祭り囃子に誘われて。
「……詠水くん」
「なんだ」
「話を要約しますと、今日は通わせが無いおかげで、祭まで暇を持て余しているという事で良かったんですかね?」
「まあ
「だからと言って私の家で不貞寝する必要はあるんですかね!?」
「別に減るモンでもないだろ」
「あの、お鉢に入ってた
「馬鹿が馬鹿とか言ってんじゃねぇぞ。ぶっ飛ばすぞ馬鹿野郎」
「ごめんなさい、一旦泣いてもいいですか?」
無駄に忙しそうにする村人達とは裏腹に、する事があまりにも無さ過ぎた俺は、絹羽商店から一旦は帰宅するも、すぐに葵の家へと赴き寛いでいた。葵の家は色々と充実しており、実に快適だからな。
葵の家は里守之稲荷を祀る
そんな屋敷の中で、俺は置いてある菓子を貪りながら、腹ばいの姿勢になって足をパタパタさせている葵がテレビゲームをしている所をのんびりと鑑賞していた。ちなみに今の葵は神社にいる時とは違って、巫女服ではなくヘソ丸出しのチューブトップにショートパンツという、半分裸みたいな格好をしている。家の中だからとは言っても、年頃の女がそんなにも肌を露出しているのは如何な物なのだろうか。今年は例年になく暑いので、気持ちは分からなくもないが…
「あっ、詠水くん今エッチな目で私の事を見てましたね?女の子はそういうの分かっちゃうんですからね!!気をつけてください!!」
嬉しそうな声で言うな。この上なく哀れだぞ。
「ああ、なぜそれほど貧相な体をそこまで見せびらかせられるのか不思議に思ってだな」
「あなた本当に最低ですねっ!?普通だったら、今夜に『紙渡し』を控えている女性に向かってそんな事言いませんよ!?」
「なんだ?今年は『
「うぐっ……お、折るかもしれませんよ……ね?」
「俺に聞くなよ」
この調子ではもうしばらくの間は処女巫女のままだろうな。
「それにしても、祭りを控えているというのにのんびりとゲームに興じていても良いのか?神事の準備があるのだろう?」
少なくともこんなふざけた格好のままで祭りを迎えるのは論外だろう。
「大丈夫ですよー、まだ正午も迎えていませんからね。舞と祝詞はちゃんと覚えちゃってますし、巫女服には諫ちゃんと
数年前までは祭りの直前になると分かりやすくテンパっていたあの葵が、随分と余裕をかますようになったじゃないか。むしろ、今頃は諫奈の方がテンパっているくらいか。
「それに村人を集めた状態での祝詞の奏上は、倣神野の方が先になりますからね。諫ちゃんは今年が初めてですし、色々と手厚く準備をしたり舞の練習をしてるんじゃないですか?」
「まあ諫奈はお前と違って覚えが悪いからな。なんなら本番ギリギリまで練習しても完成度が怪しいくらいだ」
むしろ姫女即位式で、あの長ったらしいセリフを噛まなかったのが不思議なくらいだ。
「犬神様に奏上する祝詞や舞は、私たちのそれと比べてかなり複雑ですからね。退位するまでの間、一度も間違える事なく神事や儀式をこなしてきた諫寧さんの凄さを改めて感じますよ…」
「確かに、そう言われてみれば神繋の巫女が行う舞は、姫女のそれに比べてシンプルに感じるな」
「舞や祝詞なんてものは、別に小難しい必要はありませんからね。里狐様にいつもありがとうございます、これからもよろしくお願いしますって気持ちが伝わりさえすれば良いのですよ」
楽観的かつ大雑把な思想だな。だが、祭神はあのふざけた倒した幼狐なので、その程度の扱いでも十分だろう。堅苦しい祝詞など無用の長物と言えよう。
「ところで詠水くん、もう少しでお昼になりますがお昼ごはんはどうします?もしならお母さんにお願いして詠水くんの分まで作ってもらいますが…」
「いや、それは俺が飯をたかりに来たみたいで気が引ける。そろそろ家に…」
「にぃには家に帰れませんよ」
いきなりしゃしゃり出てくるなり訳の分からない事をほざき始めた第三者へと視線を移すと、眠たげに目を半開きにした黒髪の少女が、警備員のごとく両手を広げて部屋の出口に立ち塞がっていた。
「ここを通りたくば、
キメ顔だった。
「…葵、お前の妹は何故こんなにも頭が大変な事になってしまったと言うのだ」
「私に聞かないでくださいよ。憶測の域を出ませんが、確実にお母さんの影響でしょうね」
「憶測で確実とはどういう事なんだ…」
「お二人とも、
「末期じゃねぇか」
「姉として恥ずかしい限りですよ…」
