プロローグB ある学院の風景
まさに阿鼻叫喚。
窓という窓は割られ、椅子という椅子はひっくり返り、床には大穴が、壁には弾丸が、天井には斧や太刀が突き刺さっている。
廊下を高速で走る四つ足の化け物。
徘徊するゾンビ。
なぞのゴーレムの群れ。
百鬼夜行の最後尾で、引き摺られているのは、今朝まで人間だったもの。
これが皇国文武化学庁管轄『学院』の「幼頭部」における日常風景だ。
帝国における最高の教育機関であり研究機関である学院だが、幼頭部に教師はいない。
かわりに代理教員が平民の中から毎日抽選で選ばれる。
代理教員は当日の朝、家から専用の車で送迎される。
彼ら彼女らは学院に着くとまず簡単な身体検査を受ける。その際、着衣や持ち物は全て処分される。
彼らは全裸で校庭に整列し、生徒たちが来るまで待機する。
生徒は各々好きな時間にやってきて、代理教員たちを観察する。中には早くも解剖を始めたがる生徒もいるが、だいたいの生徒たちは、生態観察に留まり、満足すると、好きな代理教師を一人につき一つまで選んで教室へ持って帰る。
いずれにせよ代理教員は一日限りの仕事である。
手足をもいで魔物のものと入れ替える。首を別の素体と交換する。眼球を摘出し代わりに術式を嵌め込む。
彼らの多くは来たときと同じ状態で学院の門をくぐることはない。
はたまた出てきたときとまったく同じ人物、同成分ながら、バラバラの肉塊として箱詰めにされて家に帰ることもある。
ただ、洗脳術式や精神汚染の研究が盛んだった頃には見た目に一切手を加えず家に帰すというのが流行った。家族たちは涙ながらに帰ってきた代用教員をかわるがわる抱きしめ、異常ないか問いかけ、代用教員もまた泣きながら抱きしめ返し、もう二度と側から離れない事を誓うのだった。
そしてその夜、代用教員は呆然として庭に座り、
「自分はどうして愛する家族たちを食べてしまったのだろう?」
と問いかけ、己の手をぢっと見る。というようなものだ。
最近は特に流行がないので、専門分野を持たない学生は、使い終わったらその日のうちに燃やしたり、ミンチにしてフレッシュゴーレム(新鮮肉人形)のエサにすることが多い。
フレッシュゴーレムは定期的に新鮮な死肉を補給する必要があり、長いこと何もやらずに放っておくと、勝手にミンチを作って補給しだすから早めに何かやらないといけない。学院の生徒にとって、自作のフレッシュゴーレムにミンチにされるというのは、かなり笑えないジョークの一つだ。
「モロイ ナニコレ? ホントニオナジ ニンゲンナノ?」
「チガウ コレ ボクタチト チガウ」
「コレ ニンゲン チガウ」
「ボクタチ コンナニ モロクナイ」
一学期が終わる頃には、代理教員のおかげで、だいたいの生徒が、平民と自分たちの違いを理解する。
「チガワナイ オナジ ニンゲン」
理解できないものもたまにいるが、矯正するまでもなく、そういう子は二学期まで生き延びられない。
「ツマンナイ」
「モット ジョウブナ オモチャガイイナ」
二学期になると、生徒たちは代理教員に飽き出す。そしてもっと面白くて、弄びがいのある玩具の存在に気づく。
それは同級生たちだ。
気質に甘い所のある子供がまずやられる。
あるいは家の格が低い子。単純に性能で劣るため。
格は劣るが財力のある家の場合、強力な護衛をつけることで、稀に生きのびるケースもある。
生徒に護衛をつけることを学院はとくに禁止しない。
じっさい護衛は他の生徒にとっても大人気だ。
「ジョウブ オモシロイ」
「ポチノエサニチョウドイイ」
奴隷や平民が就く貴族の護衛はたいてい主人に劣る。金払いはいいが長くは務められない仕事だ。
一学期を表す色が若葉の緑なら、二学期は紅葉の赤だ。
ここから阿鼻叫喚の度合いが増す。
仲のよかった友達をつい壊してしまう。
クラスの子の属性や血が羨ましくて、食べてしまう。
