第16話 温度計じゃないですよね?

「……エルフか」


 呆然とそう呟いた店主の言葉で、深湖も薄らいでいた自我を起こされて、しまったと感じるがもう遅い。しっかりと店主に見られてしまった。


「二人目だ、出会ったのは」


 店主はそう言ってフッと笑った。そして剣に眼を移す。

 拒むような鈍い光を返していた剣は、今は何かを享受するような輝きを宿し、箱の中に静かに納まって主人の手の温もりに触れるのを待っている。


「剣を持ってやってくれ兄ちゃん。そいつあもう拒みゃあしねえよ」


 そしてルプスもそれを感じていたのだろう、店主の声を切っ掛けにしてすんなりと剣に手を伸ばした。


「ああ、しっくりくるな」


 まるで一種契約の様に、剣とルプスが呼応する。人が持ち上げて振れるようには思えない程の重さの大剣を、ルプスはほんの少しの重さの余韻だけを残して持ち上げた。

 半身を得た大剣は喜ぶように光を返して見えた。


「今は武器屋だが、昔はうちも打っててなあ」


 店主が剣をジッと見詰めながら昔を懐かしんで思い出を語る。


「親父の代でやめちまったが、爺さんの代までは素材集めからやる腕っ節の強え鍛冶屋だった」


 ルプスは剣を携帯するための装備を探し出した。割と真面目な雰囲気なので深湖も聴いていたし、当然ルプスも聴いているものだと思ったのだが、視界の端で動くルプスを捉えて深湖は内心で苦笑いを禁じ得なかったが、顔には出さず至極真面目な表情を貼り付けて店主の話に意識を傾けた。


「爺さんが注文を受けて作った剣の一つで、随分と凝った注文を付けられた品があってなあ。そいつがそうだ」


 店主の視線が昔を懐かしむように注がれていた宙から、改めて剣に向けられる。ルプスは漸く聞く気になったのか、店主に意識が集中するのがわかった。


「注文の内容は長ったらしくて覚えちゃあいないがね、とにかくその素材集めが面倒極まりなかった。そこで依頼主まで一緒になって狩りに出て、何とか集めてその剣を打ったってえ訳だ」


 改めて大剣を見てみると、その姿は至極シンプルだ。柄には細かい意匠などはなく、皮が巻かれているだけ。剣身自体も広い幅と長大な長さを誇る以外特に変哲はなく、傷も汚れ一つも付いていない金属が鈍く光るだけだ。ただ一つ、その色はただの銀でも鉄色でもなく薄っすらと乳白色を帯びている。

 牙を用いて作られたというなら、それは正に獲物を貫く刃が現れた色なのだろう。


「そいつの威圧感はあんたも感じただろうが、誰も持ち主が付かんままずっと場所を取ってた訳だが、親父も爺さんも異様にそいつを大事にしてた」


 箱が運ばれて来た時ルプスはその箱に埃が積もっていないことを意外に思った。訳ありの品は50年もある店なら一つや二つは眠っているものだ。だがその扱いは訳あり故に手入れが出来なかったり、持ち主を得る事なく扱いに困った末放置されている事も多い。