「おい、さりげなく自己を美化するな。お前の方がよっぽど生きてて恥ずかしい存在だぞ」
「詠水くん、定期的に私を攻撃するのやめてもらえませんかね?」
「また
抑揚の無い声でそう
「にぃに、本日は絶好のまぐわい日和です。そして驚く事に、つまみ食いにうってつけの処女がこんなところに。昼食など摂っている場合ではありませんね。さあ、劣化しないうちに
何をトチ狂ったのか、蓬はいきなり着ていた服を脱ぎ始めた。
「ちょっ、年頃の女の子が何やってるんですか!?お姉ちゃんの前でそそそそそそんな破廉恥な行為は認められませんよ!?いや、私の前じゃなくてもダメです!!」
顔を真っ赤にした葵がゲームのコントローラーを放り投げ、服を脱ぎ始めた蓬に駆け寄り、その手を拘束する。以前から気になってはいたが、なぜ葵は妹に対してまで敬語を使っているのだろうか…
「離してください。貧乳駄目巫女のねぇねにどうこう言われる筋合いなどありません。土曜日や日曜日の夜に、人知れずにぃにの名前を連呼しながら手淫に
「ああああぁぁぁあぁああぁああ!!!??それもう暴露しちゃってますからっ!?………あっ。ちちちちちち違います!!全然
「キャラがブレまくりだぞ。一体どこに突っ込みを入れたら良いのだこれは…」
「突っ込むなら
「お前は喋るな」
「にぃに、
「だから脱ぐなって言ってるじゃないですか!?」
葵が羞恥と怒りで顔を真っ赤にして蓬を止めているのいるのに関わらず、蓬は無駄に上気した顔で脱衣を継続する。なんなんだこの姉妹…村の要となっている家系に生まれる者のそれじゃねぇな。
なんとか蓬の両手を抑える事に成功した葵は、そのまま勢いに任せて蓬を床へと押し倒し、抑えつける。葵は俺が相手じゃなければ意外と動けるんだな…
事の沈静化に成功したかと思いきや、再び部屋の扉が開かれる音がする。
「あんたたちさっきからうっさいわね!!ふざけてる暇があるんなら祭りの準備で……も…………」
堪らずといった感じで部屋に乱入してきた女性……葵の母である
母親の介入によって動きを止めた神繋姉妹だったが、かたや服が乱れ半裸の状態で抵抗をする妹、かたや感情的になって妹の身包みを剥いでいる姉………という構図に見えなくもなかった。
「葵……母さんショックだわ……なかなか詠水くんとくっつかないなー、早く孫の顔が見たいなー……なーんて期待してたのよ?それが蓋を開けてみればレズでシスコンだっただなんて……性に忠実なのはとても良い事だけど、これはちょっとね……。毎晩コソコソと詠水くんの名前を連呼しながら自慰をしてたのはカモフラだったのね……」
「ああああぁぁぁあぁああぁあ!!!???違う!!違いますから!!妹に欲情するわけないじゃないですか!!私は生粋の詠水くんLOVERですよ!?でもおっ…おおおおおお…ぉナニーはしてないですからっ!?皆してデマを拡散するのは感心しませんよ!!」
「母上…このままでは蓬の初めてがねぇねになってしまいます。相手がにぃにであれば、どんな陵辱も悦んでお受けさせて頂きますが、これは望まぬ展開です。さぞや里守之稲荷様も、己に仕えている者の横暴さに、悲しみの情をお持ちになられている事でしょう」
「いきなり服を脱ぎ出した人がいけしゃあしゃあと何を言っているんですか!?お母さん、変態の妄言に耳を貸してはいけませんよ!!詠水くんも黙って見てないで私を擁護してくださいよ!!」
葵、お前の要請はちゃんと聞こえている。しかしだ……
「詠水くんならもう居ないわよ」
「にぃになら窓から出ていきましたよ。あまりのワイルドさに蓬はほぼイきかけました」
「…ここ二階なんですけどおぉぉ!!??」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
祭り前だと言うのにヒドイものを見てしまったものだ。あんなポンコツ一家が祭りの主催だと言うのだから傑作だな。
ふとスマホが振動を始めたので、何事かと思い取り出してみると、画面には『
「……俺だ」
『うふふ〜、詠くんこんにちは〜。少しだけ〜時間をもらっても良いかな〜?』
聞き馴染みのあるのんびりとした女の声がスピーカーを介して聞こえてくる。
「構わんが今は通りを歩いている。変な話は避けた方がいいぞ」
『そっか〜…少し話し難いことだから〜一旦こっちまで来てもらえないかしら〜?』
