺は大きく息を吐き、その場にへたり込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
徳巳の兄貴が死んだ…
女で食っているただのチンピラの俺を、組でただ一人だけ可愛いがってくれた徳巳の兄貴が…
安川組は何かに呪われているんだ!
逃げよう!俺なんか今までも組に貢献もしてねぇし、他の兄貴達には特に義理もねぇ。
俺は荷物を纏める時間すら惜しんで組から出て行った。
財布には一万ちょい…
電車で行ける所まで行こう。
その後の事はその後で考えよう。
俺は電車に飛び乗った。
どこに行くかなんて考えていない。遠くへ。遠くへだ。
電車の中も、組でよく臭っていた腐った肉の臭いが鼻に付く。
気のせいだ気のせい。寝ちまえば気にならなくなる。
俺は目を瞑り、寝よう寝ようと頑張った。
何時間経ったか解らないが、固く目を瞑り、必死になって寝ようとした。
「あれ?晃君じゃない?どうしたのボーっとつっ立って?」
聞き慣れた声がして、俺は目を開けてしまう。
「!そ、そんな……」
そこは俺を何かにつけてぶん殴る、組で一番嫌いな兄貴分の工藤の家…
目の前で俺を不思議そうに見ているのは、奥さんのあずみさんだった…!!
「お、俺は確かに電車に乗っていた筈…」
訳が解らなくなり、キョロキョロと見回す。
「?ウチの人に何か頼まれた?」
あずみさんはやはり不思議そうに俺を見る。
あずみさんの脇に、あずみさんのスカートを握り締めて立っている7歳の女の子、いずみちゃんが俺を見て、何故か青ざめていた。
「い、いや俺は」
──やっちゃえよ?
「え?」
誰かが耳元で囁いた?横を見るも、勿論誰もいない。
「……うわああああああん!!!」
いずみちゃんが、いきなり火が点いたように泣き出した。
「あら?何かな?ご機嫌悪いのかな」
屈んでいずみちゃんをあやすあずみさんの後ろ姿をじっと見る。
──いい身体だよなぁ?オイ
「え?な、なんだ?」
やはり耳元で誰かが囁いた。
──後ろから押し倒しちまえば…楽勝だろお前ならなぁ~ケラケラケラ
今度は笑い声まで聞こえた。
「う……」
思わず鼻を塞いだ。
腐った肉の臭いが先程より強くなっていたからだ。
──いつもお前をぶん殴っている兄貴へ復讐のチャンスだぜぇ?
い、いや…俺は…
返答する前に別の声が聞こえてくる。
──女を騙して食っている、ヒモのアンタならではの復讐ね……
──犯してしまえよ?なぁ?気持ちいいぜぇ…いつもアンタがやってる事さぁ…
そうだ…俺は強姦してそれをネタにゆすって食っている…時にはそれを撮影してビデオにして売ったりもしている…
──そうさ…お前は女なんざに何の関心も無い。あるのは性欲と金だけさ~…
──見ろよ?あのケツたまんねぇなぁ…兄貴分の女房を強姦するってのも気持ちいいだろうなぁ~ヘヘヘヘヘヘ…
そう……だな…
工藤の兄貴には随分世話になったしな…
一歩踏み出す。
──どうせお前は逃げるんだからさぁ~…かまわねぇだろ?なぁ?
そうだな…俺は遠くへ逃げるんだから…関係ねぇ…な!!
あずみさんに更に一歩踏み出した俺は、そのまま後ろからあずみさんに襲いかかった。
「え?ちょっと!?きゃああああ!!」
あずみさんは激しく身体を捩ったり、俺を引っ掻いたりして抵抗した。
──予測済みだろぉ?ヘヘヘヘヘヘ…
俺は何故か床に転がっていたガムテープを掴んであずみさんの両手を縛り、固定した。
「何を考えているの!!ウチの人に私が話さないと思っているのっ!!ウグッ!?」
これ以上騒がれたくないのでガムテープで口を塞いだ。いつもの手口。手慣れたもんだ。
「わああああああ!!ママぁ!ああああ!!」
いずみちゃんがあずみさんと俺の間に入ってあずみさんに抱きついた。
──うるさいガキだねっ!!先にやっちまいなよっ!!
