覚え書き~耶麻郡の味覚~

齊藤 鏤骨

覚え書き~耶麻郡の味覚~

 母の故郷は、ほんとの空がある福島県の、どこを見回しても緑、緑、緑の、山深い耶麻郡にあります。

 福島県は浜通り、中通り、会津地方の三つの地方に分かれますが、耶麻郡は会津地方の北部、山形県や新潟県との県境に位置します。

 新幹線に乗って、在来線に乗って、バスに乗って、田んぼの真ん中のバス停で降りて……、そこはもう絵にかいたような懐かしい田舎の原風景です。

 私が生まれる前に祖父母がすでに他界しているので、実はそれほど馴染みのある土地ではないのですが、母やいまも耶麻郡在住の伯母が作ってくれた懐かしい郷土料理をおぼつかない記憶を頼りに振り返ってみようと思います。


〇豆数の子

 お正月のごちそう。青大豆を戻して水を多めに炊いたものに塩漬けの数の子を浸す、ただ、それだけのシンプルな料理です。

 青大豆は普通の大豆に比べて甘いので、おやつに炒って食べてもおいしいですよ。我が家では当時お正月だけでなく年間を通して常備していました。

 あまりにお正月の食卓になじんでいたので、すっかり全国区だと思っていましたが、お正月にこれを食べていたのは我が家だけだと知ったときは驚きました。

 ちなみに、正月魚はめちゃくちゃしょっぱい塩鮭でした。


〇にしんの山椒漬け

 身欠きにしんを春に芽吹く山椒の新芽とともに酢醤油に漬けたもの。

 にしん鉢という専用の鉢があって、伯母の家のものはガラス製でした。お酢のつんとする感覚と山椒の独特の香りが入り混じってなんともいい匂いがします。

 にしんを小骨ごと、そして山椒の芽までおいしくいただけますし、そのままおにぎりに入れてもおいしいのです。本当に大好きな味でした。

 これほど簡単な料理なのに、福島の風土ではないと同じ味は出せない不思議な食べ物です。

 

〇こづゆ

 水で戻した貝柱と、サイコロに切ったさといもなどの根菜類、短く刻んだしらたきなどを醤油仕立てで炊いたもの。

 これは母がよく作ってくれたのですが、汁なのか煮物なのか子ども心に判断に悩みました。きれいに切り揃えられた具材が見た目に美しく特徴的でしたね。

 シンプルな味付けなのに、本当においしいので何杯でもお代わりしてしまいました。にしんの山椒漬けとともに田植え仕事の合間のごちそうだったようです。


〇くじら汁

 これはかなり衝撃なんですが、くじらの皮付き脂身の塩漬けを新じゃが、インゲン、ネギとあわせたみそ仕立ての汁物です。出来上がりはしっかり油膜が張られています。

 くじらの生臭みをネギが消して、そのくじらの油をじゃがいもが吸ってちょうどいい具合になって、インゲンはインゲンのままで、なんというかこの組み合わせじゃないと駄目なんでしょうね。

 今の時代とはあわないかもしれませんが、昔は夏のスタミナ源だったのでしょう。クーラーがなくても平気だった昭和の夏の思い出です。


〇スルメ、まんじゅうの天ぷら

 これもある意味衝撃的ですが、なかなかおいしいですよ。

 スルメって、お酒の共にかじったり、ザリガニを釣るあのスルメです。

 このスルメは天ぷらにするまえに水で戻します。スルメでもない、イカでもない謎の食感です。しばらく食べていないので、また食べてみたいです。

 まんじゅうの天ぷらはカロリーがすごそうですね。でも一個くらい食べてもいいかな。


〇喜多方ラーメン

 最後は、言わずと知れた郷土の看板料理。太い麺と大きなチャーシューが特徴ですね。80年代はちょうど喜多方ラーメンが全国区になった時期で、テレビで見たまこと食堂に初めて連れて行ってもらったときのワクワク感を今も覚えています。(ちなみに、喜多方市は東西を耶麻郡に挟まれています)


 このように思いつくままに書き留めてみると、山里ならではの塩蔵、干物の海産物をうまく活用した料理が多いことに気が付きます。遠い海岸地方から運ばれてきたこれらの海産物は田んぼ仕事のための貴重なタンパク源だったのでしょうか。また、デスクワーク中心の現代社会に生きる私たちと違って、あまり塩分、油分にこだわらないようですね。

 そして、もう一点、喜多方ラーメン以外はどれも白い御飯によく合うおかずだということに気づきます。さすが米どころ、伯母は田んぼをやっていて毎年お米を送ってもらっていたのですが、ご飯は甘くて本当においしいです。


 あらためて振り返ってみると、郷土料理というのはその土地の風土、産業、文化というものと密接に関わって成り立っていることが分かります。

 情けないことに、都会の核家族で兼業主婦として生きる私が作れるのは、スーパーで製麺が売っている喜多方ラーメンくらいなのです。

 ここにあげたもののうち、こづゆくらいは我が家定番のレシピにしたいものですが、貝柱は高いので、やはりハレの料理になるのでしょうか。それでも、ちょっと奮発して伝統文化の継承に挑戦してみようと思います。

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