諫姉が俺に話があるだなんて、九分九厘は面倒臭い話だろう。
「悪いが今からメシにしようと思っていたところだ。日を改めてくれ」
『あらあら〜…それは残念ね〜。でもでも〜今からおばさんの所に来れば〜おばさんの手料理が食べられるわよ〜?』
「可能な限り全速力でそちらへ向かう」
俺は陸上選手顔負けのフォームで、準備に追われた村人たちでごった返した通りを駆け抜ける事となった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「うふふ〜、詠くんったら〜息を切らしてまで急いでくれるなんて〜そんなにおばさんの料理が食べたかったのかな〜?」
「ああ。なぜ味噌カツというありふれたメニューで、こんなにも美味しくできるんだ?諫姉はもう姫女を退位したのだから、定食屋でも開いて欲しいのだが」
「もう〜お上手なんだから〜。でもでも〜、そんな事始めちゃうと〜分家の者が黙ってないから〜現実的じゃないよ〜。おばさんを詠くんのお嫁さんにすれば〜毎日作ってあげられるけど〜?」
俺は諫姉の軽口を無視し、目の前の馳走を食らう事に専念する。
先刻、倣神野諫寧からの
倣神野本家は神繋家を優に超える、非常に広大な敷地面積を誇っており、この小さな村ではその存在感を遺憾なく発揮している。
分家の人間が24時間体制で目を光らせている門をくぐると、立派な庭園が広がっており、村の集会所へ向かう道と『神前域』へ向かう道が存在している。『神前域』の前にはまたしても門が設えらており、より堅牢な警備がされている。『神前域』には罪喰之犬神を祀る本殿とその拝殿、姫女及びその子孫が住まう寝殿が存在しており、姫女直々の許可無しに入る事は、何人たりとも許されていない。
で、俺はそんな寝殿の中、元・姫女である倣神野諫寧が作った手料理に舌鼓をうっていた。諫奈の作る料理は天下一品だが、その料理を教えたのは
「食っておいて言うのもなんだが、
「うふふ〜、本当に今更ね〜。心配する事はないわよ〜、普通だったら〜村の人たちがコラ〜って怒っちゃうかもだけど〜詠くんにコラ〜ってしたら〜、おばさんがコラ〜ってしてあげるから〜大丈夫なのよ〜」
諫姉はほわわんとした顔で俺の頭部を抱きしめると、よしよしと頭を撫でてくる。やめろ、
「諫奈は舞の練習か?」
「そうよ〜、今も拝殿で練習してるから〜是非見てあげて欲しいな〜。諫奈も〜詠くんに見てもらえたら〜もっと頑張れると思うの〜」
いや、むしろ人に見られると余計に緊張してしまうのではなかろうか?まあそんなんでは大衆を前に舞なんて出来たものではなくなってしまうが…
気づけば、目の前の皿と丼は空となっており、極上の昼食は完食してしまったようだ。
「…ごっそさん」
「うふふ〜、お粗末様でした〜。お腹いっぱいのところ申し訳ないんだけど〜少しだけおばさんのお話しに付き合ってもらえないかしら〜?」
変わらずのほほんとした表情でニコニコとしている諫姉だが、その目は俺の双眸を捉えて離さない。
「そっちが本題なんだろ。勿体付けてないでさっさと話せ」
「気になる事があってね〜、詠くんはここ最近で〜、変わった女の子とお話しをしなかったかしら〜?」
「回りくどい聞き方をするな。俺の周りの女は変わった奴しかいないぞ」
「確かに〜詠くんの周りの女の子は〜個性的な子が多いけど〜そう言うのじゃなくて〜なんて言えば良いのかな〜……異質な女の子と会った、な〜んて事は無かったかしら〜?」
異質な女。そう言われて思い浮かぶ人物は一人だけいる。だが、諫姉はなぜそんな質問をしてきたのだろうか。そんなピンポイントな質問をしてくる時点で、あの女と出会った事は、なんらかの形で諫姉の耳に入ったと言う事だ。
あんな時間に、しかもあんな場所だと言うのにも関わらず、誰かに見られていたのか?もしかすると、俺の動向は全て倣神野サイドに監視されているかもしれないな。だとすれば、俺にはプライバシーってものが無いのかもしれない。
「もう一度言う、回りくどい聞き方をするな。俺を試すような真似をするなら、諫姉の質問には答えん」
「あらあら〜、試してるつもりなんてないのに〜。でもでも〜、どうしても知っておきたいから〜、質問の仕方を変えるね〜。
真っ白な女の子に会わなかったかしら〜?」
分からない。それは諫姉にとって重要な事なのか?あの女は一体何者なんだ?
