第⑬結界修道院付属孤児院


聖国はその成り立ちにより、決して孤児を見捨てない。


孤児に与えられる進路は2つ。

騎士か、結界術士か。どちらも聖国において最も名誉ある仕事である。


それ以外の選択肢は認められない。

聖国に孤児として生まれたからには。


〜〜〜〜


雪の日は故郷を思い出す。

国境線上には何も無い。


瘴気によって草花は枯れ、樹々は萎んで捩じれた姿で立ち尽くしている。一切の生命を許さない不毛の大地に、ただ雪ばかりがバカみたいに降り積もる。

石造りの寒々しい孤児院内には暗色の衣を纏う老人たちがいて、彼らはゆっくりとしか動かず、その舌は同じ話しか紡がない。建物ばかりが大きく、なんの贅沢も許されていない質素な部屋と殺風景な庭しかない。


そんな中にあって生命力を滾らせ駆け回る子供たちの持つ輝きは異常に映るものだったのではないだろうか。老人たちは子供たちには常に厳しく当たった。そんな老人と子供だけの家に、短い春と夏の間だけは陽光が降り注ぐ。




その頃、俺はほんの10歳のガキだった。




フィオと一緒に何もない修道院の庭に座っている。特に会話はないが、お互い話題のないときに無駄に喋るタイプではないので、心地は悪くない。


そこに、ミルカとハルトが駆けてきた。二人は何やら騒がしい様子で、静寂を乱された俺は少し残念な気持ちになった。


「おっはよ〜。どうしたの二人とも?」


フィオは才能に溢れた少女だった。5歳のときから結晶術の才能を示し、他の子供よりもずっと大人たちに優遇されていた。


それに対して、俺は驚くほど術に関する才能がなく、10歳になっても結晶術はおろか簡単な火付けの魔法すら使えない有様だった。


「いたいた! おいフリッツ、森行こうぜ!」

「朝からこういって聞かないんですよ。フリッツなんとかしてください。」


ミルカは俺と同じく、全く術が使えなかった。だが、だからといって彼女をバカにする者は孤児院にはいない。


「うるさいなぁ、ハルト、お前は弱いんだから、黙って俺に従えばいいんだよ。ぐちぐちぐちぐち、そんなに森が怖いなら俺が鍛えてやるよ。」

「嫌ですよ。ミルカは理不尽なんですから。なんで魔術が剣で切れるんですか?」


結晶術が女神の恩寵の産物だというのなら、おれにはミルカの剣もどこかの神の恩寵だとしか思えなかった。


ハルトも結晶術こそ使えないものの、魔術に関してはこの孤児院に並ぶ者はいない。特に風魔法の鋭さは大人の術士も顔負けなのだが……、


「遅せぇし温いからだよ。」

「ちっ、納得できないです。」


剣を持ったミルカには手も足も出ない。


「んだと? んじゃあ、もっかいやっか!? あん?」

「望むとこですよ。フリッツならともかく、おまえみたいな脳筋にやられるのだけは我慢できない」

「上等じゃねぇか!」


そんな二人の首から下が突然、氷の結晶のようなものに包まれる。


「おい!」

「ちょ、」

「喧嘩はダメだよ。」


笑顔で本物の理不尽が言う。


おれもやられたことがあるからわかるが、あれが一番ずるい。

氷のように冷たくはないが、決して溶けないし、指先一つに至るまで一切動かせない。


「わかったよ。喧嘩はしない。」

「僕はもともと巻き込まれただけなんですよ。ミルカが暴れないなら、僕は何もしません。」


「よろしい」


あっという間に二人を包んでいた結晶がなくなった。

二人は自由になった体の感触を確かめる。


「よっしゃ、じゃあフィオも行こうぜ。フィオがいれば百人力だぜ。」

手を開いたり握ったりしながらアルカは言った。


「イヤよ。まだ読んでない新聞があるもの。」

「おいおい、せっかくの休みに新聞なんか読むのかよ!」

「休みだからよ! 誰にも邪魔させないの。部屋でゆっくりぬくぬく読むの。」

「……そっか。わかったよ。じゃあ、森での冒険には俺とフリッツだけで行ってくる」


「え」

俺を巻き込まないで欲しい。


「ぼう、けん?」


うん?  

予想外の反応を示すフィオの方を伺う。彼女はふいをつかれたように茫然とした表情をしていた。


どうしたのだろう?

