眠る全てに弔いの唄を。
絹羽商店。
村の中からの仕入れは勿論のこと、唯一、村の外からも仕入れている小売店。村の生活の大きな
店の裏へ回ると、店主の息子である
「
こちらに気づいた
「やあ、
「質問を質問で返すな。どういう教育を受けてきたんだお前は」
「ははは、相変わらず手厳しいね。
「多いのか?」
「綴火なら一回で済む量だろうって親父は言っていたよ。持ってくるから少し待っててくれないかい?」
「んなこといちいち確認すんな。さっさと持ってこい」
「安定の辛口だね」
容姿端麗、人当たりの良い性格、すらっとした高身長に悪くない体格、恵まれた運動神経に加え、同学年でトップクラスの学力を持っているという、リア充というステータスに全振りしたような奴だった。バレンタインの日になると、学年という垣根を越えて多くの女子からチョコレートを貰うことでその名を轟かせ、『吸引力の変わらないただひとつの下駄箱』という二つ名がつくほどだった。リア充爆発しろ。
石光が中学を卒業したら『学業奨励生徒』として、高校へ進学すると誰もが思っていたのだが、中学を卒業するや否や、他の野郎どもと同様に家の手伝いを始めた。学業奨励の話は
日本の行政や法などと言ったものから外れているこの村は、中学レベルまでの勉強を独自の機関で教えることはできても、それ以上の高校・大学は、村の外で受験させて進学させる他ない。その為、倣神野が運営する教育機関『双神村小中学校』で9年間教育を受けた生徒のうち、成績が極めて優秀な生徒は学業奨励生徒として選ばれ、村の未来を背負って高校進学をする。
学業奨励生徒は、国公立大学への進学を目指し、並々ならぬ努力をしなくてはならないのは勿論の事、村のお金で進学しているのでかなりの
ちなみに俺は小学6年生の時に親父が死んでから学校を辞めているため、勉強に関してはからっきしだ。
「待たせたね、一回で持っていける量とは言っていたけど、なかなかに重いな」
「当たり前だ、葵の生活がかかっているんだ。重いに決まっている」
「責任的な意味じゃなくて、物理的な意味で重いって言ったんだけどなぁ…」
「お前が軟弱なのは分かったからさっさと寄越せ」
「…綴火は昔から僕に対してあたりが強いね」
「イケメンは嫌いだからな」
「ははっ、君がそれを言うのかい?去年の『紙渡し』で
無駄にニコニコしている石光からバックパックをひったくる。
「そうか…『紙渡し』は今週の木曜日か。
境内を掃除していて捻挫をするとか、もはや
「ん?葵は怪我をしているのかい?」
「ああ…あの馬鹿、境内の掃除中に軽い捻挫をしやがった。急に葵が下山できないという状況になったせいで、日曜日の分の物資も補充するべく里狐さんの山を二往復するハメになったんだぞ。トロ臭い女だ」
本来なら土曜日は葵と一緒に下山して、月曜日に葵と共に神社へ向かうと言うスタイルなのだが、やむを得ず、葵は日曜日も神社で過ごすという形になった。
「だから今日は葵と一緒じゃないのか…葵もだが君も災難だったな。ま、か弱い少女を支えてやるのも良い男の
「他人事だと思って
滅多に鳴る事のない俺のスマホが、無機質なメロディーを奏でていた。画面には『
「俺だ」
『オレオレ詐欺ですか?残念ながら私には通用しませんよ!!悔しかったらちゃんと名乗ってください、詠水く…』
「間違えました」
俺は通話終了のアイコンをタップする。
間髪入れずに再び着信音が鳴る。
「俺だ」
『ちょっと!?なんで切るんですか!!なんで私から電話かけてるのに、詠水くんが間違えたって言ってるんです!?』
「それを言ったらお前のオレオレ詐欺のくだりも一緒の事だろう。それに、お前も名乗ってなかっただろ」
『む〜…詠水くんは人の揚げ足を取るのが大好きですね。そんな性格だからいつまでたっても同性の友人ができな…』
「じゃあな」
俺は通話終了のアイコンをタップする。
間髪入れずに三回目の着信音が鳴る。
「鬱陶しいな。次かけてきたら着信拒否にするぞ
『ごめんなさい。調子乗ってました。ほんとごめんなさい。なかなか詠水くんが来ないのでちょっと心配だったのです。いつも通りの鬼畜ぷりで安心しました。通わせ、お気をつけてくださいね』
一変して急にしおらしくなった葵はそれだけ言うと、通話を切る。なんなんだあいつは。
確かに、道場へ寄り、甘味処へ寄り、こんなところで実の無い話をしていたせいで、結構良い時間になってしまった。高い給料を貰っている以上、自らの職務は果たさなくてはならない。