「……そんな事を知って何になると言うんだ?」
「こらこら〜、詠くんの言うとおりに〜おばさんは質問を変えたんだから〜ちゃんと答えないと駄目よ〜」
諫姉はぷっくりと頰を膨らませ、その奇跡とも呼べる双丘の前に人差し指のバッテンを作る。その歳の女がそんな仕草をしようものなら、普通は痛々しくて目も当てられない悲惨な状況になるのだが、20代と言われてもまるで違和感のない諫姉ともなると、全く痛々しさが感じられない。作為的ではなく素でやっているというのも大きな要因かもしれない。
「…夜道ですれ違った程度だ。名前すら知らん。『話した』と言える程、俺はあいつの事を知らない」
「え〜?本当に〜何も知らないの〜?」
諫姉に嘘は通用しない。
「知らん。強いて言うのならば『花が好き』だと言う事くらいだ」
「もう〜、女の子の好きな物を聞き出しているだなんて〜十分に会話してるじゃない〜」
「聞き出したわけじゃねぇよ。…俺の質問にも答えろ。諫姉はあの女の何を知っているんだ?」
「うふふ〜、私にも分からないから〜詠くんにこうしてお話しを聞いているのよ〜?知っている事なんて〜その子の名前とご家族だけよ〜。詠くん〜、その子はどんな子だったのかな〜?」
「だから花が好きだという事くらいしか知らんと言っただろう」
「そうなの〜?それ以外にも〜色々お話しはしてないのかしら〜?客観的な事実である必要はないから〜詠くんの主観的な感想を聞きたいな〜」
まるで世間話をするかの如く、気さくな態度で尋ねてくる諫姉だが、俺の目から決して視線を離そうとしない。
「……あいつは美しかった」
そう、あの夜はさながら幻想の如く。
夜に
「すぐに消え去ってしまいそうなほどに弱々しく、咲き誇るこの一瞬に強く…強くしがみついているかのような………不条理と言う名の夜に咲いた白い花だ」
簡単にへし折れてしまいそうな華奢な腕は、死の恐怖を…生への執着を掴んで離さなかった。
鮮明に蘇る記憶が、俺の心を僅かに乱す。
「…そいつは命の危機に直面しても、他に縋る事しか出来ぬほどの弱者だ。だが…何か特殊な角度で世界を望んでいるようにも見えた」
諫奈とも、葵とも、遙とも…そして、俺とも全く違う視点を持っているように感じた。とても曖昧で漠然としすぎた感想だ。だが、あいつとの会話はどこかぎこちなく、それでいてどことなく心地の良い物だった。
「そっかそっか〜、きっと凄く素直な女の子なんだね〜。教えてくれてありがとう〜。でもでも〜、詠くんがそこまで一人の人間に気を向けるなんて珍しいわね〜?」
「良く言う。それは俺のセリフだ。あいつは先天性白皮症だという事以外にも問題でも抱えているのか?」
「そんな事はないよ〜。おばさんも〜詠くんと概ねは同じような感じだよ〜。あの子は〜、少しだけ他の子たちとは違う何かを感じるの〜」
自分では気づいていないだろうが、基本的に諫姉は曖昧な事を口にしない。わざわざ言葉にする事柄については、何かしらの根拠が存在している事の方が多い。
「……『何かが違う』の言い間違いじゃないのか?」
「うふふ〜、詠くんは〜変なところで鋭いね〜。それとも〜おばさんが分かりやすいのかな〜?実は〜、昨年にあの子が16歳になって〜初めて『清心浄魂の儀』を行ったんだけど〜一般的には見せない無いような反応を見せたから〜少しだけ不思議に思ったの〜」
清心浄魂の儀か…おっさんとの会話が初めて役に立った瞬間だな。
「諫姉の言う一般的な反応とは『負の感情を叫び、晴れやかな顔で帰っていく』と言う事か?」
「うふふ、詠くんには『清心浄魂の儀』に関する事は話した事が無いと思うだけれど…誰から聞いたのかしら?」
その慈母のような微笑みから放たれる黒い、黒い
「教えん」
「そっか〜…じゃあおばさんも教えません〜」
諫姉は唇のまえでバッテンを作ると、首をふるふると横に振る。チッ、都合の悪い事になると、すぐにはぐらかしやがる。
「質問には答えた。もういいだろ」
「あっ、もう一つだけ訊きたい事があるの〜。今朝に詠くんが電話をかけてきたでしょ〜?タケちゃんが…ってところで通話が切れたんだけど〜、あれは何だったのかしら〜?」
犬神様ギルティファイヤーのくだりをバラすと、恐らくマジでシャレにならないので無かった事にすべきであろう。でなければ、おっさんが諫奈にギルティファイヤーされてしまう事になるだろう。それはそれでおっさんは悦びそうだが…あれ、これバラしても良くないか?
