宮野京香‡ディテクティブ⑤

 昔から、怪我はあまりしなかった。

 別に、特別気を付けていた訳では無い。普通ならば怪我をするような出来事でも、私の身体は物理的な傷が付かないのだ。

 それだけならまだ、皮膚が頑丈なだけだと納得できたかもしれない。無論、それだけでも人間の範疇では無いのだが。

 その異常性を自覚したのは、小学校の運動会。綱引きに出た時だ。相手の組に綱を引かれ、転んでしまった時だ。珍しく肘に擦り傷ができた。

 組のみんなは心配してくれていたのだが、直後にみんな後悔する事になっただろう。

 腕の擦り傷は黒に侵食されて、跡には傷一つ無い綺麗な肌が残っていた。

 その時のみんなの、信じられないモノを見る目は、今でも昨日の事のように思い出せる。


 † † †


「……厭な事を、思い出しましたね」


 煌々と煌めく繁華街、その路地裏。

 宮野京香は砂埃の溜まった廃ビル……ぼろぼろの『テナント募集』と書かれた看板があった、厳密には廃ビルでは無いのだろう……の陰で仮眠をとっていた。


「玉音さんのお陰でしょうか」


 スマートフォンの画面を見る。23:43、間も無く深夜と呼ばれる時間帯となる。流石に疲労が出てきたか、うっかり寝てしまったようだ。

 先ほどの情景は夢。自らが人である事を疑った日の事。

 暫くは、思い出す事も無かったのだが。


「……あと、二時間」


 軽く調査して、朝まで仮眠を取ろうと。京香は決めた。

 スマートフォンから、例のオカルト情報サイトへアクセス。ブックマークしたあの投稿を、もう一度見る。


「キーワードは、『全体を黒で染め上げた不定形の化け物』と『それと戦うコスプレじみた格好の少女』……およそ普通に生きていて出会う存在じゃない」


 投稿時間は01:19。投稿した覚えが無いとコメントされたのが同日の朝だから、まあ深夜中に遭遇できるはず。

 酔っ払って書いた可能性も否定できないが、そのときは本人が何やら言っていると思う。


 改めて、辺りを見回す。

 今にも取り壊されそうな、廃ビルのような貸しビル。周りの建物も似たような状態で、この区画が丸ごと廃棄されたみたいだった。


「……探すのは、流石に骨が折れそうですね」


 ここはすなわち廃墟街。怪しい人物を見つけるのにさほど苦労はしないだろう。

 だが、例の目撃は木杖町内だ。町外れの廃墟街で見つける可能性は低いと言わざるを得ない。

 とりあえず、町内まで戻る。

 あまり長い時間を探索に使えない。行動は迅速に。


 そう思い、廃墟街を出て繁華に戻ろうとした瞬間。


 耳元を殺気が掠った。


 背筋を冷や汗が濡らす。焦燥のままに背後に振り返る。

 暗闇の中に光があった。光源は奇妙な人型。それが人間なのか、宮野京香には判別できる自信がない。

 しかしそれは、間違いなく人の姿をとっていた。鮮やかな赤色のドレスに蔦が絡みついたような衣装を纏って。


 荊の女王ローズクィーン。それを見て京香は、まずその言葉を思い浮かべた。


 荊の女王には表情があった。間違いなく、その口角は笑みを象っていた。

 それが濃厚な嗜虐心からのものなのだと、京香は完全に理解できていた。


「……さぁ、」


 女王の、艶めかしい唇が言葉を紡ぐ。


「逃がしませんわよ、黒精シャドウ


 時刻は間も無く零時を回り、草木も眠る夜の世界となる。

 宮野京香は、『魔法少女』と邂逅した。

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