宮野京香‡ディテクティブ④

「着きましたよ」


 京香が玉音の家に着いたのは十数分後。陽が落ち始め、辺りが茜色に染まる頃。あれから、二人の間には緊迫した空気が張り詰めていた。

 玉音から玄関に上がるよう勧められる。


「……お邪魔します」


 家主より先に家に上がっても良いのだろうかとも思うが、早くこの緊張感から抜け出したい気持ちもあった。

 本題は家の中でするのだろう。京香の後に続いて入って来た玉音が、後ろ手で玄関の鍵を閉めた。


「……逃がさないつもりですか?」


 頬が引きつるのを感じる。玉音を見れば、その表情は固い。


「ダイニングに行きましょう。話はそこで」


「……分かりました」


 靴を脱ぎ、差し出されたスリッパに履き替え、ダイニングへ行く。どうやらキッチンと一緒になっているタイプらしい。

 いや、それはどうでも良い事だ。玉音に言われるがままに椅子に座る。玉音も、テーブルの対面の椅子に座った。


「先ほど、私の影を踏もうとしましたね?」


 玉音が徐に口を開く。


「……ええ、それが」


「単刀直入に言います。貴女は私達の敵ですか?」


 どうかしましたか? と言い終える前に、玉音は先の台詞を重ねた。


「『私達』と言うのは、玉音さんの『本業』の話ですか?」


「質問しているのは私です」


 威圧感。とは違う、先よりも濃い緊張と若干の恐怖の混じった声色。

 目は逸らさず、京香は答えた。


「貴女達、と言うのは分からないんですが、取り敢えず。私は玉音さんの敵ではありません」


 緊張感が少し緩んだ。玉音がひとまず安心と言う風にほっ、と息を吐く。


「次、私から質問いいですか?」


「ええ、どうぞ」


 恐らく、『何でも』は答えてくれないだろうから。

 京香は質問を選ぶ。


「玉音さんは、『私』を知っていますか?」


 京香の持つ異能。玉音にも使おうとしたそれを、知っているか。


「……っ」


 言葉に詰まった。京香はこれで確信する。


(この人、恐らく私と無関係では無い)


 しかし、以前に会った覚えは全くない。異能自体は知らないだろう。玉音の知るのは、京香の知らないこの異能の由来の方だろうと、京香は当たりをつけた。


「分かりました。もう充分です」


 そう言い、京香は席を立つ。どうやら玉音は、普通人とは違う。


「今日泊めていただけると言う話ですが、遠慮させていただきます」


 泊まったとして、監視されるような状態になるだろう。京香はそれを好まない。


「そこそこ楽しかったです。ありがとうございました」


 それだけ言うと、京香は鍵を開け、玉音の家を出た。


 † † †


 家には玉音が一人。

 京香が出て行った後、何か考え込むように独り言を呟いていた。


「ねえ、玉音?」


「……うん、うん」


 あたかも、誰かと話しているかのように。

 無論この場に、彼女以外の人はいない。


 否、それは玉音の中にいた。


「やっぱり? でも、私とは形が少し違うと思う」


 それは異形。

 日常の裏に紙一重で潜む非日常の化身である。


「けど、間違いない」


 或いは、人々はそれを恐れる。


「京香ちゃんからは、黒精シャドウの匂いがした」


 黒精シャドウは、社会に紛れて生きている。

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