「…
「うふふ…今度タケちゃんにはどんなお仕事をお願いしようかな〜?ちょっとだけ〜大変な仕事になっちゃうかもだけどね〜?」
………………おっさんに、合掌。
「そうだ、犬神で思い出した事があるんだが…」
「こらっ、ちゃんと犬神様には感謝の気持ちを持って〜敬意を払って〜様をつけなきゃ駄目よ〜?犬神様がどうかしたのかしら〜?」
「諫姉、『
不意に、俺の体が柔らかい感覚に包まれる。気づけば諫姉の両腕が俺の体に回され、後ろから抱きつかれる形になっていた。
その優しくも温かい抱擁は、冷たい鎖の如く強固で、俺を掴んで離さない。
「詠くん……誰から聞いたのかしら?どこで聞いたのかしら?いつ聞いたのかしら?なぜ聞いたのかしら?何を聞いたのかしら?」
無駄にでかい乳房が邪魔で諫姉の顔は見えない。
「質問をしているのは俺の方だ」
「ごめんね、詠くん。それはね、知り得ない名なの。初代の姫女が秘匿した名なの。詠くんが知るはずの無い名なの。だから、私は知る必要があるの。
「禁書………だと?」
「禁書は姫女だけが読む事ができる…犬神様の本殿に眠る初代の姫女が遺した書物なの。他者の目に触れる事などあってはならない事なのだけど、仮に他者に読まれたとしても当時の字は姫女にしか解読できないはずなの。知り得ないのよ、その名は」
「なるほどな。つまり俺にその名を吹聴した者は禁書に触れた者、或いはその者に関わりのある者だと言いたいのか?」
「ごめんね、詠くん。教えて欲しいの。私は知る必要があるの」
「知ってどうする?」
「全てを問い、全てを語ってもらうの。そして、本殿にその身を侵入させた罪を償ってもらうのよ」
そうか……そうか…………
「くっ……ははははははははは!!!!」
可笑しい。可笑しくて仕方ない。
「詠くん、何が可笑しいのかしら?」
「可笑しいに決まっているだろう。諫姉じゃ問いただす事も、罪を償わせる事もできないからな。相手が悪すぎる」
「………
「あの能天気な一家が、そんな無駄な事に労力を費やすとでも思うのか?」
「でも、詠くんは知っているのでしょう?禁書に触れた者を、知っているのでしょう?」
「そもそも、その前提が間違っている」
「前提……?」
「そいつは禁書など読んでもいないだろうし、存在すら知らんだろう。その名を最初から知っていただけだ」
そもそも、倣神野の厳重な警備をかいくぐり、犬神の本殿に近づく事ができるような輩はこの村にはいないだろうよ。
「そんな事はあり得ないの。でなければ姫女の血を受け継いできた者のうち、誰かが口外してしまった事になってしまうのよ?」
「それはあり得ない事なのか?」
「あり得ない事よ。それは初代姫女に対する冒涜であり、犬神様に対する冒涜でもあるのだから。…詠くん、お願いだから教えて。知らなくてはならないの。姫女の遺志を穢した者を、知らなくてはならないの」
諫姉、少し落ち着いた方がいいぞ。
「諫姉、あんたには嘘が視えるんじゃないのか?聞こえていなかったのであればもう一度言うぞ」
諫姉はより強く、俺を抱きしめる。
「そいつは最初から知っていた」
間髪いれずに質問を浴びせてきた諫姉だったが、ここへきて沈黙を保ち始めた。珍しく考え込んでいらっしゃるようだ。
「ごめんね〜、詠くん〜。おばさん少しだけ動揺しちゃったから〜急にまくし立てちゃったね〜」
いつものおっとりと、ゆっくりとした声が背後から聞こえてくる。
「気にすんな。珍しいものも見えたしな」
「も〜、あんまりおばさんを〜
おい、乳を押し付けるな。圧死する。
そんなくだらない死に方はしたくないので、諫姉の腕から逃れ、食卓を離れる。
「…詠くん〜、その名を知る者が誰か〜教える気はないのかな〜?」
「無いな。だが…ヒントをくれてやってもいい」
俺は無意識に悪戯っぽい笑いを浮かべてしまう。
「そいつは全てを知っている。そいつは人を愛してやまない」
「…詠くんは犬神様にお会いしたのかな〜?」
「近からずとも遠からずってところか。それは外れだが、辛気臭い話はここまでだ。もう一つの神に失礼だからな」
何せ今宵は、神が直々に『楽しむが良い』と言った祭りなのだからな。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ーーーシャン、シャン…
数多の蝋燭が灯り照らす薄暗い部屋に、
舞鈴の残響が消えては、
少女が
完全なる
ーーーシャン、シャン………
少女が振りかざす鉾先舞鈴の刀身が、おびただしい数の
夏の暑さを閉じ込めたこの拝殿で、雑念の一つも持たず舞い続ける少女の額には、当然ながら決して微量とは言い難い汗が
シャン………
鉾先舞鈴を高らかに振り上げた少女が静止する。不足した酸素を取り込むべく肩で息をしているものの、挙上した右手は微塵も動かさない。