やる?何を……?
──殺しちまいなぁ……
殺す?何で殺さなきゃならねぇんだ?
俺は度胸も根性もないチンピラだ。そんな俺が殺しなんて…
キィィィィィィィィィィン
「ぐわあっ!!」
激しい耳鳴りが俺を襲う。
耳を押さえて蹲る。
「ゲェェェェっ!!」
そのままあずみさんといずみちゃんに向かって嘔吐する。
激しく苦しんでいる俺に、再びあの声が聞こえてきた。
──安川組にもとんだヘタレがいたんだなぁ~グフフフ…
──弱い者虐めしかできない連中さぁ…それも当たり前かもよぉ~ケラケラケラ…
俺は思わず振り返る。
「ぎゃああああああああああ!!」
絶叫した。
やたらと長い首をぶらぶらさせて身体中蛆が這っている、おそらく首吊り死体や、真っ赤に焼けただれで頭皮から骨まで露出している、おそらく焼身死体。
こっちは身体中の水分が抜けてカサカサのミイラになっている、目から蛇やら百足やら這っている、多分餓死した死体。
ありとあらゆる死体達が俺を、俺達を取り囲んで指を差し、嘲笑っていた!!
「ああああ!!化け者ぉ!!!」
腰が抜けて、あずみさんといずみちゃんの上を這うようにして下がった。
──化け者とは酷いなぁ…お前等に殺されたからこっなったってのによぉ~…ゲヘヘヘヘヘヘ…
──そうさ。それに化け者じゃない。俺達は死霊…お前等安川組の全てを殺す存在だよ…ガハハハハハハ!!
死霊と名乗る死体達は俺達に笑いながら詰め寄ってくる!!
──ほら?先ずはガキからだろ?
俺の意思とは関係なく、俺の手はいずみちゃんの首に掛けられた。
「やめ……」
いつもの俺の力を凌駕し、いずみちゃんの首を絞める。
「かほほほほ!!けっっっ……!!!」
みるみるうちにいずみちゃんの顔が紫色になり、目が飛び出さんばかりに見開いて俺を見据えている。
「俺じゃない!俺じゃないんだ!!」
俺は泣きながら頭を振る。
「ふぐむうぅぅぅ!!!」
両手をガムテープで縛られながら、いずみちゃんを俺から引き離そうと暴れるあずみさん。
「げほぉ!!」
俺の手の中でいずみちゃんの力が抜けて行ったのが解った………!!
「いははははははは!!!!」
あずみさんは半狂乱になり、俺といずみちゃんの間に身体を無理やり割り込ませた。
「俺じゃない……俺じゃ……」
強張った手をカタカタと震えさせ、涙を垂れ流す俺。
──次はこの女だろう?ほらぁ?クカカカカカカカカ!!
俺は、俺の意思とは関係なく、縛られ、いずみちゃんも抱き締められなく、ただ泣き散らしているあずみさんの服を毟り取った。
「やめてくれ!!兄貴に殺されちま!!」
俺は泣きながらあずみさんを強姦した。
──ヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!!殺される?死ねよ!!ヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!!
──最後にいい思い出来るんだ。オメェ、ついていてるなぁ!!ガハハハハハハハハハハハハ!!
死体達が愉快そうに俺を見て笑っている。
「んんんんんんんんん!!!」
あずみさんは真っ赤になった目を俺に向けている。
憎しみと殺意の目……
兄貴に殺される前にあずみさんに殺されるかも……
──そうだぜ!殺される前に殺れよ?手を貸すぜ…
俺はいずみちゃんにやったように、あずみさんの首にも手を掛ける。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ボキッ
おかしな音と共にあずみさんの首から力が抜けてカクンと後ろに仰け反った。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
殺してしまった…この手で二人を殺してしまったんだ!!