「
「……まさか、君が飲むのか?」
石光が怪訝そうな顔をする。
「なんだよ、お前ごときにいい酒は勿体無いとでも言いたいのか?」
「いや、そういうわけではないが……まあいいか。悪い、今のは忘れてくれ」
「てめーから振っといて忘れてくれとは、随分と自分勝手な野郎だ。おっさんにちゃんと伝えとけよ」
俺はバックパックを背負い込み、石光のやれやれという呟きを背にして、里狐さんの山へと歩み出した。
雑多な蝉たちがその短い命を削り、一心不乱に鳴き続ける。乱立する樹々が夏の厳しい日差しを緩和し、山頂から吹く
俺は
不意に、足元で何かが砕け散る音がする。
何事かと思い視線を落とすと、そこには風化して老朽化した白骨が散乱しており、その一部を踏み砕いてしまったようだ。
その白骨とは人間のそれであり、大きさからして生後間もない子供と推測される。
双神村は、村人たちの働きによって成り立っている。
水道、電気、ガスなどのライフライン、病院、学校、道路などの環境は、倣神野分家の人間たちによって管理や整備、給料の支払いなどがなされている。そのお金は全て、村人たちが年に一回、『
だから、大人たちは必死になって働くし、子ども達も一所懸命に家の手伝いをするし、年寄りもその身が使い物にならなくなるまで田畑を耕す。
働かざる者、食うべからず。
働かない者、働けない者に、生きる権利など無い。
日本国憲法が効力を持たないこの村において、人権や生存権、社会権などいった物は何の意味も持たない。
のうのうと飯を食らうだけの
労働意欲に欠ける者、重度の身体障害者、重度の精神障害者、重度の知的障害者、重病や難病を患った者、年老いて
他者による補助・介護無しでは日常生活が送れない者や、生産性のある日々を暮らせない者は、家族の負担であり、村の負担でしかなかった。
家族には、村には、穀潰しを切り捨てる権利があった。
家族に切り捨てられた者、あるいは家族を失った穀潰し達は、倣神野本家で催される『
『
この儀式に異論を唱える村人は居なかった。双神村にとってそれが当たり前の事であり、絶対的な事だった。
「チッ、分家のカス共が………人様が通る道に捨て置くんじゃねぇよ」
今日は気分の悪くなる事ばかりだ。ついてない。
今日は厄日だと意気消沈していた俺だったが、ある
「久方ぶりの
俺は近くの木に素早くよじ登り、背負っていた
かつて俺が尊敬していた
猟銃の弾ですら
山頂の神社へ近づく者を、例外なく血祭りにあげていくその姿から「『
学術的には熊では無いのかもしれないが、インターネットで調べてもヤツにまつわる文献は存在せず、この里狐さんの山の
こんな普段はもっと山奥にいる鎧熊が、こんな
俺が身を潜めいる木へと近づいてくるが、こちらには気付いていないようだ。
3メートル……2メートル……
「うるぅああああああぁああぁああああああああああああ!!!!!!!!」
俺は咆哮と共に木から飛び降り、野太刀・黒椿を振り下ろす。
突然の咆哮と奇襲に
しかし、それはヤツを絶滅に至らしめる致命的な隙にはならなかった。
鎧熊はその巨体に似合わぬ俊敏な動きで俺の黒椿を躱すと、すぐさま俺への攻撃に切り替える。内臓を引きずり出すことすら容易い、ヤツの爪が迫りくる。
俺は落下の勢いに逆らわず態勢を崩し、山の傾斜を2、3度転がる。
やべえ、今のでバックパックに入ってる玉子とかトマトとかが潰れたかもしれん……
目の前に迫りくる木の幹を蹴り、運動エネルギーのベクトルを反対方向…つまり、鎧熊の方向へと切り替える。
鎧熊は鎧熊で、俺に追撃せんとこちらへ飛びかかるって来ている。
俺は軽くステップを踏み、己の体が通る軌道を僅かに
その重すぎる
鎧熊が突っ込んで来るであろう場所めがけ、野太刀・黒椿を渾身の力で振り切る。
まるで金属バットでコンクリートを叩きつけたような衝撃が俺の両腕に加わり、
後ろを振り返ると、首を失った鎧熊が紅い鮮血を撒き散らしながら傾斜を転がっていた。
俺にとって、
その恐怖は俺の生存本能を強引に引き出す。『生きたい』『死にたくない』という生への渇望を掻き立てる。
死にもの狂いで俺に襲いかかる
「死を恐れる者は、こんなにも
俺の呟きに呼応する者はおらず、ただひたすらに蝉たちが喧しく鳴き、鳥たちが好き勝手に
「
…………………………親父」
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