フッ……と、深く息を
「いっぱい汗かいちゃった……詠くん、どうだったかな?」
諫奈は自らの舞の完成度を、終始見物していた俺に尋ねて来るが、その顔には僅かな自信の色が見える。今までにない手ごたえを感じたのだろう。
「三回目の舞鈴の後に、一回転を忘れているぞ。それと最後は、舞鈴を下で一回鳴らした後に上で一回だ」
「えぇ!?全然ダメじゃん!!なんで私よりも詠くんの方が覚えてるの…」
「
「…でも、詠くんが見て私が間違えてるって事が分かるのは、舞を全部覚えてるからだよね?」
「『紙渡し』の舞は
「何度か見ただけで覚えられちゃうその要領の良さを、私にも少し分けて欲しいなぁ…」
「諦めろ。アホのお前とは脳の構造が根本的に違う」
「もう、詠くんはすぐアホって言うんだから!!」
頰を膨らませた諫奈が、手に持っている
「犬神の御前だぞここは。
「ちゃんと感謝の気持ちと敬意を払って、犬神様には様を付けないとダメだよ。それに、犯した罪には相応の罰が課せられるんだよ、詠くん」
「難しい言葉を使おうとしたところで、諫奈はアホだ。アホをアホと称する事はなんら罪には該当しない。アホのお前にも分かりやすいよう、アホみたいな説明をすると、お前はアホであるから、アホのお前にアホと言う行為は、アホにアホと言う行為に相当し、お前がアホである以上アホなお前が悪いんだよアホ…と言う事だアホ。分かったか?アホ」
「何言ってるか全然分かんないし、アホアホ言い過ぎだよ!?」
またしても諫奈は鉾先舞鈴をシャンシャンと鳴らしながら突き刺してくる。地味に痛いからやめろ。刀剣の部分は金属製なんだぞ馬鹿野郎。
「うーん…覚悟はしていたけど、舞って結構大変だね。
「さっきまでゲームをしながら寝っ転がっていたぞ」
「ええっ!?この差は一体何なのっ!?」
「年季と要領の良さの差だろ」
諫奈の覚えが悪いのもあるが、神繋の舞は間違える方が難しいくらい単純だしな。
「去年までは、詠くんや
「どうせ例年と同じショボい屋台が立ち並ぶだけだ。変な浪費をしないで済むと思えば良いだろ」
「ショボいとか言いつつも、詠くん結構ノリノリだよね…去年の
そんな事もあったな。遙と共に壇上にある商品を、矢継ぎ早に掻っ攫っていき、
「飾ってある…?ゴミ山の中に埋めてあるの間違いじゃないのか?」
「詠くんは私の部屋を何だと思ってるの!?」
「ゴミの最終処分場」
「そんな
諫奈は得意満面のドヤ顔で胸を叩く。諫姉から受け継がれた二つの軌跡がこれでもかと言うほどに揺れる。部屋の掃除はできて当たり前の事であって、決して人に威張れるような事ではないぞ。
成長とも呼べないような向上を誇らしげにする幼馴染みに呆れていると、拝殿に誰かが近く
「うふふ〜、詠くん〜諫奈の舞はどうだった〜?」
至ってのんびりとした口調でそう訊いてきた、先代の姫女である
「手順を間違えている時点で零点だが、動き自体は綺麗だから20点はくれてやる。もちろん100点満点中だ」
「点数が
「じゃあ〜、お母さんが〜お昼ごはんを我慢して〜一生懸命に練習してた諫奈に〜80点あげるから〜、詠くんの20点と足して〜100点満点〜!!」
「えへへ…」
超謎理論によって、母親から100点満点を与えられた諫奈は嬉しそうに顔を綻ばせる。何を喜んでやがる。お前の頭は3歳児か?
「今練習してたのは犬神様に奏上する祝詞だけど、里守神社ではまた別の事をするのかな?」
不意に諫奈が疑問を挟む。こいつ、祭りに関する事を何も知らないんだな。姫女のお前がそんなんじゃ駄目だろ…
「いや、
「え、じゃあ里守神社では
「そうよ〜。でもでも〜、姫女がうちの集会所で行う舞と祝詞は〜、あくまでも『
……毎年の事ではあるが、姫女である諫姉よりも、神繋の巫女である葵の方が、
「…俺としては、神社に着いてからの心配ではなく、神社に着くまでの心配をしていただきたいんだがな」
「うぅ…わかってるよ…私だって怖いんだからね?」
諫奈は思い出したかのようにして、里狐さんの山へ入らなくてはならない恐怖に萎縮する。
「怖がる事はないわよ〜。ちゃんと詠くんの言う通りにすれば〜危ない獣さんたちと逢う事はないのよ〜」
「そっか…動物さんたちもグッスリ寝てるわけだし、起こしたら可哀想だもんね」
「その動物さんたちは、大半が夜行性だぞ…」
本当にコイツを山に入れて大丈夫なのだろうか……
「…諫姉、何か用事があってここに来たんじゃないのか?」
「そうそう〜、忘れちゃうところだったわ〜。諫奈〜、葵ちゃんが〜
「意外と早いんだね。でも、舞の練習でいっぱい汗かいっちゃったし丁度良いや。お昼ごはんを食べたらすぐに行こうかな」
禊とは名ばかりの天然温泉だからな。とは言え、そんな汗を流してくるような感覚で身を清めても良いものなのか…?