──そう悲観する事もないぜぇ…ほら、お前ももう直ぐで楽になれるからよ…
後ろから聞こえてきた声に反応し、振り返る。
「あ…兄貴…」
そこには呆然とつっ立っていた工藤の兄貴の姿があった。
「晃…テメェ何やってるんだ…?」
工藤の兄貴はあまりの出来事に思考が全く付いていっていない様子だ。
──殺したらいいさ
え?
工藤の兄貴を殺す?
──殺される前に先手打ったらいいのさ
首吊り死体が俺に囁く…
顔面石榴みたいに腫れ上がって腹に包丁が刺さっている死体が、自分の腹に刺さっていた包丁を引っこ抜き、俺に渡した。
──お前等に貰った包丁だが、お前に貸してやるよ~…クカカカカカカ!!
俺がこの包丁で工藤の兄貴を…
「晃…何が起こった…?」
工藤の兄貴が俺の後ろから肩に手を掛けた。
「ひいいいいい!!」
俺は振り向き様に工藤の兄貴の腹を包丁で刺した。
「あ?」
腹から血をビュービュー噴き出し、工藤の兄貴が俺と腹を交互に見る。
「あ、晃あぁぁぁ!!」
後ろに下がる工藤の兄貴。
──傷は浅いな。あのままじゃ逃げられちゃうなぁ?
に、逃げられたらどうなる?
──そりゃ傷が治ったら探し出されて細切れにされて終わりさ?クカカカカカカ!!
それを聞いた俺は工藤の兄貴に急いで近寄った。
「うわあああああああああああああ!!!」
工藤の兄貴を押し倒し、馬乗りになる。
「晃ぁあ!!あぎらあぁぁぁあぁああ!!」
すげえ憎悪の目を俺に向けて吼える工藤の兄貴の首に俺は包丁を刺した。
首からものすげえ血が俺に向かって噴き出した。
俺は血のシャワーを浴びながら、工藤の兄貴のツラをメッタ刺しにした。
「うわあ!!うわあああ!!うわああああああああああ!!!」
工藤の兄貴はピクリとも動かなかったが、俺は刺すのをやめなかった。
やがて俺は力が抜けたように、両手をだらんと下げて、馬乗りにしている工藤の兄貴のツラを見る。
「うえ!!うええええっ!!」
そのまま工藤の兄貴に向かってゲロを吐いた。
工藤の兄貴は血と脳漿を垂れ流し、ツラなんか原型を留めていない、耳も鼻も、目も全てグシャグシャになって、更に俺のゲロをぶち撒けられてかなり汚れていた。
「お、俺が悪いんじゃねぇよ…俺じゃないから!!」
俺は工藤の兄貴とあずみさん、いずみちゃんをそのままにして工藤の兄貴の家から逃げ出した。
「きゃあ!!」
「うわあ!!」
工藤の兄貴の近所の連中が、俺を見た途端に逃げ出す。
そりゃそうだ。俺は返り血を浴び捲りでドス黒く汚れているから。
そして俺が殺人犯なのは紛れもない事実だ。
なぜか解らないが、涙が出てくる。
俺は息を切らしながらも、ひたすら走った。
疲れた俺は少し立ち止まって膝に手を付き、屈んだ。
「アンタ!!何してんだ!!早く避けろ!!」
俺は声のする方向を見る。
遮断機の向こう、かなりの数の人間が手招きしたり、口を押さえてツラを強張らせたりしている。
遮断機の向こう?
俺は首を曲げて後ろを見た。
電車が俺の目の前に接近している。
「ああああああああああ!!」
意識が途切れる寸前に、奴等の声が聞こえてきた。
──良かったじゃねぇか?電車で遠くまで行くつもりだったんだろう?ギャハハハハハハハハ!!