好きになった子を洗脳しようとして、校庭裏に呼び出したら、逆に洗脳され、その日からその子の靴を舐める以外のことができず衰弱死してしまう。
そのような微笑ましい話から、単純に派閥争いの影響を受けて殺し合いしたり、相手の家に火をつけようとして門番に粉微塵にされたり、多少殺伐としたものも混じってくる。
一番悲惨なのは何か勘違いをして、上級生に手を出してしまうケースだ。
上級生は「教育」という国是を理解しているため、基本的に幼頭部の生徒のことを微笑ましく見守り、みだりに手を出さない。
しかし歯向かわれた場合はこの限りでない。
そうした際の上級生のやり口は歳をとっている分、無邪気さに欠け、口にするのも憚られるほどの残酷さを伴うことが多い。
学年で一番優秀な生徒がよくこれで消える。だが消えるということはあまり優秀ではなかったのかもしれない。
生徒が優秀であってもなくても紅葉は散る。
2学期を生き延びた生徒は気がつく。
「コレガ キゾク」
「キゾク コワイ」
「コワイ コワイヨ……」
「ボクモ コワク ナラナキャ」
「ジャナイト……」
入学時から3分の1ほどに数を減らし、彼らはほんの少しだけ大人になる。
3学期は白。雪解けの季節だ。
彼らは2学期が嘘だったように柔和な笑みをたたえている。
それぞれが専門分野を見つけ、代理教員を長く保たせることも上手になる。
上級生には明るく挨拶し、表立った喧嘩には手を出さない。
そして急激に行方不明者が増える。
彼らは貴族のやり方を誰から教わるともなく覚える。
学年最後の発表会では1年間の成果が示される。
そこでは学期の途中でいなくなった友人たちと再会できることも多い。友人たちはかつての面影を留めていることもあれば、使用される作品によっては原形をカケラも残さないこともある。
お手製のフレッシュゴーレムがやはり人気だ。死体に戦闘力を持たせるのは皇国のお家芸である。すぐれた生徒になると腕力だけではなく、知性まで死体に与える。より貴重な精霊や亜人ベースのものを発表する者もいる。
概して賞賛を得るのはほんのわずかな点に改造を施した作品である。
例えば、暗所恐怖症のドワーフ、植物を見ると吐き気を覚えるエルフ、生肉にしか食欲を示さないフェアリーなど。
そうした作品は、たちまち賞賛の的になる。そしてすぐさまフレッシュゴーレムの餌箱行きだ。なぜならそうした作品は管理が難しいうえに、なんの役にも立たないからだ。しかし一時の座興にはなるし、たまにもの好きが購入したがる。
彼らはもうすっかり貴族的ふるまいを身につけているので、お互いを惜しみなく褒めあう。以前まで殺し合いしていた同士の者が手を握り、背中を叩き合う。
ときどき、いなくなったはずの妹や弟が同級生の作品のなかにいる、なんてこともあるが、それはそれとして、彼らはお互いを認めあう。ともに一年を潜り抜けた者同士として。認めあった上で彼らは……。
発表会で最高得点を得た者は、翌日作品とともに行方不明になることが珍しくない。
●◎●◎●◎●◎●◎●◎
中刀部からは突然「本物の」教員が現れる。
まだ幼頭部のノリを引きずったまま「本物の」教師と対峙した者は中刀部初日にそれ以上学ぶ機会を永遠に失うだろう。
「本物の」教員は貴族である。
中刀部では教員から「礼儀作法」「地理」「歴史」「文学」「音楽」といったものを習う。
ときどき幼頭部での学びを懐かしがって、同級生や下級生に手をかける者もいるが、そういうものは、ほぼ例外なく、翌日までに学院から消える。
教師が言うことに異を唱える学生、また、幼頭部を含んだ学院全体の方針に異を唱えた学生は速やかに処分される。
中刀部において、教師は学生を好きなだけ選定し、剪定することができる。
学生たちはあくまで貴族であって、皇族ではないのだ。
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