「うふふ〜、どうせなら〜昔みたいに詠くんも一緒に〜3人で温泉に入ったらどうかしら〜?」
「ええぇぇええ!?詠くんも入るの!!??」
諫姉の戯言に、諫奈は顔を真っ赤にして驚愕する。
「入るわけないだろアホ。諫姉は一体いつの話をしているんだ。そもそも禊に男を交えるなんて、論外というレベルではないぞ…」
良く考えなくても、ただの混浴じゃねぇか。
「禊なんてしなくても〜諫奈も葵ちゃんも〜とても綺麗な
「うーん…もっと別の問題があると思うんだけどなぁ…」
むしろ問題しかないだろ。
「心配すんな。そんなところに俺が交ざるわけがないだろ」
「うふふ〜、そうね〜。昔みたいに〜大事な大事な〜詠くんのおちんちんを〜諫奈に引っ張られたら大変だものね〜」
「ちょっとお母さん!?変な話を掘り返さないでよ!?」
……あの時は、初めての温泉で気が緩んでいたんだ。でなければ諫奈を相手にあんな不覚を取るはずなどない。
あれはまさしく悪夢だった。
男のみぞ知る苦痛を味わうと共に、葵に爆笑されるという後にも先にもない屈辱も味わった。これを悪夢と呼ばずして何と呼ぶ?ああクッソ、イライラしてきた……無性に葵を泣かせたい気分だ。
「………おい、諫奈。今思えば、俺はあの時の雪辱を晴らせていない。どう落とし前をつけるんだ?え?」
「10年以上も昔の事なのに今更になって脅迫するの!?」
「うふふ〜、じゃあじゃあ〜諫奈が詠くんのお嫁さんになれば〜、責任も取れて〜幸せになれて〜一石二鳥じゃなかしら〜?」
「詠くんのお嫁さん……ふわぁ……」
「一石二鳥…?冗談じゃない。泣きっ面に蜂じゃねぇか。そんなものは俺がお断りだ」
「あまりにも辛辣すぎてちょっと泣きそうになったよ!?」
そう訴えかけた諫奈は既に半泣きだった。
「まあ…掃除はできるようになったそうだが、残りの洗濯と裁縫ができるようになってから出直してこい」
ここで重要なのが『貰ってやる』とは一言も言っていない事だ。
「……お母さん、明日から家事のお手伝い頑張るね」
「うふふ〜、凄く助かるわ〜。でもでも〜、前みたいに〜洗濯機を泡地獄にするのだけはやめてね〜」
泡地獄ってなんだよ。お前は一体、洗濯機に何をしたんだよ。
諫姉の苦言を受けた諫奈は、任せてよと言わんばかりに胸を叩き、またしてもソレが揺れる。
「一回に一箱じゃないって事はもう分かったから大丈夫だよ!!」
「むしろお前の頭が大丈夫か本格的に怪しくなってきたぞ…」
「ん〜、半年はお母さんのを見てから〜お手伝いをしてくれれば完璧ね〜」
諫姉……物言いこそオブラートに包んではいるが、直訳すると『お前は半年ROMってろ』って事だよな?それ。
「…ところで諫奈。お前はいつまでこんなところで、のんびりとしているつもりなんだ?」
「あ、早くごはん食べなきゃだったね。でも、犬神様の御前をこんなところだなんて言っちゃダメだよ」
「ふん、犬神の拝殿だろうがどこであろうが一緒だ。犬神が真に実在するのであれば、もっと別の次元から俯瞰しているだろうよ。
信仰とは如何なる物か…と言う議論など、ただひたすらに面倒臭いだけだ。俺は倣神野親娘に背を向け、拝殿の出口へと向かう。
「詠くん〜、犬神様に背を向ける時には〜、改めて敬意を払わなくちゃダメよ〜。双神村に住まう以上は〜いつも犬神様のお世話になっているのだから〜…」
「諫姉よ。俺にもう一度同じセリフを言わせたいのか?勘弁してくれ」
お前らが神に媚びを売るのはお前らの勝手だが、そんなものを俺に強いられても困る。
「俺の『生』とは、俺が勝ち取り、俺が付加し、俺が維持していくものだ。そこに神の介入など必要なく、なんのリレーションシップも存在しない。これまでに神の世話になったつもりなど無いし、なるつもりもない。満たされた『生』を神に望むような、貧弱極まりない精神など俺は持ち合わせていない。仮に、俺の知らない間に訳の分からん
姫女の血を受け継ぐ両名は、もれなく何か言いたげな表情をしているが、俺は後手に拝殿の戸を閉めて、それらをシャットアウトする。
人様の人生に出しゃばった真似をするくらいなら、どっかの幼狐みたいに、勝手に現れ、食うだけ食って、喋るだけ喋って、そして勝手に消えていく方が、比較にもならんくらいにマシなんだよ。
お前はこの双神村の…一体何だと言うのだ。
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「へぇ…それで、葵の家では煎餅を食べるだけ食べ散らかし、姫女様の寝殿ではタダ飯を食べるだけ食べて、ボクの所へ逃げてきたと言う事かい?」
