岸咲暮羽†トリガーハッピー(後)

 黒精シャドウ

 人の悪感情を集めて生まれる、異形の怪物の総称。それらは、主に人の影に潜んで暮らしている。

 小さい黒精シャドウならば、まだ危険も少ないのだが、より濃く、深い悪感情に晒され続けた黒精シャドウは、成長して、人間の世界に被害をもたらす事になる。

 その成り立ちは割愛するが、魔法少女とは、その成長した黒精シャドウを殲滅するための存在。岸咲暮羽もその一人であり、魔法少女の間では『かなり強い魔法少女』と言う認識を持たれている。

 しかし、暮羽には一つ、どうしようもない欠点があり……それこそが暮羽の強さの一因なのだが……


「かんたんに、壊れないでくださいよっ!」


 正体を現した黒精シャドウに向け、右手でミニガンを乱射。その間に左手でマントの内側から三つのグレネードを取り出すと、歯でピンを抜き、黒精シャドウに投擲した。

 グレネードは黒精シャドウの腹の位置で爆発し、その破片は鋭く突き刺さる。また、その爆風で黒精シャドウの動きを止める。


「まだまだぁっ」


 ミニガンが弾切れを起こすと、直ぐにそれを足元に捨て、マントの内側から対戦車ライフルを取り出し、碌に狙いも定めずに放つ。放つ。放つ。

 黒精シャドウの目にあたる部分が爆ぜる。怒りを湛えた奇声が、辺りに響いた。


 岸咲暮羽は、銃火器による破壊に快感を覚える異常者。それ故、黒精シャドウに対する発砲に躊躇など無い。そして、それに伴う周りの被害を考えない。


 黒精シャドウが自らの肢の一つをカマキリの鎌のように変形させ、暮羽に向けて振り下ろす。暮羽は、咄嗟の破壊はできないと判断し、横っ飛びで躱す。

 黒精シャドウの追撃。暮羽はそれらを次々と避け続け、その間に数発、黒精シャドウに銃弾を命中させていくが、碌なダメージが入った様子は無い。舌打ちをする。


「……埒があかない」


 そこで暮羽は、一旦黒精シャドウから離れる。反撃を意識せず、黒精シャドウから距離をとるために。

 黒精シャドウもそのまま逃すつもりは無く、暮羽を追う。一度固めた像を崩すためには時間を使うので、節足動物の姿のまま。

 相手が高速移動に適さない像をしていたのが幸いしたか、暮羽は黒精シャドウを少しずつ引き離していく。そして、十分に距離をとったと判断すると、跳躍し、二階建ての建物の上に乗った。また跳躍し、電柱の上に。


「……そろそろ、警察が来るかもですから」


 そして、マントの内側から、黒精シャドウを殲滅するため、最大威力の火器を出す。

 やはり、暮羽の口元は笑っており、これから行う破壊を楽しみにしている事が見て取れよう。


 岸咲暮羽が手に持つのは、中身を液体で満たされたガラス玉。無色透明のそれは、肉眼での視認は困難である。

 暮羽はそれを、黒精シャドウに投擲する。

 そして、黒精シャドウの目の前に放り込んだそれを、ハンドガンで撃ち抜き……大爆発が起きた。


 C3H53ニトログリセリン、ダイナマイトにも使われる、非常に強力な爆薬。

 ただでさえ一滴を爆発させただけでガラス瓶を破壊する威力を持つそれを、魔法少女の魔力で強化し、更に圧をかけて爆発させればどうなるか。その爆風を至近距離で食らった場合、いくら巨大かつ硬質な黒精シャドウと言えど、その大半が消し飛ぶ事となる。


 その通り、黒精シャドウの像は原型を留めずにあちこちへ散らばった。後は、作業的に火炎放射器や焼夷弾で、黒精シャドウの残骸を処理するのみになった。


「……はぁ」


 黒精シャドウの処理が終わった後、暮羽は意図せずため息をついた。


「不完全燃焼、ですね……」


 そしてまたため息をつく。

 やはり、市中での戦闘だと思い切りぶっ放す事が出来ない。そんな、物足りないと言う感情を暮羽は感じている。

 どこかスッとしない気持ち悪さを感じながら人間に戻る。直後、ポケットから微細な振動を感じた。

 そう言えば、電話をいきなり切ってたなと思いながら、ポケットからスマートフォンを取り、電話に出る。


『暮羽! ……やっと繋がった。さっきの爆発って、もしかしなくても暮羽よね?』


「あ、はい」


 相手の声色に押され、素っ気ない返事をしてしまう。しかし、向こうは気にしていなさそうだ。いや、気にしていられない程に焦っている。


『ああもう、また仕事が増える……って、それは別に良いの。良くないけど』


「どうしたんですか?」


『ええ、時間が無いから簡潔に言うわ。東の埠頭に戦車ルーク級の黒精シャドウが確認されたの。直ぐに殲滅に向かって頂戴』


「分かりました……って、もう切れてる」


 はあ。

 三度目のため息をついてから、ぐっ、と背伸びをする。その後、軽く屈伸をし、


「……指令も貰っちゃった事だし、殲滅に行きますか」


 そして、また魔法少女になり、東へ向く。

 その顔は、やはり笑みを湛えていた。


 to be continued…

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