 だがこの箱には埃は積っていなかった。頻繁に箱が開けられている証拠だった。


「それであんたもその精神をしっかりと受け継いでる訳か」


 ルプスがそう言うと店主は一度苦笑いを浮かべる。


「親父と爺さんの遺言だったんだが、生憎と俺は鍛冶はしねえ。確かに業物なんだが、そんなに固執する程の物とも思えなくてなあ。ずっと放置してたんだが……」


 店主は一度そこで言葉を切る。

 確かに大剣は使い手を選ぶ剣だ。小回りは効かないし、腕力を必要とする。大きくなればなるほど、きちんと扱うには力量がなければ振り回される事になる武器だ。

 ハッタリで持つ者も多く、見掛け倒しの輩も多いだけに大剣を扱う人間の種類は極端に二分される。見掛け倒しのへなちょこか、相当の実力者のみだ。

 だが大剣を既製品で買い求める者の多くはハッタリを効かせたい輩である。つまり実力のない人間ばかりがこの大剣の主になろうとしたのだろう。

 この剣は人ならぬ者の気を織り交ぜられた剣。並大抵の人間が持とうとすれば、剣自身がそれを拒否する。


「もうそいつがある事も忘れてたんだが、ある日そいつを作ってくれと頼んできた依頼主本人が現れてな」


「随分と凝った依頼内容を依頼してきた人ですか?」


 深湖は引っかかりを質問する為、念押しして店主の言葉を確認する。


「ああ、そうだ。」


 ルプスも疑問に思う。

 祖父の代に受けた依頼で、その品はずっと眠っていた。店主は見る所60歳も過ぎているだろう。その祖父となればいつ頃の話なのか。


「お祖父様に依頼した本人なら、随分若い頃に注文したんですか?」


 深湖が疑問を口にした事で、頭の整理がついたルプスは思い当たった答えを口にする。


「まさか、エルフか」


「察しがいいねえ、そうだ。

 爺さんと狩りに出て素材を集めて剣を作った。」


 それがこの剣だ。


「なるほど、この威圧感はエルフの加護か…」


 店主はコクリと頷く。


「俺もびっくらこいてな、何せ門外不出の剣の話をしだしたかと思えば依頼したのは自分だとか抜かすんだ。しかもよく見りゃエルフだってんだからな」


 店主は溜め息を一つこぼす。

 その時の驚きを思い出して気疲れしたのかもしれしれない。驚きとは言っても歓喜よりも衝撃の勝る驚愕だったようだ。


「俺はその時までその剣が何を注文してできたもんなのか、知らなかったんだがな」


 店主は頭をひとつ搔く。


「熱が判る剣」


 店主を見ていた深湖とルプスは思わず、ルプスの手に握られている剣に視線が動く。


「熱?」


 2人は同時にそう零す。

 当然だ。

 何、熱って。


「え、まさか温度計?」


 深湖の口をついた言葉は、現代の室温計のように周囲の温度がわかる!

 といったような想像からでた疑問だった。


「俺にもさっぱりだがな、まさかそんなしょうもない物をエルフが造らせるとも思えんのだが、まだ持ち主が居ないと伝えるなり、手入れだけはしとけって言い残してさっさと帰っちまった」


 結局わからないままだと、店主も肩を竦める。だが、と言葉を続けた。


「まさか生涯でエルフに逢えるなんざ思ってもみなかった。しかもその剣は頼まれ物ときた。」


 それから店主は感動と、エルフに対する畏敬の念を込めて剣を毎日手入れする度、エルフとの邂逅の奇跡を思い浮かべながら今日に至るということだ。


「ま、手入れって言ってもその剣は刃こぼれ一つしねえ。気の宿った武具でもねえ限り、普通のもんじゃあその剣には傷一つつかねえさ」


 日々の手入れが不要という訳らしい。

 つまりは手入れのロクに必要としない剣を毎日手入れして、店主がしていたのはエルフとの邂逅を日々思い出していた訳である。

 ……ただの思い出の品じゃん

 深湖の内心の突っ込みはさて知らず、ルプスは一画から手に取ったものを剣身に当てて何かを確かめてから店主に小さな袋を投げて渡した。


「このベルトも貰っとくぜ。鞘には収まる大きさでもないしな」


 そう言ってルプスは鎖骨と胸下を斜めに横断する、背中にホルダーの付いたベルトを着けた。

 ベルトは胸部と腹部の二連になっていて、それぞれの位置から背中へ伸び、ホルダーに至る。2つあるホルダーはそれぞれ剣先と、柄に程近い剣身の根元で固定出来るようになっているようだ。

 よくもまあこれだけピッタリのものがあったと感心する程、そのベルトは大剣を見事にルプスの背に固定した。


「はあ、そんなもんうちにあったのか。

 よく見つけたな」


 深湖が感心して見ていると、何と品を扱う人間までそんな言葉を零した。

 店主の昔語りの冒頭部分を聞き流していた成果である。


「まあな。

 それより足りんのか?」


 そう言われて、危なげなく受け取った小袋の絞りを緩めて店主は中身を確認する。中身は代金らしいが、店主の目が限界まで剥かれた表情を見て深湖は若干身を引いた。


「……多過ぎるわこのジャリくそ」


 店主は中身を幾らかだけ抜いて、投げて寄越された袋をまたルプスに投げ返した。


「そのホルダー分に幾らか上乗せしても多いくらいは貰っとく。どうせうちにあってもそいつに会うのは俺だけだ。これからは色んなとこに連れてってやってくれ。

 それとそいつの修理と点検はうちに持ってこい。それが代金だ」

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