宮野京香‡ディテクティブ⑥

 自分が特別であるとは思った事が無い。ただ、異端であると言う自覚だけは胸中に確かに存在していた。

 頭は人並み、運動神経も高い方では無い。疲れにくい事は数少ない自慢の一つだ。

 しかし、この二つの『異能』が、これだけが、私が人間である事を私に否定し続けさせた。


 † † †


 荊の棘の弾丸が京香の二の腕を抉る。花びらのナイフが皮膚を切り裂き続けた。

 この荊の女王、逃がさず殺さず、ただ痛めつけるつもりらしい。頭や心臓など、致命傷になる場所は狙っていない。

 ただし女王が攻撃を始めて十数秒、明らかな苛立ちを見せ始めていた。


「……どぉして貴女、反撃をしないのかしら?」


 そしてさらに数十秒、女王は京香の周りに花びらを舞わせ、そこで攻撃の手を止めた。無論それが逃げるチャンスとはならない、花びらは滞空する鋭利な刃物である。


「わたくし、貴女に黒精シャドウの気配を感じて参りましたわ。それに、最初の棘弾きょくだんにも反応しましたもの。貴女が黒精シャドウであると確信しておりました」


 芝居がかった口調で、問い詰めると言うより不可解な事象に質問する生徒のような様子で、女王は話す。


花弁舞踏会ソードダンサーについてもそうですわ。まるで始めから切れるのが分かっていたかのように避け続けていたのに、どぉしてわたくしに反撃しないんですの?」


 不思議でなりませんわ。と、女王は言う。質問と言う形式をとってはいるが、これは拷問だろう。こう言ってはいるが、反撃などしようものなら指の二、三本は落ちるに違いない。

 しかし、今自らの命が危険に晒されているにも関わらず、京香は喜びを感じてすらいた。


 こんなに早く見つかるなんて、僥倖だ、と。


 恐怖が無い訳では無い、命も惜しい。それ以上に、進展を得た事が京香にとっては重要だった。


「……この花びら、退けてくれませんか? 冷や冷やして、落ち着いて話す事も出来ません」


 話を聞き出す事、京香にはこれが最重要であった。取り敢えず殺されないように言葉と行動を選ぶ。


「私に戦う意思はございませんので、どうか」


 相手の目を見て言う、この状況においてはいっそ挑発的ですらある行動である。

 女王の理性とプライドに賭けた形になる。これまでにあっさり殺されなかった事も加味して、京香はこの荊の女王ローズクィーンとの対話に持ち込もうとした。


「……仕方がありませんわね」


 果たして、渋々と言った様子で女王は京香を花びらから開放した。


「本当に敵意は無いようですから、今の所は望み通りにして差し上げます。ですが、もしも逃げようとするのならばコンマ一秒で刺し殺しますわ」


 荊をチラつかせ、女王は言う。その時には、本気で京香を殺すつもりだ。

 きっと彼女は、約束は違えない。

 だが、京香にはそれで十分。


「…ありがとうございます」


 仰々しく頭を下げる。大丈夫、今までも通った綱渡りだ、と京香は思う。殺意には慣れている。


「私の名は宮野京香。『木杖町の魔法少女』について調査すべく参りました。以後お見知り置きを」


 包み隠しては成果は得られない。そも、隠すような目的でも無いのだし、京香は女王へと目的を告げる。


「【嘘偽りなく答えなさい】。何のために魔法少女について調べているんですの? 理由如何によっては貴女を拘束する必要がありますわ」


「個人的な知的好奇心のためです。私はあなたがたの敵では無い。偽りはありません」


 そう答えれば、女王はまた考え込む。


「制約の一言にも抵抗はありませんでしたわ。つまり貴女は今、嘘をついていない」


 そして、一度考えをまとめたのだろう。顔を上げて言った。


「これから、わたくしの家に来てくださるかしら? 貴女。黒精シャドウの気配こそありますけども、どうやら一般人のようなので、わたくしの一存で処分ができませんの」


「処分?」


「貴女がただの一般人であったのなら、今日のことを記憶から消して送り返すだけで済みますわ。ですが貴女はそうでは無い。ですので今晩だけわたくしで監視し、後ほど口止めしてから帰っていただきます」


「は、はぁ」


 どうやら有無は言わさぬつもりらしい。強い口調で女王は言った。京香もまた、頷くしか無かった。


「それでは行きますわよ。わたくしについて来てくださいまし」


「わかりました」


 だが、これはこれで好都合。女王が京香を監視……実質的に拘束するとなれば、おそらく何らかの組織に連絡がされるはず。今までの中のいくつかのはったりから、京香はそう判断していた。

 記録などはできないにせよ、情報が手に入らない訳では無い。京香の探索欲求を満たすならば十分だと。


 荊の女王が歩き出す。それについて行くよう、京香も歩を踏み出す……踏み出そうとする。


 瞬間、悪寒が京香の心臓を貫く。


 純然たる殺気が、荊の女王ローズクィーンに襲いかかるべく、飛来してくる。


 直後、叫んだ。


「避けて!!」


 それとほぼ同時に空から降った、暗闇より暗き異形が、荊の女王ローズクィーンの立っていた位置に落ちて来た。


 人間ならば、生きているはずがない。京香は、衝撃にへたり込んだ。

 京香は今、久方ぶりの恐怖という感情を味わっていた。脚を小刻みに震わす、生命の危機があった。


 宮野京香は今日、黒精シャドウと人生初の邂逅を果たした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る