宮野京香‡ディテクティブ②

 しばらく電車に揺られること数十分、数回の乗り換えを経て到着した。宮野京香が「何かがある」と判断した、木杖町。

 電車でここに来るまでの間、スマートフォンで調べられるだけの事は調べてみた。しかし不自然が見当たらない。死亡事故の件数が多少多いことを除けば、至って普通の街と言った感じだ。そして、それこそが不可解。


(推測の域を出ないのだけど、何らかによる殺人が隠蔽されている、と考えるべきかな)


 何せ、立地と事故の内容が一致しない。偶々だと言ってしまえばそれまでなのだが、トラックの横転などそう起こるものでは無いだろう。


(あの投稿の事もあるし、今回はオカルト寄りになるかも。結果も陰謀論くらいにしか思われないだろうし)


 しかし確信はあった。昔から京香の勘は良く当たる。『木杖町には何かがある』と、予感はここに来てより強くなっていた。


(……でも、調査はちょっと後回しかな。急いでも成果は得られないし、それに)


 腹部に手を当てる。胃が食物を求めて動くのが分かった。


「お腹が空いた」


 時刻は正午。宮野京香の調査は、少々微妙な滑り出しで始まった。


 † † †


 大手の某ファミレスチェーン店で注文した料理を待つ間、京香は相席となった女性を眺めていた。別に興味がある訳では無いが、他にやる事が無いからだ。

 カジュアルな私服で身を包み、ドリンクバーのカフェオレを右手側にしてパンケーキを口に運んでいる。京香がドリアを頼んだ際、便乗気味にコーヒーパフェを頼んでいたが、どれだけ食べるのだろうか。既に伝票入れに入っている伝票が結構な量だったが。


(カロリー大丈夫なのかな)


 密かに目の前の女性の体型を心配していると、不意に目が合う。京香は慌てて目を逸らそうとするが、その前に話しかけられた。


「あの、私の顔に何か付いてますか?」


 さっきからじろじろ見ていたのがバレていたのだろう。そう訊かれる。


「あ、えっと、……」


 気を害してしまっただろうか。そうだとすれば謝らないと。テンパった時に弱いのか、そう思いながらも、唇は言葉を紡がない。

 答えに窮する京香を怪訝そうに見つめる女性だが、二、三秒ほどすると、何やら納得したように「あっ」と声を上げた。


「もしかしてこれ、食べたいんですか? なのでしたら、少し食べてもいいですよ?」


「え? ああ、はい。ありがとうございます。実はさっきから美味しそうだなって思ってて」


 実際にはそんな事は無いのだが、意図せず出された助け船に乗っかる事にした。取り皿にひと口かふた口分分けて貰う。


「いただきます」


 手を合わせ、フォークでパンケーキを刺し、口の中に放り込む。ホイップクリームとシロップの味が唾液に溶け、口内に広がった。パンケーキの柔らかな食感と合わさり、月並みな言い方だが、美味しい。


「……美味しいですね」


「そうですよね。ここのパンケーキ、好きなんです、私。もちろん、他のスイーツも大好きなんですけど」


 二人は少しだけ打ち解けて、その後軽く自己紹介などしながら料理が運ばれるのを待った。流石に満席と言うべきか、まだ来る気配は無く、その分だけ彼女と話せる時間は増える。

 この女性、名前は黒川玉音くろかわたまねと言い、22歳で、いつもはアルバイトをしているらしい。本業も別にあるみたいだが、そこまでは話してくれなかった。


(まあ、初対面の女子高生に仕事のことなんて話すわけ無いよね)


 特に知りたいわけでもない。

 京香も、自分の事を話した。


「まあ。そんな遠くから一人でこちらまで?」


 出身を知ると、女性……玉音は、目を見開いて驚いていた。乗り換えありで片道数十分だから、確かに近くはないだろう。驚くほどでは無いと思うのだが。


「別に遠くもないです。たまに県外にも行きますけど、意外と遠いとは感じませんよ」


「旅行に慣れてるんですね」


「旅行では無いんですけどね」


 他愛もない話をしていると、京香が頼んでいたドリアが運ばれる。玉音が頼んだコーヒーパフェも共に。


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