第2話
深夜二時。タクシーも捕まらない。
雨の中、血まみれの男を背負うサラリーマンの図、というのは、周囲の人からはどう見えるのだろう。
……死体でも運んでるのかな。
「ハハ……しゃれにならん」
背中から感じる男の胸は、かすかに上下していて、息をしているのは間違いないようだ。
だが、あのまま放置していたら、出血多量で死んでいた可能性が高い。
散々連れて帰るか悩んだが、あそこに置いていったら、自分が殺したみたいで寝覚めが悪かった。
「頼むから起きてくれるなよ……」
しかし、重い。
ただでさえ、年頃の成人男性なんて重くてしょうがないのに、服が雨で水を含んで、ずっしりとのしかかる。
まあ、家まですぐそこだ。近くに病院でもあったら、すぐそこに投げ込んでやったんだが。
「鍵、鍵――っと」
玄関を開けると、三日ぶりの我が家に男を放り投げる。
「あーっと、タオルどこだったかな」
ガシガシと頭をかくと、水が飛び跳ねる。
賀藤は全身をバスタオルでぬぐうと、Tシャツとゴムひもパンツに着替えて、一息ついた。
正直、すぐにでも温かいシャワーをあびたい。
あびたい、のだが。
びしょぬれ血みどろの、あのイタ公をどうしてくれよう。
「……しくったなあ」
賀藤は玄関前に寝転がる男の前にしゃがみ込む。
意識を失ったままの男の顔は青白く、医者じゃなくても生死の境をさまよっているのが見て取れる。
「マジでどうすんだよ、これ。朝起きてたら、死体転がってたとか嫌だぞ、オレ」
指で頬をつついてみる。
男が小さく呻いて、眉根を寄せた。やはり外国人、眉毛まで金髪だ。
ふと、男の顔をのぞいてみる。
出会いが出会いだったから、しっかり見ていなかったのだが、もしかして、かなり幼いのではないか。
二十代前半、いや、外国人は老けて見えるというから、もしかしたら十代の可能性も――。
「いやいやいや、歳とか関係ないし」
賀藤は首を振る。
ほだされそうになってどうするんだ。
冷静に考えろ、オレ。
真夜中のビル裏で、血まみれになって倒れてる外国人だぞ。十中八九、裏社会の人間だろうが。
関わり合いにならないのが一番。そうだろう。
「救急車、呼ぶか? いや、それよりも警察に引き渡すのがいいかな」
股間を踏んでしまった義理は、ここまで運んでやったことでチャラのはずだ。
警察を呼ぶのは、まあ、恨まれてもいやだから、救急車ぐらいにしておこうか。
裏社会の人間は、普通の病院に運び込まれるのも嫌がる、みたいなのは、小説とかでよく読むけれど、命を救うためだ。仕方あるまい。
「よし、決めた。救急車だ」
カバンをあさり、びしょ濡れのスマホを取り出す。壊れていないか心配だったが、さすが防水性。問題なく起動した。
人生初の救急車コールが、まさか見も知らぬ他人のためだとはつゆとも思わなかった。
えっと、百十番は警察で、救急車は――。
「Mi……」
ふと、男が小さく呟いた。
閉じたまぶたから、ほろりと、涙がこぼれ落ちる。
「……Mi aiuti」
なんと言ったのかはわからない。
けれど、どういう意味なのかは、なんとなくわかってしまった。
きっと――助けて、とか。
多分そういうのだ。
なんだ、何だ、それは、まったく。
「…………泣くなよ」
ガキはずるいな、ちくしょう。
賀藤は大きく肩を落とすと、スマホで出血時の応急処置の方法を検索し始めた。
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