──尤も遠過ぎるけどなぁ!!ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
俺の意識はそこで途切れた…
もう二度と戻る事はないと思いながら…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
若頭の峰康の兄貴が本州の外れに出掛けた。
戻ってくるまでシノギは一切しなくといいと。
とは言え、客は普通に来る訳だ。特に食い物屋には。
カタギの従業員を使っている商売も多々あるウチに、シノギをせずに事務所待機はハッキリ言って無理だ。
せめて責任者がいない食い物屋くらいは面倒見なきゃならねぇ。
組のモンがここ数ヶ月で沢山くたばっている今、確かに俺もおっかないが、誰かがやらなきゃならねぇ。
若頭不在で神山も死んじまった今、俺がやるしかない。
俺は事故やら刺客やらを気にしながらも、組で一番目立たねえ車に乗り、組のモンが全く立ち入りしない、普通のファミリーレストランに向かった。
ここは親父がオーナーで、他に責任者も設けずに親父一人で仕切っていたが、今は親父もあの様だ。
よって組の上のモンが親父の代わりに仕切っている。
親父の方針で組のモンを立ち入らせない、本当にカタギ向けに作った店だ。
シノギもそんなに期待出来ないが、それなりにアガリもあるから無視できない訳だ。
「おつかれさぁん」
レストランの裏口から従業員休憩室に入る。
「おつかれす…」
「どうも…」
従業員達は俺等が安川組だって事は当然知っている。
故に俺等にはおっかなびっくりで接してくる訳だが、ここ数ヶ月は勝手が違った。
パートやバイトは軒並み辞めて行き、一時は30人いた従業員が今は10人。
募集を掛けているが、一向に集まらない。
24時間営業のレストランにはキツい状態だ。
「悪いな、人手不足でよ、今に何とかするから、それまで耐えてくれや」
俺は仕込みやら材料やらの指示をし、従業員に給料明細を渡した。
今日は給料日だから、どうしても誰かがレストランに明細書を持って行かなきゃならなかった。
明細書を受け取る従業員の一人、バイトの若いモンがガタガタと震えているのに気が付く。
「どうした?具合でも悪いのか?ツラ真っ青だせ?」
バイトは俺のツラを見て、震えながら口を開く。
「あの…何を連れて来たんですか…?」
ドキッとし、バイトを外に連れ出した。
「オメェ、名前は?」
二十歳そこそこのバイトに威圧感を与えないように接しているつもりだが、バイトは俺を見ようとはせずに、ただ俯いて震えている。
「別に取って喰おうとはしねぇよ。何を連れて来た、とか言っていたが、一体何の事か知りたいだけだ」
一時火を点けた煙草を足で揉み消す。一応、俺なりに気遣っての事だ。
「あ、あの、後ろに…物凄い数の死体が…ウェッ!」
バイトは俺から離れてゲロを吐いた。
「おいおい、大丈夫か?で、物凄い数の死体ってのは?」
俺は近寄りもしないで訊ねた。
「ハッ、ハッ……首の長い、蛆が沢山湧いた死体とか…炭みたいに真っ黒になっている死体とか…です…」
俺は目を細めた。後ろにいる死体……もしかして……
「腐った臭いがするのはそいつ等からか!?」
事務所や親父の屋敷でここの所よく嗅ぐ臭い。
遂には俺のマンションでも漂って来た臭い。
バイトは真っ青になりながらウンウン頷いた。
「あ、あの、おじさんからだけじゃないんです。オーナーがまだ店に来られていた時にも、そいつ等はオーナーに付いて来ていました…」
親父にも付いて来ていたのか!!いや、もしかしたら親父から始まったのかもしれん…
「あの…ぼ、僕は幽霊の姿しか見えないから、よく解らないですが、おじさん、オーナー、いずれ死にます…そのままにしていたら……」
蒼白になった。ウチの若いモンや神山も、もしかしたらそいつ等に殺されたのか!!
