第14話 これ、怪しくないですよね?

 気絶した男をルプスは軽々と担いで、何処かへ放り込んできたらしい。怪我もしているし、治療の出来るところだろう。ルプスが負った傷を治した所と同じ施設かもしれない。

 そして矢は刺さり放題、鼻血では済まされない量の血が床を彩り、いつ割れたのか姿見の破片でキラキラと輝く木造宿の部屋で、エルフと傭兵はベッドと椅子でそれぞれ向かい合っていた。


「さて、じゃあこれからの事を話し合うが」


 ルプスは椅子に腰掛け、ベッドの上に正座する深湖と視線を合わせる。


「まずは意思確認だ。

 ミコ、あんたはどうしたいんだ?

 記憶の手掛かりをあたるのか?」


 深湖は記憶喪失である。と、ルプスには伝えているしこの世界では他の者にもそう通すつもりでいる。嘘は重ねるとボロが出やすくなる。


「と言っても……」


 探す目的の記憶はバッチリ深湖にはある訳だ。日本で生まれ、普通に生活をして29年間生きてきた。

 だが同時に、深湖は不思議な事に全く戻りたいとも、戻るつもりもなかった。

 突然自分ではない身体になり、知らない場所で物騒な事極まりない。だが深湖の意思は、何処かもう人ではない事を感じている。

 気持ちの起伏が少ないような気がしている。何処か凪いで穏やかなのだ。勿論感情はあるし、喜怒哀楽もしっかり感じている。

 だが、その振り幅は大きくない。

 脳のキャパシティをオーバーする事はあっても、精神が困憊することはない。

 深湖はもう、人間ではない。人に近く、だが万物に寄り添って生きる者。

 エルフだ。


「この世界で、エルフとして生きていくにはどうすればいいのか」


 どう振る舞うのが正解なのか、それを教えてくれる人間をルプスだとは言わない。だが、その手段を知る者に連なる最初の1人は、間違いなくルプスしかいない。

 深湖がどう振る舞おうと、ルプスならば受け容れる。ルプスはそれだけの恩を深湖に感じているし、深湖にもそれは触り程度には伝わっている。


「よし、いいだろう。

 俺は深湖に従うし、深湖が望む所に連れて行ってやる」


 ニヤッとルプスは自信に満ちた笑みを浮かべる。

 これからの生活がどうなるのか、深湖に不安がない訳ではないがルプスの言葉を頼りに探すしかない。


「先ずは入り用なもんを揃えた方がいい。

 俺も得物がねえからな、深湖の目が覚めたら調達しに行こうと思ってた。

 腹が減ってるだろうが飯は悪いがその後だ。武器屋が通り道にあるからな」


 そう言うとルプスは立ち上がる。

 深湖の事も促し、2人は宿を降りていく。3階から1階の簡素な受付まで行くと、厳つい筋肉隆々の男がシンプルではあるがエプロンを着けて、態度も悪くカウンターに脚をドンと乗せたまま新聞を開いてタバコをふかしていた。

 深湖とルプスに気付くと、男はギロリと睨んで新聞をバサリとカウンターの上に半ば放るように置いた。


「よう、今回は清算だよ」


 ルプスがそう言うと、男は片肘をカウンターに突いてずずいと半身を乗り出してくる。

 やはり睨んでいる。愛想がないだとかそう言う以前の問題だ。


「チッ

 おやっさんはただでさえお前に迷惑被ってんだよクソ野郎」


「まあそう言うなよ。

 金は抜きたいだけ抜け、迷惑代だ。

 それはそうと、頼まれもんは用意できてんのか?」


 男はチッとひとつ舌打ちを残すと、カウンターの中、まだ奥に部屋があるのだろう。こちらからは見えない所へ引っ込んで行くと、その手に何か包みを抱えて戻って来た。


「……」


 ズイっと無言で、目も合わせずに男は包みを差し出した。

 深湖に。


「……え?」


 深湖は困惑してルプスを仰ぎ見る。

 ルプスは一つ頷いただけで応えた。受け取れということなのだろう。

 さっさとしろと言わんばかりの男から包みを受け取り、またルプスを仰ぎ見る。


「開けてみろ」


 言われた通り、薄茶の包装紙を破って開けると布の塊があらわれた。広げてみると、その布は思った以上に大きく、掲げて見ないと床に擦りそうな大きさだった。


「マント?」


「被っとけ」


 深湖が布の正体を確かめるなり、ルプスはそう言った。

 そう言えば森で目覚めた時は確かマントを身に付けていた。動き辛かったので覚えている。


「俺と深湖を隠すのに使ったら血塗れでな。服は良かったんだが、マントは材質が違ったみたいで落ちなかった」


 なるほど、代わりの物という訳だ。


「やっぱり外見は隠した方がいいんでしょうか」


 そう問う深湖の言葉に反応したのは、厳つい宿屋の男の方だった。


「てめえ何言ってやがんだ?」


 突然の男の反応に深湖は思わず男に視線を移す。男は深湖と目が合うと、あからさまに嫌そうな顔をして目を逸らした。

 深湖がその理由を考える余地を与えず、ルプスが深湖の肩を唐突に抱きカウンターに背を向けて歩き出す。


「ヴァガン、世話んなったな。

 おっさんによろしく伝えてくれ」


 ルプスが後手にひらりと手を振ると、ヴァガンというらしい男は盛大な舌打ちで返した。


「暫く来んな、傭兵野郎が」


 ルプスはヴァガンの悪態を気にした風もなく、ヒラヒラと後手を振って応える。そして思い出したように深湖が抱えているマントを手に取り、立ち止まる。


「着とけ」


 そしてマントを広げるとすっぽりと深湖に被せ、鎖骨の辺りの留め具を留めてくれる。


「フードはしっかり被っとけ。目立つからな」


 そう言い置いて先に歩き出したルプスに、深湖も言われた通りフードを目深に被って追随する。

 宿屋の扉の前に至り、押し扉の取っ手に手をかけた。


「外では人に声が聞こえないようにしろよ。何でかはわかるな?」


 深湖は宿の部屋の床でビクビクと震える男が脳裏に浮かび、引き攣りそうな表情でコクリと頷く。その姿を視界の端で認めると、ルプスは深湖の了承を合図として扉を押した。


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