「客観的な事実だけ見ればそうなるが、もう少しこう…言い方ってものがあるだろ」
「ふふ…困り果てたキミの終着点がボクの所だと思うと、それだけで今日は良い夢が見れそうだ。もはや祭りなどどうでも良くなってきたよ」
「それでは何のために
「詠水、女の子が浴衣を着ていたらまずは褒める……暗黙の了解とも言えるくらい、定石中の定石だよ」
「毎年言っているだろ。似合っているぞ。お前が着ると人形みたいだ」
「ふふ、60点と言ったところかな?だが、詠水の褒め言葉と言う時点で100点を超過しているから安心したまえ。愛おしいよ、詠水」
「一体何のために採点制度を導入したんだお前は」
結局、倣神野本家を後にした俺は、家へ戻って掃除やら洗車やらしていたが、そういうテンションでも無い為まるで身が入らなかった。こんな臨時休暇に昼寝をするのは勿体無さすぎるので、とりあえず
遙は既に浴衣の着付けを終えており、いつでも祭りに行ける…と言ったご様子だ。少し早いようにも感じるが、すでに外は斜陽により橙色へ染められており、早すぎる和太鼓の音が聞こえ始めている。通りは次第に村人で埋め尽くされ、祭り一色となるだろう。
「お前の親父はこんな祭りの日にも仕事なのか?」
家に上がる時に見かけなかったからな。
「いや、本来であれば休みなんだけど、祭りの準備の最中に、高所落下をした人がいてね。大事には至らなかったそうだけど、腕の骨がイってしまったらしく、父は泣く泣く白衣を着る羽目に…と言うことさ」
「バカが多いと医者も大変だな」
「準備の手伝いすらしていないキミに、怪我人をバカと罵る資格は無いように思えるけどね…」
ジト目の遙が棘の含まれた言葉を投げかける。
「結果的として人に迷惑をかけているのだから、何もしてない俺の方がよっぽどマシだろ」
「キミは自己正当化のプロフェッショナルだね」
「うるせぇな。そういうお前こそ何かしたのか?」
「当たり前じゃないか。ボクは村の奥様方と一緒に、女の子の着付けを手伝っていたよ」
なるほど、だからお前も既に着付けを終えているのか。
「おっと、キミに会ったら真っ先にやらなくてはいけない事だと言うのに、キミがわざわざ会いに来てくれた事の嬉しさと衝撃のあまり、失念していたようだ。受け取りたまえ。『君健やかなる事の喜ばしきに感謝せん』……キミの無病息災を切に願うよ、詠水」
思い出したように折られていない正方形の紙……『
「…お前から折られていない柳包みを貰うのは、初めてじゃないか?」
「ふふ…そうだね。ボクは浅ましくも、毎年のようにキミの夜這いを期待していたからね。ボクはこれまでの愚行を恥じるべきだろう。ボクはキミから与えられてばかりいるというのにも関わらず、毎年のように柳包みを折っていた。キミを貪る事しか考えていなかった。ボクはとても貪欲で、強欲な女だ」
そう自嘲した遙は、スッと静かに右目を伏せる。
「不思議な事に、毎年祭りが近づくとどうしてもキミを求める気持ちが強くなっていくのさ。キミに会いたい。キミに触れたい。キミを感じたい…そういった欲求が、次第に増していくのだよ。祭りの日には最高潮に達し、その想いをキミにぶつけずには居られなくなる。そして、翌日になるとボクは平常運転となり、恥ずかしさのあまり悶えるのさ」
……遙。申し訳ないが、俺はその現象の元凶を知っているぞ…
「だが……今年はその欲求を、精神力一つで抑えつけた。現在、ボクの右手は柳包みを折りたいという衝動に駆られている。早く受け取りたまえ」
実際に、柳包みを差し出している遙の右手は、小刻みに痙攣していた。めっちゃ我慢してんじゃん。大丈夫なのかそれ。
見ていてあまりにもいたたまれなかったので、俺はさっさと遙から柳包みを受け取り、懐へ忍ばせる。
「……神の加護など無くとも、俺は生き延びる」
「知っているさ。キミは己を己で支えることができる。私に無事を祈られる必要など皆無だろう。けれど、神頼みでも良いから、ボクはキミに一年でも、一ヶ月でも、一週間でも、一日でも、一時間でも、一分でも、一秒でも長く、長く、長く生きていて欲しいのさ。ボクより先に死んでしまうのは耐えられない。キミのいない世界など、私は死んだも同然だからね」
遙がその細い腕を絡ませてくる。
「太鼓の音と祭り囃子が聞こえてきた。今年も祭りが始まったようだね。行こうか、詠水。祭りとは、より楽しんだ者が勝者なのさ」
そう急かす遙の
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