宮野京香‡ディテクティブ⑦

 宮野京香は人間では無い。


 それは、私が誰よりも自覚している事だ。

 傷に対する自己再生能力、滅多に傷付かない体。これだけでもう、私は異端。

 だが、しかし。

 私には、それすら霞むほどの能力があった。

 それこそが、『影を踏んだ相手の心を読み取る異能』。人に接近さえすれば、相手の全てを丸裸にできる、最低な能力だった。

 めぐる部長には感謝しないといけない。彼女だけはこの異能を、道具のように使ってくれるのだから。


 † † †


 黒精シャドウが咆哮を上げた。無声ではあったが、確かにこの異形のものは歓喜のままに叫んだのだ。

 地面が抉れ、破片が飛び散る。その威力がそのまま、黒精シャドウの巨体に秘された重量だった。

 ……それは消して重いという意味では無く、寧ろ軽すぎると言う事である。金属のような光沢を持つこの怪物は、その巨体に見合わぬほど軽い。

 京香の思考は、ここから生き延びる方法を探す方向へシフトした。現状、この怪物は京香を認識してはいるものの、眼中には無い、と思っているようである。黒精シャドウに背を向けて逃げ出せば、生き延びるのは然程難しくは無かった。

 それを咎める者が、いなければ。

 黒精シャドウが京香を目に留めていない理由。それは彼女らの真上にある。ドレスのスカートをはためかせ、廃ビルの壁面に立っていた。


「全く、無粋な方ですのね、黒精シャドウ


 暗闇の中で光を放つ、魔法少女。


「京香さん。警告の言葉、感謝いたしますわ。貴女が声を上げて下さらなかったら、わたくしも無傷ではいられなかったでしょう」


 直後に二度、鈍い音が聞こえる。黒精シャドウ身動みじろいだ。女王が何かを投げたのだろう。

 なんという、無茶苦茶。京香が対峙した時も、その魔法少女の力は大層な理不尽をくれたが、これから展開される闘いは、それを軽く上回る事だろう。


「さぁ、黒精シャドウ。そこから動かないで下さいまし。せめて苦しまずに葬って差し上げますわ」


 女王がそう言うと、地面から光る荊が生え、まるで蔦のように黒精シャドウの多脚に絡みつく。黒精シャドウが鬱陶しそうに引きちぎろうとするが、なんという強度だろうか、切れる様子すらありはしない。

 そうしている内に、女王は黒精シャドウを葬る準備を終えた。真紅のドレスを彩る蔦は荊となり、伸ばされた右腕へと集束。伸びて、延びて、淡く輝く一振りの刀と化した。

 いや、これは刀と呼んでよいものだろうか。それより遥かに鋭利で、長大で、何より現実感を逸脱する。

 女王は、荊の刀を振りかざすと、壁面からジャンプ。京香の視点からすればそのまま落ちたようにすら見える。

 黒精シャドウに向け、落下、落下。その瞬間女王は、この戦場を支配していた。この情景を一枚の絵画とすれば、その中心は明らかにこの魔法少女だった。

 刀が振り下ろされる。抵抗すら見せず、闇夜より暗き怪物は両断される。


「……ふぅ」


 そして、その一方的な蹂躙劇の後に、女王は尻餅をついたままの京香に手を差し出して、言った。


「それでは、行きましょうか。京香さん」


 ……これまで、いくつかの修羅場を切り抜けた事はある。その中で命の危機が全く無かった訳では無い。それでも、たいていは生き残っていられる自負があった。

 その中で京香の知らなかった新たな世界を開ける事もあった。心動かされたり、感動したりもした。

 だが、しかし。

 京香はそれを自覚した時、瞬間的に自らを恥じた。先ほどまで、危険域の中でそれを眺め続けていた事を思い出して、自分を咎めようとした。

 信じられなかった。自分が女王に魅せられた事が。魔法少女の戦いに、見惚れていた事が。

 京香は意識せぬ内に女王へ手を伸ばした。女王は京香の手を掴み、立たせる。つい先ほどまであの怪物と戦っていたとは思えないほどに人間のようだ。

 まだ呆けているのは、あまりにも現実離れした経験を夢だと誤認しているのか。

 女王は手を掴んでいない方の手で京香の頬をぺちぺちと叩いて言う。


「もうちょっとシャキッとして下さいまし。貴女にはまだ、わたくしに訊きたいことがあるのでしょう?」


 わたくしも貴女とお話ししたいのだし、と付け加えられる。

 はっきりしない頭でその言葉を認識すると、そうでしたね、と、これまた寝ぼけたような返事をしてしまう。

 それに対して女王がなんと言ったか、京香は覚えてはいない。何やら呆れられたか、それからは手を引かれるように女王の家へと連れて行かれる。


 その、道中。


「あ、そうだ、名前……」


 どうしてこの質問がここで出たのか、後で考えても京香にすら理解できていない。また呆れた頭で紡がれていた。

 しかしながら、聞いてもらうつもりもない小声だったにも関わらず、返事は返ってきた。京香は、その一言だけは確実に覚えていた。


「わたくしは|姫島《ひめじま)いのり。魔法少女ですわ」


 そしてその人生で初めて邂逅する魔法少女の名を、生涯忘れることはない。


 to be continued…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る