すると、目の前のミルカがにんまりと嫌な笑い方をしていることに気付く。


そして唐突に理解する。ああ、そうか。

……ミルカめ、知っていたとは。


彼女は直情的かつ好戦的なので、一見かなりの単細胞に見えるが、じつは悪知恵の回るタイプだ。


たしかに「冒険」という単語はまずい。

ある理由があって、それはフィオにとっていま一番ホットなワードである。




近くに町一つない国境沿いの修道院にだって新聞ぐらいは届く。

正確には数ヶ月前の新聞だが、警邏の騎士団が運んでくる物資のなかに、それはある。


新聞にはまず修道院長であるポドラムが目を通し、彼が裁可した記事は、他のシスターや世話人たちに回される。娯楽の少ない修道院だ。シスターたちの中にはこれを楽しみにしているものも多い。

彼女たちが飽き、次の新聞が届く頃、古新聞は子供たちに下賜される。


大概の子供は新聞の記事などに興味をもたない。

丸めて球にしたり、何が楽しいのか振ると破裂音のする玩具を折り上げたりするくらいだ。


しかし彼女は違う。

新しい古新聞が届くと、誰よりも先にそれを手に入れ、部屋に籠もって全ての記事を舐めるように読む。


その中にあったのだ。「冒険者」に関する記事が。


おれも全部とは言わないが新聞には目を通すから知っている。それは大した記事ではなかった。むしろ他国の事情に関するささやかな記述に留まっていた。


それは「王国」に関する記事だった。


いわく、皇国との戦争の結果、騎士団が潰滅した。

その結果、治安が乱れ、一刻でも早い騎士団の再編が望まれた。

しかし、王国の首脳部は何を考えたのか、騎士団はそのまま解散。

代わりに古い制度らしい「冒険者」という職能を復活させた。


いわく冒険者には義務はない。

心の赴くままに、魔物を倒し、魔窟や迷宮を探索し、

悪人を倒し、善人の役に立つ。


国の防衛すらも任意であり、今現在王宮を護る門番さえも、クエスト(依頼任務)という形でのみ存在し、時間帯によっては居ないこともあるそうだ。


それは国としてどうなのだ?

かの国には自滅願望でもあるのかと、記事を読んだときに思ったが、フィオはそうは受け取らなかったらしい。


おれには便利屋くらいにしか思えないこの冒険者というアイデアは、なぜか王国国内では広い支持を得て、依頼を管理し、冒険者の活動を支援するギルドという組織の建物には登録希望者が殺到し、列をなしていたそうだ。


この記事の何が彼女の心の琴線に触れたのか、それ以来ことあるごとに「冒険者になりたい」「冒険者になったら」「冒険っていうのは」などと言う。


「ねぇ、」

「うん?」

「あたしが冒険者になったら、フリッツは前衛をするの。」

「え?」

「フリッツが前衛。で、あたしが後衛ね。」

「……まぁ、そうだな。剣振るぐらいしかできないからな。もしくは肉の盾になるかだ。」

「む、そういう言い方はよくないなぁ。」

「どう言えばいいんだよ」

「騎士」

「え」

「騎士になってあたしを守って」

「騎士って、公務員みたいなもんだろ、なんで冒険者に」

「違うの。王国にはいるの、冒険する騎士が、何ものにも囚われない、自由な、自由な感じの騎士。」

「それ、騎士じゃないだろ」

「フリッツきらい。もういいよ、あたしが前衛やる。てか、全部やる。後ろで何もやんないフリッツを守ってあげるよ。」

「は」

「いーじゃんこれ、あたしが騎士になるよ。魔法騎士。魔法騎士フィオ。カッコいいー」



年に似合わない聡明さから彼女は、もうずっと前から、

自分には大結界を維持する以外の未来はないと知っているはずなのに。



「フリッツは荷物持ちね。その代わり料理はわたしがやるよ。」

「逆だろ。オマエ、料理できねーんだから。荷物持てよ。案外力持ちなの知ってんだぞ。」

「いいよ。それでも。」

「な、……ごめんって、なんか」


フィオが冒険者について熱く語るたびに、おれは複雑な気持ちになる。

それをくそっ、こいつは……ミルカめ。


「……行く」

「あん?」

「あたしも行くって言ったの!」

「おう!」

「うそだろ」

「ねぇフリッツも行こ! 決定ね。決まり」

「くそっ、しょうがねぇ。ハルト、お前も来い。」

「ええー僕は、」

「お前が必要だ。おれもミルカも魔法が使えない。頼む。」

「は、はい!まぁ、フリッツがそういうんでしたら。」

「はっ、始めからそういう風に素直にすればいいんだよ!」

「なんだとっ!」

「落ち着け。」


こうして俺たち4人は森へと向かった。

まだこの時点では、誰一人とて欠けていなかった。

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