プロローグC 欠損天使の知恵の輪
今回の任務は聖国から、地獄瘴気に耐性のある子供を拉致することだ。
地上で一番瘴気の濃い魔大陸と地続きである聖国には瘴気に強い耐性を持つ子供が産まれると言う。サンプルとなる個体を入手することで、地獄制圧への足がかりとなるかもしれない。
そのため、今回の任務においては、研究に役立つ個体を識別できる聖具を恐れ多くも天使長様から頂戴した。それはある天使の右目に移植してある。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
もう随分長く飛んでいるが海は終わらない。
地上は天海と違って、夜と昼というものがあるらしい。
作戦上、夜の方が都合が良いらしく、地上へのゲートを降りてからこのかた、ずっと光のない暗黒の水原の上を飛んでいる。
愛すべき租界、『天海』には夜などという不気味なものはなく、空はいつだってオレンジ、海はいつだってエメラルドだ。
もちろんその大気は常に柔らかで荘厳な光に満ちていることは言うまでもない。
いつも、そしていつまでも。
だというのに、現在私が飛行中の空には不気味な形の水蒸気の塊が群れをなしており(なんと、水蒸気のくせに可視化している!)
これに身体が突入するたびに肌や翼が濡れ、非常に気持ち悪くて具合が悪い。
それを避けるためにはもっと低高度で飛べば良いのだが、それができないわけがある。
つまり、私の足下にある、この忌々しいどこまでも続く黒い水原が、どうやら地上においては海と呼ばれるものらしいのだが、これが非常に不気味であるからだ。
水深にして1キロ先までくっきり見通せる天海の海に比べ、地上のソレは非常に透明度が低く、一寸先さえ闇という格言の意味を、頼んでもいないのに具現化している。
その上、この地上における海の表面部分は、「波」というらしい不気味で不穏な運動を絶えず繰り返しており、見るからに粘り気を持つ汚らわしい液体の下にどのような得体の知れない生き物たちが潜んでいるか知れず、がために、はっきり言って自分はこの海に近寄りたくない。
気流に乗ることで天使力を節約する飛行法は、天使庁発行の飛兵操典の3頁目にも書かれていることだが、にも関わらず、私はいまの高度を保たずにはいられない。
そのため余分な天使力を垂れ流しながら、いつ果てるとも知れない暗黒の水分上を進んでいく私は「途中でもし天使力が尽きたら、この海に落ちざる得ないんじゃないか」という発想に至り、正直にいって、そんなとんでもなく怖い事態になるのだったら、いっそいま雷に撃たれて一瞬で蒸発してしまいたいと思いながら飛び続けていた。
不安を解消するため、作戦に必要な知識と正しい航路がインプットされている天使の輪とのアクセスを強めようとするが、私はどうも昔からこれが苦手で、ノイズがまじり、脳内に展開される映像は千々に乱れ、思考が乱れる。
(あー早くもう飛ばなくていいところでのんびり足を伸ばして休みたい……)
私的な思考を律している拘束が弾けそうだ。それは天使として一番あってはならないことだと操典にも書いてある。落ち着け。
天使の輪とのアクセスを強め、任務遂行のため、正しい航路を得るのだ。
ところで、私の足下にある「海」から、何かがいるような気配が強くなってきた。それはこの高さからでもハッキリと感じられるほどの大きさで、心なしか波が高く……通常思考に戻れ。まず常識的に考えて支給されている天使力は作戦遂行に充分であるはず、無駄遣いしない限り、飛び続けられるだろう……多少無駄があったとしても……大丈夫。遊びがあるはずだ。任務には不測の事態がつきもの。慈愛あふれる天使庁の仕業を疑ってはいけない。
そうだ、冷静さだ。私にはいつも冷静さが足りないと常々上官も、家族も……
ザバァァァン!!
『ギュオオオオオオン』
真っ暗闇の海が裂け、突如、千メートルを超えるような長い長い身体を持った化け物が現れた。
「あひぃいいい!!!!!」体の底から自分のものとは思えない声が出る。
深緑とでもいう色合いの濡れた鱗、鱗の隙間に配された複数の眼、その黄色く光る邪悪な瞳とともに、咥えられた百メートル級のエビと蟹の合体のような別の化け物が一瞬見え…そして消えた。
化け物がアーチを描いて突っ込んだ水の中から微かに聞こえるバリバリという咀嚼音はやがて海底へと遠ざかっていく、ごぼごぼと吹き出す泡とともに時間差で浮かび上がる殻の残骸。
水しぶきは私の足下まで届き、殻のカケラが素肌に引っ付いた。
(神様、いまです、私を殺してください!! こわい、怖いよぉ。もうやだぁ! こんな世界怖い! はやく帰りたい!)
……。
士気底値。
精神汚染大。
情緒不安定。
忠誠力低下。
もハやコノモノ天使ニアラザル。
自動操縦モードにハイリマス……
頭の上にある輪の中から、カリカリという小さな機械音が聞こえたと思うと、
あっ
プッ
……。
当該機 汎用天使 3764820号
の「破棄」又は「使用続行」
判定開始。
51.11119%の確率で有効活用可。
判定結果。
「使用続行」
セントラルに報告判断
作戦重要度0.63
個体重要度00.2
報告「不要」
理由:個体重要度極小作戦重要度微小のため
マナ残量から判断し、目的地変更。
第二目標地点 現地における通称『王国』にて、プランB遂行。
移動終了後、自動操縦はスリープモードにハイル。
以降、作戦遂行まで、当該機の操作を、生体脳ニタイスル刷り込ム
ステップ1、
機密を含むメモリー完全消去
……クリア
ステップ2、
生育環境、戦闘技術、を含む個体別メモリーの完全消去
……一部クリア
……エラー。
エラー。
ステップ2の不具合にヨリ
ステップ3 個体別性格消去
ステップ4 作戦別汎用疑似性格インストール トモに達成不可。
刷り込ミ回路にエラー有り。
生体脳の先天的欠陥によると思ワレル。
再計算
当該機 汎用天使 3764820号
の「破棄」又は「使用続行」
判定開始。
3.07119%の確率で有効活用可。
判定結果
「破棄」
残全マナを使用し、生体脳破壊。
実行。
……エラー。
エラー。
セントラルに報告判断
作戦重要度0
個体重要度1(先天的欠陥有 生体脳破壊不可 レベル2異常個体 未検証)
報告「要」
エラー結果の検索終了後、データ集計、情報送信。
送信後、当該機は地上海に破棄スル。
データ処理中。
データ処理中。
……。
…………。
………………。
送信完了。
破棄。
……破棄中止。
セントラルからのオーダー。
「F級ノ希少事例にツき資料作成用ニ当該個体生体脳ノ解剖を要ス。『王国』にて回収班をマテ」
了解。
新規要件 解剖まで当該個体の生存。鮮度優先。
了解。
作戦遂行にアタリ当該個体の生体脳ニ、旧プランA遂行の偽装オーダーを作成。
脳内メッセージボックスに送信。
送信完了。
マナ残量低下。
自動操縦スリープモードにハイル。
天使庁長官閣下バンザイ!
「……あれ、私? ……あ、新しいメールが来てる……王国?」
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