俺はバイトの肩を掴み、ガクガクと揺さぶる。
「そいつ等を離す方法は無いのか!!」
バイトは首をブンブン振りながら、泣きそうなツラを拵えて訴える。
「ぼ、僕は見えるだけです!!祓い方なんて知りません!!どこか神社か寺かに行って相談した方が………」
俺はバイトの肩を離した。
「そうか、そうだな…お前、どこか祓えそうな所知っているか?」
「わ、解りませんが…取り敢えず近くの寺とか…もしかしたら、そう言う場所を教えてくれるかも…」
「ありがとよ」
俺はバイトの肩をパンパン叩き、礼を言ってすぐ様車に戻った。
寺は店の直ぐ近くにある。
一応御札や御守りも扱っている、それなりの寺のようだ。
寺に入ると、住職が庭を掃いているのが見えた。
「住職さんかい?」
住職はチラッと俺を見るなり、絶叫した。
「うわあああああああぁああああ!!」
腰が抜けたのか、その場にへたり込む。
「見えるのか…なら話は早い!!どうにかしてくれ!!」
一歩踏み出す。住職はへたり込んだまま、後退りする。
「アンタ!!なんちゅう者を引き連れているんだ!!ウチじゃどうしようも無い!!他を当たってくれ!!」
住職は境内に置いている御札と言う御札を俺に向かってばら撒いた。
「こんなの一時凌ぎしもならないが、これを持って出て行ってくれ!!」
「有り難く戴いておくが…住職さん、アンタじゃ無理なら、誰か紹介くらいはしてくれ!」
俺は札を拾い集め、内ポケットに押し込みながら聞く。
「北嶋…北嶋心霊探偵事務所!最早そこしかない!アンタが連れて来ているのは死霊…殺す為に存在している霊魂だ!!半端な霊能者じゃ話にならない!さぁ!出て行ってくれ!!」
住職はそれだけ言うと、寺の中に引っ込んで戸や窓を全部締め切った。
車に戻り、北嶋心霊探偵事務所の電話番号を104番で探す。
プルルルルルルル…プルルルルルルル…プルルルルルルル…
「ち!何で出ない!」
苛立ち、車を走らせながら、再び104番に電話をした。
プルルルルルルル…プルルルルルルル…プルルルルルルル…
…おかしい…混んでいるにしても、こんなに繋がらないのはおかしい…
おかしな汗が噴き出し、身体中がぐっしょりと濡れていた。
内ポケットがもぞもぞと、何か入っているようにくすぐったい。
さっきの札か?
運転しながら内ポケットから札を取り出す。
「うわあああああああああああああ!!!」
驚いて札を助手席にぶん投げた。
札に蛆虫がびっしりと張り付いて、それが動いていた!くすぐったかったのは蛆虫が蠢いていたからか!!
──無駄だよ…アンタ死ぬんだ…
運転席の後部座席から声が聞こえた。
ルームミラーをチラッと見る。
「ぎゃあああああああああ!!」
後部座席には、そいつ等が乗っていた。
腐った身体を互いに密着させ、その部分が捲れ、崩れていながらも、俺を見てニタニタと笑っていたのだ。
──やはり死ぬのは怖いのかい?ギャハハハハハハハハ!!
──御札なんてモンは俺達に通用しないよぉ!!フハハハハハハハハハ!!
──誰も俺達を祓えないよぅぅぅ…だぁかぁらぁ…
いつしか助手席にも、ボンネットの上にも、死体共が群がっていた。
そいつ等は俺に一斉に指を差す。
──諦めて死ね!!
低い、だが、力強い声で言った!!
「いやだあああああああ!!」
思わずアクセルを踏み込む。
死体共の腕が俺に絡み付いてくる。
──死ね!!
──死ね!!死ね!!死ね!!
──死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしねぇ!!ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
「ぎゃあ!!うわあああ!うわあああああ!!あっ!?」
ハンドル操作を誤り、壁に激突した。
俺はそのままフロントガラスを突き破り、自分が運転していた車の前に放り出された。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」
グシャッ
俺は自分が運転していた車に轢かれて、胴体が真っ二つになった…
内臓がびちびちに飛び散る様を見ながら意識が遠くなっていく…
──自分で自分を轢いちまうなんて、最高な芸だなぁ?ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
死体共が嘲り笑う中で…
俺の意識は完全に無くなっていった………
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